あらすじ
人工知能(AI)技術の飛躍的発展により、近年「AIが人間の知能を超える」と言われるようになった。しかし、そもそもAIは本当に役に立つのか? AIと人間の知性の違いはどこにあるのか? 常々「脳」と「意識」について考えてきた解剖学者・養老孟司が、各界のトップランナーと縦横無尽に議論を交わす。 ■AIの発展がめざましい棋界に身を置く棋士・羽生善治 ■経済学者であり、AI技術にも精通する井上智洋 ■著書でテクノロジーと人間のあり方を考察してきた哲学者・岡本裕一朗 ■人工頭脳プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」を進めてきた数学者・新井紀子 4人の叡智との対話から見えてきたのは、AIの限界と可能性。AIはいわば「高級な文房具」、AI化がむしろ「人間本来の暮らし」に戻れる余白を作ってくれる……AIの限界と日本の未来を語り合う、知的興奮に溢れる4つの議論。
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井上 智洋
(いのうえ ともひろ、1975年 - )は、日本の経済学者。駒澤大学経済学部准教授。慶應義塾大学SFC研究所研究員。 専門はマクロ経済学。特に人工知能(AI)の進化が雇用に与える影響を研究している[1]。東京都出身[2]。 1997年慶應義塾大学環境情報学部卒業。IT企業勤務を経て早稲田大学大学院経済学研究科に入学し、2011年に同大学より博士(経済学)を取得。 早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年4月から同大学准教授。
岡本 裕一朗
(おかもと ゆういちろう、1954年 - )は、日本の哲学者・倫理学者。玉川大学名誉教授。1954年、福岡県で生まれた。山口大学文理学部哲学・倫理学科で学び、1978年に卒業。九州大学大学院文学研究科に進み、1984年に博士課程を満期退学。その後、九州大学文学部助手に採用された。その後、東和大学工学部講師、助教授、教授を経て、玉川大学文学部教授[1]。1997年、学位論文『『精神の現象学』の体系構想:アリストテレス哲学の再建』を九州大学に提出して博士(文学)の学位を取得[2]。
新井 紀子
(あらい のりこ、1962年10月22日[1] – )は、日本の数学者。専門は数理論理学、教育工学、人工知能など。国立情報学研究所社会共有知研究センター長・教授。東京都出身。東京都立国立高等学校を経て[2][3]、一橋大学法学部に入学。高校までは数学が嫌いだったが、大学の数学の授業で、数学の面白さに目覚め[4]、松坂和夫教授に師事。大学4年時に、数学基礎論の研究が盛んだったイリノイ大学数学科に留学し、竹内外史教授に師事。1年でイリノイ大学数学科を優等(magna cum laude)で卒業した後、奨学金を受けて、イリノイ大学大学院5年一貫制博士課程 数学研究科[5]に進学。1990年に修士号を取得[6]。イリノイ大学大学院在学中に数学者の新井敏康と結婚。1990年に帰国し、長女の出産後、1994年に一橋大学法学部を卒業[7]。その後名古屋市で専業主婦をしていたが、数学者になることを志し、夫の赴任先にあった広島市の広島市立大学情報科学部助手に着任。1997年東京工業大学より博士(理学)の学位を取得。高橋正子教授主査による論文の題は「On Lengths of Proofs in Propositional Calculi(命題論理における証明の長さの研究)」[8]。2006年から国立情報学研究所教授。また2004年から母校一橋大学で教養の集合と位相や、数理論理学を講じる[9]。2009年度日本OSS奨励賞受賞。2010年科学技術分野の文部科学大臣表彰[10]。2018年2月に刊行した『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)により、同年日本エッセイスト・クラブ賞[11]、石橋湛山賞[12]、山本七平賞、大川出版賞[13]、TOPPOINT大賞[14]、翌2019年にビジネス書大賞をそれぞれ受賞[15]。2021年東京都教育委員会委員(2021年6月から2023年9月まで)[16]。2022年科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞受賞[17]。内閣府総合科学技術会議ICTワーキンググループ委員、文部科学省科学技術・学術審議会総合政策特別委員会委員、日本学術会議連携会員、国立大学法人一橋大学経営協議会委員、独立行政法人大学評価・学位授与機構運営委員なども務める[10]。
「養老 僕は囲碁のニュースは、あんまり関心なかったですね。だって、人間の一〇〇メートル競走に、いきなりオートバイが選手として出てくるわけねえだろって、いつも言っているから(笑)。囲碁・将棋などの目的に特化している A Iプログラムですから、そんなのにかなうわけないでしょって。 ただねえ、不思議だと思うのは、ああいうソフトを企画して作った人が裏にはいるはずで、言ってみれば、その「人」が負かしたわけですよ。あるいは、威信をかけて勝負に挑んでいるのはディープマインドという「会社」と言ってもいい。それなのに、「 AIが人を負かした」というストーリーだけが一人歩きしている印象が強い。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 「高血圧」なら、値を下げて出さなきゃいけないでしょ。僕、疑問に思うんですよ。どうして身体のことだと、「偏差値」が外れたらいけなくて、頭だったら外れなきゃいけないのかって。「これ、ダブルスタンダードじゃないの?」と。世の中の親たちは、子どもが東大の医学部に入ったら喜びますけど、みんな本当は、入院しなきゃいけない状況なんだよ。要は、社会が「頭のことに限っては、外れた方がいい値」とバイアスをかけているということです。それがまさに A I化が進んでくる背景と重なる。「高血圧」なのに褒められる、必死で「高血圧」を推奨しているわけだから。どんどん、どんどん、高くしようとするわけ。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 少なくとも僕が大学で教えていた頃は、そうしていました。正規分布になるように試験の配点を決める。東大の医学部に入ってくる連中なんかは、偏差値で言ったら、ものすごく高いんですよ。血圧でいうと、完全に「高血圧」です。だからあの連中は、治療しなきゃいけない。羽生 そういうものですか(笑)。養老 冗談みたいだけど、どこか本質も衝いた話でね。あるとき、若い教授が「養老先生、東大医学部は日本中から優秀な学生を集めたはずなのに、卒業する頃にはバカになっている」って怒ったわけ。僕は、言ってやったんだ。「そうやって集めた東大生は、偏差値を血圧に置き換えて言うと、『治療しなきゃいけない人たち』なんだよ」って。だから、入学したら、むしろバカになるよう補正して世の中に出さなきゃいけないでしょと。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「羽生 むしろ A Iの時代だからこそ、哲学が必要だと。養老 ちょっと滑稽な感じもありますけどね。「ブラック企業」というキーワードもそう。あれも、「仕事も、適度にね」「仕事は人生じゃないんだよ」ということが普通になったから出てきた言葉でしょう。当ったり前のことを、わざわざいろいろ考えなきゃいけない時代とも言えますね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「例えば、車なんかもそうだよね。便利だけど、様々なリスクや欠陥を孕んでいる。今まで車が殺した人間の数は、戦争より多いと言われている。だけど、今さら止められないのはここまで「作っちゃった」からでしょ? ここまで車を暮らしに浸透させちゃうと、車がある前提でいろいろなことが作られているから、どうしようもないと。じゃあ、自動運転車ならどうだと。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
人生を、経済的、合理的、効率的に生きるっていうなら、「生まれたら、即、死んだらいいだろう」ってことになりかねない。
養老孟司(2020)、AIの壁 p158
