ビジネス・実用の高評価レビュー
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購入済み
ドクタードルフィン松久先生の本
これ程、読む人を変容させる本、読むことにより恩恵を受けることが出来る本は、ドルフィン先生の本以外は存在しません。まさに、「ドクタードルフィン松久正先生の本か、それ以外か」。ドクタードルフィン松久正先生の本は、例外なく、全てそうです。
この地球で肉体を持っていること自体が奇跡の、超至高次元のドクタードルフィン松久正先生、からしか、決して聞くことの出来ない、超飛び抜けた内容です。
読むか、読まないか。それで貴方の人生は、想像し得ないほど、大きく変わります。
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Posted by ブクログ
2025/07/10
p.29
神道の自然崇拝は、国土を私たちにとって心の奥底からいとおしく思える存在にした。また神道の祖先崇拝は、次々と系譜をたどっていくことで、ついに天皇家を民族全体の起源とした。
おそらく神道は、中世のキリスト教の教会とは違って、信者に対してほとんどなんの信仰上の約束事も規定せず、そのかわりに、まっすぐで単純な行動基準の形式を与えたのである。
2026/01/27
p.77
第7章 信と誠
信すなわち誠がなければ、礼は茶番や見世物になってしまう。伊達政宗は、「礼が過ぎると嘘になる」と言う。「心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん」と言った歌人は、ボローニアス -
Posted by ブクログ
ネタバレ夢無し芳一
そもそも”夢がない主人公”という切り口が面白い。
自分の夢が無いというのは、今までやりたいことや好きなことを何らかの理由で抑えたり我慢したり遠ざけたりすることによって、本当に自分が望んでいることがわからなくなる結果だと思った。
個人的に思ったこととして、夢が無いことは決して悪いことでは無いし、夢は絶対にあった方がいいといった強い主張もないけれど、それでも人生は長いし暇だから、どうせ生きるなら周りの目を気にせず楽しいことをしたいよねと思った。
ガネーシャが主人公に対して放った言葉で、”とても辛い時や苦しい時に助けて!と言える勇気こそが強さだ。”みたいな場面があったけど、その通 -
Posted by ブクログ
195P
新井 潤美
(あらい めぐみ、1961年10月7日 [1]- )は、日本の英文学者・比較文学者。東京大学教授。東京生まれ。香港、日本、オランダおよび英国で教育を受けた[2]。父親の仕事のこともあって、彼女はオランダのアムステルダムの学校に移ったあと、14歳くらいのときに、英国のチェルテナム・レイディーズ・コレッジという「女子パブリック・スクール」に移る[3]。後に新井はパブリック・スクールに通った体験を活かして、自著内でパブリック・スクールのイメージが、イギリス文化においていかに大きな位置を占めているかを、小説、演劇、映画などを通して見るとともに、その実態と歴史的背景をも併せて紹介 -
Posted by ブクログ
まず、収容所の恐ろしさに戦慄した。
そんな狭い地獄では度重なる小さな絶望こそが、
彼らをより大きく苦しめたのだろう。
序盤でドストエフスキーの
「人間はなにごとにも慣れる存在だ」という言葉が
引用されており、そんな過酷な状態にも
慣れてしまえる人間の強靭さを、
私は途方もなく残酷だと感じた。
それは彼らの身を守ったのかもしれないが。
そんな苦しい日々の中で、苦悩を守り、
苦しみ尽くすこと。
生きることから与えられる意味ではなく、
「生きることが自分に何を期待しているのか」
を考えること。
未来に自身のかけがえのなさを見出すこと。
果たして自分にはそれが極限状態で出来るだろうか。
否、出来な -
Posted by ブクログ
当事者でもある著者が中高年シングル女性が被っている実情を当事者たちの証言をもって詳らかにする。労働、性差別、住宅、家庭などの各種章立てテーマそれぞれで困難にぶち当たっている。全編通じてつながること、個人の尊厳が守られることの重要性を繰り返し説く。
私は30代男性、本書で語られるテーマとは結構な対極にあるという自覚がある。何か自分の意見を表明するのも二の足を踏む心境である。
しかし、人が当たり前に享受すべきことができないという状況はそのままでよいという考えにはなれない。私は確かに既得権益者なのだろう、他人ごとと突き放す非常さに葛藤する自分がいる。が、自分ごととして受け取り日常の範囲で思考と行動