【感想・ネタバレ】置き配的のレビュー

あらすじ

コロナ禍以降、社会は置き配的なものとなった――

「紀伊國屋じんぶん大賞2025 読者と選ぶ人文書ベスト30」の1位に輝いた気鋭の批評家が放つ最初にして最高の2020年代社会批評!

群像連載の「言葉と物」を単行本化。酷薄な現代を生き抜くための必読書!

「外出を自粛し、Zoomで会議をし、外ではマスクを着け、ドアの前に荷物が置かれるのに気づくより早く、スマホで通知を受け取る。個々人の環境や選択とはべつに、そのような生活がある種の典型となった社会のなかで、何が抑圧され、何が新たな希望として開かれているのか。そうした観点から、人々のありうべきコミュニケーションのかたちを問うこと、それがこの本のテーマです。(中略)
つまり、狭義の置き配が「届ける」ということの意味を変えたのだとすれば、置き配的なコミュニケーションにおいては「伝える」ということの意味が変わってしまったのだと言えます。そして現在、もっとも置き配的なコミュニケーションが幅を利かせている場所はSNS、とりわけツイッター(現X)でしょう。保守とリベラル、男性と女性、老人と若者、なんでもいいですが、読者のみなさんもいちどは、彼らの論争は本当に何かを論じ合っているのかと疑問に思ったことがあるのではないでしょうか。
(中略)置き配的な社会を問うことは、書くことの意味を立ち上げなおすことにも直結するはずです。」(本文より)

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Posted by ブクログ

「しかし私的な消費における豊かさは公的なものの再創造に直接的には寄与しないだろう」

これ刺さる。置き配的を受けた創造を通して、公的なものを再創造することが自分にできるんだろうか。

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2026年02月08日

Posted by ブクログ

この手の現代思想本で困るのは、前提とする思想の概念等を求められる水準まで把握、理解できていないため、思考の流れを浅くしか理解できていないと思われる点だと思う。私の勉強不足。
それを差し置いても、一読の価値があると思った。テーマも方向性も身近で、置き去りにされるようなことはない。

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2026年01月28日

Posted by ブクログ

コロナ禍以降顕著になった、現代を渦巻く息苦しい「置き配的」(置き配的、とは換喩的でありコミュニケーションのフリをした内向きのパフォーマンス)な世の中に抵抗する方法を模索する一冊。

今の世の中を鋭く観察しておりとても面白いが、前提知識がないとイメージするのが難しい部分も多く上手く読み進めなかったのが悔しい。もう一周して理解を深めたい。

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2025年12月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

筆者の考えや思考を全て自分のものとして噛み砕いて理解できたわけではない。きっともう一回読んだら別のところが印象に残る気がします。

一番印象に残ったのが「バイラルなものに対してその換喩としての個人を操作の対象とし、そしてその個人を置き配的なネットワークの末端=端末にすること」というフレーズ。
あくまで私の解釈だか、“バイラルなもの"は操作不可能な他者を指しており、それを換喩としてメタデータを操作(=批判)の対象とすることで、コミュニケーションが置き配的、個人を端末にする(=コミュニケーションが通知を鳴らす/通知が鳴ることが目的になる)ことなのかなと。

そして、それは蛙化現象の事例で見られるように、自己の心身を分離させ(=メタデータと実存を分け)、それを相手に投影させている、と私は捉えた。

これはあくまでも感想。この置き配的なコミュニケーションに抗うには、他者をメタデータと実存に分けずに向き合うことが求められているのかなと感じました。

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2026年04月14日

Posted by ブクログ

反復横跳び的な、横断的な議論は読んでいて気持ちのいいものがある
もう1回読むとなにかが掴める気がする

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2026年03月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

前提知識をAIで補いながら、それでも理解が追いつかない難しい本だった。それでも、わからないなりに読み応えのある面白い内容だった。

「置き配的」というタイトルが絶妙で、現在のコミュニケーションのあり方は「伝える」ことや「届ける」ことに重きを置いていないという問題提起にはっとさせられた。

昨今のSNSは「他者」の手触りが抜け落ちているからこそ刺々しい言葉が飛び交っているように思っていて、その個人的な課題感を一緒に考えながら伴走してくれるような本だった。

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2026年02月24日

Posted by ブクログ

難しかったけど、なるほどね〜と唸ってしまう文で溢れていた。

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「伝える」ことは「言っておく」ことになる。

誤解には誤解だと言えばいい。しかしこういう誤解が可能ですよねと言われても、究極的にはそうですねとしか言いようがない。

感想はいまや、「もしも私に語彙力があったなら伝えられただろうもの」という、反実仮想を介してしかその存在を認められないかのようだ。

結局親密さというのは、自分が忘れている自分のことを相手が覚えていて、相手が忘れている相手のことを自分が覚えていて、その思い出のすれ違いの積み重ねなんじゃないかと思う。

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2026年01月26日

Posted by ブクログ

置き配とSNSにおける議論をアナロジーとして読み解くのはおもしろかった。
それまで対面でのコミュニケーション込で届けられていたものが、ただ玄関前に置かれ、そのことが証拠写真とともに配達完了の通知が来るだけに。
SNSでの議論も、コミュニケーションというよりも、言った、言ってやったという言質の確認になりつつある。

後半の議論が一読だけではうまく読み解けなかった。
もう1回くらい読んでみたい。

もしSNSの投稿の文字数がX(旧Twitter)のような140文字以内でなく、1000文字以上だったら、SNSはまったく違うコミュニケーションツールだっただろうというのが、印象に残った。
そもそも流行ってないんじゃないかはともかく、今とはまったく違うコミュニケーションとか議論の形があったかもしれない

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2026年04月25日

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