あらすじ
「どうしたら『生きられるか』、そんなこと、私に訊かないでください。わかるでしょ。その疑問に『自分で』答えること自体が、『生きる』ってことなんだから」(本書の第10章「若いころ」より)運、寿命、家族、仕事、学問、科学、医療、宗教、世間、日本人……。死から語り始める養老流「逆向き」人生論。 〈目次より〉◆本当に死んでしまったら、怖いもクソもない ◆私にとっては「死」ではなく「死体」こそが現実 ◆だれだって死体になる ◆すべての患者はかならず死ぬ ◆寿命は運。私は専門家におまかせします ◆共同体を消すことが「進歩」だった ◆本質的に変わらない「私」なんて、ない ◆個性は心にはなく身体にある ◆「世間」が西欧近代的自我の怪しさを教えてくれた ◆「世間という大きな書物を読むために」研究室を出た ◆私の価値観が確立した瞬間 ◆テーマが勝手に増える ◆フリーターになりたかった ◆戦争か飯か。私はぎりぎり、飯をとった ◆利口な人はアメリカかヨーロッパへ行った ◆論理より「いろいろ」が好き。全体をつかみたい ◆解剖を選んだ理由 ◆すべての結果が自分に戻ってくる ◆世間が激動すると科学者と技術者が輩出する ◆本当に自分で学問をするということ ◆非日常より日常を、独創より平凡を、選ぶ ◆「脳という方法」を使う ◆フツーを重ねるとトクベツになる? ◆選ぶのは対象ではなく方法、と決めた ◆「あたりまえ」は意外にむずかしい ◆自己チューの社会的意味 ◆純粋行為はトイレでの小便と同じで、枠が必要 ◆宗教は新しいほど危険 ◆「俺の本って、お経じゃないか」と思った ◆科学はキリスト教の解毒剤 ◆考えるためにはこだわる必要がある ◆ファーブルはハチに徹底的にこだわった ◆単純な解答はたいていウソ ◆日本というヘソの緒が切れない ◆「人間」じゃなく「人」になろうと努力してきた ◆「生きる」ことがわからないはずがない ◆人一倍世間を気にする「変わり者」 ◆この国は「自分流より世間流」 ◆世間と格闘するうち、自分も世間も変わってきた ●本書は、『養老孟司の人生論』(『運のつき』の改題・復刊)を、装い新たに文庫化したものです。
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Posted by ブクログ
研究=虫取りと同じ純粋行為
美空ひばりと養老孟司同い年らしいw
養老孟司って女より虫が好きで虫目当てで海外行くらしいけど分かるよ。虫以下の価値の女多いよね。
なんで読書と言えば小説なのか分からない。科学ほど面白くて奇想天外な物語無いのに。
「 ぜんぜん考えないで、ノー天気に暮らしていても、考えた挙句に、死ぬことなんて考えたってムダだと悟るのと、結論は同じです。だから考えたってムダかというと、そんなことはないでしょう。昔の人はうまいことをいいますね。「大賢は大愚に似たり」。いちばん賢い人は、いちばんのバカに似てる。そういうことでしょ。 大賢と大愚はそっくりなんだけど、じつは大違いなんですよ。どこが違うかって、状況が変わってみないと、そこがわからない。大愚の人だって、運がよければ、一生そのまま上手に過ごしちゃうかもしれません。それなら大賢と区別がつかない。死なんて一生考えないで、上手にポックリ逝っちゃった。それでもいいわけです。見ようによっては、人生の達人ですわ。実際には運がよかっただけですけど。 歳をとるにつれて、私は運ということを考えるようになりました。たいていの人がそうなのかもしれませんね。若いときは、運なんて考えてませんでした。そもそも私は博打をやりませんからね。でもここまで生きてくると、運ということをしみじみ考えます。そもそもここまで生き延びてきたこと自体、「運がよかった」んでしょうが。同年生まれで、すでに死んだ人もたくさんいますからね。美空ひばり、江利チエミ、小林千登勢。六十五歳で私の本がバカ売れしましたけど、六十四歳で死んでたら、そういう目にはあってません。べつに売れたからいいというわけじゃないですが、こんな歳になって、妙なことが起こるもんだと思います。これも運のうちじゃないですか。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「人生って、そんなものかもしれませんね。母と父は熱烈な恋愛結婚だったと聞かされてました。父は三十四歳で死んでますから、そのあと母は十二分に嘆いたんでしょうね。それで、変ないい方ですが、元がとれちゃった。もう未練が切れちゃったのかもしれません。それで、自分が死にそうになったとき、夢のなかで会いにいった人は両親であり、妹たちである、つまりは身内だったってことです。 それで当然なんですね。「夫婦は他人」っていうじゃないですか。私の母の話は、死がだれにとって重要か、それをよく示してます。