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イスラーム文化を真にイスラーム的ならしめているものは何か。――著者はイスラームの宗教について説くことからはじめ、その実現としての法と倫理におよび、さらにそれらを支える基盤の中にいわば顕教的なものと密教的なものとの激しいせめぎ合いを認め、イスラーム文化の根元に迫ろうとする。世界的な権威による第一級の啓蒙書。
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Posted by ブクログ
イスラム教への理解が深まる。宗教ではあるが、神学や哲学の分野でもある。著者の解説が分かりやすいので「信仰を解体して学ぶ楽しさ」を知るような読書になった。そもそも“解体して学ぶ“行為は、そのプロセス自体が会話や旅行のようでもあり楽しい。 先ず、旅のポイントは意外性から。イスラムが商業的な教えを含むも...続きを読むのだという点。コーランは人間が神に金を貸すというイメージで解釈される。「誰か神に素晴しい貸付けをする者はおらぬか。後で何倍にもしてそれを返却していただけるのだぞ。神はその掌をつぼめるも、ひろげるも、思いのまま。」いわゆる神の恩寵が金銭的に表象され、厳粛な最後の審判の日すら商人言葉で描かれるらしい。 次に“言葉の限界“を見抜いていた点。「コーラン」は言葉である。神の言葉であるにしても、ともかく言葉であるには違いない。すべて言葉は、それが理解されなければ、その機能を果たすことができない。そして言葉を理解するとは、解釈するということ。「コーラン』という言語テクストが神の言葉であっても、解釈するのは人間の営み。だから私は信仰は必ずご都合主義で書き物は偶像と変わらないという思想を持つが、本書では「コーラン」をどう読むかは各人の自由で、その本来的自由性がイスラム文化の多様性、多層性の源になるのだと説く。 え、そっちの態度で良いの?という新鮮な感覚。解釈の自由性ってある意味では無限に都合よくできそうだが。しかし、解釈は自由だが、その自由は常に責任・共同体(ウンマ)によって拘束されている。先ず論理的かつ実際的に可能性を認め、それを統制する仕組みを持つのだ。 イスラムにおけるこの聖俗不分という考えも興味深い。政教分離はあり得ない。また、神と人との人格関係が、あくまで主人と奴隷との関係だという点も考えさせられた。人間は神の奴隷。私も考えた事がある。空腹があり生への執着があれば、神の奴隷として日々の運動が必要だ。 ー 哲学的にはこのようなものの見方を一般的に非連続的存在観と呼ぶことができると思います。存在の根源的非連続性。もちろん時間的にばかりではなく、空間的にもです。空間的に世界は互いに内的に連絡のないバラバラの単位、つまりアトムの一大集合として表象されます。 ー 哲学的には因果律の成立しない世界ということになる。因果関係で内的に結ばれているものは、この世界には何一つ存在しない。また、そうであればこそ神の全能性が絶対的な形で成立しうると考えるのであります。もともと因果律というものー原因があって、結果がある。原因になるものにある種の創造力があって、自分に内在するその力の働きで結果にあたるものを自分の中から生み出していくのでありまして、因果律というものを認めますと、それだけ神の創造能力が減ることになる。神に頼らなくても、事物がそれぞれ自分なりに働けることになるからです。とにかく事物に自分自身の力があって、それが独立で働くものであれば、神は無条件的に全能ではありませんし、世界は神の絶対自由空間ではなくなってしまうのです。 上記は私が面白さを感じた極致。自然発生の連鎖だから自由意志は無いという考えもあるが、それだと神すら不要だから、神は場面場面の意思に介在するのだという因果律を否定するような考え方。だが、他力信仰で人間の自由意志を完全に否定するのではない。もし人間がまったく無力で、自由意志を欠くものであるなら、そんな人間が悪を為し罪を犯すのも彼の責任ではなく、すべては神の責任になってしまうはず。神の倫理性の根本原理である正義が成り立たない、という。予定(定命)を信じるのだ。 他にも最期の審判や異教徒の扱いなど興味深い内容が続く。信仰せずとも宗教を学ぶ事は重要。当然ながら過去に遡り膨大な数の信者がいるのだから、人間はどんな理屈や絶対性を信仰し得るのかを観察するガイドにもなる。
