【感想・ネタバレ】感情労働の未来 脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?のレビュー

あらすじ

AI時代、人間が持つ最大の能力は、感情になる! 感情を抑圧し“他者にあわせる”ストレスフルな現代から、“他者を理解する”感情的知性の未来へ。人間の可能性に話題の脳科学者が迫る。

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Posted by ブクログ

イヤードックが止まらない
特に第5章のSNS、第6章の感情労働の未来は何度も読み返した。なんでこんなに自分が疲れているのか、ひとつの答えをもらった気がした。
この「気付き」がとても重要なんだろう

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2026年03月01日

Posted by ブクログ


‪・感情的知性‬
‪・新卒で働く中で大事だと思った「想像力」。それを噛み砕いて知ることができ、興味深かった。自分でも思う、日々動き続けて言語化できない感情の動き。それは他者も同じで、この広大な心の中は決して因果関係で解釈できない。感情の動きの気づきに敏感になり、優しくありたい‬

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2026年02月17日

Posted by ブクログ

タイトルの感情労働の未来については、最後に少し書いてあるだけだったので、拍子抜けな感じはしたが、書いてある脳科学の話についてはついては、非常に面白くて、たくさん付箋をつけた。脳って面白い!

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2026年02月13日

Posted by ブクログ

新聞の書評で見かけ、自分の仕事がまさに感情労働そのものなものだから、興味を引いて読んでみた。

いやー、面白かったなあ。前半は、著者の専門分野である脳科学の視点から感情労働を分析し、後半はその脳科学をベースにしながら、心理学的視点や社会学的見地から現代のSNSやAI文化も踏まえて考察を試みている。

ChatGPTなどに代表される大規模言語モデルは、言語から言語を生み出しているが、人間は身体の感覚情報から言語が始まっているという。身体性から始まり、それは非言語コミュニケーションへと繋がっていく。それがコミュニケーションの基点であるならば、それこそが人間にできてAIには不可能な領域であり、人間の感情労働という社会的行動の価値たり得るということなのだろう。

思春期とSNSの関係の考察も非常に興味深く、私の業務にもとても参考になることばかり。
対人援助を実践する上で、基本的考え方として言われてきたことがそのまま本書の中でも形を変えて言及されている。
これまで、感情に焦点を当てつつ話を聴いてきたことも間違ってなかったなあ、と。人との関わりで必要なことは、どんな場面でもどんな立場でも、大前提は皆同じだということを本書でも確認できた気がする。

また機会があれば読み返してみよう。

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2026年02月08日

Posted by ブクログ

人間において感情と認知は異なり、感情を揺さぶるものが記憶され、判断に結びつく。
形だけの笑顔など表層演技と、共感機能をフルに使って相手に理解を試みる深層演技で感情を操るがそれぞれに発信する側の影響もある。
こういった感情の能力が高いIQが高い人は、チームにいることで全体の生産性を上げる。その社会脳の部分は思春期から青年期25歳くらいで発達する。

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2026年01月28日

Posted by ブクログ

良書だ、と感じた理由は、脳科学者がちゃんと感情のことを、人間の側に触りながら描いてくれている点。
この人の最初の単著が
『認知症の母が、認知症になる』
だったことを途中で知って納得。

IQだけではなくEQ大事だよね、という一見自己啓発系の啓蒙書のように見える結論がだいじなのではない。

そう読んでしまったとしたら、この本の記述のなかに流れている「人間」が味わえていない、ということじゃないかな。

他人への批判ではない。自分が読書するときにすら、効率的に、読むことをついついしてしまっている、ということへの自己批評のつもり。

噛んで含めるように丁寧な、小刻みなステップの記述こそが、この本の肝、なんじゃないかな。
中身の説明はほかの人がしてくれるでしょう。
オススメです。

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2026年01月09日

Posted by ブクログ

ネタバレ

自分と他者を切り離さない方が他者に冷たい、は強烈に納得がいく。見えにくいものを見えやすくするのがいいのか、というのは納得する。デフォルトモードネットワークトサリエンスネットワークに重心を移す。安心できるのはどちらかでいいのかどうかはまた別のことだと思うが。
本体じゃないのだが、利他性のところがすごい。安全基地としての家族だからのケア>安全基地じゃない家族は?。困ったときのための異なる属性や無能力なものを尊重する動き。ハードプロブレムは意識と意味にとどまらず無意識にも生じうる。起こる出来事に対する感情を感じ取る。共に心が震える楽しいものを間に置くと相手の心とつながる。そのために合わせる。ふりをする。無意識に根差す感情でつながる。のと、強制して合わせ心を動かなくさせてしまう感情労働とのちがい。