身内、つまり親しい人なんですよ、あなたの死が重大事件になる人たちは。 自分ではどうでもよくたって、身内にとっては話が違います。自殺されていちばん苦しむのは、親しい家族です。「どうして死んだの」と思う。それが心の傷になります。これを二人称の死といいます。他人の死はしょせんは他人ですから、三人称です。自分の死は一人称。これはどうでもいい。それはもういいました。私は二人称の死だけが、じつは本当の死だと思っています。逆に、だからなかなか死とは思えない。親子兄弟、親しい人の死は、長いあいだ納得がいかないんです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「性格は変わらないって? じゃあ、躁うつ病はどうなりますか。「躁」と「うつ」では、大変な違いですよ。ネアカとかネクラとか、若い人はいいますけど、それなら躁うつの人は、どっちなんですか。「どっちでもなく、両極端に振れるのが、その人の個性なんだよ」。それならネアカもネクラもないでしょ。 私の女房がよくいいますよ。「あんたに会ったころは、ずいぶん暗い顔をしてた」。いまはそんなことはいいません。あのころは暗かったけれど、いまは暗くないんです。じゃ、私の性格はネアカかネクラか。人はどっちにもなるんですよ、状況や頭の具合しだいで。 ほかの本にも書きましたけれど、じつは心に個性はありません。そう認めるしかないんです。心に個性があってもいいんだけれど、それは他人には無関係です。私だけにわかって、他人にはわからないこと、それは他人にとって意味がありません。私だけの感情、これも無意味です。なぜなら、定義により、他人はそれを理解しないからです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「知り合いに小学校の先生がいます。虫取りが好きで、ときどき一緒に山に行きます。こちらは定年後で暇ですから、虫取りに行こうよって誘うんですが、子どものころと違って、相手に暇がない。近頃は小学校の先生には、夏休みもないんだそうです。夏休みがあるから、虫取りに行ける。それで先生になったのに、これじゃ詐欺じゃないか。私なら、そう騒ぎますが、友人はまじめな人ですから、そんな騒ぎは起こしません。そういう人を誘惑しちゃいけないと思って、こちらも我慢します。本人も我慢の世界ですが、どうでもいいこちらまで、おかげさまで我慢の世界です。それがお勤めというもの。だれでも我慢させちゃう。 だから定年になるとホッとする。その気持ちは複雑ですね。長年勤めたところに、もう必要ないといわれる。でも自由になって、責任がなくなります。どちらがいいか、それは人によって違うでしょうね。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「もちろん、自分には変わらない面だって、当然ありますよ。虫が好きなんていうのは、まったく変わってない。それは個性でしょうという人もあるかもしれませんが、虫の好きな人なら、ほかにもたくさんいますよ。大勢知ってます。べつに私だけが虫が好きなわけじゃない。個性というより、虫好きという、人間の種類なんじゃないですかね。そう思えば、人間にもいろんな種類がありますよね。女好きなんて、虫好きより多いんでしょうね。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「デカルトの『方法序説』だと思いますが、「世間という、より大きな書物を読むために」、自分は書斎を出たという記述があります。この本は、研究者になろうと思った若い私に、大きな影響を与えた本のひとつです。大学院の入試のあいまに、この本を読んでいた記憶があります。 前章で死について論じました。そういう考え方だって、引き取りのような仕事をするなかで、覚えてきたことです。からだで覚えたことですから、ある種の自信がありますね。世間的にいうなら、無茶に聞こえそうなことでも、そうした自信があれば、平気でいえます。それがこうした「実業」から得た知識のいいところですよ。でも、いわゆる研究とは違いますわ。だから私は、解剖学とはなにかとか、死とはなにかとか、そんなことを考えるようになったんです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「じつは私は、ものごとの理解が遅いんです。こんな本を書いたりしているから、早いと思う人もいるでしょうが、いまでも他人のいったことを、一年間考えたりするんです。だから、ただいま現在のことを、あれこれ議論するような会議は、徹底的に苦手です。その場の議論についていけないんです。だから会議では意見をいわなくなる。教授会で意見をいったのは、十三年のなかで一回だけですからね。なにしろ一年考えて、それからやっと返事ができるんですから。