「養老 本来、人身事故は命のことだというのに、いつの間にか「保険かけてんだから、誰かに事故の責任を取ってもらわないと」とか「 A Iだって罰したらいいんじゃないか」とか、話の筋が変わってくる。 いくら人間より漏れがないと言ったって、コンピュータが運転したら、バグがあるに決まってるんだから。とんでもないバグがどこかに潜んでいるかもしれない。それはしょうがないですよ。それなのに頭の中だけで考えてやっているから、議論を論理的に詰めて、詰めて、終いには奇妙なことを考え始める。残念なのは、局所の視点に陥って、全体のバランスを取る人が誰もいないという点です。これからますます難しい時代になってくると思いますよ。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「羽生 アメリカにミネルバ大学というところがあって、一拠点に留まらず、世界中の七つの都市を何カ月かに一回ずつ移動していって、授業は全部オンラインで完結するらしいんですよ。つまり、現地でのフィールドワークを大事にしたカリキュラムが組まれていて、一つの学校という箱に閉じ込めていない。実に軽やかな教育だなと感じます。 そんな事例からも、これから先の教育は、ずいぶん変わると思っているんです。もちろん机にかじりついて一生懸命勉強することも時期によっては大事だと思うんですが、実社会の知見を広めるとか、多彩な経験を積むとか、それこそ五感を働かせる機会を増やすとか。そういうところが大事になるのではないか、と。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「羽生 考えてみると、言語は不思議ですよね。同じ言葉でも、その意味が時代とともに少しずつ変わっていくこともある。そんなに多様性があるものなのに、みんなで共通の理解をし合えるというのは、どういうことなんでしょうか?養老 極端に言えば、「みんなで同じことを理解していると思っている」だけですね。羽生 言語を理解し合っていると思うことさえも幻想だと。養老 女房と長年付き合っていれば、わかります(笑)。羽生 じゃあ、 A Iと人間の関係と変わらないですね。なんとなくわかり合っているように勘違いしたまま話している、という点では(笑)。養老 逆に外出先から家内が帰ってきて、「あんた、あそこのあれが壊れてるわよ」って言ったって、その程度の言語でニュアンスが伝わることもありますけどね。まあ、たいがいはわかんないままでも、「あそこのあれって、何だよ」「ああ、あれよ」とか言って、会話としてはなんとか成立している。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「羽生 私の中に一つ、問いかけみたいなものがあるんです。もし仮に、 AI化が進んで、仕事を A Iに奪われたとしますよね。そのときに、「それでも人は働くのか?」という。「働かなくても生活できるし、生きていけますよ」と言われたときに、「働きますか?」と問われたら、私が思うに、結構な人が働くんじゃないかなと。養老 日本人は間違いなく働きます(笑)。羽生 そうですよね。そのときに、自分が本当にやりたい仕事だけやれるようになったら、それはそれで幸せなんじゃないですか、と。仕事が奪われたとしても、本来、やりたくない仕事だったら、代わりに A Iにやってもらえばいい。その代わり、やりたい仕事だけやっていていいんだったら、楽しいじゃないですか(笑)。 人間の生き方として、そういうあり方が一番いいのかなと思ったりもします。でも、やっぱり資本主義の世の中なので、 A Iを開発した会社が富を独占してしまうとか、そういう格差の問題はどうしても現実には残ると思うんですけどね。 A Iに仕事を奪われたとしても必ずしも全員が不幸にはならない。そんな気がします。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 突き詰めれば「人の生き方」次第でしょう。結局、さっき言ったように、 AI化が進むと、人は「人生って何だ?」って考え始めて、哲学のところに戻ってきちゃう。社会の中で「頭」だけは特別視されて、都会は頭のいい人が出世するようになってるわけだから。でも、それはそうじゃないでしょっていうことが、いよいよ証明されてきた。「頭」だけで特別視されていたような人たちこそ、 A Iに負けちゃうよって世の中になってきたんだから。 ホワイトカラー的な仕事が、 A Iに置き換えられつつあるのは、もともと「頭」の側に強いバイアスがかかり過ぎていたからですよ。だって、江戸時代に「生き馬の目を抜く」って言ったでしょ? あれ、「江戸」、つまり東京の人の形容ですよ。田舎の人から見ると、都会の人は頭がよく見えるんでしょ。頭がいいっていうことは、要するに、人をだますっていうことだよ(笑)。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「子どもの時分に、生き物として経験しておくべきこと、身体を使う、五感を使うということを、一通りしておくことが大事なんだよ。 人が都市を作ったのは、ここ一万年。農業が始まってからですからね。都市化すればどうしても理性中心の世界になっちゃう。むしろ A Iが、理性中心社会からの脱却のために、いいターニングポイントを作ってくれればいいんですね。例えば、人間が肉体労働をして田舎で一年の半分を暮らしていても、 AIがちゃんと、知的な活動のかなりの部分を代わってやってくれるという。そうすると、非常にバランスのいい社会ができる可能性もありますよね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 子どもの内は、純粋に楽しめるわけでしょ。経済活動に組み込まれてないから。ひたすら将棋に没頭することで、学ぶこともあるしね。それも社会経験です。純粋に将棋自体が強くなる以外に、そっち側の価値もありますよね。対戦する人が毎回違うわけだから、様々な人と触れ合う。その過程で自分が育っていくというのも大事な価値の一つでしょ。だから、さっきも言われたように、コンピュータを相手にして将棋が強くなるというのは、実は一番健康な A Iの利用の仕方ですよ。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「さらに、 A Iの登場で将棋の世界が目まぐるしく変化している。雁木戦法などは、その典型例ですよね。江戸時代から存在していた戦法で、 AIが再評価して流行り出したんですから。自分にとっても、ちょっと大きな発見だったんです。というのは、ソフトにとっては、古いも新しいもなくて、「評価値」が高いから指すだけ。だから、古い手でも「古臭い」なんて思わずに指すんです。人間みたいに「終わった戦法だな」とか思わないから。一方で、人間の棋士は、古い戦法は指さない。それは歴史を経て、ダメだというラベルがついたものであって、過去のものは忘れ去るものというのが常。でも、 A Iにはそういうバイアスが一切ない。それはかえって新鮮な感じはします。そういう先入観がまったくないところでひたすら「評価」をしていく。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「あと、本当に集中しているときは、時間の観念がなくなるんです。だから、記憶が鮮明なときは、まだあまりちゃんと集中していないという(笑)。時間の観念もないし記憶もない。それが、いい集中をしているときであり、アイデアもひらめくときなんですよね。 ただ、四六時中そんな状態ではいられないですよ。人間って、四六時中発見をするようにはデザインされていないでしょうし(笑)。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 ただ、もしシャットアウトしたら、食の種類は貧しくなりますよね。だけど、私は大丈夫だと思うんですよ。日本は鎖国しても。羽生 今でも鎖国って、すごいですね(笑)。養老 鎖国状態でしょ。ガラパゴスってつまり、鎖国の言い換えですよ。羽生 言われてみればそうですね。養老 前からやってるやり方だよ。それでいいんじゃないですかね。中国の勢いが良くなったときは、日本は鎖国です。そうしないと、あの国に飲み込まれちゃうから。羽生 結論は鎖国ですか? 自分でガラケーとかガラパゴスとか言っておいて何ですが、意外な着地点だという気もします(笑)。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 人間って面白い癖があってね。「こんなものがあったらいいな」と考えたことは、やっちゃうんです。例えば、カメラって、まだそれが世に存在しない頃に、いつ頃から考えられたんだろうって、昔調べたことがあって。小説に書かれているのを引くと、もう二〇〇年前には考案されているんですね。それが後の世に「カメラ」という形で実現するんです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 一方で、人間の改造側の歴史を辿ると、怪談に行き着く。フランケンシュタインですよ。人間をいじくる方の問題って、ずいぶん昔から提起されてきたんです。人間の知恵で、この問題についてどう歯止めをきかせられるか。この問いって、私はずっと前に答えを出しているんですよ。今の人を全部包み込んだ形の「新しい人類」を作ればいいと。つまり、みなさんが考える程度のことは全部考える。感じる程度のことも全部感じる。その「新しい人類」におしなべてプラスアルファがついていればいいわけです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 一方で、人間の改造側の歴史を辿ると、怪談に行き着く。フランケンシュタインですよ。人間をいじくる方の問題って、ずいぶん昔から提起されてきたんです。人間の知恵で、この問題についてどう歯止めをきかせられるか。この問いって、私はずっと前に答えを出しているんですよ。今の人を全部包み込んだ形の「新しい人類」を作ればいいと。つまり、みなさんが考える程度のことは全部考える。感じる程度のことも全部感じる。その「新しい人類」におしなべてプラスアルファがついていればいいわけです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「僕がさっき言った、「新しい人類」って、禅問答みたいなものでね。