イスラーム文化をイスラーム的にたらしめているものは何か イスラーム文化の独自性に迫る名著! イスラームというと、時局的な事件や歴史的背景の解説にとどまることが多いが、本書はその根本にあるイスラーム教そのものに光を当てている。 キリスト教や仏教と並ぶ世界三大宗教の一つでありながら、現代でもたびたび...続きを読む社会を揺るがすイスラーム。その力強さの背景には、単なる信仰を超えて人々を動員する強大な教義がある。私自身、イスラームの「強さ」を人口増加や「子供を産み育てる」という行動様式に感じていたが、本書を通じてその一端に触れられたように思う。 印象に残ったポイント 1. 絶対帰依の宗教である イスラームをイスラームたらしめているのは「絶対帰依」。神に対する無条件の自己委託、絶対他力信仰の姿勢である。ムスリムという語そのものが「帰依する者」を意味しており、宗教の中核をなす。この徹底した信仰ゆえに、背信者やイスラーム法を破る者への処罰は厳しい。 2. 世界性と強い共同体意識 ユダヤ教やヒンドゥー教のような民族宗教と異なり、イスラームは普遍性を備え、血縁を超えてすべての人を受け入れる。そして契約によって結ばれた人々は、ムハンマドの権威のもと同胞となる。強い連帯意識を生み出す宗教である。 3. 聖俗の区別を持たない キリスト教や仏教が「聖」と「俗」を区別するのに対し、イスラームは生活の隅々まで宗教が浸透する。コーランの教えはイスラーム法として人々を統治し、法を破ることは即ち神に背くことを意味する。政治をも包含する全生活的な宗教である。 4. スンニ派とシーア派の違い スンニ派はイスラームの教えをもとに社会・政治体制を築く「外への道」。一方、シーア派は形而上学的な真理を探究する「内への道」として発展した。 5. イラン政治の不安定さの背景 シーア派思想は「絶対的な答えは存在しない」という前提に立つ。そのため人々は常に疑心暗鬼になり、政治的確実性を欠く傾向がある。イマームの意思を汲む哲人政治と、神から権威を与えられた王権政治の対立が繰り返され、その帰結としてイラン革命が起こったともいえる。 イスラームの動員力の源泉は、神への絶対的信仰と、それを法のレベルまで具体化した点にあると実感した。個人の信仰から社会制度まで宗教が貫いている。なるほど、これでは強いはずだ!と腑に落ちた。 時事的な説明にとどまらず、イスラームそのものを描き出す本として非常に貴重である。さらに、宗教書にありがちな著者の価値判断が極力排除されている点も好印象。入門書として最初に読むのに強く勧めたい一冊だ。
めっちゃくっちゃ分かりやすかった! イスラームにおいて『コーラン』ってものがどれほど重要のものかわかったし イスラームの考え方とか、世界観 宗教がどれほど生活に密着してるか分かった
イスラーム文化を根元的に、統括的に、述べようとする良書。 イスラーム文化と一口に言っても、多層的多面的であることがよくわかる。 イスラームの大まかな概要を掴むのと同時に、ユダヤ教やキリスト教との相違点の理解も深まる。
イスラーム教に関する基本書。勿論日本のイスラム研究の初期に位置する学者であるため、イスラム世界の多様性や現代のイスラムへのまなざし等が踏まえられていないが、それをおしても、やはり本書はイスラム教という宗教の大枠を捉えるには格好の書籍。
いやぁ、これまた滅茶苦茶面白かった スンニーとシーアとスーフィズムなんて、ろくな説明聞いたことなかったけども、凄くわかった 例えば、 スンニー派は、コーランに描かれる世界の後半期であるメディナ期の方向性に近く、感覚的で現実主義的なアラブ社会的感覚にのっとった考えで、イスラーム法を守ることを至上と...続きを読むし、いわゆる顕教的にコーランに対する。 シーア派は、コーランの前半期のメッカ期的な感覚が強く、ゾロアスター教をルーツにもつ幻想的で神話的な世界観を持つイラン的なものであって、密教的にコーランに対する。