蛍光灯もいいところです。 答えは自分なりにはわかっていることもあるんですよ。でもそれが言葉にならない。そのときは、まだ他人に上手に伝えられないんです。ある問題について、その周囲をできれば全部、考えようとする。私にはそういう癖があるんです。それからなにかいう。だから本がたくさん書けるんだと思います。本には、これまで考えてきたことを、ゆっくり書くんですから、それが可能です。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「でも対象がいま生じていることだと、それに対して適切に返事ができないんです。いまの状況をかいつまんで、端的に反応し、表現する。それができません。だから政治の議論が苦手なんですよ。周囲の問題を含めて、いちおう自分なりに全部考えて、それから返事が出てくるんですから。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「でも人生は長いんです。六十五歳で、突然本が売れたりするんですからね。世間でいう「運、根、鈍」の「鈍」です。私が鈍だというと、笑う人もいるでしょうが、鈍なんですよ、私は。運の話はもうしました。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「紛争後二年ほどして、大学が落ち着きました。そろそろいいだろうというので、その前から考えていた留学をしました。オーストラリアに行ったんです。一年あまり住んだ、はじめての外国です。ですからいまでも、オーストラリアには土地勘があって、居心地がいいですね。 最低二年の留学の予定で、あちらの心臓財団から滞在費を出してもらいました。ところが着いて数ヶ月で、恩師から連絡があって、助教授に決まったから、すぐ帰れというんです。一人で怒ってました。いくらなんでも、そりゃないよ。 これには先生のほうにも前科があるんですよ。大学院を卒業したとき、すぐに留学しようと思いました。就職口もなかったんです。講座の助手は二人で、それはすでに埋まってましたからね。それでイギリスに行こうと思って、あちらの奨学金を申請するつもりだったんです。ところが先輩の女性が助手でいました。この方は同級生結婚で、旦那さんのほうも研究者だったんです。その旦那がイギリスに急に行くことになったという。だから奥さんのほうもイギリスに行きたい。ついては私と同じ奨学金を申請するというわけです。私のほうは、こっちが先約だと頑張った。そこで恩師が、私のほうを助手に採用する。そのかわり奨学金の申請を下りろという。推薦状をふたつ書くわけにいかないというのです。それで大喧嘩して、それでも最後にこちらが折れて、助手になったんですよ。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「だから「あんたのいうことは哲学だ」といわれたんでしょうね。いまでもいわれますもの。「先生の話は哲学的で、むずかしいですね」、と。 哲学者に「哲学だ」っていわれたことすらあります。亡くなられた科学哲学の大森荘蔵先生と、科学哲学会で話したこともありました。学会の演壇での対話でした。本人は、「どこが哲学だ」と思ってました。いまでも思ってます。「ただの常識じゃないか」って。私は数学者でも物理学者でもないんですよ。それこそ、あんなむずかしい理屈はわかりませんわね。「学問に日常を求める」、「日常に学問を求める」、それを哲学というんでしょうね。その意味なら、たしかに私は哲学をやってたんですよ。「死体なんかいじって、どこが日常だよ」。ふつうはそう思うでしょうよ。だから死体は日常だと、説明したんですよ、こんなにふつうなものはないって。だれでも死体になるんですから。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「学問は真理を追究するものです。真理とは、普遍かつ不変のものです。つまり場所が変わっても成り立つし、時代が変わっても成り立つ、そういうものです。 そんなものを、別にそのつもりもなく、私は追いかけたらしいんです。いま思えば、私の恩師、中井準之助先生もそうだったと思います。ことの本質を常に突く人でしたから。本質とはつまり真理の別名でしょうからね。 自分は「変わらないもの」を追いかけてきた。それを本当に意識したのは、つい昨年、平成十五年のことなんです。じつは小熊英二さんの『〈民主〉と〈愛国〉──戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社)という本を読んだのがきっかけでした。ずいぶん分厚い本ですが、ともかくこれを読みました。題名でわかると思いますが、「民主」は戦後を象徴する言葉で、「愛国」は戦争中を象徴する言葉です。