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ユーザーレビュー

  • 感情労働の未来 脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?

    Posted by ブクログ

    想像の1000倍面白かった。びっくりした。
    あたたかくて優しくて、救いがある。
    社会人向けの道徳の教科書みたい。もしくは国語。

    感情労働をしている自覚があまり無い人にも是非読んでいただきたい。多分、気づかないうちにしてると思うから。

    抱きしめて生きたい言葉や学びが多くて、付箋とマーカーだらけになった。たまにパラパラ読み返そうと思う。

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    2026年09月23日
  • ドーパミン中毒(新潮新書)

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    【「好き」より「欲しい」】
    ・世界は物が足りない場所から、強い報酬刺激がありすぎる場所へ変わった。ドーパミンは報酬を得た快楽そのものよりも、報酬を求める動機、つまり「好き」より「欲しい」に深く関わる。動画やSNS、ゲームをもう一度見たい・続けたいという衝動も、この仕組みから捉えられる。

    【快楽と苦痛のシーソー】
    ・快楽と苦痛はシーソーのように働き、快楽側へ傾くと、脳はバランスを戻すために同じだけ苦痛側へ揺り戻す。刺激を繰り返すほど快楽を感じにくくなり、反対に苦痛には敏感になる。楽になるために快楽を求めているのに、長期的には退屈や不快感に耐えにくい状態をつくるという逆説が印象に残った。

    【不快感をすぐ消さない】
    ・人間は快楽の追求と苦痛の回避に熱心になりすぎた。退屈や不安を感じるたびに動画・SNS・ゲームで埋めるのではなく、その不快感をすぐには消さず、少し待ってみたい。高刺激な娯楽を完全に排除するのではなく、自分で距離を調整し、快楽を感じる力を取り戻すことが大切だと思う。

    【身体を動かして報酬を得る】
    ・適度な苦痛に身を置くと、その反動で快楽を感じやすくなる。運動は気分を前向きにするだけでなく、本来なら身体を動かして手に入れていた報酬を取り戻す方法でもある。ゲーム内のキャラクターを走らせたり跳ばせたりするだけでなく、自分の身体を実際に動かすことを意識したい。ただし苦痛も強く求めすぎれば、仕事依存など別の依存になり得る点には注意が必要。

    【正直さが親密さをつくる】
    ・人との親密さもドーパミンを生む報酬になる。高刺激な商品が他者との関係から得られる喜びの代わりになると、孤立や無感覚につながってしまう。自分の弱さや失敗を隠さず、正直に打ち明けることで、相手も心を開ける余地が生まれる。親密さをつくるのは完璧さではなく、互いの不完全さを認め、一緒に間違いを直そうとする意思なのだと思った。

    【今後の実践】
    ・動画・SNS・ゲームを無意識に続けず、退屈や不快感を少し味わう。刺激が欲しくなったら、運動など身体を使う行動へ置き換える。そして人間関係では、良い自分だけを見せようとせず、弱さや失敗も正直に話す。快楽を増やすより、快楽をきちんと感じられる状態を守りたい。

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    2026年09月20日
  • 感情労働の未来 脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?

    Posted by ブクログ

    自分や他者が感じることに敬意をもって、人と共鳴しながら、自分なりの感情労働を「人間」として楽しんでいきたい。

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    2026年09月15日
  • 感情労働の未来 脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?

    Posted by ブクログ

    仕事をしていて一番疲れるのは、「感情労働」かもしれない。そう感じるようになって久しい。
    中間管理職、女性ばかりの職場、年上部下… 置かれた環境に影響されるものもあれば、個人と個人の相性によるものもある。とにかく感情というものは全てをコントロールすることはできないし、自分のものも、相手のものも、掴めないことが多い。
    だからこそ、冒険をして、心震える体験を重ね、その時感じる感情を丁寧に認めて経験にしていく。そういうことでしか人間(自分自身も)を理解することはできないのだと感じた。

    心に残ったのは以下の部分。

    ・感情の第一の特徴は、初めてのこと、予想外のことが起こった時に一番動く、ということである。脳にとっては、経験の新しさこそが栄養なのだ。

    ・それがなんだかわかる前に、私たちの体がまず動く。この反応こそが感情であると現代の科学は言う。より正確には、身体の反応と、その身体の反応についての自覚とを区別して、それぞれ「情動」と「感情」という言葉が使われる。

    ・それぞれが別々の反応をすることが、人類の生き延びる戦略となっており、だからこそ個人差や文化差が大事なのである。
    感情は「正解がわかる前に、体を動かす力」「正解がなくとも、意思決定する力」だ。
    感情は新しい物事の到来を自分に知らせるものであると同時に、自分の価値判断であり、世界に対する今の自分の解釈を表すものである。

    【2つの感情労働】
    ・表層演技は、自分の本当に思っていることを抑えて、別の感情を表出すること。「感情の抑制」
    ・深層演技は自分が本当に感じたことはあるものの、状況や自分の考えを改めて見直すことによって、感情を書き換えること。「認知的再評価」
    (「忙しく迷惑な客」ではなく「恐怖の犠牲者」、「失礼な呼び方をする人」ではなく「呼び方を知らないだけの人」など)
    ・「認知的不協和」も感情書き換えの一つ。

    ・企業に合わせる場合だけではなく、プライベートでも、無理を続けることが自分への暴力となり、燃え尽き症候群になったり、他人への暴力として出てしまったりすることがある。

