新渡戸稲造の作品一覧
「新渡戸稲造」の「まんがで読破」「イエスキリストの友誼」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
「新渡戸稲造」の「まんがで読破」「イエスキリストの友誼」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
Chivalry 武士道
Valor 勇気
rectitude 義
veracity 信
sincerity 誠
fortitude 忍耐
あまり触れない英単語で、これらが英語話者にしっくり来るんだと発見。
新渡戸稲造って、奥さんは米国人で、この本を英語で書いたのね。それは、シンプルに、すごい、そりゃお札の顔になるわ、とレベル低い感想から始めて恐縮。
サムライの刀が西洋人にはそんなに恐れ野蛮に思われていたのを知らなかった。その誤解を正そうと武士道を書いたと言うきっかけも初めて知った。
そしてその刀を用いた腹切りは、悪いことをしたから死をもって償うという意味はともかく、悲壮になることなく淡々と腹切りをしたということ、それは武士の精神もさることながら、人の命が今より軽く見られていたというのがショック。
武士道が最も重要視しなかった算術。金融経済は卑しいものとされ、商人に任せた。金儲けを考えるのは卑しいと考える日本人の気質はここから来てるかも。
反対に、金銭で測れない職業かある、と言うのはすごい深い考え方だ。教師、武士がそうだったと言う。その職、地位に就くのは高潔な人のみであり、そう言う人は金のために働かず清貧な暮らしを送り徳を積み尊敬される。
西洋からの近代経済が流れ込み、何でも金銭価値で測られるようになり、全く逆の価値観と相容れなくなった。
武士道は哲学だ。
Posted by ブクログ
宗教教育が公にほとんど行われない現代の日本において、なぜこれほどまでに規律や倫理観が保たれているのか——。この問いに対して、新渡戸稲造が1900年に『武士道(Bushido: The Soul of Japan)』を通じて世界に放った答えは、今なお色褪せない強烈な説得力を持っていますね。
武士道は単なる「戦いの技術」ではなく、日本の伝統的な精神の拠り所であり、西洋の「騎士道」や「キリスト教の倫理」に匹敵する、高度な道徳体系です。
武士道を作り上げた3つの源流
新渡戸は、武士道がゼロから降って湧いたものではなく、日本人の心に古くからあった3つの要素がミックスされて生まれたと説明しています。
仏教(運命を受け入れる心): 運命に身を委ねる平穏な心、生への執着を捨てる精神、不可避なものへの従順さを与えました。
神道(祖国愛と敬意): 祖先への崇拝、国や主君への忠誠心、そして「人間は本来、神聖で清らかなものである」という本源的な自己信頼を植え付けました。
儒教(人間関係の倫理): 5つの道徳関係(五倫:父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)を通じて、社会的な責任や上下関係、倫理的な行動規範を体系化しました。
これらが数百年におよぶ封建制という土壌の中で醸成され、特権階級である「武士」のプライド(高潔さへの義務)と結びついたものが武士道です。
7つの徳と「克己」「女性の武士道」の真髄
整理していただいた7つの徳とそれを取り巻く精神は、現代の私たちが日常で直面する葛藤にも明確な指針を与えてくれます。
1. 義(ぎ)
武士道の骨格であり、最も厳格な徳です。新渡戸はこれを「人の体に骨があるように、義がなければ首も正しく保てず、手も動かせない」と言い表しました。ずるさや打算を嫌い、人として「何が正しいか」という絶対的な物差し(軸)を持つことです。
2. 勇(ゆう)
ただ命を捨てることや、無謀に突っ込むことは「犬死に」であり、勇気とは呼びません。義(正義)のために行動すること、そして正しいことのために耐え忍ぶこと(忍耐)が本物の勇気です。お書きの通り「義を見てせざるは勇なきなり(正しいと知りながら行わないのは、勇気がないからだ)」という言葉がその核心です。
3. 仁(じん)
他者への慈しみ、憐れみの心です。力を持つ者が溺れることなく、弱者をいたわる心の広さであり、新渡戸はこれを「王者の最高徳目」と位置づけました。
4. 礼(れい)
礼儀とは、単なる形だけのマナー(作法)ではありません。「他者の気持ちに対する思いやりが、外側ににじみ出たもの」こそが本当の礼です。究極の礼は、相手を不快にさせないという深い優しさ(品格)から生まれます。
5. 誠(まこと)
文字通り「言ったことを成す」ことです。武士の言葉には重みがあり、契約書や証文がなくとも、言葉そのものが真実(至誠)でなければなりませんでした。嘘をつくことは名誉を失うことと同義だったのです。
6. 名誉(めいよ)