このふたつの言葉をめぐって、戦中戦後を生きた知識人、具体的には丸山眞男や吉本隆明のような人たちですが、こうした人たちの「言説」を、ていねいに追究した本です。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「小熊さんの本はまさに言説を扱ったんです。言説の歴史は「黙っていた多数」には当てはまりません。とくに日本の場合には、当てはまらないんです。黙っていること自体が、ある種の強い表現なんですから。もう古いですが、「男は黙って、サッポロビール」というコマーシャルがあったでしょ。「でも『いわなきゃ、なにもわからない』じゃないか」。言説だけが存在するものだとすれば、もちろん「いわなきゃ、わかりません」。西洋人はとくにそう思う人たちです。なにしろ「はじめに言葉ありき」ですからね。 でも人間は生きて動いてます。つまり言葉と同時に、「やること」を見なければならないんです。念のためですが、小熊さんの本を批判しているんじゃないんですよ。あれはあくまでも、言説を中心に置いた歴史なんですからね。あれはあれでいいんです。ただ、それをそのまま戦後史だと誤解されても困る。言説の歴史はああだったかもしれませんが、たとえば私自身はそのなかに入らない。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「ともあれこうして、解剖学というのは、すべての責任が自分に戻ってくるという意味でも、きわめて「確実な」ものです。若い私は、そこに魅かれたのだと、いまになって思います。そうした気持ちを準備したのは、小さいときの戦争と、その後の体験です。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「「科学は物語じゃない」。まじめな科学者なら、そういうでしょうね。だから私は『唯脳論』(青土社/ちくま学芸文庫)を書いたんですよ。科学だって、しょせんは脳の紡ぎだす物語じゃないですか。そんなことをいうと、政治関係の集会に、いきなり無政府主義者が出てきたような感じになるんでしょうね。みんなが首相をどうする、政策をどうするという議論をしようと思っているのに、「政府なんかいらない」っていうヤツが突然出てくる。その場の話が壊れちゃうと思うんでしょうね。 べつに壊れませんよ。科学にだって、面白い物語は山ほどあるんですから。 私が最初に書きおろした本ですが、『形を読む』(培風館/講談社学術文庫)にその一例が書いてあります。ライヘルト・ガウプ説です。「哺乳類の耳小骨は、爬虫類では顎の骨だった」。これなんか、なんとも面白い説ですよ。発表当時は「夢の産物」なんていわれたんです。「そんなものは、科学じゃない」って。なにしろ進化の話ですから、状況証拠しかないわけです。 ウェゲナーの大陸移動説もそうでしょ。「実証が欠ける、夢物語だ」。そう批判される。ともかく、聞くだけは聞いてもらったとしても、たかだか「仮説じゃないか」といわれます。 若いときに、それはよくいわれましたな。「仮説じゃないか」って。おかげで、歳をとるにつれて考えるようになりましたよ、「仮説じゃないものがあるか」って。学会で大方の人が信じてるなら「仮説じゃない」んですが、大方の人が信じてなけりゃ「仮説」なんですよ。それだけのことです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「 学問が対象別になってる。それだけじゃありません。日本の教育では、方法論を教えないことが多いんです。なぜって、学問は対象だと思ってるからですよ。だから畳が腐るほど勉強したって、経済なら経済しかわからないってことになるんです。だって経済しか勉強しないんだもの、あたりまえでしょうが。 それなら、「方法論って、どう教わればいいんだ」。包丁の使い方って、「身につけるもの」なんですよ。身につけるためには、自分で長い間やってみるしかないんです。なんだってそうでしょうが。一日で包丁の使い方を覚えようったって、そうはいきませんわ。読み書きソロバンと同じです。それだって、身につけるには、小学校の六年間くらいの時間はかかってますよ。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「デカルトは本が薄い。話が短いんです。これもいい。和歌俳句の日本人みたいです。脳を重視したのもデカルトですよ。大脳生理学の祖といわれてます。私も世間に誤解されて、「脳科学者」なんていわれることがありますが、より正確にはデカルト主義者といわれたいですね。デカルトが怒るかもしれませんけどね。「俺はお前みたいに、明晰でないこと、はっきりせんことは書かん」。まあデカルト本人はとうの昔に死んじゃってますから、勘弁してもらいましょう。