    ・他国の料理を目の前にした時、その国の出身者の前で顔を顰めたり悪口を言うことはない。気をつかう。ただし、料理を目にする前に「8桁の数字を覚えておくように」(負荷をかける)言われたグループは「こんなの食べられない」という感情を出す傾向にあった。別の認知の負荷のために、目の前の人に対する気遣いができず、気持ちをそのまま出してしまう。
    認知的負荷がかかっている時、感情抑制はしにくいということだ。仕事が忙しすぎたり、悩みがあったりすると、人に優しくすることはできない。自分に負荷がかかりすぎている時は、人よりもむしろ自分の方が大切にされるべきだと感じて、自分の要求ばかりを人に伝えてしまうこともある。自分で持てる以上の荷物をなるべく持たないことが大事で、人に優しくできなくなったらそれは、荷物を減らせというサインなのである。

    ・チームとしてさまざまな課題に対して高い成果を出すために、一番関係があったのは、そのチーム内に、人の気持ちにどれだけ敏感かという「社会的感受性」が高い人がいるかどうか。

    ・教訓はなんだろうか?
    「人と自分とを同じ存在だと考えないということが重要ということである。」共感と人間理解は異なっていて、本当に他人を理解するためには、むしろ他者と自分を切り離さなくてはならない。

    ・同じ気持ちになることで快を感じて「欲しい(ドーパミン)」の回路を回すことは、相手を自分の思い通りにコントロールすることにつながっているのであり、自分の感情のコントロールでもなければ、人を理解することでもないのである。
    依存関係に陥らず、本当に人間を理解するためには、自分の必要と、相手の必要は食い違って当然なのだから、共感した上で切り離すという大きな痛みを取らなくてはならない。

    ・意識は、意外なこと、自分が経験したことがないことが起こって、注意が必要になった時にだけ灯る電灯のようなもので、自分がどう行動したらいいかを明晰に考えさせるために存在するもの。

    ・どんなに優しい人であっても、どれだけ道徳的な人であっても、ある一つのことだけに注意を奪われている時や、目的の遂行に一生懸命になっている時や、急いでいる時は、他者がそれぞれに事情を持った「人」ではなく、ただ自分の目的の遂行を妨げる障害「物」に見えてくることがあると言われている。

    ・アメリカの社会学者ロバートKマートンが名づけた「自己充足的予言」によると、私たちは人から言われた根拠のない言葉に自然と自分を合わせていくという。
    親が「賢い子だ」「才能のある子だ」と子どもを扱っていると、子どもは賢くあろうとし、本当に賢くなっていったり、先生から「あなたはできるよ」と言われるとできてしまったりする。その逆も然り。

    ・東アジアは「集団の文化」で自分と他者を西洋の人々よりも繋がった存在であると見ており、自分自身の目標よりも、集団の目標を重んじる傾向にある。そのような文化ではどうしても集団に対する責任感が強くなり、自分が自分の目標達成のために「助けて」と口にするのは、集団にとって「迷惑になる」
    可能性があるから抵抗を感じる。他者が困っているときも、それは集団に対してその人がなんらかの悪いことをしたからだと類推するから、同情が薄くなる。(他人と自分を切り離さない人の方が、困った時に他人に冷たくなりやすい!)

    ・私たちは、人に迷惑をかけないようにとか常に他者を気遣い、自分よりも集団を優先することで、「感情労働をして疲れる」と言っているが、それで人に優しくなったというよりも、互いに「助けない」という、孤立の道を歩んでいるのかもしれないのである。

    ・基本的には、「こうでなくてはならない」ということで他人と関わるのではなく、もっとリラックスして、自分と他人に余裕を与える。自分と違う相手に本当に興味を持つということ。

    ・感情的知性の高い人は、他人や自分の感情によく気づくうえに、自分の機嫌を自分でとれる人だ。

    ・自分を知る時は、感動した時である。自分が何に感動するのか。感情が動いてみて初めて、自分のことがわかる。感動の一瞬だけは、自分のものだという気がする。

    ・人を本当に理解するのには、物事の因果関係を簡単に考えてはいけない。「そうではないかもひれないな」と判断を保留にしなくてはならない。感情は常に動かしていなければならない。その動いている感情を掴むにとどめ、型に入れないことが、感情的知性なのである。

    余談。
    視覚の錐体細胞は赤緑青の3種。嗅覚のレセプターは350種類。複雑すぎるため研究が遅れていたが、私たちの認識がどれだけ嗅覚に依存しているかはこれから分かってくる。
    →全てを把握することは不可能なのに、わかりきった世界を生きていると感じて、退屈を感じたりしている。
    全てがコントロールできると思い込むのは嘘。無理。どうなってしまうかわからないことは、心配して避けるのではなく、起こってしまった時に自分の感情の動きを感じ取ってみる。それが人間を理解することなのだ!!

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    2026年09月14日
  • 知性の未来―脳はいかに進化し、AIは何を変えるのか―

    Posted by ブクログ

    星4.5くらい
    AIと人間の差は何なのか?人間には簡単にできるけど、AIにできないのはなぜか?
    そんな疑問を突き詰めて、そもそも人間はどう進化してきたのか、その歴史を紐解いた。
    専門家ではないからこそのわかりやすい整理になっていると感じた

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    2026年08月13日

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