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2026年01月06日

Posted by ブクログ

仕事で、ある公共施設の窓口で利用者さんの応対をして二年になります。これまでに二度、利用者さんから睨みつけられました。公共施設はルールが細かく、利用者さんの希望に添えない旨を説明した時のことでした。私から睨み返すことはできず、ただただ困惑の表情で頭を下げてやり過ごしたのですが、それだけでもひどく消耗しました。看護師さんやCAさんは、患者/乗客の方との距離がもっと近いでしょうから、もっともっと大変に違いありません。どんなに自分の感情を隠して応対しても、現状では仕事上の評価につながりにくい(数字で表せないから)みたいです。やるせないですね、そんな労働の未来は、一体どうなるのでしょう?
本書では、今分かっている脳の機能を解説し、感情と肉体と脳のつながりを示し、AIにも感情労働が出来るのか考察し、効率ばかりを優先していると起きるだろう弊害について警鐘を鳴らしています。
感情労働で疲弊したら、何も考えずにボーッとする時間がとても大切なのだそうです。脳には、何もせずに過ごすことで活性化するエリアがあって、その時に経験や記憶を整理するのだそう。アクセルばかり踏み続けたら、通り過ぎた道に何も残らなくなってしまう。積み上げるためには、何もしないこと。でも、何もしないって、難しいですよね〜!

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2025年12月14日

Posted by ブクログ

ネタバレ

意外とみんな同じようなことで悩んでいるように見えて、やっぱり個性的で、でもやっぱり似ている。
人に寄り添い、自分の感情も人の感情も大切にして、よくなる未来を信じて生きていきたい。



感情は、基本的には、今自分の知らないことが起こっているのを私たちに告げ知らせるものだ。それが今までにないことが起こった「喜び」になっても、起こってほしくないことが起こった「悲しみ」になっても、想定外の物事に対する私たちの反応であることにはかわりなく、それが感情と呼ばれるのである。

ある状況に対してみんなが同じ反応を示したら、その反応が結局良くないものであった場合、人類自体が滅びてしまうかもしれず、それぞれが別々の反応をすることが、人類の生き延びる戦略となっており、だからこそ個人差や文化差が大事なのである。

感情は「正解がわかる前に、体を動かす力」「正解がなくとも、意思決定する力」だ。私たちが毎日、毎秒、行っている意思決定は、実は全て感情のおかげである。感情は、新しい物事の到来を自分に知らせるものであると同時に、自分の価値判断であり、世界に対する今の自分の解釈を表すものでもある。

「私のどこが好きなの?」とパートナーに聞かれても、うまく答えられないのは、「お腹が空いた、今日はなんとなくお肉が食べたい!」というそのお肉が食べたい理由がわからないのと同じで、自分の身体が自分に今足りないものを自覚して、「この人には何かがありそう!」「この人から何かを学びたい!」と欲する、脳を含めた身体全体の反応が恋だからだ。身体が脳に伝えてくることは、はじめは言語という形をとっていない。自分の身体に乏している栄養素を察知して、その栄養素が含まれている特定の食べ物を欲する仕組みは、「スペシフィック・ハンガー」と呼ばれている。
スペシフィック・ハンガーのような身体的欲求は、あとからは言語で推定することができる。
肉が今食べたいのはどうしてか、「最近野菜ばかり食べていたからかな」というふうに。それと同じで、自分がどうしてそれを選んだのか、自分の価値観は、あとからしか推定・言語化できないし、あとからなんとなく納得できるような説明をつけることができるだけなのだ。

燃え尽き症候群は、人間を対象とする仕事に限らないが、感情的に消耗して、これ以上の感情的消耗を避けるために他人に対して一切感情を使うことができなくなり、自分自身の生きている実感も価値も感じられなくなってしまった状態のことをいう。