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「美人とは、じつは顔の造作だけの問題じゃありません。そこに誤解があるんですよ、きっと。顔の造作が世にも稀だから、つまり「特別」だから、美人なんだ。そう思ってるんじゃないんですか。 そうじゃない。造作があたりまえに近くなればなるほど、見るほうの好みがうるさくなるんですよ。いちばん平均顔に近づくと、見る側の鑑賞力も最大値に近づく、つまり「ものすごく好みがうるさくなる」んですよ。だからフツーに近くなるほど、採点がうるさくなるんです。ちょっとした口の曲がりとか、左右の非対称とか、そういうことで減点が百点になったりする。はじめっから徹底して非対称だったりすると、減点十点くらいで済むのに。そう考えると、極端にあたりまえの顔というのは、極端に少ないことになるんです。 だから美人かどうかは主観の問題だといわれたりする。見る側の問題だということが、わかっているわけです。認知に関する人間のこうした性質は、おそらく一般的なものだと思われます。それが美人にも、ノーベル賞にも出ているんですよ。 顔の造作とか、研究業績とか、そうした「対象」は正規分布します。偏差値になるわけです。ところが、それに評価が入るわけです。評価は直接に脳がするんですから、まさに主観というしかない。「いい」とか「悪い」とか、結局はいうんですよ。 その評価に関する脳のはたらきは、十分には調べられていません。私はその性質について、議論しているわけです。その評価は、正規分布の中央に近づくほど、「うるさくなる」と思われます。なぜかって、それがいちばんフツーの対象だからですよ。フツーでないものに、厳密な好みを作ってみても、生物としては意味がないじゃないですか。そんな対象には、めったに出会わないんですからね。フツーのなかでも、特にフツーな顔、それが美人なんです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「いわゆる常識では、「その人が選ぶのは対象だ」と思っているわけです。私はそうではなくて、自分が選ぶのは方法だと決めた。そうしたら、こんなことになっちゃった。どんなことになったかって、いわゆる科学の世界からはみ出しちゃった。でもそれはべつにどうでもいいわけです。医学部をせっかく出たのに、医者になりそびれたのと同じで、せっかく科学をやったのに、科学者になりそびれた。同じことです。 これはじつは、人生のなにごとにも通じる話でしょ。嫁さんをもらうんだって、同じことじゃないですか。だれに決めるかって、ふつうは考えるけど、どうやって決めるかってこともある。「だれ」は対象ですが、「どうやって」は方法です。「だれ」の場合には、以前なら三高とかなんとかいいましたでしょ。収入が高い、背が高い、学歴が高い。そういう条件になったりする。これは美人やノーベル賞と同じで、なかなか決まらない。好みがうるさくなるからです。「どうやって」なら、自分で探す、親に探してもらう、知り合いに頼む。これは対象にはあまりうるさくない。自分で拾ってきたんだから、仕方がない。親がいうから仕方がない。信用できる知り合いがいいというんだから、いいんじゃないか。 無責任みたいですが、結婚なんて、やってみなけりゃわからないところがあります。それなら方法しだいでも、十分にうまくいく可能性があります。現に昔は対象ではなくて、方法だったんですからね。 いまの人は対象を選ぶことこそが、自分の選択だと思い込みすぎてるんじゃないんですか。それを「方法」だと考えてみると、対象に関する「うるささ」が減ります。仕事もそうでしょ。問題は仕事という対象そのものじゃありません。「仕事をどうやるか」、つまり仕事から自分がなにを得てくるかでしょ。「給料に決まってるじゃないか」。すぐにそう思っちゃう。秀吉の草履取りの話があるじゃないですか。どんな仕事であれ、そこから自分が得るものがどれだけあるか、それが重要なんです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「世間で生きていれば、純粋行為は成り立たないことが多い。小便の例で示したとおりです。もちろんフツーの小便なら純粋行為です。でも世間で生きるということは、他人を考慮するということです。他人のことを考えるから、うっかり外で小便はできない。他人が見ている、見ている可能性があるという状況では、純粋行為は成立しにくいんです。「この非常時に、虫なんか、取りやがって」。戦争中なら、そういわれたでしょうな。ところが小便は、だれでもかならず、いつでもするんです。だから純粋行為なんて、決して稀なものではない。 もっぱら純粋行為をする人とは、つまり子どもですね。子どもは天真爛漫、他人がどう思おうと、好きなことをしてます。