みなさんが感じること、考えることくらいは全部感じて考えられる人っていったら、とどのつまり、普通の人ってことです。でも人類全体に、プラスアルファの能力をつけてやる。それはどういうことかというと、これが脳みそだとすると、例えばサイズを大きくする。あるいは、全体の演算能力を上げる。そうすると、人が思いつく「これができたら」という能力くらいは、全部入ってきますよ。「じゃあ、そういう人類を作ったらどうなりますか?」と聞く人がいるんだけど、おわかりでしょう? それは、神なんですね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 要するに団地はね、人が死ぬということを考えて設計していないんですよ。当時はあそこ、自殺が多かったでしょ。井上 そうですね。人間的でない無気質な景色が広がっている。ただ、「人間的」ってどういうことかを理屈で言えと言われたら、わからない。人間が生きるって、一筋縄じゃいかないですね。 今のお話と、僕が『「人工超知能」─生命と機械の間にあるもの─』(秀和システム)という本に書いたことで、若干関係するかなと思う話があるんです。「筑波学園都市に、なぜ自殺が多かったか」という話。人工知能の話とリンクするのですが、デザイナーによって計画的に設計された「人工都市」と人間が生活を営む中で自然にでき上がった「自然都市」って、結構違うということなんです。やっぱり人工的に作った街というのは、綺麗かもしれないけれど、猥雑さがない。人間、そういうところにずっといると、耐えられなくて死んでしまったり、うつ病になったりするという。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「筑波学園都市に、なぜ自殺が多かったか」という話。人工知能の話とリンクするのですが、デザイナーによって計画的に設計された「人工都市」と人間が生活を営む中で自然にでき上がった「自然都市」って、結構違うということなんです。やっぱり人工的に作った街というのは、綺麗かもしれないけれど、猥雑さがない。人間、そういうところにずっといると、耐えられなくて死んでしまったり、うつ病になったりするという。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「意識とは何ぞや、という点を問わずに意識の問題を扱う。それは危ないと僕は思う。僕らは普段、顕微鏡を使っていますから、よくわかるんですが、顕微鏡で全部のものが見えるわけではなく、見える範囲に限度がある。顕微鏡の性能を知らないと、見えているものが正しいか正しくないかすらわからないんですよ。使ってみたら一発でわかります。例えば光の当て方一つで、出っ張っているものが引っ込んで見えたりもする。だから、科学を推し進める場合に、まず扱うものがわかっているというのが大前提ですよ。じゃないと、錯覚が見抜けない。九割はわかっているかもしれないけれど、一割はわかっていない、あるいは二割はわかっていない、あるいは半分以上わかっていないというような「留保」を必ず置いておかなきゃいけないでしょ。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 そうでしょ。少なくとも魚までは意識があるでしょう。なかには寝ない動物もいると言われていますけれどね。細かいことを言えば、地球上に多細胞生物ができた段階でもう、意識の元みたいなものが生まれていたんだと思いますね。もっと極端に言うと、さっきお話ししたように、単細胞ができた瞬間に、意識の元が生まれたと。
井上 ミクロの単位で生命が宿り、意識が存在すると考えると、すごいことですね。
養老 ただねえ、細胞というものを我々は十分理解しているかというと、実はそうじゃない。工学系の人はよく言いますよね。「自分たちで作れないものは、理解しがたいね」って。細胞って、世界中のいろんな機関が作ろうとトライしているけれど、なんと、未だに作れないんです。できてもよさそうなのにね、あんな小さいものだったら。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 それはかなりはっきりしていて、要素の数が多過ぎるから、いきなり組み立てるわけにいかないし、組み立てているうちにどんどん変わっていってしまうから。井上 そうすると、現段階で意識の正体がつかめずにいるのだから、人工知能の開発には慎重さが求められますね。人工細胞さえ作れないのだとすれば、人工知能と人間の脳との間には大きな隔たりがありそうです。 実は養老さんがさっきおっしゃったことに、私も賛成でして、やはり意識というのは生物の物質的な基盤の上にあるような気がするんですよね。そうすると、もし脳の神経系の「全コピー」みたいなことが可能になって、神経系のつながりを全部ソフトウエアとして再現できたとしても、おそらくそこに意識はない気がするんです。たとえコンピュータの中のソフトウエアとして完全に再現されていたとしても、物質的な細胞がそこにはないからです。よって、カーツワイルさんの願望は、成就できないと思うんですよ。人間と似たような機能を果たすソフトウエアがそこにはあって、自分と双子みたいなものがそこにあるだけで、自分の意識がそっちに行くというふうにはならないと思うんですよね。だから、意識をコンピュータにアップロードできるかっていうとできないというわけです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「井上 それにしても、 A Iの開発も議論も絶えないですよね。 A Iが意識を持てなくても、発達していけばしていくほど、人間の方向には行かないかもしれないんですが、人間に近づいていけるということを目指している A I研究者も多いわけです。役に立つ A Iじゃなくて、人間に近づけるということ自体が楽しいというか。それこそ、「フランケンシュタイン」みたいな願望だと思うんです。それで結局、ある程度役に立って機能的にも人間に近い A Iができてしまったら、やっぱり仕事がかなり奪われちゃうということなのでね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 本来の医学は面白くて、人体の働きという機能を見ていく生理学と、機能を見ないでその構造を見ていく解剖学と、その二つを分けてるんです。 ところが、その二つの学問がまったく一緒になったのが、イギリス。アングロサクソン流というのは、物事を見るときに、非常に機能的に見るんですね。機能的に見るとこぼれ落ちるものがたくさんあるんです。なぜかというと機能というのは、「枠組み」を決定しない限りわからないから。 例えば、私が学生の頃「胸腺というのは邪魔だ」と言われていた。お年寄りでは脂肪の塊になって、こんなものはいらないよなって。でも私が大学で研究者になって、若いマウスを解剖してみると、どかんと大きな胸腺が見えるんですね。「何をしてるんだろう、これ」って思ったよ。どうやら胸腺が免疫と関係があるらしい、ぐらいのことは当時もわかっていました。でも、今となったら胸腺というのは、免疫にとっては欠くことができないぐらい大事だとわかる。つまり、免疫という概念がちゃんとしていない間は、胸腺の意味はまったくわからなかったわけなんですよ。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「私はちょっと違う捉え方をしていて。人間の意志とは少し違うかもしれないんですが、例えば「アルファ碁」という囲碁に特化した A Iは、囲碁の勝負に勝ちたいという、ある意味「意志」があると言えなくもない。ただ、人間の意志と何が違うかというと、アルファ碁のような A Iは、人間が、「お前は囲碁に勝つように頑張りなさい」と目的を設定している。だけど、人間は何か一つの設定された意志を持つのではなく、生きている中で突然、ある意志を自ら持つんですよね。 A I研究者の中には、生命の根源的な意志は、結局繁殖することだと考えてる人が多いんです。そうすると例えば、生存と子孫を増やすことが究極的な目標で、あとのいろんな人間の欲望とか意志というのは、その派生物でしかないという。でも私は、そうではないと思っているんです。進化論的には、結局繁殖とか生存とかに関する欲望を強く持った種が生き残ってきたんだろうなとは思いますが、繁殖に関係ない欲望もいっぱい持っているだろうというイメージを持っています。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「井上 結局、人工知能と人間の意志や欲望の違いは、人間はまず、今の A Iとは違って多様な欲望を持っているという点。それから、欲望自体が変化するということなんですよね。それを私は勝手に「ダイナミックな報酬系」と呼んでいるんです。人間の脳の報酬系というところで快か不快かにより分けられ、欲望が生まれ、それがダイナミックにどんどん変わっていくという。
養老 逆にコンピュータが欲望を持ち得たら、それは人間によって「暴走」と呼ばれることになる。だって、さっきから言っているように、前提は人間が作っているんだからね。
