あらすじ
物語のむこうに社会が見える! 解剖学者のユーモアと明晰な論理のメスが、小説の読み方を一変させる“目からウロコ”の痛快エッセイ集。
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Posted by ブクログ
【養老孟司先生の、推理小説&ファンタジー論、とその他】
本とは、特にフィクションとは何か、読書するとは何か、そういったことを深く考えさせられるエッセイ集。
養老先生が、2000年ごろから2004年ごろに定期的に書かれていたものを収録してある。
一見どこに行きつくか分からないような話が、ちゃんと着地するところがすごいと思う。これは、一つ一つのエッセイも出し、このエッセイ集としても、どんどん考えが深まって、バラバラのエッセイの投稿も、なんだか一貫性をもって来るような、そんな感じ。
読み手によって、印象深い話はそれぞれと思うけれど、個人的にはファンタジーに対する考え方が面白かった。
働きすぎと暇つぶしの狭間で
一部ご紹介します。
・科学技術の発展は様々なことを可能にした。可能だから、人間はそれをするので、環境を考えたらどうなるか。
やりすぎなければそれでいい。無限の知識追求という前提は、その「やりすぎ」を手伝ってしまう。
推理小説もファンタジーも、漫画もアニメも、やりすぎ防止の一環である。働かなければ生活できない時代では、暇つぶしは罪悪であった。
でも環境を考えるなら、働きすぎは罪悪である。
・車に慣れると、歩くという運動をしなくなる。親切な文章を読むと、不親切な文章は読めなくなる。
頭の訓練とは何か?自分の頭で考えることである。自分で考えた文章というのは、ひとりでに必要にして十分な分かりやすさを持っている。
・問題を丸めてしまえば(疑問に感じたことを、どうでもいいこととして忘れる事)、人生は楽だが、楽をすればその分自分に跳ね返る。
・遺伝子組み換え技術に限らず、一般に応用可能な新技術は、反対してもあまり意味はない。誰かが実行してしまうと、取り返しがつかなくなる可能性が常に残るからだ。核兵器がそうで、先にナチスドイツが作るかもしれないということが、アメリカの核開発の根拠となった。
だから、こういう技術については、「良く知る」しかないのである。
禁止したところで、それこそ使われてしまえば、もはや元に戻せないことが多いからだ。
それなら、反対原理主義になる前に、利害をしっかり見定めておく必要がある。
・「言葉で言えないことはない」という世界は、何事も言葉と交換可能だという世界である。
そこから「金で買えないものはない」まではすぐだ。そこで「落ちてしまう」ものは感覚の世界。
感覚の世界では、すべては独自で、すべては異なる。動物はその感覚世界に住むから、言葉は使えない。お金も使えない。
・同じ言葉を使っているつもりでも、「音程が違っていれば」感覚世界の住人は、「違うことを言った」と看做す。
Posted by ブクログ
読書案内かと思ったけど、実際のところは、そのときに読んだ本を紹介しながらの、エッセイ集でした。もちろん、結構な勢いで絶賛されている本とかもあって、そういう中でちょっと読んでみたいと思うようなものもちらほら。虫の話が大部分で、あと人付き合いとか、解剖の話とかもちょいちょい出てきて、って感じで淡々と進みます。そういえば京都の漫画博物館の館長ですもんね、養老先生。そりゃミステリーやらファンタジーについても造詣は深いわけです。
Posted by ブクログ
「小説推理」に養老先生が連載していたものが単行本化され、さらに題名を変えて新書化されたもの。だから初めは正直、タイトルと内容の齟齬に少し戸惑ったが、読み進めていくうちに、だんだん養老節に引き込まれていった。養老先生の考え方、視点、私は好きだ。
あの「バカの壁」は、この連載の途中で売り出されてヒットしていたもので、実は私はまだ「バカの壁」を読んでいないので、先にこちらを読めて正解だったかもしれない。
それにしても、帯などに書かれている、出版社が用意したこの本のキャッチコピー、全然違うと思うんだよな・・・。養老先生言うところの、出版社は本を売らなければ「ならない」ゆえのうたい文句なんだろうけど、正直、この本は「読書術」の本ではないと思う。私は養老先生の考え方が好きだから楽しめたけど、「読書術」を読みたくてこの本を手に取った人は、もしかしたら違和感あるんじゃないかと思う。単行本の「小説を読みながら考えた」のタイトルそのままで良かったんじゃないかな・・・。
Posted by ブクログ
意外なことにミステリーとファンタジーをよく読まれている養老先生。話はしかし読書にとどまらずやはり人間とはなにかという深遠なテーマに飛びがちであり、その逸脱具合が面白い。気楽に読めるエッセイ。
Posted by ブクログ
養老孟司さんの読書論かと思いきや、その時期に読んだほんの感想とその時期に感じていたことのエッセイというテイスト。
期待とは違ったものの、純粋に著者の思考に触れることができて楽しい。
文中で触れられているように、いつどこで役立つかわからないけれど、きっとどこかで役立つような気がする本。
〈若者が「常識」に疑問を持つ理由〉
創造性や独創生については聞かされるが、普遍性を教わらないから。
学問は元来普遍性を追うものだが、現在は専門性を追うものに変わった。
普遍性がないところに常識や良識はない。
Posted by ブクログ
読書日記なのに、虫採りや虫についての話がちりばめられている。出張先では、移動の荷物を減らすために読んだ本のページを破り捨てるという、そんな人は世界中探してもあまりいない気がする。
129頁から始まる諸行無常という題の読書日記の部分にたまたま見たNHKの番組で森津順子さんというホスピスの医者のインタビューについて言及しており、一番印象に残ったのは、「ホスピスの患者さんで上手に死ぬことができるのはどういう人か」という話だったそうだ。
それは、その日その日、そのときそのときを懸命に生きている人であるという。
しかし今は、情報は死なない不変ものという感覚からいえば、自分自身をも情報とみなしている。個性をもった確固たる自分が存在すると思うから、死ぬのは変である。しかし人間は変わるものだし死ぬものだ。だからこそのその日その日、昨日の私は死んでいる・・・というクダリを読んで、前に読んだ池田晶子さんの言葉がようやく理解できた。
それは「自分は、日本人であり女である”池田晶子”を演じていると思っている。でも本質は誰でもない”Nobody”なのだ。そう分かっていれば皆さんも随分楽になりますよ。」
しかし実感としてそう理解できるまで、もう少し時間が必要な気もする。
読みたいなあと思った本は、「河岸忘日抄」。
読者の想像力を刺激するから上質なのだという。いちいちすべてを説明するのは読者を馬鹿にすることであるという。堀江敏幸著。
あとは、「風の影」。
カルロス・ルイス・サフォンという人が書いた。忘れられた本の墓場へ、父親に連れられた少年が一冊手にとり物語が始まるという。
読んでもいないのに、ワクワクする。