養老孟司のレビュー一覧
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読む前は日本と欧米のキャラクター文化の違いなんて考えたことがなかった。たしかに日本はやたらにキャラクターが多い。「ゆるキャラ」が流行り出してからは、各県や自治体が一斉にキャラクターを作り始めた。こんな国は他にない。
本書の指摘の通り、そして多くの読者の想像通り、これは多神教文化と関係しているに違いない。事物の数だけ神様がいる。八百万の神というのは、それ自体がすでにキャラクター化だ。この神様を妖怪に変えると水木しげるの世界になる。なんだ、日本人は大昔からキャラクターが大好きなんじゃないか。
文字は英語でcharacterだが、漢字はまさにキャラクターの宝庫だ。寿司屋に行くと湯呑みに魚の漢字がたくさん書いてあるが、魚の数だけ漢字を作ってしまえというキャラクター思想である。
面白かったのは、日本にはなぜGAFAMが生まれないかという話。あれは一神教の産物なのだ。彼らは神を志向している。それぞれのプラットフォームの中では、自分が神なのだ。日本ではソフトバンクや楽天がマネをしているが、GAFAMになれないのはやはり日本人だから一神教になりきれないのかもしれない。 -
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簡単に言うと養老先生流の生き方や考え方を教えてくれる内容。
人によってわかりづらい箇所ありますが、今のこの時代に生きる年代には響く内容がありました。
わたしなりに響いた箇所
・子ども上手に放っておきたい。
→塾の仕事してるので、すごく感じるが、放っておく事ができない親が多い曲がする。
・空っぽの人間が増えた。
→SNSや政治家などをみると言葉が空っぽが増えた。
政治家も煩わしさを仕事しなきゃいけないのにそれすらできてない。
空っぽの人間は結局見せかけの信用しか得られない。
・自給自足を考える
→30-40%しか食料時給りつがないのに、国ができる限り自給自足を考えないのは謎。
世界はそんなに優しくない。
・世界は1つになれない
→これは最近忘れている大事な事だと思う。
・数字に惑わられない。
→SNSでよくわかるが数字バカが増えた。
・人生は学習
→楽して金を得ること、勉強したくない人が多い。
人生はずっと学び。
・日本とは暴力支配の国
言葉1つ1つに学ぶものがある。
改めて考える上で、非常に面白い内容
#読書
#読書垢さんと繋がりたい
#読書ノート
#養老孟司 -
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死亡診断書に書かれる時刻は、「社会の制度としての死」。
でも、生物学的な意味での「生死の境目」はどこにある?
心臓が止まった後も、細胞レベルでの活動は続いている。
筋線維に電気を流せば収縮する。
そもそもヒトの体を構成する細胞は常に入れ替わっていて、数年もすれば別人になっている。
当然あるものだと何となく思っていた「生死の境目」がわからなくなる。
「死者」に対する認識が国によって違うから、靖国問題などは揉める。
「自分の死」は自分にとっては意味がないものだが、周囲の人には影響を与える。立場を変えると、「周囲の人の死」を意味付けながら生きるのが人生。
「死」ほどには歴然としていないだけで、実は毎日が取り返しがつかない日。
思考がモヤモヤして、読後感を言葉にするのが難しい…「バカの壁」もそうだった。
普段あまり考えない(考えようとしない)ことを敢えて考えさせられるからかもしれない。 -
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養老孟子氏の本を久しぶりに読んだ。といっても最近の本ではない。本書は2003年の出版だが、2017年にPHP文庫『逆さメガネで覗いたニッポン』として再販されていることは後から知った。
ベストセラーになった『バカの壁』の出版が2003年の4月で、本書の出版が2003年8月。ほぼ同時である。『バカの壁』と同様、口述の文字起しではないかと思われるが、本書の特徴は「まえがき」にもあるように「教育」をテーマとしたところにある。
教育とは「変える」こと。しかし子どもは自分が「変わる」とは思っていない。「変わらない自分」が知識を得る作業。それが教育だと思っている。この問題がやっかいなのは、大人もそう思っているからだ。いわば常識が変わった。知らず知らずのうちに常識が変わり、大人も子どもも「自分は変わらない」という前提になってしまった。その原因は何か。常識を書き換えた張本人は誰か。それは「都市化」と「情報化」であると著者は言う。
都市は「意識の世界」で「意識は同じ」を主張する。情報化社会は「人間を情報化」し、人間を「変わらないもの」と錯覚させる。 -
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ネタバレ
