ビジネス・実用の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
この本を読んで特に印象に残ったのが、著者があとがきで書いていた「ライターの仕事がなくなるのではないか」という不安です。著者自身、最初にChatGPTやClaudeに触れたとき、その能力に驚くと同時に、書くことを生業とする人間としての存在意義を問い直したそうです。ところが、実際に使い込んでいく中で考えは大きく変わり、生成AIは仕事を奪うものではなく、書く人の可能性を広げるツールだと気づいたといいます。
本を読み進めるうちに、私の考えも少しずつ変わっていきました。生成AIは仕事を奪うものではなく、使い方次第で、自分一人ではできなかったことを可能にしてくれる道具なのだと思えてきます。
実際にAIを使い始めてみると、「思ったような答えが返ってこない」ことがよくあります。それは、AIの能力不足ではなく、こちらの指示が曖昧だからだということ。「こう書いて」と頼むだけではなく、本を参考に誰に向けて、どんな文章にしたいのかまで伝えることで、返ってくる内容が大きく変わりました。
最初は少し読みにくく感じたのですが、実際にChatGPTを使いながら読み進めたことで、理解が深まり、気づけば1か月ほどかけて読んでいました。
まだまだ、この本から学べることは多そうです。これからもAIを使いながら、わからないことが出てきたら、またこの本を開いてみたいと思います。
おっしまい。 -
Posted by ブクログ
現在の老人医療に疑問を持っているので、共感して読めた。
2026年現在においても、2007年の本の内容の問題にほとんど変化がないように感じるので、そこは残念な気持ちになった。
P195
「人生でやりたいことは、死に時までにしておかなければなりません。六十歳を死に時にしていると、人生が短いので早めに努力せざるを得ません。八十歳だと余裕もあるので、ついサボってしまう。ところがいろいろやるつもりでも、機能も能力も衰えるので、最後のほうはなかなか思う通りにできなくなってしまう。六十歳ならまだ能力もさほど落ちていないし、体力もあるので想定通りの力が発揮できる。」
自分自身も60歳ぐらいで死ぬ気持ちで、人生を楽しみたいと思う。 -
Posted by ブクログ
大好きな「東大教授がおしえるやばい日本史」シリーズ‼︎ 滝乃みわこ先生&和田ラジヲのタッグで面白くないわけがない。前回よりさらにパワーアップしていた。
出てくる人物はみんな知っている名前だが、だからといってどんな功績を残したとか、時代背景につながる出来事などを説明できるか…否。高校生の時に日本史を選択していたけれど、センター試験直前の模試で40点だったのも今となってはいい思い出…なわけない。
「歴史って本当に面白い」と思い始めたのは、随分大人になってから。「歴史は繰り返す」とか「賢い人は歴史から学び、愚かな人は自分の経験からしか学ばない」といった言葉が実感を持ち始めたからだと思う。 -
Posted by ブクログ
朝起きた時、「今日1日が人生最後の日であっても、悔いがないように生きよう」と誓い、
夜は、「今日はこんな充実した1日だった。素晴らしい1日だった」と思いながら眠りにつきたい。
一日一生。
□幸せな暮らしを日々の責務にする
普段奴隷のように働き、たまに休日を楽しめばよいという考え方は完全に間違っている。毎日喜びにあふれた暮らしをすることが大切だ。
□幸せを手に入れる唯一の方法は、誠実な気持ちで社会の役に立つ生き方をすることである。それ以外の生き方では人間は幸せになれない。
□人生で成功している人たちは、いつも明るくて、希望に溢れ、笑みを浮かべて仕事に取り組み、どんなに辛いことでも楽しいことと同じように立ち向かってチャンスを活かす。
□義務を先延ばしにしない
面倒な義務を先延ばしにする習慣は、心労の原因になり、多くの不幸を生み出してきた。ほとんどの課題はすぐにとにかかれば予想していたよりも、簡単にやり遂げることができる。しかも大抵の場合、それによって得られる充実感は、それをするときに経験する困難を補って余りある。
□利他の心を養う
□豊かな未来を切り開きたいなら、「今日有意義なものにする」と誓う必要がある。朝起きた時から夜寝るまで、1日の中で何度も「今日を有意義なものにするために、時間を最大限に活用しよう」と自分に言い聞かせるべきだ。 -
Posted by ブクログ
770円
フェルメール10人子供いたの草。そりゃ絵なんて描く暇無く寡作だわ。
ルーヴル美術館の北ヨーロッパエリアのオランダ黄金期の絵画が難しいからそれ関係の本読みたい。小林頼子さんの本が良さそう。
世界一の入館者数を誇るルーヴル美術館の3大作品中2つは彫刻なのに、日本の美術ファンに彫刻より絵画派が多いのが解せない。
