あらすじ
AI時代、人間が持つ最大の能力は、感情になる! 感情を抑圧し“他者にあわせる”ストレスフルな現代から、“他者を理解する”感情的知性の未来へ。人間の可能性に話題の脳科学者が迫る。
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Posted by ブクログ
感情労働という聞き慣れない言葉に惹かれて読んでみた。
AIやSNSに翻弄される現代で、感情というものを脳科学、認知科学から解説していて非常に面白かった。
特に印象的だったのは、「感情的知性を自分にも発揮する」というもので、なにかと’指摘したも者勝ち’になりがちな現代社会において、敢えてそれを見なかったことにする良さについて、この角度から切り込んで話しているのはとても面白いと感じた。
この筆者自身のエピソードが語られている場面はそう多くはなかったが、それでも全体を通して、この筆者はとてもやさしい人なのではないかという印象を受けた。
Posted by ブクログ
仕事をしていて一番疲れるのは、「感情労働」かもしれない。そう感じるようになって久しい。
中間管理職、女性ばかりの職場、年上部下… 置かれた環境に影響されるものもあれば、個人と個人の相性によるものもある。とにかく感情というものは全てをコントロールすることはできないし、自分のものも、相手のものも、掴めないことが多い。
だからこそ、冒険をして、心震える体験を重ね、その時感じる感情を丁寧に認めて経験にしていく。そういうことでしか人間(自分自身も)を理解することはできないのだと感じた。
心に残ったのは以下の部分。
・感情の第一の特徴は、初めてのこと、予想外のことが起こった時に一番動く、ということである。脳にとっては、経験の新しさこそが栄養なのだ。
・それがなんだかわかる前に、私たちの体がまず動く。この反応こそが感情であると現代の科学は言う。より正確には、身体の反応と、その身体の反応についての自覚とを区別して、それぞれ「情動」と「感情」という言葉が使われる。
・それぞれが別々の反応をすることが、人類の生き延びる戦略となっており、だからこそ個人差や文化差が大事なのである。
感情は「正解がわかる前に、体を動かす力」「正解がなくとも、意思決定する力」だ。
感情は新しい物事の到来を自分に知らせるものであると同時に、自分の価値判断であり、世界に対する今の自分の解釈を表すものである。
【2つの感情労働】
・表層演技は、自分の本当に思っていることを抑えて、別の感情を表出すること。「感情の抑制」
・深層演技は自分が本当に感じたことはあるものの、状況や自分の考えを改めて見直すことによって、感情を書き換えること。「認知的再評価」
(「忙しく迷惑な客」ではなく「恐怖の犠牲者」、「失礼な呼び方をする人」ではなく「呼び方を知らないだけの人」など)
・「認知的不協和」も感情書き換えの一つ。
・企業に合わせる場合だけではなく、プライベートでも、無理を続けることが自分への暴力となり、燃え尽き症候群になったり、他人への暴力として出てしまったりすることがある。
・他国の料理を目の前にした時、その国の出身者の前で顔を顰めたり悪口を言うことはない。気をつかう。ただし、料理を目にする前に「8桁の数字を覚えておくように」(負荷をかける)言われたグループは「こんなの食べられない」という感情を出す傾向にあった。別の認知の負荷のために、目の前の人に対する気遣いができず、気持ちをそのまま出してしまう。
認知的負荷がかかっている時、感情抑制はしにくいということだ。仕事が忙しすぎたり、悩みがあったりすると、人に優しくすることはできない。自分に負荷がかかりすぎている時は、人よりもむしろ自分の方が大切にされるべきだと感じて、自分の要求ばかりを人に伝えてしまうこともある。自分で持てる以上の荷物をなるべく持たないことが大事で、人に優しくできなくなったらそれは、荷物を減らせというサインなのである。
・チームとしてさまざまな課題に対して高い成果を出すために、一番関係があったのは、そのチーム内に、人の気持ちにどれだけ敏感かという「社会的感受性」が高い人がいるかどうか。
・教訓はなんだろうか?