自分自身が決定して、その行動の結果の責任を取ることができないために、成功の喜びを感じたり、失敗の痛みを感じて学んだりすることもできなくなってしまう。「こう決めたのはあの人だ」「あの人のせいだ」と言って、痛みを自分で感じないと、人は失敗は大したことではないと理解するようになり、同じ間違いをずっと繰り返すことになってしまうのだ。

感情は個人差があるものであると同時に、感情はみんなのものである部分がある。

「人間らしさ」の一つの定義は、人間に独特な意識や、自意識、他者意識を持ち、自分とは違う他者のことを思いやって行動できることである。しかし他者を思いやるというのは、自分を消して他者に合わせるという意味ではなく、自分の気持ちも他者の気持ちも大事にし、自分の感じていることを伝え合い、交渉し、時にはぶつかったり、嫌な気持ちになったり、させたりしながら、その責任を取り、調和して暮らせるようになることだ。
私たちは自分でも把握しにくい感情を、なんとか把握して社会に向けて言葉で表現したり、社会の要求に注意を向けることで感情を他人と協調させたりして、生きていかなければならない。

また感情労働に関し、ここで言えるのは、認知的負荷がかかっている時、感情抑制はしにくいということだ。仕事が忙しすぎたり、悩みがあったりすると、人に優しくすることはできない。自分に負荷がかかりすぎている時は、人よりもむしろ自分のほうが大切にされるべきだと感じて、自分の要求ばかりを人に伝えてしまうこともある。自分で持てる以上の荷物をなるべく持たないことが大事で、人に優しくできなくなったらそれは、荷物を減らせというサインなのである。

トランザクティブ・メモリーのおかげで、カップルや家族は、一人で暮らすよりも遥かに複雑で効率的な処理ができるようになる。

考え方を同じにするのではなく、人間としての身体、感情の要求は同じところもあるから、違う存在としてはその部分を満たせれば十分であり、「すっかり意気投合」といった関係になれなくても、そのような年に一度の経験が積み重なっていけば、相手の好きなことや嫌なことがゆっくりわかっていくところがあり、うまくトランザクティブ・メモリーの機能する「家族」になっていけたりもするのである。

人と自分とを同じ存在だと考えないのが重要ということである。共感 (同じ気持ちになること)と人間理解は異なっていて、本当に他人を理解するためには、むしろ他者と自分を切り離さなくてはならない。

「相手が自分の期待に沿ってくれる=自分が愛されていると感じる」ということになるともう、自分とは違う一人の人を尊重することとは正反対で、相手の気持ちは見えなくなっている。自分と相手を一体化するというのは究極的には自分の心も相手の心もなくすことなのだ。

自分がやりたいことと、他人がやりたいこととがあって、それが食い違うからこそ、人のことを理解するという感情労働が存在する。

現実では他者はそれぞれに忙しいのであり、あなただけに注意を向けることは不可能だ。だから他人と自分とを切り離すことが必要で、大事な人から注意をもらえたら、それもいつもではなくて無心な時だけでも注目してもらえたら、とてもラッキーなことだ。私たちは人からいつも注目してもらわないといけないと勘違いすることがあるが、本当は僅かな注目でさえ私たちに与える安心感は非常に大きく、それが私たちの世界を冒険する勇気となる。

つまり意識は、自分が必要としているけれどもうまく自分がコントロールできない事態専用なのにもかかわらず、私たちは時にこの意識こそが全てだと勘違いする。

ティ・ショウホウら一橋大学と名古屋大学の共同研究によると、生きていくためには必要なものなのに、私たち東アジアの人々が助けをあまり求められないのは、実は、他者が困っている時にも、あまり哀れみを感じないからであるという。東アジアは「集団」の文化で、自分と他者を西洋の人々よりもつながった存在であると見ており、自分自身の目標よりも、集団の目標のほうを重んじる傾向がある。そのような文化ではどうしても集団に対する責任感が強くなり、自分が自分の目的を達成するために「助けて」と口にするのは、集団にとって「迷惑になる」可能性があるから抵抗を感じ、他者が困っている時も、それは集団に対してその人がなんらかの悪いことをしたからだろうと類推するから、同情が薄くなるのだという。逆に、アメリカなどの「個」の文化では、自分と他者は違う存在というのが前提であり、自分の目的で行動するので、それが失敗した時には、「悪いことをしたから」ではなくて、「そもそもうまくいくかどうかはわからないから」で、他人が失敗した時にも自分もそうなのだからと助ける傾向になるという。