藤田令伊
アートライター、大正大学非常勤講師。単に知識としての「美術」にとどまらず、見る体験としての「美術鑑賞」が鑑賞者をどう育てるかに注目し、楽しみながら人としても成長できる鑑賞のあり方を探っている。主な著書に『アート鑑賞、超入門!』『現代アート、超入門!』(ともに集英社新書)、『企画展がなくても楽しめるすごい美術館』(ベストセラーズ)などがある。
「義母のマーリア・ティンスはデルフトの上位五パーセントに入るほどのお金持ちだったことがわかっており、裕福な義母からの援助があったという観点に立つと三つの謎すべてにうまく説明がつく。 まず、少なくとも一六五七年の年末近くまでは借金をしなければならないほど貧乏だったのに、五八 ~五九年ごろから突然ウルトラマリンブルーをふんだんに使って絵を描けるようになったのは、その時期に引っ越しが行われて義母から援助を受けられるようになったからだとすれば一挙に謎が解決してしまう。また、ファン・ライフェンからの借金二〇〇ギルダーを一年限りとすることができたのも理解できる(義母からの借金三〇〇ギルダーは棒引きしてもらっている)。第二の謎のタイムラグも、義母による援助を受けるまでは独力ではウルトラマリンブルー購入がままならなかったからだとしたら、タイミング的なことも含めて非常に納得がゆく。さらに、不自然な引っ越しという第三の謎も、借金をしなければならないほど家計が窮した末、経済援助を受けることを含めての同居ということであれば十分あり得る話に思われる。もしかしたら、マーリア・ティンスのほうから「そんな暮らしぶりをしているんだったら、もううちへ来なさい!」と焚きつけられたのかもしれない。加えて、注文主のいない売れるか売れないかわからない絵であっても、何の心配もなく超高価な顔料を思う存分使い得たのにも説明がついてしまう。ということで、フェルメールの画業の陰にはお金持ちの義母の存在が何らかの意味を持っていたのではないかと筆者は睨んでいる。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「 それを探るために、もしフェルメールが当初の構想通りに本作を完成させていたら、いったい、どんな絵になっていたかをちょっと想像してみたい。女性のうしろにはキューピッドの絵が掛かっていて、画面右下最前景には大きなガラス器が置かれている。イメージしてみると、この絵はけっこう〝賑やか〟だったように思われる。前景には果物がはみ出した果物皿やガラス器が載っていて複雑な模様のタペストリーが掛けられているテーブルがあり、中景には主人公の女性が手紙を読んでいる姿のほか、開けられたガラス窓があって、ガラス窓には格子状の桟が何本も走っている。そして後景の壁にも絵が掛かっている――となると、素材が多く、実作よりかなり雑然とした印象をもたらすような気がする。せっかく女性が寡黙に手紙を読んでいるシーンだというのに、モノが多くて静かになりきれなかったのではないだろうか。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「 このようにフェルメールは、先輩画家たちからアイデアを借用し、リミックスして作品を練り上げていったのであり、自らの創意のみによって描いたわけではない。いってみれば〝二番煎じ〟の画家なのである(ただし、念のために付け加えておくと、人の絵を真似した画家はフェルメールに限らない。この時代、画家たちが互いの絵の特徴を自作にとり入れあうのはごくふつうのことで、いまのように盗作とか著作権侵害というふうには見なされなかった)。 ところが、それにもかかわらず、今日に伝わる声望は圧倒的にフェルメールに軍配が上がる。もしかしたら、フェルメールが好きな人でもテル・ボルフやデ・ホーホは知らないという人が少なくないかもしれない。オリジナル商品よりもコピー商品のほうがベストセラーになったみたいなもので、もしテル・ボルフやデ・ホーホが草葉の陰から今日のありさまを見ていたら「それはないだろう」とボヤくかもしれないのである。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「 テル・ボルフやデ・ホーホには、主題は別として描き方においては、できるだけ現実を忠実に再現描写しようとする意図が見受けられる。テル・ボルフ作品のタペストリーの房やデ・ホーホ作品の窓や柵の桟などを見ると、細部まできっちりと描かれており、現実をできるだけありのままにキャンバスに(テル・ボルフの《手紙を書く婦人》の支持体は板だが)写し取ろうとしていることがわかる。これはヤン・ファン・アイク(* 2)以来のネーデルラント絵画の伝統に沿うもので、絵画という芸術の主流の志向である。