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Posted by ブクログ
今年2024年で、書かれたのは1899年(明治32年)。
125年前のこと、しかも38歳の時。
この時代に世界中の文学を勉強をし、そして日本の精神の根本にあるものは何であるのかを、実際にあったことに触れて、またヨーロッパの歴史や文学を引用して描き出されている。この本で日本人の精神道徳の成り立ちが世界的に一段と広まったのだろう。
あなたの宗教は何ですか? と問われたら
私は一応 仏教です、と答えるが、日本人の根本にあるのは、封建制度の武士道から裾にひろがった精神なんだと、改めて気が付いた。
桜を愛でる日本人で良かったな、と思う反面、果たして今の日本人は何処にいる? 何人いる?と探している。そして日常生活の中で傲慢になっている謙虚のなさをも反省もしている自分がいる。
新渡戸稲造さんの本 もっと探してみよう!
Posted by ブクログ
新渡戸稲造氏が1900年に英語で出版したBushidoを、1938年に矢内原忠雄氏が日本語に訳したものですが、本書ほど欧米における日本理解を促進させた本はないのではないかと思われるほど重要な本だと思います。新渡戸氏は主要読者が英米国人ということ、かつ本人がキリスト教徒ということもあって、武士道の考え方をキリスト教との比較、あるいは古代ギリシャ、ローマ、あるいはシェイクスピアなど英米文学の巨匠の言葉を参照しながら解説しています。そのためか日本人であれば相当の高い教養がないと全文を理解するのは困難なのですが、本書を読んで腹におちるところが多々あり、武士道の思想は現代日本においても生きている、と断言できることも確かです。1回だけ読むのではなく、何度も読めば読むほど味が出て理解が深まる本です。
Posted by ブクログ
義理の解説に納得するものです。
キリスト教文化圏の人が「愛」を動機として為すべき、と教えられ身に付けている家族や隣人への行為を、
日本人は、たとえ愛が不足している場合でも「義理」を感じて実践する事が出来る。
と、僕は理解しました。
逆に言うと、日本人に「愛」を求めるのには無理があると思いました。
例えば、「義理」として家族の看病をする日本人に、「愛」を以て看病をしろ。と求めると、少々酷なように思います。
義理として看病するにしろ、
愛情をもって看病をするにしろ、
実際のところは同じ事をしているのですから、あえて
「愛情を以て接しなさい。」
と言う必要は無いと思います。
アメリカのテレビドラマなどを観ていると、恋人同士は頻繁に言葉で愛情がある旨を発言し、確認しています。
本書を読むと、
「なるほど、キリスト教文化圏で育った人は、家族や近しい人へ接する際には、根拠として愛が必要で、それを表現する訓練をしながら育ち、平然と表現できるのだな。」
と理解出来ました。
ただし、これを日本人に求めるのは、やはり無理だと思います。
例えば、しばしば
「子供に愛情がわかず悩む」
と親の嘆きを耳にしますが、
僕はそんなときに
「日本人なら当然です。愛情が沸かずとも、義務として接してあげましょう。」
とアドバイスをするとずいぶんと楽にしてあげられるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
家事や、家計のための収入を得るための仕事を、
義務として為しているときに、
もし愛情の裏付けに不安を持った時には、是非とも思い出したいものです。
「愛」の裏付けを必要とするのは、キリスト教の文化で育った人の考えで、
あらかじめそのように育てられた人にしか出来ないもので、
日本人は「義務」として世話をすれば良いのだ、と。
もし、「愛」があるのか?と疑問に思ったら、それはアメリカのテレビドラマの見過ぎだ、と気づきたいものです。
Posted by ブクログ
この本は新戸部が、日本に宗教教育はないのに日本人はどのように道徳を学ぶのか問われたことに対して書いたもの
武士が当時の日本人の道徳的模範となっていた
知識は学んだものの心に同化して初めて真の知識
義に過ぐれば固くなる、仁に過ぐれば弱くなる
義理は正義の道理であり第二義的、礼儀作法は精神的規律の単なる外衣
→内側の魂の重要性
忠義は奴隷となることではなく、その良心に従って主君に仕えること
良心を積み重ねていった証が名誉であり、名誉を何より大事にしたのはその良心を保障するものであるから
当時の女と男の関係は、武士と主君の関係であり、決して奴隷関係ではない
当時は個人主義ではなく、家柄や家族は分かち難い一塊とみなされていた。だからこそ名誉を優先
ただ考えを押し付けるのではなく、その人、文化特有の背景を考慮した関わり方。この本も世界各国の文化的背景を踏まえて(様々な引用)武士道を普遍化し説明したからこそ、世界的な理解や評価を確立。
武士道は、無数の行動の選択肢の中から選択する軸となるもの
Posted by ブクログ
まとめ&感想かいてみました
☆成り立ち
武士道は儒教思想や神道、仏教から忠臣愛国の精神や死を受け入れる諦観さ、長幼の序などの各思想の影響を受けていること
☆武士道の内容
義、忠、礼、勇など※それぞれの関係は整理できてない
☆武士道が与えた影響
→武家の女子。進んで自らの人生を自分の家庭に捧げる
→一般民衆にも義や忠、礼などの内容は受け入れられることになる。憧れでさえ
☆武士道の未来
盛者必衰の理。長くは続かないかも。
しかし、その精神はどこかに残り続けるだろう(?)