感情的知性の高い人は、他人や自分の感情の動きによく気づく上に、自分の機嫌を自分でとれる人だということである。他人から必ずしも承認されなくていい人なのだ。

感情的知性を身につけることは、私たちが見た目やIQやわかりやすく言葉で説明できる能力などだけで評価される時代を終わらせ、全人格を取り戻すことなのだ。

感情は、気づきを通して手入れが可能なのである。

「自分には相手には見えないことが見えているけれども、相手には見えていない」ということに気がついて、相手が受け取れるように言葉を使う工夫をする、また相手の得意なところも見るようにする、という意味で、自分も変化しつつ、相手の変化を促す必要がある。

本当の理由を知るのには時間がかかる。しかし、自分の無意識の一部が正確に把握される瞬間、人は幸福になる。気づきは、集団のうちで人に合わせている時には失われがちな「自分」が見えてくることなのだ。

人を本当に理解するのには、物事の因果関係を簡単に考えてはいけない。「そうではないかもしれないな」と判断を保留しなくてはならない。感情は常に動かしていなければならない。
その動いている感情を掴むにとどめ、型に入れないことが感情的知性なのである。

全てがコントロールできるという勘違いから離れ、コントロールが利かない世界の中で、時々ある「気づき」を大切にする。それだけで良いのかもしれない。
人間が人間と付き合う価値は、人間の動く心がわかるようになることに尽きるのだろう。

私が感じていることは、言葉には表しきれない。それなのに、今私たちは言葉で言えば全てがわかると思っている。言葉に頼りすぎていて、言葉だけを膨大に読み込んで大規模言語モデルを作り上げ、それが人間を超える知性を見せるようになるかということにまで挑んでいる。
私たちの言葉に私たちの心は、どこまで含まれているだろうか。
わかりやすさだけを求める世界は、息苦しい。「Aと言えばAと伝わる」そんな世界は本当は存在しない。全てが言葉に表れているというならば、物言えぬ人たちには心がないのだろうか。私は、大規模言語モデルは無意識で言葉を流暢に話すけれども、認知症になった母は言葉を流暢には話せなくなったが大規模言語モデルよりもずっと豊かな心を持っていると感じていた。

事実と経験は違う。何かが起こった時、自分の感情が動く。そしてその起こってしまった出来事は長い時間をかけて、私の脳によって消化される。もぐもぐと口を動かして食べるように、感情がウゴウゴと動いて、その出来事は消化されていく。そして事実は経験となる。それは私の人生の宝物である。正しかろうと正しくなかろうと、宝物である。それぞれの人が消化した、正解・不正解とは無縁な、経験という宝物、そしてそれぞれの人の心の動き自体に敬意を払うということが、私たちを自由に生きられるようにする感情労働なのだと思う。

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2026年03月08日

Posted by ブクログ

脳科学の観点から見た感情労働とは何か、AIやSNSが人々にどういう影響をもたらすのか等が書かれている。
五感や体験を通して感情は動き、記憶される
感情労働とはそんな記憶、感情体験を通して他者との関わりを円滑に進めるための社会的な脳の働きの一種
この分野は唯一AIにはできない分野であり未来的に人であることの強みになるかもしれない
だが、その一方で感情労働は表面上だけの表層演技がいつしか自身の本当の感情と違うものに書き換え、納得させ深層演技になってしまい…
気づいた時には燃え尽き症候群や鬱になっている人、非常に多いんじゃないだろうか。
強みでもあり、弱みでもある。
それをAIがまた補助するなんてこともあるかもしれないなんて思った

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2026年02月17日

Posted by ブクログ

感情労働とは「仕事場の規則で、そのように自分が本当に感じていることとはちがう感情表出を求められる」労働とあり、代表的な職種としてCA、看護師、介護士などが例示されていて、興味を持って読み始めた。これら以外にも、ホテルマン、各種接待業を筆頭に普通の営業員等も、程度の違いはあれ同様の苦労をしている人々は多い筈で、これ等も含めた現場の苦労の実態、対処法、今後の対策と課題、といった内容を想定していた。しかしながら著者は脳科学者であり、その様な事よりも、脳と感情や心、脳とSNSや生成AI、感情表現や感情的知性(EQ)等に関するものであったが、感情や言語の理解における脳の働きを科学的実験を踏まえた学説に基づく解説は、丁寧で分かり易く興味深い内容が多々あった。
著者が認知症の母親の介護において思い通りに行かず行き詰まっていた中で、「必要じゃない言葉を使う」事で母娘の心が響き合った、との実体験は成程なぁと感慨深かった。