これに対してフェルメールは、その伝統をないがしろにはしないまでも、まったくその枠に収まっているつもりもないらしい。現実そのものを高い技術で描き写すことより、もっと別の何かを表現しようとしているように思える。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「先ほど、フェルメールは〝二番煎じ〟の画家だといったが、ただ単に先輩画家たちのエピゴーネン(亜流)だったわけではないのである。そこには先輩たちを超える、あるいは、先輩たちにはない思想が込められていたというべきだろう。それが、テル・ボルフやデ・ホーホとフェルメールを分かつ決定的かつ本質的な違いであるように筆者には思われる。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「もっとも静けさが感じられ〝静謐の画家〟を象徴する図柄として、女性が一人で何かをしているところを描いた作品を題材にしてフェルメールの変化を追ってみたい。ということで、ここでは《窓辺で手紙を読む女》《牛乳を注ぐ女》《窓辺で水差しを持つ女》、そして《青衣の女》の四作品をピックアップしよう。 このなかでもっとも早い時期に描かれた《窓辺で手紙を読む女》から、もっともあとに描かれたと目される《青衣の女》まで、基本的な構図は同じである。いずれも、どこかの部屋のなかで女性が画面のほぼ真ん中に位置して何かの作業をしている。部屋の左側には窓があり、そこから光が射し込んでいる(《青衣の女》では窓は描かれていないが、光は入ってきており、窓の存在が類推される)。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「《窓辺で手紙を読む女》から《青衣の女》へのプロセスをこうやって見直すと、少しずつフェルメールの描き方が独特で大胆なものへと変化していっている様子がうかがわれる。それを端的にいえば、「現実からの乖離を恐れなくなった」ということではないかと筆者は考えている。 色についても同じだが、《窓辺で手紙を読む女》では多かった素材が《青衣の女》になると極端なほどに少なくなり、加えて思い切って空間をトリミングして望遠レンズのような視覚にフェルメールはしている。それはなぜかと考えると、単純な答えになるが、「それでも大丈夫だ」とフェルメールが自信を持てるようになったからではないかと筆者は思う。フェルメールは《窓辺で手紙を読む女》を描いていたころは、まだまだ〝現実の呪縛〟にとらわれていたふしがある。絵画とはできるだけ現実をきっちりと再現描写するものだという伝統が彼をまだ強く支配していたため、細部にいたるまで現実を揺るがせにすることなく描こうとしていた様子が、この絵からは感じられる。また、それゆえに画面を修整するとしても、せいぜい素材を削除する程度しかできなかったものと思われる。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「見てきたようにフェルメールの絵の静けさは、青という色や使われている色の数、構図、素材などによって、決してわざとらしくない範囲で、しかし、きわめて巧妙に演出されている。本章では、こんどは女性の描かれ方に着目していきたいと思う。 もっとも静けさを感じさせるフェルメールの絵は、一人の女性が描かれているのが常である。単身の女性像だが、主人公の女性は何をしているかというと、手紙を読んだり、牛乳を器に注いでいたり、何かを静かに持っていたりなどだ。 一七世紀オランダの風俗画では、フェルメールに限らず、一人の女性が何かをしている場面の絵はごくポピュラーなものだった。掃除をしているところや縫い物をしているところなどがよく描かれているが、それらはただ単に女性の生活風景を描いているのではなく、ある目的を持って描かれている。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「たとえば、お父さんとお母さん、男の子と女の子の四人連れがお日様の下で集っているところが描いてある絵があるとしよう。これを見た者は「家族連れが天気のいい日にお出かけしているところ」というような意味を汲み取ることだろう。ところが、もし、四人の人物を消してしまえばどうなるか。絵にはただ太陽が描かれているだけとなり、家族の和やかな雰囲気もほのぼのとした物語もそれだけでは想像できなくなってしまう。絵は、そこに盛り込まれたコンテンツが少なくなることによって無言化してしまう。このように、モチーフの削除という修整は、単にビジュアル面で絵がすっきりするというだけでなく、意味内容的な面でも静化をもたらす。 実際にフェルメール作品で考えてみよう。