スターリン おいスターリン スターリン(見事な五・七・五)
なんて言ってる場合じゃない。
ひまわりめろん師匠の本棚より。私も終戦後に起こった日ソ戦については勉強不足なので拝読。
まず、師匠が書かれていた事がよぉーく分かりました。
おいお前ら!いつかやったるからな!!(ひまわりめろん師匠が)
ソ連軍の非道と言えば『カティンの森』事件が有名ですが、あれも酷いけど、ちょっとあんたら…
日本の女子供に何をしてくれてるんだ!!
捕虜にだったら良いって訳じゃ無いけど、民間人です、こちとら武器も持ってないただの民間人です!!
お子様を振り回して壁に叩き付けるとは、てめえらの血は何色だ?!
ほら、また銀河英雄伝説を思い出しちゃうんですよ。婦女暴行、略奪行為をした軍人はあそこではどうなりましたか?
死刑!即死刑!!
ソ連軍にミッターマイヤーが居てくれれば!!
危ない、ちょっと落ち着きましょう。
本書はこういった残虐行為を言及する為の本ではありません。
降伏した筈の日本に何故ロシアは攻めて来たのか、その政治的背景は何か。未だに関係書類が揃わず研究が難航している日ソ戦について、未来に繋げるため、風化させない為に麻田さんが思い切って書籍化された力作です。
未だにソ連では日ソ戦の記念日なども設けてあり、重要な戦争と位置付けされているようです。
ですが私も含め、日本では独ソ戦や日米戦よりは馴染みのないこの侵略戦争。
北方領土問題にも発展したこの戦争がどういう経緯で行われたのか、なるべく分かりやすく書いてみようと思います。
どうぞお付き合い下さい。
【登場人物】
ユキーリン…ロシアの大統領
ウルトーラマン…アメリカの大統領
一休…日本の総理大臣
(本来はややこしいのですが、まあそれぞれの国の代表だと思って下さい)
時は大航海時代…じゃなかった、第二次世界大戦中の1941年。
ソ連と日本はお互い挟み撃ちされるのを恐れ、日ソ中立条約を交わしていた。お互い手は出さず、それぞれドイツとアメリカと頑張ってバトルしていました。
ところがウルトーラマンはこれが気に食わない。
プルルル♪(入電)
ユキ「はいはーい?あ、ウルトーラマンさん、お元気?」
ウル「うぉーい、ユキーリン!日本のカミカゼ共が思ったより凄いねん!犠牲者めっちゃ出てる!はよ終わらせたいから参戦してよ!」
ユキ「あー、すいませーん。今ナチの野郎共をボコしてるんで、余裕ないっす。ドイツぶちのめしたら、絶対に僕らも日本やっちゃいますんで、そんじゃ1つよろしくー♪」
ガチャ(電話切る)
ウル「しゃーないなあ。ロシア参戦は重要な勝ち筋への道やし、はよドイツに勝てるように力貸したるかー!」
ユキ「あっぶねえ!マジで今余裕ないわ。でもドイツに勝つためにはアメリカの援助も必須だし、暫くこれでお茶を濁すか。コーラがうまいー!げぷー!!」
こうしてユキーリンはウルトーラマンの機嫌を損ねぬようにのらりくらりと交わしていたが、1945年2月、米、英、ソのリーダーが集まり、銃後の世界をどうして行くか話し合う会議『ヤルタ会談』が行われる。
その裏で遂にユキーリンは文書によって約束をする。
「ドイツが降伏したら2、3ヶ月後にソ連は日本への攻撃を開始する」
ユキ「いやー、もう勝ち確定だな、勝ち確。ドイツ終わり。勝ったらアジアにも領土広げたいし、日露戦争での借りも返したいし参戦したるわ、やる気出てきたー!」
その3ヶ月後の1945年5月8日。遂にドイツが降伏。
ユキーリンは約束通り日本への侵攻の準備を進める。
ところがそんなタイミングの折に一休はソ連に嘆願書を送っていた。
一休「もう駄目です…。ユキーリンさん、アメリカとの戦争を終わらせるための仲介をしてくれませんか…」