「人と自分とを同じ存在だと考えないということが重要ということである。」共感と人間理解は異なっていて、本当に他人を理解するためには、むしろ他者と自分を切り離さなくてはならない。
・同じ気持ちになることで快を感じて「欲しい(ドーパミン)」の回路を回すことは、相手を自分の思い通りにコントロールすることにつながっているのであり、自分の感情のコントロールでもなければ、人を理解することでもないのである。
依存関係に陥らず、本当に人間を理解するためには、自分の必要と、相手の必要は食い違って当然なのだから、共感した上で切り離すという大きな痛みを取らなくてはならない。
・意識は、意外なこと、自分が経験したことがないことが起こって、注意が必要になった時にだけ灯る電灯のようなもので、自分がどう行動したらいいかを明晰に考えさせるために存在するもの。
・どんなに優しい人であっても、どれだけ道徳的な人であっても、ある一つのことだけに注意を奪われている時や、目的の遂行に一生懸命になっている時や、急いでいる時は、他者がそれぞれに事情を持った「人」ではなく、ただ自分の目的の遂行を妨げる障害「物」に見えてくることがあると言われている。
・アメリカの社会学者ロバートKマートンが名づけた「自己充足的予言」によると、私たちは人から言われた根拠のない言葉に自然と自分を合わせていくという。
親が「賢い子だ」「才能のある子だ」と子どもを扱っていると、子どもは賢くあろうとし、本当に賢くなっていったり、先生から「あなたはできるよ」と言われるとできてしまったりする。その逆も然り。
・東アジアは「集団の文化」で自分と他者を西洋の人々よりも繋がった存在であると見ており、自分自身の目標よりも、集団の目標を重んじる傾向にある。そのような文化ではどうしても集団に対する責任感が強くなり、自分が自分の目標達成のために「助けて」と口にするのは、集団にとって「迷惑になる」
可能性があるから抵抗を感じる。他者が困っているときも、それは集団に対してその人がなんらかの悪いことをしたからだと類推するから、同情が薄くなる。(他人と自分を切り離さない人の方が、困った時に他人に冷たくなりやすい!)
・私たちは、人に迷惑をかけないようにとか常に他者を気遣い、自分よりも集団を優先することで、「感情労働をして疲れる」と言っているが、それで人に優しくなったというよりも、互いに「助けない」という、孤立の道を歩んでいるのかもしれないのである。
・基本的には、「こうでなくてはならない」ということで他人と関わるのではなく、もっとリラックスして、自分と他人に余裕を与える。自分と違う相手に本当に興味を持つということ。
・感情的知性の高い人は、他人や自分の感情によく気づくうえに、自分の機嫌を自分でとれる人だ。
・自分を知る時は、感動した時である。自分が何に感動するのか。感情が動いてみて初めて、自分のことがわかる。感動の一瞬だけは、自分のものだという気がする。
・人を本当に理解するのには、物事の因果関係を簡単に考えてはいけない。「そうではないかもひれないな」と判断を保留にしなくてはならない。感情は常に動かしていなければならない。その動いている感情を掴むにとどめ、型に入れないことが、感情的知性なのである。
余談。
視覚の錐体細胞は赤緑青の3種。嗅覚のレセプターは350種類。複雑すぎるため研究が遅れていたが、私たちの認識がどれだけ嗅覚に依存しているかはこれから分かってくる。
→全てを把握することは不可能なのに、わかりきった世界を生きていると感じて、退屈を感じたりしている。
全てがコントロールできると思い込むのは嘘。無理。どうなってしまうかわからないことは、心配して避けるのではなく、起こってしまった時に自分の感情の動きを感じ取ってみる。それが人間を理解することなのだ!!
Posted by ブクログ
20260716
めちゃくちゃ面白かった!
