奥田祥子の作品一覧
「奥田祥子」の「男が心配」「男という名の絶望 病としての夫・父・息子」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
コロナ禍を経て「ケア」を重視する声が増えてきている。ケアに関して、男性の生きづらさ本質をケアという視点から解き明かすのが本書の主眼である。著者自身が母親のケアにかかわり、介護離職を経験し、情緒面のケアのあり方について自省を込めて深く考えてきたことが本書に重みを与えている。また、概ね25年間、1500例の男性を中心に追跡調査を含めて継続的にインタビューを続けてきた蓄積が本書の重要なポイントとなっている。ジョアントロント氏や上野千鶴子氏のケアの概念をベースに、抱え込む男性像について事例を通じて考察を行う。「ケアできない男たち」では家族や子どもの関係性が作れない男性を検証する。「ケアの欠如が職場を壊す」では、男性のパワハラ行為や女性上司への不機嫌ハラスメントを検証する。「親密性の憂うつ」では、パートナーや恋人との関係を検証する。「身体的ケアのリスク」では、わが子や親の介護について検証する。「自分を大切にできない男性」では、課題事例も捉えつつ、前向きにケアに向き合う好事例を紹介し、ケアする男性像が展望できる。男性のケア力向上には、真のジェンダー平等を大切であり、男性たちがケアに目覚めれば、社会を大きく変える可能性を秘めていると提言する。事例を通じて、ケアについて考え直してみませんか?
Posted by ブクログ
団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、団塊ジュニア世代が定年退職を迎える時代となった。1970年代の2度のオイルショック、1991年のバブル崩壊と就職氷河期、2008年のリーマンショックも乗り越えてきた日本の盛衰を体験してきた世代である。また、今では考えられないハラスメント全盛期から職場でのハラスメントが社会問題となった時は壮年期・管理職を迎えた人々である。以上の背景を受け、書店では定年に関する書籍が一定の幅をきかせている。本書は60歳前後の定年期の事例ではなく、30代後半~40代全般からヒアリングを開始し、20年に及ぶ長い追跡調査により、時事刻々とかわる社会情勢や労働法制の変化と共に定年後を見据えた労働者たちの定年後のキャリアプランなど事例を通じて記録した貴重な書籍である。お金、働き方、生きがいを展望し、男性の再雇用、転職、フリー、ボランティアなどの選択の栄光と挫折。「男女雇用期間均等法第一世代」女性の光と影。終章では、シニア人材の戦力化にむけた提言を行う。著者は、定年後の賃金が減額された再雇用者こそ人事考課によるモチベションを高める必要性を強調する。しかし、人事考課による査定は、査定する側、査定される側に猛烈なストレスとなるため、批判的意見もあり現在は企業側のバックラッシュ(揺り戻し)が起きているとも聞く。人生100年時代と言われ、一方でハイパーインフレーションが起きている現代において、若いうちから未来予想図を描き、ローリング(見直し)を続けなければならないのだろうか。2004年に100年安心の年金と政府は胸を張ったが、今その無謀な政策のツケが倍返しで定年退職者を直撃している。
Posted by ブクログ
人生100年時代と言われている。今かろうじて30代の私は、おそらくあと30年は働き続けなければならない。それどころか50年かもしれない。
テンプレではあるが、昇進→メンタル不調→休職を経験し、復職した後も、今の働き方が持続可能なのかと考えたときに、言い知れぬ不安を感じた。そのため、リスキリングに取り組み、異動希望を出し、今春晴れてそれが叶うことになった。
若手が中心だった前の部署とは異なり、シニアの方が多く働いている今の部署で、「定年」「セカンドキャリア」といったワードは、かなり身近なものとして耳に入ってくるようになった。
そんな背景もあり、この本を読み終えて。
この本を読んだタイミングが早すぎるということはまったくなかったと感じる。遅いということもないが、5年後に読んでいたら、なぜもっと早く読まなかったのかと後悔していたかもしれない。
