養老孟司のレビュー一覧
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めも
・AIによって業務の効率化が進めば、人の作業を代替できるため、理性的に使える時間が増える。
→ その空いた時間を、自分はどう活用しようか?
・そもそもIT産業はそれほど多くの雇用を生み出していない。
→ 基本的にテクノロジーは人の助けになるものだから、IT化が進むほど労働者の必要性は減っていく。
しかし、それにもかかわらず、なぜIT系の求人は頻繁に出ているのか?
・世界には46億もの人がいるのに、なぜ新たに人工知能を作る必要があるのか?
→ 確かに、人工知能を開発するよりも、人々が生き生きと暮らし、人間のポテンシャルを最大限に発揮できる社会をつくることのほうが重要ではないかと思った。
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病院嫌いの養老先生と、教え子で東京大学でがんの専門医でもある中川先生、虫仲間のヤマザキマリさんの共著。
最近の、エビデンスを元に医療を行うことに対して疑問を持つ養老先生が、ご自身の「体の声」を聴くことで体調不良を感じ病院に行くことを選択します。
3章の、なぜ「医療」と距離をとるのか?に、養老先生の考え方が記されています。
エビデンスを元に行う医療は、各々の患者の状態をデータとして扱い、統計学的に処理しています。しかし、ヒトはそれぞれ色々な部分が異なっています。
中川先生は、養老先生の主治医のような関係になられたことから、養老先生が最近の医療に対する考え方について変化があったのではないかと期待し -
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養老孟司先生の語りは明瞭で
好きだ。
聡明な方はブレない。
坦々と、私はこう感じて、考えて、こうやって生きてきたよ、と、さらりと語る。
決して押し付けることがない。
養老先生といえば、
愛猫まるとの暮らしぶりも
人気があった。(過去形なのは
まるちゃんが虹の
橋を渡ってしまったから)
虫や動物に対する向き合い方が、
潔いのだ。ベタベタした愛情ではなく、
当たり前にあるがままを愛でる。
迷ったり、ぐずぐず悩んだりしている自分がバカらしくなってくる。
サバサバと
え?悩むことに意味あるわけ?
って先生に言われそうで。
タイトルが
人ではなく
ヒトの幸福、となっているところ。
養老先生の考 -
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養老さんの考えかたは「そうだな」と受け入れてしまうことが多い。
「知っている」と「わかっている」は違う。
「あいつなら知っている」と「あいつのことならわかっている」はずいぶん違う。
人生を振り返ってみると、わかろうわかろうとしながら「結局はわからなかった」という結論に至るそうだ。
脳への入力は五感。
見る、聞く、触る、嗅ぐ、味わう。
対して出力は筋肉の運動だけ。
だから「体育」というものがある。
とか
技法を勉強しても教養にはならない。
知識が増えても、行動に影響がなければ、それは現実にならない。
など、哲学的なつぶやきが書かれている。
養老さんは自身の本に対して「なんか、ぶつぶつ -
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この対談を一語で表すなら、「豪放磊落」に尽きる。最近はコンプラなんとかのせいで配慮という名の忖度を強いられて、言いたいことも碌に言えやしない。そこへ行くとこのお二方はもはや恐いものなしなのか、何の気兼ねもない語らいというのは読んでいてじつに気分がいい。
下重暁子さんといえば、『家族という病』(2015年)が話題になった。「家族」とくれば普通は「絆」だが、彼女にとってはそれが「病」になる。ところが、ほかの人にとっても案外そうだったのか、本が売れた。要は、みんな言いたくても言えなかったのだろう。養老さんの『バカの壁』が同じような側面を持っていたことは言うまでもない。
下重さんはNHK、養老さんは東 -
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C・W・ニコルさんと養老孟子さんの対談の本だった。自然、森、第一次産業の重要性。自然の中で体を動かすことで、自分の体の動かし方を知ること。自然の中で過ごすによって、本当の生きる知恵をつけること。体を動かして、実際に経験すること。実体験の方が大切。
建築を立てるのも、木そのものの特質に沿って切断したり、その木の特質に沿って、家を建てる。
それにしても、C・W・ニコルさんは、とても興味深い人だ。ケルト系神道のクリスチャン?アラスカや北極やエチオピアでのフィールドワーク、面白い経験をしている人だ。
養老さんによると、若い人は、田舎の田舎に行くと、年長者や年上がいないから、自分たちの好きなことができる