感情の取り扱いについてと、感情においての認知の仕方について学べました。
人は間違った判断をするのではない。
「感情が先に働き、その感情を正当化するように思考が組み立てられる」ということ。
人は「事実」を見て判断しているのではなく、「感情が意味づけた世界」を見て判断している。だから、良い判断とは知識を増やすことではなく、自分の感情と思考を一歩引いて観察し、事実・解釈・本質を整理し直す力である
・認知的不協和 p58
酸っぱい葡萄とは、「手に入らない現実」を受け入れる苦しさを減らすために、「本当は欲しかったものの価値を下げて考える」という認知的不協和の代表例です。
Posted by ブクログ
サービス業に関する話しかと思ったら違っていた。
しかし、ペンを持ちながらでないと読めないほど、学術的な書籍で良本であると思った。
自分が他者に向ける感情について、SNSについて、AIについて、感情という視点から問題提議しているのが新鮮であった。
中身はまたあとでまとめたい
Posted by ブクログ
本書を通して、私は「感情との向き合い方」や「人との関係性」について深く考えるきっかけを得ました。特に印象に残ったのは、「感情は初めての時に一番動く」という考え方です。この言葉から、自分が新しいことや冒険を好む理由に気づきました。未知の体験に触れることで感情が大きく動き、それが自分にとっての喜びや充実感につながっているのだと理解できました。
また、人間関係においては、依存と愛の違いについての指摘が強く心に残りました。関係が深くなるにつれて、自分のやりたいことを我慢して相手に合わせてしまったり、自分の時間を持つことに罪悪感を抱いたりすることがあります。しかし、そのような状態は相手のためであるように見えて、実は自分自身を苦しめ、やがて関係そのものを歪めてしまう可能性があります。本書は、依存ではなく「相手を自由にすること」が愛であると述べており、この考え方は非常に納得できるものでした。
私は以前の恋愛において、自分に余裕がなく、無理を重ねて疲れてしまった経験があります。しかし別れた後、家族や友人がただ寄り添い、話を聞いてくれたことで心が救われました。この体験は、本書で述べられている「安全基地」の重要性と一致しています。信頼できる人がいることで、人は安心して新しいことに挑戦できるのだと実感しました。
さらに、自分の感情を俯瞰し、「自分が常に正しいわけではない」と気づくことの大切さについても学びました。感情はコントロールするのではなく、気づくことで整えることができます。この視点は、実際に自分が行った感情整理のワークとも重なり、感情とより健全に向き合う手がかりとなりました。
本書を通して、私は「自分を大切にしながら他者と関わること」の重要性を学びました。これからは、自分の気持ちを無理に抑えるのではなく、適切に気づき、バランスを取りながら人との関係を築いていきたいと思います。
Posted by ブクログ
感情というものに対して知らなかったことが多く書いてあり、今後の人生でどのように向き合えばよいかの指針になった。
真面目な内容なのにどこか文体が柔らかく、不思議な読みやすさがあった。
Posted by ブクログ
感情労働の社会学的発見の歴史から、脳科学による分析、SNS等の昨今の社会情勢と我々の関係性と解明とポピュラーサイエンス的な部分もありつつ、身近なテーマとして触れてみるべき人も多いように思う。専門の脳科学まわりの未見の研究成果の紹介などもありつつ、総合的な視点でテーマを調理する趣で読み口は軽い。
再読したい。
Posted by ブクログ
イヤードックが止まらない
特に第5章のSNS、第6章の感情労働の未来は何度も読み返した。なんでこんなに自分が疲れているのか、ひとつの答えをもらった気がした。
この「気付き」がとても重要なんだろう
Posted by ブクログ
・感情的知性
・新卒で働く中で大事だと思った「想像力」。それを噛み砕いて知ることができ、興味深かった。自分でも思う、日々動き続けて言語化できない感情の動き。それは他者も同じで、この広大な心の中は決して因果関係で解釈できない。感情の動きの気づきに敏感になり、優しくありたい
Posted by ブクログ
タイトルの感情労働の未来については、最後に少し書いてあるだけだったので、拍子抜けな感じはしたが、書いてある脳科学の話についてはついては、非常に面白くて、たくさん付箋をつけた。脳って面白い!