井上 例えば囲碁の AIが、突然試合を放棄して「ボーッとしている方がいいので」と言ってボーッとし始めたとか、囲碁をやめちゃって、他に何か楽しみを見いだすなんていうことはしないわけですよね。そうなったら、反乱になる。今の AIが、そんなに暴走する恐れがないというのは、人間から与えられた一つの意志、あるいは一つの欲望とか目的ですね、それに沿った動きしかしないからですよね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 僕はそういう議論は常に、さっき言った話に立ち返った方がいいよねと思っている。地球上にすでに六四億もあるものなんて、今さら作ってどうするのよと(笑)。すでにある脳みそだけで持て余しているんだからって。 乱暴なことを言うようだけど、なぜそこまでやる必要があるの? という疑問が、どうしても起こってきますね。特に A Iに関する全体的な議論を見ていると。予測することもできるし、論理的に考えるのは面白いから考えるのはいいんですけど、余波が大きいようなものを社会システムにいきなり持ち込むというのは、本当にそれで大丈夫なんですかと問うところから始めないと。ちょうど遺伝子をいじるかどうかという話にも似ているんですよね。 A Iが社会にショックを与えるとしたら、逆に人間は、それに耐えられるようにできているのか、と問わないと。さっき言った『サピエンス異変』の話だよ。人間が作っちゃった世界に自分の身体が適応してませんよという。僕も腰痛です。虫の観察やって、いつもパソコンの前で座っているから。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「井上 一方で、 A Iは労働の問題とも切り離せないですよね。僕なんかは、労働の内容にもよりますが、基本、働くのが好きじゃない。金儲けが好きじゃないんですよ。でも、誤解していただきたくないのは、お金は大好きなんですよね。お金をあげるよと言われたらもらいますけど、お金を得るために頑張る気になれないんです。経済学者なので、株の取引もしばらくちょっとやってたんですが、今は完全にほったらかしですね。
養老 僕は虫を集めていて十分幸福ですから、金に関心がないんです。だから、不動産を持って資産運用とかもしてこなかったし。お金のことは女房に任せていますから、女房がいつも困っていますよ。「私は本当に、資産を増やすとか、そういう才能がないのよね」と、この間も嘆いてましたよ。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「井上 今盛んに言われているのは、 A Iを使う側の一部の人に搾取されて、貧困層が拡大すると。じゃあ、 B I(ベーシックインカム)を導入したらどうか? ということです。 これには話が二段階ありまして。僕が A Iとは関係なく、以前から B Iを導入した方がいいと思っていたのは、生活保護のような、今の社会保障制度がちゃんと機能しているか、疑問を持っていたからです。貧しい人にきちんとお金をあげているかといったら、あげられていないんですよね。捕捉率が二割と言われていて、生活保護の受給資格があるはずの人の八割はもらえていないんだと。もらえる人ともらえない人で天国と地獄なんですよね。では、今の生活保護を拡充すればいいじゃないかという話もあるんですけれど、拡充すると、だんだん B Iに近づいていくんです。食えない人を漏れなく食えるような世の中にするには、究極的には B Iだと思っています。もちろんそれが難しいことはわかってるんですけれども、 BIがある社会というのが、ある種、理想だなと。 B Iは、それでもってまったくみんなが労働しなくなるという話ではない。支給する額にもよるんですけれどね。例えば、私がよく「月七万円」が適正ではないかと提言しているのは、七万程度だったら、みなさん仕事を辞めないでしょう? ということなんです。今は、労働が必要な社会なので、月二〇万も三〇万もあげたら、会社を辞めちゃう人が続出して、経済が成り立たなくなっちゃう。 ただ A Iの登場で、どこまで格差が開くのかは、今のところ未知の話。社会に投入されるのが特化型 A Iだけだったら、 BIを導入すべきだとみんなが実感できるようにはならないのかもしれません。ところが、もし汎用 A Iのようなものが出てきたときに、人々の仕事がかなり奪われることになると、 BIが社会を成り立たせるために不可欠な条件になっていくのかなと思っています。今でさえ生活保護がそんなに機能していないのに、仕事にあぶれる人がたくさん出てきてしまったら、一人一人資力調査や審査をしていられないですよという話なんです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「例えば大田区なんかは、人を救出する通路の確保という観点から見ると危険ですね。荒川区や足立区よりも、家が近接し過ぎて火災によって燃え移ってしまう地域だと言います。消火しようにも道が狭いから消防車は入っていけない。それに、同時に沢山の場所で火災が起きたら、消防士さんも対処しきれない。首都圏でも一番死者が多く出るだろうと言われているらしいんです。それを今のうちにシミュレーションして、例えばスプリンクラーをどこに付けておけば大丈夫だとか、いろんな工夫があっていいと思うんです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 もう少し未来志向の話もしましょうか。ここにきて、介護もロボット化して A Iを投入するんだ、みたいな話がちらほら出てきているけれど、僕は自分がそういうロボットに介護されるとかいうことは考えませんね。僕は SFが好きだし、ロボットの話も読んできたけれど、 SFは SFだからいいんであってね。現実化したら面白くないんですよ。 僕が考える未来像の一つは、人間はこれから一次産業に戻っていくんじゃないかというものです。さっき井上さんがおっしゃった「旧労働に戻る」というのも、ある意味同じことですよね。井上さんはさっき、ネガティブな例として挙げていらしたけれど、見方を変えれば、それは、むしろハッピーでしょ? とも思うんです。 ちょっと調べたんですけど、例えば今の JAに則った農業と、いわゆる有機農業とは、全然違うんですよ。後者の場合、例えば、ジャーナリストが有機農業を調べたかったら、農家を一軒一軒訪問するしかないんです。みんなが違う場所で違うことをしているから。要するに、バラバラってやつ。それが、さっき言った GAFA的世界との違いですね。 最近「生物多様性」という言葉をよく聞くけれど、「生物多様性」という言葉自体に効率化の価値観が染み付いている。「生き物にはいろいろありますよ」ということまでひと言にしちゃうんですよ。すっきり一語で(笑)。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「開口一番に僕が言ったのは、「蚊もハエもゴキブリもいない部屋で、なんで生物多様性の話をするんですか」。 生物多様性は、概念として頭で理解しただけでは、単なるスローガンで終わってしまう。「ああすれば、こうなる」式の単純な思考では、生物界の複雑な関係性は捉えられない。感性でこれを捉えるには、自然と触れ合う機会を増やすことだよ。失われつつある人間の五感を取り戻す必要がある。だから、一次産業に戻っていくことはハッピーなことなのではないか、と思うわけです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 哲学って言葉がいい意味で使われるのは稀で、だいたいの場合は、悪い意味で使われていますよ。学生が僕に言いたかったのは、「先生が今言ってるのって、主観ですよね」ということですから。
岡本 ストレートに言うと、「先生の勝手な主観的解釈」ということかもしれませんね。
養老 そう。だから、そこで学生が言っている「哲学」というのは操作概念です(笑)。日本の哲学って、概念を「操作」しすぎてかなり反語的な使われ方になっている。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 じゃあ A Iを何に使えば有効かなと考えてみるとね、虫を分類させようかなと思って。僕、よく似た虫をいっぱい集めていてね。採取した地域ごとに微妙に種類が変わるので、 A Iに判別させたら、僕と A Iのどちらの方が能力が高いかがわかりますよ(笑)。そういうテーマは利害関係が何もないから、実験としては面白いかなと思って。 虫の脚なんかね、みんな同じように見えても、微妙に違うことは確かなんです。それをどのぐらいコンピュータが判別してくれて、「これは種類が違いますよ」とか、「違いません」とか言ってくれるかなと。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 カトリックの国では、中絶が禁止されてきたからね。最近になってアイルランドが合法化したけれど。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「だいたい、酒の飲み方でその人がどのぐらい満足しているかがわかるからね。僕だって、中年の頃はものすごく飲みましたから。 それまでできたことができなくなるという客観的な事実をもって不幸せと言うのなら、多田さんはそのとき、不幸せになったわけですね。でも多田さんの場合は、卒中で倒れた後、ああいう状態になって、「逆に幸せ」というのが実感なわけで、それはまさしく幸福感ですよね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 僕が今、虫の観察をしていると幸せだというのは、大学病院に勤めていた頃はできなかったからね。