それですよ。だから大学の人は、世間に出すと、どこか子どもっぽいところがあった。 もともと大学が「象牙の塔」といわれたのは、大学の塀のなかに純粋行為を保存するためだったと思います。それを「大学の自治」といったんです。なんの役に立つか、学問なんて、そんなことを考えてやるものじゃない。まして金が儲かる、有名になる、偉くなる、そういうこととは関係はない。ひたすら「真理を追究する」。つまり大学は修道院に似ているんですよ。修道院はもっぱらお祈りをするわけですが。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「明治時代、東大の解剖学の教授に、田口和美という先生がいました。この人は日清戦争を知らなかったという逸話が伝えられています。たぶんウソだと思うんですが、でもそういう雰囲気はあったんでしょうね。学問をやる人は、世俗のことに関わらない。それを象牙の塔というのです。法学部の助教授が、フツーの雑誌になにか書いたら、お前はジャーナリストになるつもりかと、教授にいやみをいわれた。私が大学に入ったころでも、そういう雰囲気はまだありました。 ところが世間が変わってきたわけです。「真理の追究」なんて、だれも信じない。大学の人自身が、信じてない。あの紛争は、むしろそのことを明らかにしてしまいました。国立大学なんて、そもそも税金を遣う。それなら、みなさんのお役に立つことをして、遣った税金を還元して当然だろう。その後はそういう時代になっていくわけです。 私は研究活動を虫取りと同じ、純粋行為だと思っていたわけです。ところが、やってみると、そうはいきませんわ。あたりまえですけどね。なんの役に立つとか、いい仕事だとか、つまらない仕事だとか、いろいろいわれる。私はいわれたってかまわないんですが、世間とお付き合いするなら、「かまわない」というばかりではいかない。 だから、世間で生きるようになる、つまり「大人になる」と、あまり純粋行為をしなくなるのです。むしろ周囲を配慮して、なにかをするようになる。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「カトリックなら、歴史上にいわばさんざん「悪いこと」をしてきていますから、「うしろめたさ」が身についています。新しいということは、それが「ない」ということです。そういう宗派が「自分は正しい」と思い込むと、当然ながら社会的に危険な面が出てきます。だから「むずかしい」んですよ。イスラムはカトリックより新しく、プロテスタントはさらに新しい面を持っています。ましていわゆる新興宗教は、いうまでもありません。 どんな宗派であれ、私はべつに分け隔てをしているのではありません。ただ社会と関わるときには、新しい宗派ほど、周囲には用心が必要だといっているのです。これも「あたりまえ」じゃないですか。アメリカとイスラム原理主義の喧嘩は、やや新しい宗派どうしの争いです。アメリカはプロテスタント、それもファンダメンタリズムの国ですからね。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「ところが大きな社会的事件は、一般的なようで、そうでない面を持っています。だから戦争や紛争の話をしたわけです。同じできごとが、立場によって、まったく違って見えるんですからね。同じ事件に巻き込まれても、違う経験をしちゃうわけです。 もちろん個人的なことでも、それはじつは同じです。自分の親の死は大事件ですが、赤の他人にとっては、なんのこともない事件です。でも、他人の親の死を、その人にとっては大事件だろうと察することはできます。なぜなら自分の親の死と、置き換えることができるからです。追体験ができます。 ところが社会的な事件では、その「置き換え」がむずかしいんです。リストラされた社員が、リストラする社長の立場を理解するか、あるいはその逆ならどうか、ということです。社員は社長じゃないし、社長は社員じゃないですからね。そのあたりから、ふつうの人の想像力の限界に近づくんじゃないでしょうか。クビになった社員が、社長も大変だろうなと同情するとは思えませんからね。それができるためには、社長に一度なってみないとダメかもしれませんね。でも社長になると、平社員時代のことなんか、すっかり忘れちゃったりしている。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「突然のようですが、デカルトはその意味でじつに興味深い人ですよ。「我思う、ゆえに我あり」。これが自己意識そのもので、意識の本質とはじつは「それだけ」だといっているんです。同時にすべてはそこから発している。よく解説されるように、考えている自分がいて、その存在だけは疑えない。そういうことだけではありません。