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2026年01月21日

Posted by ブクログ

タイトルに惹かれ、手に取る。
感情労働の語源から、今の労働者を取り巻く状況、SNSとの関わりなどと脳について語られる。
特に知的労働、肉体労働、感情労働、深層演技、表層演技などは気になるワード。
途中感情労働から話題逸れた気もするが、自分の日々の仕事や仕事との向き合い方でとても参考になって。
良い本

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2025年12月15日

Posted by ブクログ

最初の方は事前の知識があったため、かなり復習めいた話が多く、私の勝手で星を減らすことにした。あまりこのような分野に詳しくない場合は星が増える、そんな仕組みの本だろう。後半に進むにつれて私の知らなかった部分も増えていき読むのが熱くなってきた。特にあとがきの方に著者の熱量を感じたのは私だけだろうか?

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2026年03月10日

Posted by ブクログ

感情労働を、職場だけでなくて日常にも広げて考えていたところが面白かった。

自分の感情に気付く。
他者の感情に気付き共感する。
共感だけではなくて、共感の先に他者と自分を切り離すことが「他者理解」になる。

とはいえ難しい。

「私たちはchatGPTと話す方が他の人間と付き合うよりも、煩わしくないのかもしれない。しかしそれで他の人間と付き合うことをやめるなら、私たちは人間を理解することを諦めたと言えるのかもしれない」
と書かれていたけど、ほんとそうだと思う。chatとも、人間とも、付き合っていかなきゃと思ったり。


以下メモ
・感情の特徴
①初めてのこと、予想外のことが起こったときに最も動く
②感情が動いたことは、記憶に残る
③速い まず体が反応する(情動)→それを脳が知覚する(感情)

情動は速い。今何が起こっているか分かる前に反応している。

・感情はなんのため
不確実性に対応するために進化した。正解が分かる前に身体を動かす。正解がなくても意志決定できる。


・感情労働とは
企業の感情規則に合わせることで、自分の感情のどこが自分のものでどこが企業のものか分からなくなる。感情が商品化されてしまう。
それだけでなく、日常にも感情労働(感情作業)がある。相手に合わせたり、自分に合わさせたり。特に、世話をする状況で感情作業は多く起こる。


・集団の成績を決定するもの
IQ(汎用的知性)ではなく社会的感受性(人の気持ちにどれだけ敏感か)
チームの中に社会的感受性の高い人がいると、チームの成績が良くなる。


・トランザクティブ・メモリー(交換記憶)
組織全体が同一の知識を記憶せず、メンバーの中で誰が何を知っているかという情報を把握している。家電を買い換えたときの設定は、父にお願いする、的な。
こうすることで、自分の頭から責任を手放しリラックスすることができる。


・共感と人間理解は異なる
共感だけでは、依存(相手を自分の思い通りにしたい)に陥りやすい。共感したうえで、相手は自分と異なると切り離すことが、相手の理解になる。


・好きと欲しい
ドーパミン→欲しい
オピオイド→好き
ドーパミンは不確実な報酬に対して高まる。ドーパミンが優位になると、好きではないのに欲しがってしまう。


・私たちが知った気になっていることに、身体や感情はついていっていない可能性がある。
自分で感情を動かし、価値判断し、記憶し、自分を変化させるのではなく、
感情をただスタンプとして貼り付け、いいねし、すぐ次に向かうような、感情を置き去りにしていないか。

   
・東アジアは集団の文化
自分自身の目標より集団としての目標を重視する。自分の目標を達成するために助けを求めることが集団への迷惑になると考え、助けを求められない。
人に迷惑をかけないように他者に気を遣うことで、互いに「助けない」という孤立の道を歩んでいるのかもしれない。


・相手を理解するために
「こうでなくてはならない」ということで他人とかかわるのではなく、もっとリラックスして、自分と他人に余裕を与える。自分と違う相手に興味を持つ。感情的知性を高める。

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2025年11月20日

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