向日葵(カメオ出演)「おい一休さん!!ロシアも我が国への攻撃準備を始めていると情報が入ってるねんぞ、ええんか?!」
一休「えー?だってこのままじゃ本土決戦、待ったなしですよ?ロシアが攻撃してくるとしても、大分先の事でしょ!それに今は中立条約も結んでいますし、少しでも有利にアメリカとの戦争を終わらせないと…」
向日葵「わいは知らんぞ…」
プルルル♪(入電)
一休「ユキーリンさん、この間のお願いなんですが…」
ユキ「え?(鼻ホジホジ)なんの事だっけ?」
一休「ですから、アメリカに戦争を終わらせるようにですね…」
ユキ「あー!それね!うんまあね、考えてるから。うんちゃんとね、うん」
一休「お願いしますよ…」
ガチャ
ユキ「誰が終わらすか!!こっちは戦争終わらせて貰ったら困るんだよ、僕ちんが領土をゲット出来ないじゃないか!ざまあ!日本ざまあ!!」
腹黒ユキーリンは期待を持たせつつ時間を稼ぐ。
そんな中1945年7月、米、英、中から日本へ負けを認めて降伏しろという宣言を出されてしまう。これがかの有名な『ポツダム宣言』です。
一休は1度これを拒否。理由は、かなり不利な条件だったのとそこにユキーリンの署名が無かったからです。
まだアメリカとの仲を取り持ってくれると希望的観測をしてしまったのですがこの判断が命取りでした。
1945年8月6日、広島に原爆が投下。
その2ヶ月後、ロシアと日本の代表者の話し合いが行われます。ようやく仲介をしてくれるのだと思いきや、なんとロシアからの宣戦布告を受けてしまいます。
更に2ヶ月後、遂にロシアは日本への攻撃を開始。
ユキ「まずは満州国じゃあー!!殺人も強盗も強姦もやれやれーい!うしゃしゃしゃ!!」
さて、ここから巻きで行きます。
日ソ戦でも多大な犠牲者が出ました。何せ日本は物資も戦える人数も圧倒的にソ連に負けていたので、手榴弾を巻き付けてロシアの戦車に体当たりする作戦まで採用されました(実際にはあまり効果も無いし、そもそもできない兵士もいました)
更に捕虜として捕えられれば極寒の地の収容所に送られて強制労働。このシベリア抑留で5万人ほど命を落としています。
民間人への被害は冒頭でも書きましたが、戦車で1000人も轢き殺されたり筆舌に尽くし難いです。
このような悲惨な事態になったのも、日本が降伏した後も攻撃が続いたからです。ここからは時系列で見てみましょう。
8月9日 ロシアが日本への攻撃開始
8月14日 日本がポツダム宣言を受諾し降伏
8月15日 玉音放送で国民に敗戦を公表
(ここでアメリカは戦闘行為を停止)
降伏を宣言した後も条件の話し合い等で手続きが色々とあり、その間を狙ってロシアは急いで領土を拡大しようと占領目的で戦闘行為を継続。
そのため、15日以降も自衛の為に日本は戦闘を継続しなければなりませんでした。
終戦した筈の15日以降に戦闘が始まったのが、千島列島です。
それ以降もロシア軍はどんどん南下して行き、最終的には北海道の隣の歯舞諸島まで占領しました。
これが北方領土問題の始まりです。
恐ろしすぎる。
もし北海道まで占領されていたら、北朝鮮と韓国のようになっていたかも知れない…。
本書にも書かれていましたが、この日ソ戦については歴史家の方々でも様々な見解があり、ソ連側の資料も手に入れ難い為に研究も難航しているそうです。
中立条約違反も、ソ連側と日本側の主張があるので今でもどちらが違反をしたのか分からず仕舞いです。
ただ、麻田さんが仰っていた言葉がいつまでも頭に残っています。
戦争は人間の不治の病。
いつか特効薬が出来ることを信じて、我々は風化させずこうして知ろうとする事しかできないですが、それが未来に繋がる事だと信じたいです。
ユキ「何百年先だろうなあ??げっぷー!!」