すでに見てきた通り、《窓辺で手紙を読む女》では当初は背景の壁にキューピッドの画中画が描かれていたが、フェルメールは制作途中でこれを塗りつぶし、最終的には背景の壁をただの白壁にしてしまった。これがもし、途中で塗りつぶさずにキューピッドの画中画を残したまま完成させていたら、絵はどんな意味合いになっていただろうか。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「こうしたフェルメールの描き方は、現在の視点から考えると別の意味合いも見えてくる。現代アートの一つにミニマルアート(* 2)というものがある。これは、ミニマルという語のせいか、ときどき「可能な限り装飾性を削ぎ落としたアート」というふうに説明されるが、ミニマルアートの本質は装飾性の多寡にあるのではない。ミニマルアートの本来の意義は、どこまで意味性を削ぎ落としてアートとして成立可能かを極限まで追究する点にある。それは、何らかの物語性によってとか、現実の力を借用するとかしなければ成り立たなかったコンベンショナルなアートに対して、他の何ものにも頼らずアートそれ自体で成り立つ純粋なアートへの求道である(ミニマルアートの作品に「無題」とか「 No. 1」とかいった意味という面では無意味なタイトルが多いのは、作品が不必要な意味性を帯びないためである)。装飾性が少ないのは結果であって目的ではない。作品のビジュアル面のみならず意味的内容的な面でも限りなく白紙に近づけ、それでもアート足りえるギリギリの線を探っているのだ。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「寡作であったフェルメールは、一作入魂の集中で一つずつの絵を時間をかけて仕上げていったことだろう。一度描いた素材を削除したり、微妙に位置や大きさを変え、形態を変えたりしながら、自分が納得できるまで試行錯誤を繰り返している。一点一点にそんなに時間と手間をかけているようでは、おそらく〝もと〟は取れなかったに違いない。金儲けのためであれば、もっと量産する必要があり、より儲けの効率を高めるにはレンブラントのように分業体制すら整えなければならなかったかもしれない。しかし、フェルメールの描き方はそのようなところからははるかに隔たっている。コツコツと寡作であっても納得のゆく絵を描こうとしていたスタンスである。それからすると、フェルメールがただ金儲けのためだけに描いていたとは考えにくい。といって、聖ルカ組合に加入していたぐらいだから単なる趣味で描いていたというわけでもない。フェルメールは、もし「絵画道」というようなものがあるとすれば、その道を自分なりにきわめようとしていたのではなかったろうか。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「ヴェーテリング氏が「漂う光」と表現したフェルメールの光。それは、淡くてぼんやりとした光である。映画『オランダの光』で探究され、フロマンタンが叙述した「オランダの光」も同様の特徴があるように思われる。また、フェルメールが描いた光は北向きの部屋に満ちた間接光であった。ヨーゼフ・ボイスはアイセル湖からの反射光が「オランダの光」だと考えた。と諸々の要素を整理していくと、ちょっと話ができすぎのような気さえしてくるが、フェルメールの光とはまさしく「オランダの光」のように思われてくる。フェルメールの光は「オランダの光」そのものを体現したものかもしれないのである。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「両者の差異は同じコンテンツを見比べたときに際立つ。一九六九年から四〇年以上にわたって放送され、ついに終了することになった国民的番組の『水戸黄門』は、ある時期まではフィルムで撮影されていたが、それからあとはビデオで撮影されるようになった。その結果、見たときの印象に大きな違いが生じている。リアルすぎるビデオでは日常感が強すぎ、フィルムのような創造の世界に浸りきれない。『水戸黄門』の場合、コンテンツはまったく同じだから、差異の原因はフィルムとビデオの違いしかない。『水戸黄門』がフィルム撮影からビデオ撮影に変わったことに対して、「違和感がある」とか「フィルムに戻してほしい」という声はずっと続いた。これほど映像技術が進歩しても映画フィルムがなくならないのは理由のないことではないのである。最近では、ビデオでも映画フィルムの表現に近づける映像処理技術も開発されている。二〇一〇年の NHK大河ドラマ『龍馬伝』ではシネライクガンマというその種の映像処理技術が施され、保守的な NHKにしてはチャレンジングな試みとして概ね評判がよかったようだ。