Posted by ブクログ
アメリカ人のフィニアスゲージ氏が左側の前頭葉特に前頭癌科皮質と呼ばれる領域に傷がつき、命は助かったが、事故後とても移り気で忍耐力がなく、簡単にイライラして他人に失礼なものをするようになった。
脳の物理的な変化が感情や人格に影響を与えることは示された最初の例である。
前頭癌科皮質は身体の反応と関係していて、意思決定に重要な役割果たしていることが明らかになった。
一般的な人と損傷のある人との違いは感情的な写真を見せられた時に、瞬時に冷や汗をかくか書かないかであった。
彼が事故で被ったのは知的能力の問題ではなくて、身体の反応であり、感情の問題だった。
ゲージ氏は道徳の源は感情であり、感情がなければ人間は道徳的には振るまえないという可能性を示唆した。また、道徳的判断だけではなくて、次は何をしようかという、日常の小さな意思決定も苦手になっていた。
感情、すなわち、身体の反応が私たちの意思決定には必要なのではないか?
この仮説はソーマティックマーカー仮説と名付けられている。
Posted by ブクログ
小難しい話では無いので読みやすかった。脳科学から感情労働に焦点を当てている本だが、生活に役立ちそうな知見が多いと思った。科学的な分析なので、下手な自己啓発本より信頼できそうな文言が多くて学びになった。
Posted by ブクログ
脳研究などの知見をまとめたライフハック的な本をこの前に読んでいたため、もともとの研究の意図など本来の部分をこちらの本で確認することができ、相互補完的な形で興味深く読めた。言葉は高度な知的作業として最後にうまれるものなので、その前段としての身体性を無視することで歪みが生じているというのは納得することが多い。当初の相手に共感しすぎてしまうことによる感情労働の問題から、SNSを発端とする、身体と言葉を切り分けかえって自己をなく、モノ化してしまうような事象、AIとの共存の仕方など、著者の考えエッセイ的なものも含まれるので、読みやすく、科学者と哲学書の融合のような印象を持った。もう一度読み返して腹に落としたい
Posted by ブクログ
この「感情労働」ということばがどうもひっかかる。
肉体労働の対比で、感情を使うことがお金になる、ということのようだが、
なんだかぴんとこない。
しかし、この本の中身は興味深いこと満載。
AIには感情はないとか、
SNSでいいねをもらうことに感情を動かされるとか、
ZOOMで講演すると出張しなくていいが、相手の思い、情熱がわからないとか、、
興味深いんだけど、全体として何が言いたいのかはわからなかった。
感情があるから人間なんだ、ということなのかな。
あ、元に戻って感情で稼ぐ、、
脳はフル回転だな。
はじめに 感情労働に疲れきった人たちへ
1 感情を脳科学から考える
感情とは何か?
感情が動いた出来事は、鮮やかに覚えている
初めてのことには、脳の全てが本気になる
感情の二つの経路
意思決定は感情が行う
道徳的判断は、理性ではなく感情が司る?
感情は頼れる一つの生き物
2 感情労働のはじまり
感情が商品になる時
金の取り立ても感情労働
表層演技と深層演技
感情の抑制と認知的再評価
脳は無意識のうちに他者に合わせる?
感情労働と感情作業は、同じ脳活動
3 脳はどのようにして人の心を理解するのか?
人の気持ちを考えて、自分の感情を表出する
AIは感情労働が苦手?
AIエフェクトと言語
感情労働の能力が高い人がいるチームは、成果をあげる
集団的知性――トランザクティブ・メモリー(交換記憶)
集団的知性を築く――インストルメンタル・コンバージェンス(道具的目標収束)
「共感する」だけでは、人を理解できない
「好き」を扱う脳の回路と「欲しい」を扱う脳の回路
4 脳の進化と感情労働
脳は、外套をかけるための釘?
脳は、意識にのぼらせる情報を極力絞り込んでいる
アテンション・エコノミー
人間の脳の中で最後に発達する、人の心を理解する「社会脳」
言語だけで人の心は理解できる?
人間の脳の大きさは、人付き合いのために進化した
ChatGPTは、他者の心を推測できる?
人間の言語は、身体の感覚情報から生まれる
大規模言語モデルと人間
5 SNSは、感情労働の最前線?
見えにくい心を見えるように「加工する」
SNSの脳への影響
思春期は、脳の成長の過渡期
大人とSNS
噓に投資する脳
脳は、現実とフィクションをどのように区別するか?
ヴァーチャル――噓・本当を超えて、私たちに作用するもの
なぜ脳は、フィクションを必要とするか?