だから、僕の場合は多田さんに近くて、幸福感というよりも、「ああ、今生きてる」という感じがするという方が近い。岡本 幸福感だと、あくまでもその人の指標だから、それぞれの経験や境遇によって、感じる幸福の度合が違ってくるんですよね。養老 だから、貧乏人も「ああ僕は幸せ」って言うんですよ。戦後なんか、特にそうでしたね。言ってみりゃ、全員貧乏人ですから。そうするとみんな元気にコミュニティを盛り上げるし。子どもだって、現代に比べればハッピーだった。親が暇なしで子どもをかまってくれないから、かえって伸び伸びしていたという。子どもがあんなに自由だった時代って、日本になかったんじゃないですか。戦後しばらくの間というのは、日本始まって以来の自由だったんじゃないかな。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 一人当たりの GDPと、関連づけられるのが自殺率なんですよね。高くなるほど自殺が増えます。スウェーデンとかって、意外に自殺が多いんですよ。それで、非常に低いのが、例えばエジプトですね。特に理由はわからないんだけど、便利だったり、快適だったりすれば幸福感が上がるっていうものじゃない。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「岡本 それは、アリストテレスの概念区分で考えるとわかりやすいかもしれません。例えば京都に行くときに、当然、新幹線で行くとか飛行機で行くとか、テクノロジーを利用すれば速く行ける。そうすると、途中の過程というのはもうゼロにして、省略するのが一番理想の状態ということになるんだけど、過程の景色などは何一つ楽しめないことになる。その点、途中を楽しんでいくというのを、アリストテレスは「エネルゲイア」という言い方をするんです。その途中、途中の行程も楽しみながら旅をしたり、物事を行なっていったりする方が、幸福感は高いと。だから、弥次さん喜多さんの、『東海道中膝栗毛』なんかを読んでいると、休憩所とかで食べている物だって美味しそうだし、おしゃべりもとても楽しそうだし。なのに効率を求めると、ああいう時間が全部すっ飛ばされているということなんだなと。
養老 人生を、経済的、合理的、効率的に生きるっていうなら、「生まれたら、即、死んだらいいだろう」っていうことになりかねない。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「岡本 幸福の話が出ましたので、今度は芸術について、少し話をさせてください。芸術に関しては、基本的に「 A Iは芸術を理解できない」と一般的に言われています。ですが私としては、そうした通説に対して、一つのアンチテーゼとしての考え方を出そうと思って本を書きました。さらに、独創性ですら「演出」できるとすれば、「人間が理解している芸術とは何か」という理解もないといけない。もともと、芸術を評価するときの評価軸は、人間が評価する場合であってもはっきりしていないわけですよね。「評価軸そのものは一体何なのか」というときに、専門家の考え方さえ、根拠ははっきりしていないと。それなのに当然のように、様々な形で芸術作品が賞をとる、とらないというような判断はなされている。今、私たちが普段行なっている評価が明示化できるかは置いておいて、「 A Iにも基本的には芸術を理解できる」という設定をまずしてみたということなんです。私たち人間が芸術を評価できるのか、あるいは、そもそもどれくらいの人が評価できるかということです。ただ、正直なところはちょっと怪しいと思っているんですけども。こんなふうなことを書いて、逆に反論が来るのを待っている部分があるんです。そうすると、「いや、 A Iにはアートなんてわかりっこない。人間だけがわかるんだ」と言われるかもしれないのですが、そういったときに、「では、人間がやっている『芸術への評価』とは何なのか」とか、あるいは、「独創性とは何か」という形で、説明してもらいたいなと。 独創性にはおそらく二種類あって、一つは模倣。もう一つはゼロからの創造です。模倣したものの組み合わせを変えるということを独創性だと言えば、それはそんなに難しい話じゃない。それなら、 A Iにもできる。だから、独創性と言ったときに、「一体それは何か」というところの説明がうまくできているかどうかということですね。逆に言うと、そもそも私たちは芸術をどうやって評価し、どうやって作品を作っているのか。それを明らかにするということも、 A Iを持ち込んだときに問題になってくる。とどのつまり、「人間にしかできないことは?」と認識し直すために、問いを作った感じですね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 まあ、ここまで世界がややこしくなってくると、そういう少し遠目で見る考え方が出てくるんじゃないですかね。科学が行き詰まっちゃいましたから。前世紀の終わりに出版された『科学の終焉』(ジョン・ホーガン著・徳間文庫)という本があってね。アメリカ人の科学ジャーナリストが、二十何人のノーベル賞クラスの自然科学者にインタビューして、「科学はすべてを解明すると思いますか」と聞いた。九割九分が「解明するわけがないだろう」と答えていました。そうすると、もう少し別な考え方を取るしかないな、と。 哲学も、科学と密接に関係してきますよね。哲学者で意識の研究をしている人もいるものね。実験室に入って「私」というものを研究している人。あれは、意外に面白かった。彼は「自分なんて空っぽのトンネルだ」って言って。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 そうなんだよ。ただ、今僕は『正統と異端』(堀米庸三著・中公文庫)という本を読んでいて、副題が「ヨーロッパ精神の底流」というんですけど。正統というものは「自己隠蔽性」を持っていて、気がつかないと。それはもう、本当にそうだなと思って。日本人の考え方がそうですよね。実はきちんと記述できていない。なぜかというと、それは正統だから。いわゆる「世間」というやつですけどね。正統って、意識化された途端に、自己の方もちょっと変わってきちゃうのね。岡本 なるほど。養老 だからこそ、逆に日本の哲学って、なんか面白いんじゃないかなと思うんですけど。岡本 主観、客観……もう、そういうのも未分化な状態みたいな形で。それをどうやって言語化するかというのは、非常に難しいと思いますね。養老 そういう未分化な「己」を突き詰めていくと、西田幾多郎の言う「絶対矛盾的自己同一」ってやつに突き当たる。これについては、一時、わかったような気がしたんです。だって自己同一性ってめちゃめちゃだなって。僕は、自分のお宮参りの写真を持っていますから。「これ、俺かよ」って(笑)。これが自分だ、というのは、絶対矛盾の自己同一だよなと。今、哲学ではそうした「人がどんどん変わっていく」ということをどう考えているんでしょう?」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「だから、解剖とか虫捕りばかりということになったわけです。ああいうものは噓をつかないんですよ。虫にだまされることはありますけど、だまされる方が悪いんだし、死んだ人は人をだますことはありません。ところが、生きている人間というのは危ないんだと、子どもの頃から身に染みてたんです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
基本詐欺とかも騙される方が悪いと思ってる。根が詐欺師でないと詐欺師に騙されないと思うから。
「養老 バーチャルと言われている世界で、人間の本音、本性が出てきた。自己愛とか承認欲求ですね。例えば、最近「不安」を口にする人が多くなっている気がします。行政とか企業とかが何かをしたりしなかったりするときに、「それでは不安です」と言う。それを SNSに書いたりする。不安のない状態でいる権利があると考えている人が多い。自分に不安があるのは、相手が対策を間違っているからだって。 ところが、ごく素直に考えると、不安を感じない人というのは恐ろしいですよ。よく言うんですけど、「不安のない人とは一緒にラオスのジャングルに虫捕りには行けないよ」って。だって、何するかわかったもんじゃないから。だから、今の社会は、ジャングルに虫捕りに行くような生活をしている人間から見ると、非常識としか思えないことが、まかり通っているように見えます。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「自己愛とか承認欲求とか、そのような人間の本音は、地域コミュニティとか教育によってできるだけ統制することで社会は安定してきたんだと思うんですね。それが、ネット社会になって機能しなくなっているんでしょう。 こういう(デジタルネットワークの)時代になってみると、でたらめでも噓でも、何でも流せますね。トランプの好きなフェイクニュースとかね。それをたくさんの人が読んでいるわけです。ナチと同じですね。宣伝相のヨーゼフ・ゲッベルスは「大きな噓を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはそれを信じる」と言ったそうです。そういう時代が本当に来たんだなと。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「確かに、リテラシーの問題でうまくいってないところもありますが、でも、だからといって、民主主義って駄目だねとか、国民国家じゃうまくいかないね、ということにして情報統制をしてしまうには惜しいシステムだと思います。養老 僕も、いわゆる民主主義というのが消えるとは思っていません。ただ、民主主義は非常に曖昧です。リテラシーについておっしゃいましたが、それ、詰めていくと、プラトンの政治世界なんですよ。わかる人がやればいいっていう。僕も、本音は同じようなものです。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「新井 落としどころを探るというのが、女性の共通の傾向かもしれませんね。結婚して子どもを育てていると、原理主義では生活が成り立ちませんから。まあまあ、この辺で、みたいな感じになります。そうじゃないと、何回離婚すれば済むんですかという話になってしまいます。ある意味で理不尽にさらされた生活者である女性の知恵ですかね。