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「フェルメールが生きたデルフトは、共和国の連邦議会があったハーグのすぐ近くで、共和国の政治の中枢を間近にした街だった。フェルメールはデルフトの聖ルカ組合の理事を二度にわたって務めており、デルフトのちょっとした名士だったと思われる。また、一六六一年四月一一日には親族の土地の遺贈を妻カタリーナが受けるにあたりフェルメールが「最高顧問ヨーハン・デ・ウィットの手の中で忠誠の誓いを立てた」という記録が残っている。ヨーハン・デ・ウィットとは紛れもなく当時の共和国の実質的な指導者その人のことである。フェルメールがデ・ウィットと直接会うような立場にあったという事実は、フェルメールがそれなりの社会的地位にあったことを物語っている。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「 オランダの人々が絵に欲したのは、やはり自分たちにとって好ましいものだった。現実が戦争に明け暮れる日々なればこそ、せめて絵のなかでは平穏が保たれてほしいと人々は願ったという説がある。フェルメールの絵も戦争ばかりの現実を前にして、戦争のない平和な暮らしを求めた一面があったのかもしれない。彼にとって絵を描くということは、安寧な日々の到来を希求する祈りの行為でもあったのだろうか。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「フェルメールはわずかな例外を除けば「内」しか描いていない画家である。その姿勢は徹底しているといっても過言ではないほどで、窓から「外」が見えるということもない。そういう目で見直すと、「内」へのフェルメールの志向は極端なくらいである。この事実はフェルメールの何かを物語っているのだろうか。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「「内」なる世界を描いたフェルメールの絵は、ショーペンハウアーの芸術論によっても説明できる。すでに見てきたように、フェルメールの描いたものは現実そのものではない。フェルメールが現実そのものを忠実に描いた絵はほとんど、いや、まったくないのではないか。一見、間違いなく写実の絵と見える《デルフト眺望》や《小路》(一六五八 ~五九年、図 21)でさえ、現実をそのまま写し描いたものではないことが知られている(この二枚の都市風景画は、一六五四年一〇月に発生したデルフトの火薬庫大爆発事故から立ち直った故郷に寄せたフェルメールのオマージュだという説がある)。どれほど写実的に見えても、実際には相当に創造的な内容が描かれているのが常である。現実はアレンジされ、非現実感をまぶされ、独自の「絵画世界」へと昇華されている。これはまさに、フェルメールはフェルメールにとってのイデアの世界を描いたということではないか。「見たもの」を描いたのではなく「見たいもの」を描いたといういい方をしてもよい。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「よく知られているように、フェルメールと妻カタリーナのあいだには多くの子どもが生まれている。資料によってその人数が異なっていてよくわからないところもあるのだが、フェルメールには一四人の子どもがいたといわれている。名前がわかる一〇人を列挙すると、マーリア、エリザベート、コルネリア、アレイディス、ベアトリクス、ヨハネス、ヘールトライト、フランシスクス、カタリーナ、イグナティウスである。子どものうち四人は乳幼児のあいだに死亡し、あとは育ったらしい。フェルメールとカタリーナの結婚生活は二三年だったから、二年に一人以上のペースで子どもをつくっている計算になり、カタリーナはしょっちゅう妊娠していたことになる。 一〇人もの子どもがいる家庭とは、いったいどのようなものだろうか。筆者の親戚に三人の子どもがいる家庭があるが、三人でも騒がしさたるや相当なものである。兄弟で遊んでいたかと思うと喧嘩を始めたり、追いかけっこをしたり、大声を出したり、家のなかが落ち着く暇がない。わずか三人でもそんななのに、一〇人とかになったら、いったいどうなるのだろうと、フェルメール家の子どもについて考えるとき、いつも想像してしまう。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「このあとフェルメールは《天文学者》(一六六八年、図 26)、《地理学者》(一六六九年、図 27)と、それまで描いたことのない男性一人を主人公にした絵を描き、さらに晩年へと進んでいく。静謐感はますます薄れていく。《恋文》(一六六九 ~七一年、図 28)でもやはり登場人物の仕草は饒舌で、加えて画中の素材の描き方が粗っぽい。前景のカーテンも床のタイルもほとんど適当に描いているだけのように見える。