ただ、密教的解釈ができるのは歴史的に承認されたイマームだけ。 スーフィズムは、密教的だけど、シーア派よりも更にオープンというか、承認されたイマームでなく、修行をつむことでワリーという状態に、いわゆる解脱できる すげー雑に説明するとこうなる こんな言い方、誰もしてくれない コーランに描かれている世界は20年間の時間的広がりがあること、イラクなどのアラブ世界と、イランとには違いがあること それは砂漠の騎士道的世界と、ゾロアスター教的世界と 無我を説いても、仏教とは確実に異なるのは、あくまでイスラムは絶対的一神教の一元論がベースだということ などなど やー面白かった 次はついにコーラン行きます
イスラム教圏の文化についてよくわかる。 疑問に思っていた、 ・ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の関係 ・コーランだけが聖典なのか ・アラブ人とイラン人の違いとは ・スンニ派とシーア派の違いとは ・それぞれの宗派の考え方とは を解決してくれた。 キーワード: 1次聖典コーラン、2次聖典ハディース:...続きを読む言行録、ムハンマドはただの預言者、メッカ期とメディナ期、聖俗不分離、イスラム法(シャリーア:水場への道)、ウラマー(外面への道をとる人)とウラファー(内面をへの道をとる人)、シャリーアとハキーカ、タアウィール(原初に引き戻す)
スンナ派、シーア派、スーフィズムの思想的な特徴が、『コーラン』の解釈の仕方という形で、実にうまく整理されている。
井筒俊彦氏(1914~1993年)は、日本で最初の『コーラン』の原典訳を刊行した、イスラーム学者、言語学者、東洋思想研究者。アラビア語、ペルシャ語、サンスクリット語、ギリシャ語等30以上の言語を流暢に操る語学の天才と言われ、多くの著作が英文で書かれていることから、欧米での評価も高い。 本書は、198...続きを読む1年に著者が行った講演を基に同年に出版された作品を、1991年に岩波文庫から再刊したものである。 本書は、副題に「その根柢にあるもの」と付けられているが、その意図について著者は、「「根柢にあるもの」と申しますのは、教科書風、あるいは概説書風に、イスラーム文化の全体を万遍なくひととおりご説明するのでなしに、ひとつの文化構造体としてのイスラームの最も特徴的と考えられるところ、つまりイスラーム文化を他の文化から区別して、それを真にイスラーム的たらしめているものをいくつか選びまして、それを少し掘り下げて考えてみたいということでございます」と言い、①イスラーム文化の宗教的基底、②イスラームの法と倫理、③イスラームの内面への道、という3つの側面についての考察を語っている。 そして、講演を基にした滑らかな文章を読み進めるうちに、コーランとは? ユダヤ教・キリスト教・イスラームの関係は? イスラームの神アッラーとは? ムハンマドとは? イスラーム法とは? メッカ期とメディナ期(の違い)とは? 共同体(ウンマ)とは? ハディースとは? ウラマーとウラファーとは? シャリーアとハキーカとは? スンニ―派とシーア派(の違い)とは? イマームとは? イスラーム神秘主義(スーフィズム)とは?。。。等の、イスラームのポイントが次々に明らかにされ、まさに「イスラームとは?」が浮かび上がってくるような気がするのである。 近時、イスラームに関する書籍は数多出版されているが、イスラームの根柢にあるものをこれほどわかりやすく、かつ簡潔に語ったものは少ないのではないだろうか。 30年以上前の著作であるが、イスラームを理解する上で比類ない良書と思う。 (2018年4月了)
イスラム教を理解する入門書として最高。非常にわかりやすい。他の有名宗教との違い、コーランのメッカ期とメディナ期の特徴、スンニー派のシャリーアと共同体思想、それに反するシーア派のハキーカの概念、そしてスーフィズムの神秘主義について、丁寧に解説している。中近東の歴史や現在も起きている国・権力者・民族の紛...続きを読む争を理解するにおいて、イスラムを避けて通る事は不可能であると改めて実感した。
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