養老孟司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
Audibleで途中まで聞いて、サブスクを解除してからも気になっていた一冊。
趣味の話から現代社会論まで、とても幅が広い連続対談集。養老先生も、ヤマザキさんも、すっごい読書家だ。すごくいろんなことを考えていらして、面白い。
『考えるのはカッコ悪い』
とか、
『賢そうな顔しやがって』
とか、果ては、
『暇だからいいわねー。』
だとか揶揄されるのは、いつから始まったんだろう。この本を読んでいると、考えることを止めたら、人間の一番面白いところをかっぱらわれることじゃないかと感じてしまう。考える材料として、知識は必要なのにそれが悪いみたいな言い草。なんだかものを考えていると悪いみたいな世の中で、こういう言説をよくぶっかけられるガキンチョだった私は、いよいよそれが加速していて、大人になっても、ごそごそした気持ちになる。
そして同時に、知識だけ、机上の論理だけで物事をひねくり回すのも、大概にしておいた方が良いんじゃなかろうかとも思うのだ。時間をかけてじっくり考えた方がいいことほど、ほったらかして。合わない鋳型に現状をはめ込もうとする。考えないで良いことや、シンプルにしたらいいことは、いきなりAIに考えさせようとか言い出す。ホントはみんな、ちょっと変って思っているのに。全然上手く止まれない。私達は、進行方向に崖があるのに進んでいく、ブリキのおもちゃのようだ。
この対談集が面白いのは、ほいっと気に入りのジャケットでも着るような気楽さで、虫の標本作りからコロナ禍のことまで、考えたり、話したり、味わったりしてるから。
読もうよ。考えようよ。見ようよ。そして、話そう?そして、頭の中の屁理屈は、ダンボールに入れようよ。
ちなみに、関係ないことだけど、AIで文章書くのは、アウトライン作るにはいいと思うの。でも、完成したものの良し悪し、完成度、自分らしさの味は、自分が判断して、手を入れる力がなくちゃだめと思うのだ。全否定も丸投げもよろしくない。
ほどよさって、人間しか持っていないのだ。それは、やっぱり、考えて、関わって、話して。面白がって。粘ったり諦めたりを、上手にやっていかなきゃ、知的生命体として枯れていくんじゃないか。この本を読んでいるとそんなことを思った。
自分より優れている人の話を聞くほど面白いものはないが、この本もそういう一冊。中身は深いけど気軽に読めるので、もしよかったらどうぞ。 -
Posted by ブクログ
海外の出版業が不況の
なか、
日本の出版業は活気が
ある。
それはなぜか?理由に
ついてマリさんが説き
ます。
それは、日本の教育が
自分の考えを言語化し、
それを発言する弁証法
に力を入れてないから。
だから皆自分の代わり
になにか言ってくれる
人を、
書籍やメディアの中に
いつも探してるからだ
と。
私はその「みんな」に
すっぽりはまってるな
・・・
それはそうと、読んで
る間ずっと養老先生の
肉声が、
とってもリアルに脳内
再生されてました(笑
あとがきで、ご自分を
「くたびれた爺さん」
と称する養老先生。
まだまだお元気でいて
ください。 -
Posted by ブクログ
この本は、昔『運のつき』という題名で、マガジンハウスから出た本です。久しぶりにこれを読んで、養老先生の人生観はどういうものか、それがしみじみわかった気がしました。
養老先生のことを、論文も書かないし、「学問とは何か」「解剖とは何か」「言葉とは何か」みたいな抽象的な議論をしている人、というイメージを持つ人もいると思います。しかし、先生は戦争と大学紛争を通っている。東大の助手時代に、「この非常時に暢気に研究とは何事か」と、学生が乗り込んできた。
本書の表現を借りれば、戦争でも兵隊は飯を食わなくちゃならない。「戦争か、飯か」、先生はぎりぎり飯をとった。ノーベル賞もらうのも立派な研究かもしれない。しかし、学問は一人でやってるわけじゃない。学問をやることは飯だ。それを証明してやる。それが養老先生を作ったんですね。 -
Posted by ブクログ
高校生物や医学系の解剖学の基礎知識程度が無いと読解するのに少し何がありそうな気もする。
予備知識のない人が咽頭だの腹膜だの門脈だのと言われて、簡単な説明だけでその場所や働きをすぐにイメージできるだろうか?
ある程度、解剖学や生理学や生物学の知識があり、それらについて少なからず疑問を持っている人にとっては、なるほど、と思う考察があるのではないかと思う。
予備知識のない人は、知らない名前が出てきたらスマホなどで調べながら場所や形や働きを確認しながらゆっくり読むとよいだろう。
現代人はほとんど性と金という狂気に冒されているので、純粋な知性に触れることで洗心できるのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
著者が4人の識者と子育てや教育について語り合う
いろいろな面から子育てや教育について考えることができた
対談相手や、話の中で出てきた人たちの著書も読んでみたくなった
子育てや教育は「こうやってあげれば、こうなる」という風に最初から答えがわかるものでもないし、簡単に答えが出るものでもない。
子どもを授かってすぐから「正しい子育て」を探し始めた。自分のやり方や考え方は正しいのか気になって仕方がなかった。
ある日、外遊びから帰って、嫌がる子どもに手を洗わせようと必死の私
「別にええんちゃう?そんなに嫌なら洗わんでも」
母の言葉に、私はふっと我に返った
それから、意識して「まあ、ええか」って思うようにしている
正しい子育てじゃなくて、まあまあで良い子育てを目標にしている