☆感想
鎌倉〜江戸時代の700年間日本の封建社会と共にあった武士道精神は、母たる封建社会制度を失いもはやその面影を探すのが難しい世の中になっていると思われる。
本書で、明治時代開国してまもなく武士道精神はもはや廃れている旨の記述を見かけた気がするが、大東亜戦争(太平洋戦争)で、勝てる見込みのないアメリカに対して開戦し、敗戦間際には特攻隊で尊い命を犠牲にしてまで国を守り明治天皇と日本の将来を守った当時の日本人の中にはこの精神はまだ残っていたのではないだろうか。
誇り高き日本の明るい未来を作るために私は働きたいです。日本、万歳!
Posted by ブクログ
日本の道徳の規範はなんであったか?
その精神の源流に迫るという意味では、日本人として一読はしたい一冊。「緒言」を読むだけでも日本人であることに誇りを持てる。新渡戸が紙幣の顔になったことにも自然と頷ける。
ただここで注意したいのは、その精神はずーっと変わらず民族の中にあるのだと新渡戸は言う。
ここで思ったのが、昨今の日本が無理に西洋の個人主義思想に傾こうともがき苦しんでいるように見えること。組織から離れ、自由になり、個人として生きていく。YouTuberや脱サラ、フリーランスのワードが流行ってるのもその例だろう。しかし、日本人の源流である精神には合わないから、「なりたくてもなれない」→ 「なってる人がインフルエンサーとして支持を集める」構造が成立しているのだと思う。個人主義に無理に傾倒しなくてもいいんじゃないかなー。
閑話休題。
本文に入るとまず思うのが、比喩は美しければ、引用も的を得ているし、さらにそれを使いこなすだけの教養の広さが凄まじいということ。(専門家からはそこに批判があるようだが)
個人的な疑問として、無数の西洋古典から引用することで日本の道徳が普遍的なものであるであることと、日本固有の道徳があることを論じるところに矛盾を感じたのだが、僕の読解力が及ばなかったのかな…?
普遍的なものと、固有のものが両立しているって考え方なのか?
以下に面白いと思った点を列挙する。
・贈り物に対するアメリカ人と日本人の意識の差
・茶道は最も経済的な動きに美を見出すこと
・差し迫る危険の中で歌を吟ずること。勇気。
・ローマ帝国衰退の一因は貴族が商業に従事するようになったこと。士農工商に分けるのは合理的な考え方。
・日本は名誉のために死を厭わない。名誉心が特に強い民族なのでは?
・日本人は厳しい状況下で笑顔をつくる。笑は逆境に乱される心のバランスを保とうとすること。
・武士の自殺はソクラテスの自殺と原理は同じ。
・ヨーロッパ人は薔薇、日本人は桜。
「薔薇が甘美の下に刺を隠せること、その生命に執着すること強靭にして、時ならず散らんよりもむしろ枝上に朽つるを選び、あたかも死を嫌い恐るるがごとくであること (中略) 我が桜花はその美の下に刃をも毒をも潜めず、自然の召しのままに何時なりとも生を棄て、その色は華麗ならず、その香りは淡くして人を飽かさせない。」
最後の節での武士道の将来に対する新渡戸の語り口はなんだか寂しげであった。
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