モノ化する自己
日本人は他者を「助けない」
6 未来の感情労働
あなたは感情的知性が高い?――33の自己チェック
感情の欠点
大脳新皮質が感情の手入れをする
「気づき」が最も重要
感情的知性を、自分にも発揮する
自分の無意識の一部を把握できると、人は幸福になる
感情表現と認知的柔軟性を高める
IQからEQへ
おわりに 感情労働の豊かな可能性
あとがき
Posted by ブクログ
題名から感情労働について理解するために読んだが、著者は感情労働と感情作業を同じものとして説明している。本書は感情作業から感情と認知機能の関係から説明し、現在のAIの説明から認知機能(大規模言語プログラム)の進展より、言語によって感情が表されている幻想について説明。ただ感情についてはまだ十分に解明されていないところがあり、その意味ではAIは人間を超えるのは現時点では不可能だろう。話は戻るが、感情労働は、そのようにコントロールできない感情を企業がコントロールすることによる個人の精神的ストレスについての言及は弱く、題名としてどうかとは思った。
Posted by ブクログ
4年も書き続けた著書とは思えない、リアルタイムに感じられるおもしろい内容だったし色々詰まってた。
SNSにこんなに支配されてて大丈夫?
AIと会話する現代人、でもこれって未来ニンゲンみたいになるの?AIにできないことって?ってぼんやり考えていたけど
そういう内容が書かれてて勉強になった
必要ない会話(いわゆる雑談)こそがだいじなのかも
Posted by ブクログ
メタな感想ではあるけれど、科学は人に気づきを与えるものだなあと思った。本の中でも触れられていたが、気づきがあることで人間にはあらゆる可能性が広がっていく。思えば実用書を読むようになったのも、とある自己啓発本が自分の悩みに対して気付きを与えてくれたことがキッカケだったように思う。
著者自身がはっとしたという、あとがきの一節。「最近、必要な言葉以外を使っていますか?」現在進行系で子育てに向き合う自分にとって、いつまでも記憶に留めておきたい言葉だ。
Posted by ブクログ
今、自分の感情がどこにあるのかわからない。
そんなもやもやが続いていたとき、ふっとこの本が目に入った。
感情労働なんて聞いたことなかった。
でも自分の中に自分がいない。私だけの自分になれる時間がない。
そう思っていたので、感情労働とは…と読んでいくと、私の日常は多くを感情労働に費やしていたんだと気づいた。
子育ての参考書として手にしたわけではなかったが、脳の仕組みを理解するうえでは子どもの脳の発達についての理解は必要だったようだ。
我が子も発達の真っ最中。
もっと早くこの本を読んでいたら、もう少し優しく接することができたんじゃないかと悔やんでいる。
感情労働に子どもの脳の発達、生成AIがあふれる社会での生き方。
今気になっていることがたくさん詰め込まれていた。
新しい知識を教えてくれる本というより、なぜか温かく心に優しい本だった。
著者の人柄だろうか。
また本に許してもらったような気がした。
まだ心のもやもやは消えてないけれど、もやもや整理の1歩目になったかな。
Posted by ブクログ
脳科学に関する本だったため専門用語や難しい内容も多かったが、同じテーマが繰り返し説明されていたので、理解しながら読み進めることができた。読後には、脳を含む人間そのものや宇宙には、まだ解明されていない可能性や新しい発見の余地が数多く残されているのだと強く感じた。
また、「どんなものにも長所と短所がある」という視点が印象に残った。特に興味深かったのは、人工知能に「できるだけ沢山のクリップを作って」と命令した場合、その目的を最優先にし続け、人類が邪魔になると判断すれば排除してしまうかもしれない、という例だった。命令に忠実であることが危険にもなり得るという話は衝撃的で、人工知能との向き合い方について深く考えさせられた。
難しい内容ながらも、科学や未来について考えるきっかけを与えてくれる一冊だった。
Posted by ブクログ
"言語と身体をかつてなく切り離した現代人は、見えにくい人の心を理解するという方向で苦労するかわりに、見えにくい心を誰からも見えやすいように加工するという苦労を選んでいる"
とてもいい本でした