養老 というより、男の世界が変だということじゃないですか。
新井 私には男性が作ってきた社会の中で生きさせられている感じがすごくあります。例えば、男性社会では肩書が大事ですよね。だから、私も仕方なく「数学者」と書くわけですけど、自分を「数学者」だとはそんなに認識してないんです。ただ、やりたいことをやってきただけです。それを男性が決めた枠にはめると「数学者」だったり、次は「 A I研究者」になったり。それで、何をしている人かわからないって。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 僕も同じです。「解剖学者」という肩書は読売新聞が勝手につけたんですよ。便利だから使っていますけど、そういうのは周りの人がつけるもので、自分とは関係ないと思っています。これは男女の問題じゃなくて、多分、日本社会の問題ですね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 バーチャルが現実になってるんです。だから、僕は「それ、脳みそでしょ」って思ったんです。先ほど「心理学」と言われましたけど、まさにそういうことで、そういうのはすべて脳という世界の中で動いているんです。人の生活の中で脳の中の部分が肥大した社会を、僕は「脳化社会」とか「都市社会」と言ってきました。都市はバーチャルです。例えば、東京は孤立したらすぐに食べていけなくなります。孤立したらすぐに消えてしまいます。そんなところに住んでいる人が一番偉くてまともだと思っているんだから、バーチャルでしょう。そういう人たちが世界を動かしたら、世界が歪みます。新井 そう思います。リアルというのは、私がいて、誰かと実際に会って話すということだと思います。だからテキストというのはバーチャルだと思っています。 著書を出版してきた私が言うのは変ですけど、本来、コミュニケーションというのは、もっとホリスティック(全体性)だと思います。何も書き残さなかったソクラテスはそのことを知っていたのでしょう。一期一会で、養老先生と私がここにいて、それぞれの人生を背負って会話をする。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 人間ってちょっと変わった生き物で、バーチャルで生きていけるんですよ。いわゆる現実から離陸しちゃっても。だから、多分、平気だと思いますよ。もともと、そうでしたから。だって、かなり前からそうですよ。制度とか肩書とかみんなバーチャルです。頭の中にしかありませんから。新井 でも、やっぱり無理しているところはありませんか。スマートフォンだけを見ているって、生き物としておかしくないですか。こんな小さな画面だけで世界を見ている。タップしたりスワイプして画面が変わったら頭が切り替わってしまいます。リンクをクリックして別のところへ行ったら、前に何を見ていたかなんてだいたいわからなくなってしまいます。 そんなことをしていると、ホリスティックに世界を理解することなんかできるはずがなくて、スマートフォンの小さな画面の中だけでいつも何かブツブツつぶやいているという世界になってしまっています。ホリスティックに他者を理解していれば、「あ、あいつって、こういう奴だよね」「変なこと言ってたけれど、あいつのことだから、こんなこと言うときもあるよな」みたいに、ちょっとした行き違いがあっても、許し合えたりわかり合えたりできます。ホリスティックな理解が信頼関係を支えているからです。それがなくなると、テキストのここの部分がけしからんとか、傷付けられたとか、そういう話になってしまうので、すごく貧しいと思うんです。 直接ひざを突き合わせるとか、他者の全体像を知るとか、そういうことを抜きに、スマートフォンのタップとスワイプだけで理解しようとすると、非常に浅く、そして先鋭化して、対立が起こりやすくなって、それこそ、いい感じの落としどころが探れなくなっていくんじゃないかなと思うんです。 人間というのは、他者との信頼関係がないと息苦しくなるのだと思います。コミュニティの中にいないと生きていけない。それがお互いさまということだと思うんです。でも、今は、宇宙の中にたった一人でポツンといるみたいな感じになっている人が多くて、お互いさまじゃなくなっている。そういう感じがします。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「養老 今の人って、物事は予測がつくという考え方をしますね。できるわけないのに、予測できない方が悪いと思い違いしています。世界は論理的、合理的にできているから予測可能なはずだと。予測できない状況というのが非常に不安なんですね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「東京なんか自然がないもんね。「杉林があって自然がいっぱいです」って、違うよ、杉林は人間が植えてるんだよ。そういう区別もついていません。 だから、ネットの世界だけでなく、むしろ実体の世界も同じようにシミュレーションになっているんですね。本当の自然とまで言うつもりはありませんが、もうちょっと、シミュレーションじゃなくて、そういうものを剝いだ生の五感、感覚を使ってほしいということを『遺言。』(新潮新書)という本に書きました。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「動物と人間の違いはそこにあります。動物は感覚で生きていますから、一般化できません。それを僕は「『同じ』がわからない」と書いたんです。まあ、スマートフォンを見ていても視覚は使いますけどね。でも、自然の中で使っている視覚とは全然違う。新井 視覚と聴覚に重きが置かれ過ぎていますよね。五感のうち二覚しか使っていないのはおかしいと思います。二覚しか使っていない世界が、五感を使う世界と同じわけがないのに、なぜそれを同じだと思ってしまうのかが理解できません。「食べログ」なんかは、その典型ですね。地方に行って何か美味しいものを食べようと思って「食べログ」を開くとします。そしたら、結構上の方に、チェーン店の牛丼屋さんとかファミレスがランキングされています。「せっかく地方に来たのにどうしてチェーン店?」と思いますね。食べなきゃいいだけですけどね。 だいたい、食べ物に点数を付けて、それを参考にしようというのが、生き物として終わっていると思います。自分の嗅覚で探さなきゃダメだと思うんですよ。評価の星の数が多いところで食べて美味しい気持ちになってしまうこと自体、生き物としておかしい。それが、五感を削いでいることに気がつかない。生き物として悲しい。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著
「新井 だから、できないとか、わからないことが面白いんですよね。 A I研究の世界では、人間の脳のシステムが解明されて、それを応用すれば A Iが人間の脳を超える日が来るなんてことを大真面目に信じている人がいますけれど、虫の長さだって測れないのに、人間の脳が解明できるはずがないですよね。勘弁してくださいよという感じです。もっと、わからないことを面白がらないといけませんね。」
—『AIの壁 人間の知性を問いなおす (PHP新書)』養老 孟司著ほ
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4人専門家と養老さんの対談集。いつもの養老さんのスタンスで深くまで切り込んでいてとても興味深い。賛否いろいろな意見について書かれているけれど、トゲトゲしい感じがしないのは養老さんのお人柄なんだろうなあ。
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AIと人間との共存について考えさせられる。
AIロボットに介護される未来や、自動運転による交通事故の責任問題。
答えはないが、人間社会なので哲学的な目線も大事。
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めも
・AIによって業務の効率化が進めば、人の作業を代替できるため、理性的に使える時間が増える。
→ その空いた時間を、自分はどう活用しようか?