自己の尊厳であり、恥を知る心です。武士にとって「名誉ある死」とは、人生の最期にそれまでのすべての徳(義・勇・仁・礼・誠)が結実した瞬間を指します。自分の命よりも、人としての誇りを守ることを重んじました。
7. 忠義(ちゅうぎ)
自分勝手な利益のためではなく、公(主君、社会、国家)のために尽くすことです。ただし、盲従ではありません。主君が間違った道に進もうとしたとき、命を賭してそれを諫める(正す)ことも忠義に含まれていました。
克己(こっき)の重要性
これら7つの徳を支えるのが「克己(自分の感情や欲望に打ち勝つこと)」です。武士は、どんなに悲しくても、どんなに苦しくても、それを表に出して周囲を動揺させることを恥としました。常に平静でいること(心の平安)を保つための厳しいトレーニングが克己でした。
女性の武士道
新渡戸は女性の武士道についても一章を割いています。当時の女性は、表舞台に立つ武士を陰で支え、家を守り、子供に武士の精神を教育する役割を担っていました。自分のわがままや平穏を捨て、家族(ひいては社会)のために自己犠牲を厭わない姿勢は、男性の武士道に勝るとも劣らない気高き精神として賞賛されています。
宗教批判ではない:キリスト教との共通性
「決して宗教批判ではない」という点は、新渡戸がこの本を執筆した最大の動機でもあります。
熱心なクリスチャンであった新渡戸は、西洋の友人から「日本には宗教教育がないのに、どうやって道徳を教えているのか?」と聞かれ、答えに窮したことから本書を執筆しました。
新渡戸は、キリスト教の「愛」や「正義」といった普遍的な真理は、形を変えて日本の「武士道」の中にも息づいていると証明したかったのです。聖書の教えが西洋人の血肉となっているように、神道や仏教、儒教が溶け込んだ武士道は、日本人の血肉(侍魂)となっています。
形を変えたグローバル化や西洋文化の流入によって、外見や生活様式はどれだけ変わろうとも、私たちが災害時に暴動を起こさず秩序を守り、他者を思いやり、嘘を恥とする精神のバックボーンには、間違いなくこの「武士道」の遺伝子が流れています。
「武士道は、その象徴である桜の花のように、風が吹けば散ってしまうかもしれない。しかし、その香りは日本の空気に永久に漂い続け、人々を魅了するだろう」
—— 新渡戸稲造『武士道』より
Posted by ブクログ
日本人とは何か?を知る事の出来る本
新渡戸稲造がこの本を発表した過去と現在では価値が異なる。
過去➡️外国人に対して日本人を紹介する本
現在➡️道=軸を見失った我々の道標の本
外国は宗教が道徳を担っているが、大多数の日本人は無宗教…。道徳を軽んじてはいけない。
元々明文化されたものではなく、口伝や『しきたり』として伝わってきたものを文書化した新渡戸稲造の功績はデカい!
内容としては原文より解説の方が理解し易い。
義・勇・仁・礼・誠これを貫く為に命を賭けるのが武士道。
人に優しく、正直で嘘はつくな、卑怯な真似をするな、約束を守れ、弱い者イジメをするな、親孝行せよ、人と仲良くせよ。
これを実践出来ないことを『恥』とする文化が我々には必要なんだなと思う
Posted by ブクログ
日本三大名著と知り、読んでみる。5000円札の人でしかなかった新渡戸稲造、そりゃお札にも載るわと納得。
世界的に、日本人に対する誤解があるんじゃないかってところから、日本人らしさとは何なのかを考え直し、世界に向けて発信したのがこの本なんやな。原本は英語で書かれたらしい。
めっちゃ賢いのが伝わってくる。
武士が重んじた規律、海外の人はこういう見方をしているかもしれないけど、それってあなたたちの文化(名著やシェイクスピアなど)で言うところのこういう精神と同じじゃありません?ってスタンス。
誤解の糸を一つ一つ丁寧に解きほぐしてる感じ。
海外の文化や芸術に深い知識があり、その精神を理解した上で日本人との共通点を見つけ、日本人を理解してもらうきっかけを見つけ出そうとしている本。
美点ばかりを述べるでもなく、出来るだけ公平な視点を保とうとしてるのが良いね。
やるやん稲ちゃん。
Posted by ブクログ
2025/07/10
p.29
神道の自然崇拝は、国土を私たちにとって心の奥底からいとおしく思える存在にした。また神道の祖先崇拝は、次々と系譜をたどっていくことで、ついに天皇家を民族全体の起源とした。
おそらく神道は、中世のキリスト教の教会とは違って、信者に対してほとんどなんの信仰上の約束事も規定せず、そのかわりに、まっすぐで単純な行動基準の形式を与えたのである。
2026/01/27
p.77
第7章 信と誠
信すなわち誠がなければ、礼は茶番や見世物になってしまう。伊達政宗は、「礼が過ぎると嘘になる」と言う。「心だに誠の道にかないなば、祈らずとても神や守らん」と言った歌人は、ボローニアスを凌駕している。