Posted by ブクログ
AIの発達によって知能や肉体を使った労働がAIに取って代わられるようになってきた。一方で感情労働と言われる看護師や介護士、保育士や教員などの働き方に目が向けられてきている。常識や一般論で判断するのではなく、その苦しんでいる本人さえも気付けていない感情に寄り添えるようになりたい。
Posted by ブクログ
意外とみんな同じようなことで悩んでいるように見えて、やっぱり個性的で、でもやっぱり似ている。
人に寄り添い、自分の感情も人の感情も大切にして、よくなる未来を信じて生きていきたい。
感情は、基本的には、今自分の知らないことが起こっているのを私たちに告げ知らせるものだ。それが今までにないことが起こった「喜び」になっても、起こってほしくないことが起こった「悲しみ」になっても、想定外の物事に対する私たちの反応であることにはかわりなく、それが感情と呼ばれるのである。
ある状況に対してみんなが同じ反応を示したら、その反応が結局良くないものであった場合、人類自体が滅びてしまうかもしれず、それぞれが別々の反応をすることが、人類の生き延びる戦略となっており、だからこそ個人差や文化差が大事なのである。
感情は「正解がわかる前に、体を動かす力」「正解がなくとも、意思決定する力」だ。私たちが毎日、毎秒、行っている意思決定は、実は全て感情のおかげである。感情は、新しい物事の到来を自分に知らせるものであると同時に、自分の価値判断であり、世界に対する今の自分の解釈を表すものでもある。
「私のどこが好きなの?」とパートナーに聞かれても、うまく答えられないのは、「お腹が空いた、今日はなんとなくお肉が食べたい!」というそのお肉が食べたい理由がわからないのと同じで、自分の身体が自分に今足りないものを自覚して、「この人には何かがありそう!」「この人から何かを学びたい!」と欲する、脳を含めた身体全体の反応が恋だからだ。身体が脳に伝えてくることは、はじめは言語という形をとっていない。自分の身体に乏している栄養素を察知して、その栄養素が含まれている特定の食べ物を欲する仕組みは、「スペシフィック・ハンガー」と呼ばれている。
スペシフィック・ハンガーのような身体的欲求は、あとからは言語で推定することができる。
肉が今食べたいのはどうしてか、「最近野菜ばかり食べていたからかな」というふうに。それと同じで、自分がどうしてそれを選んだのか、自分の価値観は、あとからしか推定・言語化できないし、あとからなんとなく納得できるような説明をつけることができるだけなのだ。
燃え尽き症候群は、人間を対象とする仕事に限らないが、感情的に消耗して、これ以上の感情的消耗を避けるために他人に対して一切感情を使うことができなくなり、自分自身の生きている実感も価値も感じられなくなってしまった状態のことをいう。
自分自身が決定して、その行動の結果の責任を取ることができないために、成功の喜びを感じたり、失敗の痛みを感じて学んだりすることもできなくなってしまう。「こう決めたのはあの人だ」「あの人のせいだ」と言って、痛みを自分で感じないと、人は失敗は大したことではないと理解するようになり、同じ間違いをずっと繰り返すことになってしまうのだ。
感情は個人差があるものであると同時に、感情はみんなのものである部分がある。
「人間らしさ」の一つの定義は、人間に独特な意識や、自意識、他者意識を持ち、自分とは違う他者のことを思いやって行動できることである。しかし他者を思いやるというのは、自分を消して他者に合わせるという意味ではなく、自分の気持ちも他者の気持ちも大事にし、自分の感じていることを伝え合い、交渉し、時にはぶつかったり、嫌な気持ちになったり、させたりしながら、その責任を取り、調和して暮らせるようになることだ。
私たちは自分でも把握しにくい感情を、なんとか把握して社会に向けて言葉で表現したり、社会の要求に注意を向けることで感情を他人と協調させたりして、生きていかなければならない。
また感情労働に関し、ここで言えるのは、認知的負荷がかかっている時、感情抑制はしにくいということだ。仕事が忙しすぎたり、悩みがあったりすると、人に優しくすることはできない。自分に負荷がかかりすぎている時は、人よりもむしろ自分のほうが大切にされるべきだと感じて、自分の要求ばかりを人に伝えてしまうこともある。自分で持てる以上の荷物をなるべく持たないことが大事で、人に優しくできなくなったらそれは、荷物を減らせというサインなのである。