・そもそもIT産業はそれほど多くの雇用を生み出していない。
→ 基本的にテクノロジーは人の助けになるものだから、IT化が進むほど労働者の必要性は減っていく。
しかし、それにもかかわらず、なぜIT系の求人は頻繁に出ているのか?
・世界には46億もの人がいるのに、なぜ新たに人工知能を作る必要があるのか?
→ 確かに、人工知能を開発するよりも、人々が生き生きと暮らし、人間のポテンシャルを最大限に発揮できる社会をつくることのほうが重要ではないかと思った。
・概念を作り出すのが哲学であればAIにも可能なのか?
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最近、養老さんにはまる。
養老節で巷にあふれるAI論を退けるのが痛快。
将棋で人とAIと戦わせてどうする。徒競走とバイクの勝負のようなもの。
この色づく秋、都会の公園でも変化する。
画面の中の変化とは違う空間を感じる世界。
AIよりも5Gとその先、VRによるメタバースが木々のゆらめく空気感を再現できるのか、気になる。
テクノロジーにより、空間内に全ての感覚情報再現できたとき、人は何を感じるのだろう。
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80代とは思えない、未来を考えている内容でした。羽生善治さん、井上智洋さん、岡本裕一郎さん、そして新井紀子さんの対談ですが、高度成長時期からたくさんのテクノロジーに囲まれて生活していると、人間は知らない間にAIのように無駄のない整理された人間を望みはじめているのが、最も危険な社会ではないかと感じているようでした。若者のスマホに対する人間の在り方だけでなく、60〜80代の高齢者だって他人事ではなく、まだ20年くらい生きてしまう今日では、特に高齢者に読んでほしいと思いました。わたしも五感をフルに活用しながら生きたいと思います。ありがとうございました。
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AIに支配されるのは人が作った世界(脳化社会)であり、自然そのものはAIにも予測不能である。人間の発達とは脳を騙すことや鈍らせることで、その過程にあるのがAIなのではないか。そう考えると、感性を磨く(というか戻す)方法は病気、例えば統合失調症などになることなのかもしれない。今回も養老先生に勇気をもらった。
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まぁ、いつもの養老先生トーク。「ん?!」と思って考えさせられる。いまひとつ根拠がわからない、とか、それは恣意的な解釈にすぎないのではないか、と思うことはままあるが、それを刺激にいろいろ考えてみることには価値があると思う。答えを求めるのではなく、考える種を見つける本。最後の新井紀子さんとの対談が養老先生にしてはけっこうかみ合っていて面白い。
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AIに関して、一見すると関わりの低いように見える著者と様々なジャンルの業界の方々の対談を通して、AIに関してだけでなく、現代社会に欠けているものが伝わってくる書籍。
AIというテーマを通して、現代社会のあらゆる問題が浮き彫りになっている。
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人間とAIの関係を考えている人におすすめ。
【概要】
●人間とAIの関係について対談(コロナ禍以前)
・AIから見えてきた「人間の可能性」/羽生善治氏
・経済はAI化でどう変わるか/井上智洋氏
・AIから人間を哲学する/岡本裕一朗氏
・分からないことを面白がれるのが人間の脳/新井紀子氏
【感想】
●書物やメディアを通じて客観的に見てみると、AIによる将来の発展について、恐いほど評価する人もいれば、懐疑的に考える人もいる。
本書の各対談では、現実的な視点による考え方が表れており、興味深く読むことができる。
●AIをどうやって導入していけばよいかとても悩む。何をすることが日本にとって最適なのか、もっと独創性をもった考え方が必要だ、と自分自身の反省も含めて感じた。
●著者の「自分自身の必然性から出ていないことをする癖が日本社会にあることを心配する」には共感する。国民性なのかもしれない。
●羽生氏の「技術的にできる、ということと、その技術を『選択』して使っていくということは、必ずしも一致しない」という考えに同意する。何でもAIにさせれば良いというものではないのだろう。
●新井氏が言う「AIには定常状態しか予測できない」「想定外のことは予測できない」を超えるAIが出現するのか気になる。現状ではそのとおりとしか思えない。
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養老孟司さんと4人の叡知のAIについて語らう。
羽生善治さんとの語らいでは、AIと将棋の相性をあげてひとのもつ先入観を排除して、古い手でくることもあり勉強になるという。
養老孟司さんのAIを高級な文房具という考え方が、たかがAIぽくて良かったです。
井上智洋さんは、ベーシックインカムとAIの親和性をあげて、例えベーシックインカムで収入を得ても、10万円もないと思えば、働く事を選択するひとの方が多いのではと楽観的に捉える。但し、本来ひとが自然とあるべき一次産業にシフトしていくのではと考える。
岡本裕一郎さんのAIによる効率化が必ずしも、ひとを幸せにしないと言う考え方が納得できました。ひとは歴史の中で、妥協点を見いだすことで上手くやって来た一方で、効率化は0か1まで物事を判定しようとする。正論が正しくても、根底では感情でひとは生きるものなんだよと思う。
新井紀子さんのAIを学ぶ上でのひとのリテラシーの問題に触れる。物事を深く考えなくなることは、AIの決めたことに対して、何も考えずに受け入れてしまう危険性がある。
結果まで示さないと何も出来ないひとは、考えることをしない人だという。世の中に最適解なんてないし、あるとしたら自分で下した結果が全てじゃないと思います。
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養老孟司がAIをテーマに4人の識者と行った対談を収録した一冊。私自身はIT企業に勤めていることもありAIには肯定的な立場なのだが、五者五様の問題意識は謙虚に受け止めたい。少なめのボリュームながら民主主義から男性学まで縦横無尽に議論が往来する新井紀子との対談が特に面白かった。「わからないから面白い」は本当にその通りだと思う。
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コロナが流行する前の講演で、「『遺言2.0』はいつ出ますか?」という質問に対して、先生は「それはわからないが、AIについては書きたいと思っている」とおっしゃっていた。本書は対談の形式をとってはいるものの、ある意味ではこの問題に関する先生なりの総論だと言えなくもない。
いまから三十一年前、先生は『唯脳論』という本を書き、そのエピローグで「脳化社会」というキーワードを提示した。「脳化」とは、正確には進化の過程で生物の脳がしだいに大きくなっていくことを示すテクニカル・タームなのだが、先生はこの言葉を飛躍させて、ヒトにおいては脳が肥大化した結果、外部まで脳を拡張させ、社会そのものまで脳と化してしまったという、なんともユニークな理論を展開したのである。いまさら説明の必要はないかも知れないが、私自身のおさらいの意味も含めて、養老先生がいつも述べていることを書く。