意識を端的にいおうとすると、結局はデカルトに尽きてしまうんです。意識というのは、要するにそれじゃないか、ってことです。しかもそこから自己同一性がはじまるんですよ。 そう思えば、デカルトに決定的に対立する論点こそが、本来の「無我」です。考えてる私なんか、ない。そういっているんですからね。いまの人にそんなこといったって、通じないでしょう。いまの人にとっては、「考えている私しかない」んですから。だけどその「考えている私」を具体的に追究すると、刻一刻、違ってきてしまう。考えていることだって、瞬間ごとに少しずつ違ってきますからね。それが諸行無常ってことでしょうが。万物流転といってもいい。「考えている私」というのは、つまり意識のことです。意識は一日に最低一回は、かならず消えます。寝ちゃいますからね。いったん消えますが、しばらくするとまた出てくる。目が覚めるわけです。また出てきたときに、まず「私は私、同じ私」と確認します。目が覚めたときに、「ハテ、私はだれでしょう」と思ったことがありますか。思ったって、別に不思議はない。寝る前の私と、目が覚めたあとの私が、「同じ私」だなんて保証はありませんからね。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「なんの話かといえば、自分で考えて、本を書いたら、仏教思想の解説になっちゃったという話です。 なぜか。日本語を使ってるからでしょうね。日本語は明治以降、さまざまな抽象概念を西欧から借り入れました。その際にいろいろ造語をしたわけですが、その基本になったのは、おそらく仏教用語なんですよ。だって、それ以前の抽象用語といったら、仏教の用語しかないんですからね。日本史では仏教伝来が大きく扱われますが、これはたしかに大事件でしょうね。お経をなんとか読もうと思って、カナまでできたという話がありますからね。お経にいわば振り仮名を振っていく。そこでカナができてくるというわけです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「体を動かすことと、ものを考えること、このふたつには深い共通点があります。だから宗教はどちらもするでしょ。すでに述べたスリランカのお坊さんは、日本で瞑想を教えてるんだそうです。どういう瞑想法かというと、自分の体の動きにひたすら集中する。いま指を動かすのなら、自分が指をどういうふうに動かしているのか、それに集中する。それ以外のことは考えない。考えちゃいけない。ここでは体の動かし方と、頭の訓練が同時に行なわれています。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「こうした個人的な事情だけでないとすれば、そういう奇妙な気持ちがどこから生じたのか。幼稚園に代表される、すべての外の世界、日本ではそれは要するに「世間」です。それなら私の人生の主題は、じつは世間と自分との折り合いじゃなかったかと思います。それが人生の主題であるなら、私が医者にならない、科学者にならないのは当然です。どちらも相手は世間じゃありません。医者なら相手は患者さんで、科学者なら自然です。 その世間を代表するのが家族です。家庭のなかで世間を代表するのは、ふつうは父親です。ところが私の父は、私が四歳のときに結核で死にました。当然ながら、母親がその役を果たすしかありません。祖父母は同居してませんでしたからね。核家族なんですよ。その母親が決して世間との折り合いがいいほうではない。べつに悪いというわけではないんですが、とことん自己流なんです。母が自分で書いた本を読んでいただけば、そのあたりはおわかりいただけるのではないかと思います(養老静江著『ひとりでは生きられない──ある女医の 95年』、集英社文庫)。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「高年者向けの雑誌で、定年後の自分流の生き方なんて、特集してるじゃないですか。それまではいかに「自分流」じゃなかったかということでしょ、それは。そのうえ若者にも「自分流」の生き方なんて、勧めてます。 なぜ勧めるかといえば、自分流でないのが常識だからでしょ。それなら自分流が可能かといえば、この国は「自分流より世間流」というしかないんですよ。だから二世なんでしょ、議員さんでも、お医者さんでも。多くの人が自分の生き方を「そういうものだと思ってる」わけです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「日本の世間だって、仕事ができなきゃダメです。でもそれは、お前がちゃんとやらないと、ほかの人に迷惑がかかるぞ、って意味でしょ。じつは仕事自体より「うまく」やることのほうが大切なんです。きちんと、まじめにやってる。