トランザクティブ・メモリーのおかげで、カップルや家族は、一人で暮らすよりも遥かに複雑で効率的な処理ができるようになる。
考え方を同じにするのではなく、人間としての身体、感情の要求は同じところもあるから、違う存在としてはその部分を満たせれば十分であり、「すっかり意気投合」といった関係になれなくても、そのような年に一度の経験が積み重なっていけば、相手の好きなことや嫌なことがゆっくりわかっていくところがあり、うまくトランザクティブ・メモリーの機能する「家族」になっていけたりもするのである。
人と自分とを同じ存在だと考えないのが重要ということである。共感 (同じ気持ちになること)と人間理解は異なっていて、本当に他人を理解するためには、むしろ他者と自分を切り離さなくてはならない。
「相手が自分の期待に沿ってくれる=自分が愛されていると感じる」ということになるともう、自分とは違う一人の人を尊重することとは正反対で、相手の気持ちは見えなくなっている。自分と相手を一体化するというのは究極的には自分の心も相手の心もなくすことなのだ。
自分がやりたいことと、他人がやりたいこととがあって、それが食い違うからこそ、人のことを理解するという感情労働が存在する。
現実では他者はそれぞれに忙しいのであり、あなただけに注意を向けることは不可能だ。だから他人と自分とを切り離すことが必要で、大事な人から注意をもらえたら、それもいつもではなくて無心な時だけでも注目してもらえたら、とてもラッキーなことだ。私たちは人からいつも注目してもらわないといけないと勘違いすることがあるが、本当は僅かな注目でさえ私たちに与える安心感は非常に大きく、それが私たちの世界を冒険する勇気となる。
つまり意識は、自分が必要としているけれどもうまく自分がコントロールできない事態専用なのにもかかわらず、私たちは時にこの意識こそが全てだと勘違いする。
ティ・ショウホウら一橋大学と名古屋大学の共同研究によると、生きていくためには必要なものなのに、私たち東アジアの人々が助けをあまり求められないのは、実は、他者が困っている時にも、あまり哀れみを感じないからであるという。東アジアは「集団」の文化で、自分と他者を西洋の人々よりもつながった存在であると見ており、自分自身の目標よりも、集団の目標のほうを重んじる傾向がある。そのような文化ではどうしても集団に対する責任感が強くなり、自分が自分の目的を達成するために「助けて」と口にするのは、集団にとって「迷惑になる」可能性があるから抵抗を感じ、他者が困っている時も、それは集団に対してその人がなんらかの悪いことをしたからだろうと類推するから、同情が薄くなるのだという。逆に、アメリカなどの「個」の文化では、自分と他者は違う存在というのが前提であり、自分の目的で行動するので、それが失敗した時には、「悪いことをしたから」ではなくて、「そもそもうまくいくかどうかはわからないから」で、他人が失敗した時にも自分もそうなのだからと助ける傾向になるという。
感情的知性の高い人は、他人や自分の感情の動きによく気づく上に、自分の機嫌を自分でとれる人だということである。他人から必ずしも承認されなくていい人なのだ。
感情的知性を身につけることは、私たちが見た目やIQやわかりやすく言葉で説明できる能力などだけで評価される時代を終わらせ、全人格を取り戻すことなのだ。
感情は、気づきを通して手入れが可能なのである。
「自分には相手には見えないことが見えているけれども、相手には見えていない」ということに気がついて、相手が受け取れるように言葉を使う工夫をする、また相手の得意なところも見るようにする、という意味で、自分も変化しつつ、相手の変化を促す必要がある。
本当の理由を知るのには時間がかかる。しかし、自分の無意識の一部が正確に把握される瞬間、人は幸福になる。気づきは、集団のうちで人に合わせている時には失われがちな「自分」が見えてくることなのだ。
人を本当に理解するのには、物事の因果関係を簡単に考えてはいけない。「そうではないかもしれないな」と判断を保留しなくてはならない。感情は常に動かしていなければならない。