脳とはどんな器官かといえば、「予測し、統御する器官」である。つまり、ものごとの予測を立てて、その予測にしたがってものごとが進むように取り計らう器官である。先生はそれをさらにわかりやすく端的に、「ああすれば、こうなる」と書いた。自然は人間が作ったものではないがゆえに予測不可能であり、脳は予測可能な人工物を次々と作り出すことで自然を置き換え排除していったのである。周囲を見廻してほしい。われわれのまわりに人間が作らなかったものがどれだけあるだろうか。机も椅子も、ペンもタバコも、建物も道路も、みんな人間が作ったものである。街路樹や公園はどうか。それすらも、人間が考えて配置したものである。要するに、われわれはもはや脳が作り出した世界=脳の中に住んでいるも同然なのである。
考えてみると、人類が「進歩」とか「発展」とか「文明」とか、その他いろいろな呼び方で呼んできたものは、すべて「ああすれば、こうなる」ようにすることである。そして、AIもじつはそのひとつの究極の在り方だと思えばよい。すなわち、人間は何を考えだすかわからないが、コンピュータなら予測でき統御できる。いや、むしろ統御されねばならない。だから、東証のシステムがダウンして一日止まっただけで「不祥事」になり、「サーバーの息吹を感じていれば防げた」などと言い出すのである。
だから、AIに仕事を奪われるとか、AIが人間を置き換えるとか、今更のように言っているが、われわれはとうの昔からそういう社会をせっせと作ってきたのである。あなたも私も、意識的にであれ無意識であれ、振り返ればずっとそうしてきたはずである。じゃあなんで今頃になってそんなに騒ぎ立てているのか。その答えを、養老先生はすでに『唯脳論』に書いていた。すなわち、脳がどんなに人工物を作り出して外部の自然を置換していったところで、最後にどうしても置換できない自然が残る。それは何かと言えば、われわれ人間自身である。人類はまだハエ一匹たりとも生命を作り出せてはいない。行き着く未来で残された唯一の自然が、われわれ人間の身体なのである。自然を排除していけば、いずれ身体という自然が反逆する、と。
私はもうほとんど落語だと思っているのだが、労働者はいつか働かなくてよい日が来るように仕事してきたのだし、人間の代わりになんでもやってもらうためにロボットを作ってきたのである。だから、AIが人間から仕事を奪うのは当然のなりゆきだし、そのうち「もう人間はいりません」という時代が訪れることは、最初から目に見えていたのである。ニーチェが生きていたら、「人間は死んだ」と言うのではないか。われわれは、尻に火がついてからやっと気づいて慌てている間抜けなサルである。
じゃあ、どうすればいいんですか。またお決まりの質問が聞こえてくる。そんなの、お得意のAIに訊いたらいいんじゃないですか? 賢い彼らなら、「ああすれば、こうなる」の結果こうなったんだから、もう頭で考えるのはやめたらどうですか?と教えてくれるかもしれない。ああ、本当に落語のオチみたいだ。そろそろ私はパソコンの電源を切って休むことにする。
Posted by ブクログ
2020年発刊であるが、2019~2023年頃までの間に生成AIが爆発的に進化・浸透したため早くも既に時代遅れの感がある。
4人の専門家との対談本だが、さほどケミストリーが起きていない。
お互いを尊重し、それぞれの主張をしているが、お互いの情報と主張を出し合っておしまいになっている印象。
養老孟子の主張は過去の著作から一貫していて、身体性が重要、脳化(=情報)社会に偏るのは不適切というのが主軸にある。
AIに関しても物によっては使えばいいと受け入れてはいるが、諦念の様相が強く、基本的にはAIもロボットも自動運転車も自分とは関係ないし不要だし勘弁してくれ、といった旨の発言が多い。
必要性という文脈で言ってしまえば勿論AIなど不要になってしまう。
歴史を見返せば火薬、電信、核兵器など、軍用すると有利になる技術は押しなべて積極的に開発され、その技術のおこぼれが社会の利便性を高めてきた。このことを鑑みても、他国との関係の中では否が応でも開発実装が必要となってしまう。
ファイティングポーズを取る相手には身構える。
環境破壊や国同士の緊張感を高めるネガティブな側面があるため技術開発は慎重性が求められる。
ただ思うにそれ以上に、建設的なAIの活用を勧められるように、前提として他者理解・他国の文化や価値観を相互に理解することは重要である。
不毛な開発競争とそれによる負の側面を軽減してくれる。
養老氏が「地に足のついた」ことを重視するのは、オフライン、対面、現実で他者と向き合って触れ合うことによる非言語的コミュニケーション情報や、他者の命を感じることで他者理解がより進むメリットを知っているからだろう。
デジタルネイチャーの中であっても有機的・質量的観点を持って生きたい。
Posted by ブクログ
AIというより… 著者はAIというより今の人間の社会のありかたを危惧しているように思った。
P21
AIそのものが問題なのでない。人間の営みの中で、AIが占めるウエィトが一番問題なんだ。AIに仕事が置き換えられてしまうと騒ぐのは、何も、AIがでてきたから突然問題が噴出したのではない。それまでその人がしてきた仕事だったり、物事の考え方だったりに問題があるんじゃないかと。物事を抽象化した世界だけで完結しようとした既決として今がある、ということだから。そういう意味で言うと、AIだけを悪者にするのはお門違いだと僕は思う。
P58
社会の中で「頭」だけは特別視されて、都会は頭のいい人が出世するようになってるわけだから。でも、それはそうじゃないでしょっていうことが、いよいよ証明されてきた。「頭」だけで特別視されてきたような人たちこそ、AIに負けちゃうよって世の中になってきたんだから。ホワイトカラー的な仕事が、AIに置き換えられつつあるのは、もともと「頭」の側に強いバイアスがかかり過ぎていたからですよ。…これからは、頭偏重じゃなくて、当たり前のところに人間の価値観が戻ってくると僕は思っている。だからこそ、子どものと毅からの育ちが大事でね。子どもの時分に、生き物として経験しておくべきこと、身体を使う、五感を使うということを、一通りしておくことが大事なんだよ。
P83
脳だけはイケイケで、成熟する社会の先の方に突っ走っていっちゃっている。極端に言えば、偉い人が頭で考えたことで世の中が成り立っていくでしょう?彼らは効率的な方向へと社会をデザインしていくんだけれど、「てめえ=身体」のことは忘れ去られてしまう。
サピエンス異変
P104井上
AIに仕事を奪われた人が「労働移動」して、別の仕事に移ろうとしても、そこでもAIがすでに活躍していて、結局職に就けないということになりかねない。
p150岡本
トロッコ問題は、倫理の問題でない。倫理と思っているような問題は、伝統的に分けると、功利主義と義務論に分けられる
p194新井
全国学力テストを毎年決まった時期にやっているのは変、そのために勉強するから競争になって、本当の学力を測定することができない
人間や社会は変わるものなのに、世の中は変わらないという前提で統計が幅を利かせていて、AIが学習するデータになっている。
p203
最初からできないと決めていたら何もできないが、やろうと思ったらできるようになるかもしれない。誰かに教わるわけではなく、自分で考える。なんでもかんでも教えたらダメ。
責任を持たせると能力を発揮する。若い人を育てるのに一番いいのは責任を持たせること。
p204新井
結局、ずっと自分では何も考えないで、教えてもらうだけで22年生きてしまう。そして、大学を卒業して社会に出て、突然、答えのない問題を解決しろと言われても困るということになっている。
Posted by ブクログ
羽生善治(棋士)、井上智洋(経済学者)、岡本裕一郎(哲学者)、新井紀子(数学者)との対談形式でAIと未来を議論する。それぞれの切り口でのAI感も興味深く読みましたが、養老猛司先生の持論である五感をフルに使って自然と触れ合うというところに帰結したのは予定調和な印象かな。
Posted by ブクログ
新井先生との対談は非常に読みやすくて納得。
答えはないのだから、その不確実性を楽しむ遊びが欲しいですね
じゃないと人間脳退化してしまう
アメリカ文化への辛辣なインサイトも面白かった!