それで仕事が、はかがいかなかったら、それは本人のせいじゃない。いってみれば、当人をそういうていどにしか作らなかった、神様のせいですわ。「ちゃんとまともに働いて、あのていどなんだから、それはそれで仕方がない」。そう思ってもらえます。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「日本の世間だって、仕事ができなきゃダメです。でもそれは、お前がちゃんとやらないと、ほかの人に迷惑がかかるぞ、って意味でしょ。じつは仕事自体より「うまく」やることのほうが大切なんです。きちんと、まじめにやってる。それで仕事が、はかがいかなかったら、それは本人のせいじゃない。いってみれば、当人をそういうていどにしか作らなかった、神様のせいですわ。「ちゃんとまともに働いて、あのていどなんだから、それはそれで仕方がない」。そう思ってもらえます。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「 自分の生き方を説明するには、自分のことだけじゃなくて、世間のほうも説明しなけりゃならないんです。それをやろうとすれば、世間を「意識化する」ことになります。そこがいちばん面倒くさいんです。そもそも世間の約束事は「いわないこと」になってるんですからね。だから「男は黙って、サッポロビール」なんでしょ。 努力・辛抱・根性の例に戻りますが、「東大の医学部を出て」というと、すぐに「一生懸命に努力して勉強して」と思われちゃう。だからそりゃ違います。私が努力・辛抱・根性をつぎ込んだのは、対世間ですよ。それがなにより苦手だったんですから。 六十五歳になって、本がほぼ三百万部売れて、驚きましたよ。これ変だよ、って。いうなれば、世間に「受け入れられた」形になったんですからね。でもおかげさまで、世間と格闘した甲斐があったとは思います。格闘しているうちに、自分も変わり、世間も時代とともに変わってきたんでしょうね。それなら素直に喜ぶべきなんでしょうね。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
「もちろん、ふつうは科学と人生論を分けるわけです。そのほうが便利だからでしょう。でも人生は便利ならいいというものではない。近代社会はそれをそろそろ理解しはじめたと思います。便利中心にやってきたら、なんだか世界がおかしくなった。そういうことを、連日感じさせられます。科学の世界でも、科学中心でやってきたら、なんだか変になったんじゃないか、と思うことがあります。「人生論が科学だなんて、とんでもない」。それはそれでいいのですが、すでに述べたように、叙述と根拠を「対にする」という見方をすれば、科学とそれ以外のものを厳密に分ける必要はないと思います。そういうつもりで、この本を書きました。それが成功したかどうか、それはまったく別です。なにしろ、はじめての試みですから。 この先、もっとよく考えなければならないと思っているところです。」
—『養老孟司の人生論 (PHP文庫)』養老 孟司著
Posted by ブクログ
日本人は異文化から見ると生きていないように見えるのか。
世間に生きている、という表現は腑に落ちました。自分がどうしたいかよりも、周りからどう見えるかを優先してしまうことってありますよね。
心に個性はなく個性は身体性に宿る、という話も印象に残りました。
Posted by ブクログ
世間と人生について考えていた。世間に合わせていると自分がなくなる感じがするが、そういうことかなと思った。「世間で生きる」ときと「自分流に生きる」ときとのはざまで揺れ動く養老先生の考えが聞けて、とても勉強になった。
Posted by ブクログ
この本は、昔『運のつき』という題名で、マガジンハウスから出た本です。久しぶりにこれを読んで、養老先生の人生観はどういうものか、それがしみじみわかった気がしました。
養老先生のことを、論文も書かないし、「学問とは何か」「解剖とは何か」「言葉とは何か」みたいな抽象的な議論をしている人、というイメージを持つ人もいると思います。しかし、先生は戦争と大学紛争を通っている。東大の助手時代に、「この非常時に暢気に研究とは何事か」と、学生が乗り込んできた。
本書の表現を借りれば、戦争でも兵隊は飯を食わなくちゃならない。「戦争か、飯か」、先生はぎりぎり飯をとった。ノーベル賞もらうのも立派な研究かもしれない。しかし、学問は一人でやってるわけじゃない。学問をやることは飯だ。それを証明してやる。それが養老先生を作ったんですね。
Posted by ブクログ
期待していた内容とは違いましたが、なんとか読み終えた、と言う感じです。ちょっと難しかったかなー。「バカの壁」を読んだ時も思いましたが、養老先生の世界は、ちと理解しにくいです。