その動いている感情を掴むにとどめ、型に入れないことが感情的知性なのである。
全てがコントロールできるという勘違いから離れ、コントロールが利かない世界の中で、時々ある「気づき」を大切にする。それだけで良いのかもしれない。
人間が人間と付き合う価値は、人間の動く心がわかるようになることに尽きるのだろう。
私が感じていることは、言葉には表しきれない。それなのに、今私たちは言葉で言えば全てがわかると思っている。言葉に頼りすぎていて、言葉だけを膨大に読み込んで大規模言語モデルを作り上げ、それが人間を超える知性を見せるようになるかということにまで挑んでいる。
私たちの言葉に私たちの心は、どこまで含まれているだろうか。
わかりやすさだけを求める世界は、息苦しい。「Aと言えばAと伝わる」そんな世界は本当は存在しない。全てが言葉に表れているというならば、物言えぬ人たちには心がないのだろうか。私は、大規模言語モデルは無意識で言葉を流暢に話すけれども、認知症になった母は言葉を流暢には話せなくなったが大規模言語モデルよりもずっと豊かな心を持っていると感じていた。
事実と経験は違う。何かが起こった時、自分の感情が動く。そしてその起こってしまった出来事は長い時間をかけて、私の脳によって消化される。もぐもぐと口を動かして食べるように、感情がウゴウゴと動いて、その出来事は消化されていく。そして事実は経験となる。それは私の人生の宝物である。正しかろうと正しくなかろうと、宝物である。それぞれの人が消化した、正解・不正解とは無縁な、経験という宝物、そしてそれぞれの人の心の動き自体に敬意を払うということが、私たちを自由に生きられるようにする感情労働なのだと思う。
Posted by ブクログ
脳科学の観点から見た感情労働とは何か、AIやSNSが人々にどういう影響をもたらすのか等が書かれている。
五感や体験を通して感情は動き、記憶される
感情労働とはそんな記憶、感情体験を通して他者との関わりを円滑に進めるための社会的な脳の働きの一種
この分野は唯一AIにはできない分野であり未来的に人であることの強みになるかもしれない
だが、その一方で感情労働は表面上だけの表層演技がいつしか自身の本当の感情と違うものに書き換え、納得させ深層演技になってしまい…
気づいた時には燃え尽き症候群や鬱になっている人、非常に多いんじゃないだろうか。
強みでもあり、弱みでもある。
それをAIがまた補助するなんてこともあるかもしれないなんて思った
Posted by ブクログ
著者は脳科学者。タイトルのイメージよりはちゃんとした内容。感情を偽装する表装演技と、そう思っているように自分をコントロールする手法。
自分の外見や見た目をモノのように評価されると、本来感じている自分の感覚に疎くなったり、社会集団に共感性が高いと、社会に助けを求められなかったり、助けを否定したりする。逆に感情への共感性の高い人がいる社会はスムーズに回りやすいとか。
話題が色々だったり、そうとも限らないという反論の類はありそうだが、視点を広げることのできる一冊
Posted by ブクログ
テーマは面白い。文章は少し読みにくい。
感情労働とは、CAや看護師など、感情をコントロールすることを労働として強いられるようなこと
ここをベースにAIと比較して脳がどのよう反応したりしているのか広く浅く説明している。
Posted by ブクログ
感情労働は、ハラスメントを受けたときにも我慢したり、疲れているときも笑顔を作らなければならなかったりと、労働の場でのみの話かと考えたいたけれど、実際には家庭の場や友人との食事の場であっても気を遣って、発言に注意したりと、私たちは四六時中意識している部分があるなと感じた。
ましてやSNSの発展で、いいねの数に左右されたり、バズるために投稿したりと、表層だけを取り繕うようになって、かえって疲れたりと、便利な世の中だからこそ、自分で感じていることに気づくことが大事だと思った。
Posted by ブクログ
私は感情労働をしていないが、職場などで自分の感情を抑えるのはよくない影響があることに気づいてもっと素直に感情を出していこうと思った。仕事面で感情の抑制は当たり前のたしなみ扱いだけど、プライベートにも影響してくるわけでそこが問題なんだろうな。