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「「静けさ」という切り口で徹底的にフェルメールの絵を研究してみたら――との思いから書き始めた本書。正直なところを漏らすと、当初はその狭い切り口からどこまで話を掘り下げることができるか不安な気持ちもないではなかった。が、実際に作業を始めてみると思いのほか材料を掘り起こすことができたように思う。ていねいにフェルメールの絵を見直し、じっくりと考えていくと、これまで気がつかなかったことが見えてきた思いがする。何ごともやってみるものである。 従来、フェルメールの静けさに言及した情報自体は数多くあったが、そのほとんどはエッセイ的に静けさの印象や感想を述べたものだった。もちろん、それもいい。すぐれた印象や感想は詩的であり、それらに触れることで、フェルメールの宇宙により浸ることができるからだ。だが、フェルメールの静けさを実証的に解明したものは寡聞にして知らなかったため、どこか物足りない思いも拭えなかった。それだけに、筆者なりにではあるが、修辞的な文言を叙述するだけではなく、できるだけ合理的な分析と考察に基づいてフェルメールの静けさの謎に迫ろうとしたのは決して意味のないことではなかったのではないかと考える。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
「日本におけるフェルメールを取り巻く状況は、この一〇年ほどで大きく様変わりした。かつては「好きな画家は誰?」と聞かれて「フェルメール」と答えても知らない人のほうが多かったのに、いまではレンブラントやゴッホを凌いでオランダを代表する画家になった感さえある。かつてとは比べものにならないくらい多くの人がフェルメールを語り、作品に近しくなった。そうしたなかにあって、本書が何がしかの新たな一石を投じることができれば、書き手としてはそれだけでも本望というものである。」
—『フェルメール 静けさの謎を解く (集英社新書)』藤田令伊著
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Posted by ブクログ
デンマークでは平日16時には完全退社し職場から人がいなくなる。金曜は14〜15時、夏休みは3週間完全に音信不通になる。家族とのライフが一番大事でその時間を死守する。そんなデンマーク人のマインド、働き方が具体的に掲載されており、日本で働く身でも取り入れられるものが多かった。
自分も金曜を有休かTWにする、16時までのフレックスを多用する、人生で大切なものの優先順位を明確にしそれ以外を切り捨てる勇気を持つ、休みでリフレッシュすることでインスピレーションも湧くと知る、自分もムリしないしメンバーにもムリをさせるような時間に依頼をしない。をやる!
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・ライフのためにワークをする。ライフを死守する。残業しない!
・フレックスタイム7時半〜15時半勤務にする。手の込んだ夕食を作り、お風呂を済ませ、夫を迎えに行き、18時には一緒に語りながら夕食を取る。ゆっくり映画や海外ドラマ、アニメを観る。
・そのためにランチは30分、他部署の人とも情報交換をサクッと。
・人生の優先順位を明確にし、低いものはバッサリ切る。人との交流の時間は会社で完結する。SNSは見ない。仕事は楽しむ、趣味の時間にする。
・週休3日ができないなら、金曜を有休にする、TWにする、研修や考え事、他部所の席に座る等インスピレーションを得る日にする
・散歩でインスピレーションを得る
・相手を信頼し、解決志向で率直に意見を伝える。相手に悪意はなく、自分への意見は仕事の進め方に対するもので、自分個人が否定されたわけではないと理解する。細かい点まで気に留めない。全員の意見を聞く。適材適所×社会性で上手く回る。
・ムリしない、ムリさせない。だからアイデアも湧くし、仕事に楽しさや情熱をも持て、最高のパフォーマンスが出せる。
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デンマーク人は16時には退社、金曜は14〜15時には退社。フレックス、在宅。仕事が残れば16時に退社し、子どもが寝た21時や早朝に再開もある。
DX化等のビジネス効率化が世界一位、日本は47位。公的な案内も紙でなくデータで届く、旧システムとの移行期間がない。現金支払い困難。
ヒュッゲ(心地よさ)。
毎年7月は3週間の夏休み、家族で海外旅行やキャンプで体を動かし会話をする。
転職回数は多い方が柔軟に働け、キャリアアップを目指していると評価される。転職は当たり前。