人生100年時代と言われている。今かろうじて30代の私は、おそらくあと30年は働き続けなければならない。それどころか50年かもしれない。
テンプレではあるが、昇進→メンタル不調→休職を経験し、復職した後も、今の働き方が持続可能なのかと考えたときに、言い知れぬ不安を感じた。そのため、リスキリングに取り組み、異動希望を出し、今春晴れてそれが叶うことになった。
若手が中心だった前の部署とは異なり、シニアの方が多く働いている今の部署で、「定年」「セカンドキャリア」といったワードは、かなり身近なものとして耳に入ってくるようになった。
そんな背景もあり、この本を読み終えて。
この本を読んだタイミングが早すぎるということはまったくなかったと感じる。遅いということもないが、5年後に読んでいたら、なぜもっと早く読まなかったのかと後悔していたかもしれない。
著者の奥田祥子さんは、元読売新聞の記者で、40代から大学院の博士課程で研究をされ、現在は近代の教授をされているジャーナリストだ。ジェンダー関連のご著書が多く、新著「抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体」も非常に気になっている。
この方のすごいところは、同じ対象者に二十数年にわたって継続的に取材を行っていることだ。取材した相手の総数は1500名にも及ぶという。現役バリバリで管理職に昇進したばかりとかのタイミングで取材を始めた人々が、今ちょうど定年を迎え始めているというわけだ。彼らのキャリア遍歴を言わば一代記のような形で紹介しつつ、単なる体験談の収集に終わらせずに、事例の一般化を試み、労使双方に向けて提言を行なっていく。
二十数年かけて対象者に取材を行っていながら、本書で初めて紹介する事例もあるとのことで、言い方は悪いが、いつ「使える」かもわからないネタを追い続ける執念に脱帽した。こうした丁寧な取材、調査・研究にしっかりとお金が出るようであってほしいと、関係ないことまで考えた。
さて、本書では総勢15名の事例が紹介されており、結末(といっても彼らの人生は続いているため、あくまで現時点の)は悲喜こもごもありつつ、いくつか共通の学びを見出すことができる。
ひとつは、組織内での出世を目指すあまり、組織に過剰適応しすぎないこと。大企業の中で本部長まで上り詰めても、執行役員にまでなれるのはその中のさらにひと握りだ。部下からパワハラ告発を受け、出世の階段を転げ落ちた事例がいくつも紹介されていたのは印象的だった。
特に女性の事例で、自分は結婚もせずに仕事一筋で会社に尽くしてきたのに、時代の変化で子育てと両立しながら残業もせずに課長になった部下への嫉妬ややっかみがあったかもしれないという独白には、胸が苦しくなった。もちろんパワハラは良くないことだが、時代に翻弄され続けた「均等法第一世代」の彼女たちには、同情を禁じ得ない。
出世は早々に諦め、「自分は負け組」と開き直った人のほうが、定年後の人生を楽しそうに過ごしているのも印象的だった。組織に適応し順調に出世を重ねた人ほど、定年やその手前の役職定年で価値観がひっくり返るダメージが大きいように思う。組織のモノサシに左右されないためにも、早い段階で自分のモノサシを見つけておく必要がありそうだ。
ふたつめは、「復讐」をモチベーションにして動くと、ろくなことにならないということだ。やはりパワハラ告発で出世の道を断たれ、「会社へ復讐してやりたい」と59歳で転職を目指した男性や、苦渋の決断で専門職ではなく管理職を選んだものの思うような成果をあげられず、いちエンジニアとしての「リベンジ」をかけて54歳で起業を目指した男性の例が紹介されるが、無論どちらもうまく行っていなかった。
「組織から評価されたい」「給与を上げたい」といった外発的動機づけよりも、「人の役に立ちたい」「やりがいを得たい」などの内発的動機づけによるほうが、定年後の価値観の転換がうまくいっている事例が多い。一方で、内発的動機づけの場合、活動の自己目的化によるオーバーワークの危険性も指摘されており、その点は気をつけなければならない。ただ、一見燃えやすそうな復讐の炎よりも、「人のために」「社会貢献したい」といった動機のほうがエネルギーを燃やしやすいというのは、面白いなと思った。
最後は、早いうちからポータブルスキルを身につけておくこと。代表的なポータブルスキルとしては、情報収集・分析力や、課題設定・計画立案能力、コミュニケーション力などが挙げられる。これらは一見、社会人として経験を積む過程で誰でも身につけているように見えるが、自社でしか通用しない「根回し」力や、自社製品の説明能力といった、「ファーム・スペシフィック・スキル」によって「上書き」されているケースが少なくない、という指摘にはハッとさせられた。
ひとつめの、「組織に過剰適応しすぎない」にも通じるが、組織の中で評価を上げていけばいくほど、自身のポータブルスキルが、所属する組織向けにカスタマイズされていってしまうため、定期的に棚卸しをするなど自己点検していかないと痛い目を見そうだ。
紹介された事例の中で、「成功している」人たちは、30代後半や40代からリスキリングに励むなど自身のスキルのアップデートを試みていた。現状に胡座をかかず、つねに自分の現在地を点検し更新していく必要があるのだと思う。
15名のキャリア人生を追体験して、本当に山あり谷ありで、「自分は負け組」の方の例ではないが、出世競争に負けても幸せな定年後を過ごしている人もいれば、そうではない人もいる。今沈んでいる人だって、これから人生が好転するチャンスはもちろんあるし、その逆もありうるということで、希望が持てるとともに、身が引き締まる思いがした。私が60歳を迎える頃、「定年」という制度が残っているか否かはわからないが、どんなキャリア人生を歩むのか、今から楽しみだ。