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Posted by ブクログ
この本を読み、「楽しい」と「幸せ」は似ているようでまったく違う感情だと気づかされました。
「楽しい」は刺激が強く、人生に濃い味を与えてくれます。友達と笑い合う、挑戦が成功する、評価をもらう、できなかったことができるようになる。
そうした瞬間には躍動感や達成感、承認欲求の満たされる感覚があり、ドーパミンが大量に分泌されます。
一方で、「幸せ・幸福」はもっと静かで薄味です。のんびり、平和、ほっこりとした穏やかさ。強い刺激はないけれど、じんわり心が休まる感覚です。
本書を通じて自分の人生を振り返ると、私はお恥ずかしながら「楽しい=刺激」を優先するタイプでした。
お金、恋愛、セックス、美味しい食事やお酒、旅行、勉強など、多くの行動が
楽しさによるドーパミンを求めるもので、その裏で快楽と苦痛がセットで増えていたことに気づきました。
刺激は魅力的ですが、依存が強まるほど心の平穏は失われていきます。
だからこそ、自分は「刺激に満ちた人生」を望むのか、「穏やかな幸福」を大切にしたいのか、改めて向き合う必要があると感じました。
外部刺激を完全になくすことはできませんが、距離を置き、うまく付き合うことはできるはずです。
実際に私はこの本を読んだことで、お酒は月1-2回に絞って、タバコは完全に断つ事ができました。最初はつまらなく感じましたが、目先の快楽に流されない生活を続けるうちに、時間とエネルギーにゆとりが生まれ、本当に必要なことに集中できるようになりました。今では以前より人生が有意義だと実感しています。
この本に出会えたことに心から感謝しています。
「脳内麻薬」という本と一緒に読むのをおすすめします。
Posted by ブクログ
現代はモノに溢れている。私はこれまで快楽を得るため、買い物、デジタルドラッグ(Twitter、YouTube、電子漫画)、本、FX、お菓子、食べ物、ファッション、メイク、サウナ、スーパー銭湯、ゲーム、音楽、水泳、恋愛、勉強などに頼ってきた。これらは、現実から逃避できる手段であり、自分自身から気を逸らすためにやっていたことに気が付いた。私は、要領が悪く、体力がないため、他の人のように時間を有効に使えないことにコンプレックスをもっている。そのため、常に音楽を聴いたり本を読んだりと何か生産的なことをしていないと落ち着かないことがある。その反面、1人のときは相変わらずスマホをだらだら見て無駄な時間を過ごすことも多い。ドーパミンが過剰に分泌されると、日々の些細なことに喜びを感じられなくなってしまうそうだ。習慣的にお菓子を食べていたときは、一つ食べるともっと欲しくなっちゃって満足感や満腹感を得ることがなく、底抜けの渇望を感じた。先日、仲間とフェローで食べたかき氷が美味しかった。以前かき氷を食べた時は、その後さらにお菓子が食べたくなったけど、今回はかき氷だけで満足した。足るを知るということができたのかなと嬉しく思った。
私は遅延報酬割引がとても大きいが、周囲の人が約束を守ってくれると、この世は秩序が保たれていて安全な場所だと思えて、遅延報酬割引が小さくなるそうだ。今はもう大人になった私にとっては世界との関わり方の問題だと思う。周りの人に慈悲の心をもつことができれば、自然と周りの人にも大切にされてこの世は安全な場所だと思えるようになるだろう。一方で、子どもたちに対する大人の責任は大きい。仕事でもプライベートでも、子どもたちと約束をしたら必ず責任をもつようにしたい。
正直さが人との親密な関係をつくり、それがドーパミンを放出させるそうだ。特に、自分の過ちを素直に認め、それが相手に受け入れられたとき、ドーパミンが大量に分泌される。これからは、いつも嘘偽りのない等身大の自分で人と関わり、多くの人と親密さを築いて生きていきたい。これから人と関わっていく中で、トライ&エラーで伝え方や断り方も学んでいきたい。これまで人に譲歩してもらう状況を避け、人と関わらないで生きてきた。だから、「疲れたから少し休みたい」とか「私は行きたくない」などと人に自分の意思を伝えることに慣れていない。相手を傷つけない配慮のある言い方を身につけていきたい。また、その時に最大限配慮のある言い方をすれば、あとは相手がどう受け取るかは相手の問題と割り切って手放せるようにしたい。
Posted by ブクログ
世の中はもので溢れているとよく言うが、それは少し違くて、世の中は意味で溢れている。意味が分からない人から見ればただの物である。物を消費するのは限界があるから、意味を売るようになった。
依存症も物を媒介として意味を得たいがための行為だ。つまり現実逃避だ。現実逃避をさせるのが上手な人ほど儲かっているとは、なんてひどい世の中だ。本人にその気はなくとも、本人から私たちに届くまでの媒介物全てに現実逃避させるつもりはない、という気持ちがない、とは言い切れないだろう。私たちは他人の人生を見るために生まれてきたのでは決してない。ということで、自分の理想像を想像して、その理想像がしてなさそうなことを一つ消すことにした。そう思わせてくれてありがとう。ドーパミンを出しては消費するだけの人生はもううんざりだ。何も変わってないのだ。
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