もっと早くこの本に出会いたかったし
きっとこれから何度も読みたいと思う本
特に印象に残った箇所
・その人が運命(死ぬという運命)を知った上でとる行動によって、周囲の他人が力づけられる
・まわりのために自分は何ができるかということもまた人生の意味。どれだけ知識をつけても優秀の美を飾っても、他者との関係性が人生の豊かさに関係する
・基本的に都市に住んでいるということは、意識の世界に住んでいる。意識の世界に浸りきってしまうことにより無意識を忘れてしまう。
・人は普遍だ、というのは違い、昨日の自分と今日の自分は違う。普遍なのはその時の情報だけなのに、人間は自分が変わらないものだと感じている。
・寝ている時間がもったいないのか、寝ている時間を人はないものにしている。無意識の時間を
・自分の中にも別の自分=無意識がいるし、それは往々に意識とは別のところにいる。だから人間は悩むのが当たり前で、生きている限り悩む。無理やり悩みを無くそうとした結果、絶対に確かなものが欲しくなり科学や宗教を信じる。
・働かなくても食えるというのが理想的な状態と思って必死に働いてきた。働いた分経済は成長し効率化していった。ホームレスでも飢え死にしない豊かな社会になったにも関わらず、次は失業率が問題だと言っている。
・徳川家康は一人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」と言った。この言葉をその通りだと思う人が、今時どのぐらいいるのかはわからないが、遠き道を行くどころか、人生は崖登り。
・崖を一歩登って見晴らしを少しでもよくする、というのが動機じゃなくなってきた。
知ることによって世界の見方が変わる、ということがわからなくなってきた。愛人とか競走馬を持つのがモチベーションになってしまっている。
・一方で、「人間であればこうだろう」ということは、非常に簡単なようで、ある意味でわかりにくい。それでも、結局、そうしていくしか道は残っていないはずだ、と思う。 -
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2011年刊。もとは季刊『考える人』に長期連載された「万物流転」(2002-2010)。本書は連載全33回中のなかほど、11回分を収める。
書名「嫌いなことから、人は学ぶ」は、釣りタイトル。そのようなエッセイが入っているわけではない。11回それぞれのテーマは多様。とくに興味深いのは、ブータンやラオスの奥地から始まるエッセイ。もちろん、どちらもチョウの宝庫で、訪問の裏の動機はそれなのだが、でもエッセイでは、その地から、現代の日本や日本人について考えている(『考える人』だもん)。ラオス在住のチョウ採り名人、「ほら吹き男爵」風の若原弘之氏が2回にわたって登場する。その自然体の生き方がおもしろい。(『考える人』の連載のほうには、若原氏を撮ったスナップが掲載されている。)
巻末付録は内田樹との対談。西洋言語には、なぜ定冠詞と不定冠詞があるか、日本語にはなぜ「は」と「が」があるか。認識論や言語進化の関連する問題で、興味をそそられる。ところが話は尻切れトンボ。困るよな、好奇心を焚きつけておいて、いなくなるんだもん。あとはこちらで調べてみるしかないじゃん。 -
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(お父さんの本の買い方)
BOOK・OFF:105円
(読め、もしくは、読むな)
読め!
(君が・・・歳のころに)
25歳のころに読んで欲しい。
(息子へ)
「バカの壁」とは、、、
ひとの言っていることは、あるところ以上、理解できない。それを「バカの壁」という。
本書で書いているのは、他人と自分は違うということだ。
同じものを見たり聞いたりしても、その認識は、人と自分で違う。
同じ事実を、どう考えるかなんてものは、180°違う方向に考えることもあるし、全く感じない人もいれば、無限大に反応する人もいる。
そのことを、しっかり把握せよ!と、筆者の養老氏は説く。
違うということを理解したうえで、人と接すると、違った世界が見える。養老氏は脳の医学にたずさわるだけあって、その論説には、含蓄があって、説得力がある。
社会批判、教育批判、若者批判。
おもってもいなかった、もののとらえ方・見方を提示してくれる。
高度成長期、働かなくても食べられる社会を、日本は目指した。21世紀に入って、働かないホームレスの人でも、飢え死にすることなく、十分な食料にありついて生きていける社会となった。まさに、高度成長期に目指した姿なのに、、、さて、どう思えばよいのか?
お父さんが共感したのは、「欲」に縛られるな!という教え。「欲」がなければ成長しないが、野放図に欲をはなつのではダメだ。
他にも、
人間の脳にプラスαを加えた人造人間を作ったとして、その人造人間がどう考えるかは、われわれ人間にはわからない。という話。プラスαなのだから、αのないわれわれの思考はその人造人間にはおよばない、、、。
んー、深い。