著者の奥田祥子さんは、元読売新聞の記者で、40代から大学院の博士課程で研究をされ、現在は近代の教授をされているジャーナリストだ。ジェンダー関連のご著書が多く、新著「抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体」も非常に気になっている。
この方のすごいところは、同じ対象者に二十数年にわたって継続的に取材を行っていることだ。取材した相手の総数は1500名にも及ぶという。現役バリバリで管理職に昇進したばかりとかのタイミングで取材を始めた人々が、今ちょうど定年を迎え始めているというわけだ。彼らのキャリア遍歴を言わば一代記のような形で紹介しつつ、単なる体験談の収集に終わらせずに、事例の一般化を試み、労使双方に向けて提言を行なっていく。
二十数年かけて対象者に取材を行っていながら、本書で初めて紹介する事例もあるとのことで、言い方は悪いが、いつ「使える」かもわからないネタを追い続ける執念に脱帽した。こうした丁寧な取材、調査・研究にしっかりとお金が出るようであってほしいと、関係ないことまで考えた。
さて、本書では総勢15名の事例が紹介されており、結末(といっても彼らの人生は続いているため、あくまで現時点の)は悲喜こもごもありつつ、いくつか共通の学びを見出すことができる。
ひとつは、組織内での出世を目指すあまり、組織に過剰適応しすぎないこと。大企業の中で本部長まで上り詰めても、執行役員にまでなれるのはその中のさらにひと握りだ。部下からパワハラ告発を受け、出世の階段を転げ落ちた事例がいくつも紹介されていたのは印象的だった。
特に女性の事例で、自分は結婚もせずに仕事一筋で会社に尽くしてきたのに、時代の変化で子育てと両立しながら残業もせずに課長になった部下への嫉妬ややっかみがあったかもしれないという独白には、胸が苦しくなった。もちろんパワハラは良くないことだが、時代に翻弄され続けた「均等法第一世代」の彼女たちには、同情を禁じ得ない。
出世は早々に諦め、「自分は負け組」と開き直った人のほうが、定年後の人生を楽しそうに過ごしているのも印象的だった。組織に適応し順調に出世を重ねた人ほど、定年やその手前の役職定年で価値観がひっくり返るダメージが大きいように思う。組織のモノサシに左右されないためにも、早い段階で自分のモノサシを見つけておく必要がありそうだ。
ふたつめは、「復讐」をモチベーションにして動くと、ろくなことにならないということだ。やはりパワハラ告発で出世の道を断たれ、「会社へ復讐してやりたい」と59歳で転職を目指した男性や、苦渋の決断で専門職ではなく管理職を選んだものの思うような成果をあげられず、いちエンジニアとしての「リベンジ」をかけて54歳で起業を目指した男性の例が紹介されるが、無論どちらもうまく行っていなかった。
「組織から評価されたい」「給与を上げたい」といった外発的動機づけよりも、「人の役に立ちたい」「やりがいを得たい」などの内発的動機づけによるほうが、定年後の価値観の転換がうまくいっている事例が多い。一方で、内発的動機づけの場合、活動の自己目的化によるオーバーワークの危険性も指摘されており、その点は気をつけなければならない。ただ、一見燃えやすそうな復讐の炎よりも、「人のために」「社会貢献したい」といった動機のほうがエネルギーを燃やしやすいというのは、面白いなと思った。
最後は、早いうちからポータブルスキルを身につけておくこと。代表的なポータブルスキルとしては、情報収集・分析力や、課題設定・計画立案能力、コミュニケーション力などが挙げられる。これらは一見、社会人として経験を積む過程で誰でも身につけているように見えるが、自社でしか通用しない「根回し」力や、自社製品の説明能力といった、「ファーム・スペシフィック・スキル」によって「上書き」されているケースが少なくない、という指摘にはハッとさせられた。
ひとつめの、「組織に過剰適応しすぎない」にも通じるが、組織の中で評価を上げていけばいくほど、自身のポータブルスキルが、所属する組織向けにカスタマイズされていってしまうため、定期的に棚卸しをするなど自己点検していかないと痛い目を見そうだ。
紹介された事例の中で、「成功している」人たちは、30代後半や40代からリスキリングに励むなど自身のスキルのアップデートを試みていた。現状に胡座をかかず、つねに自分の現在地を点検し更新していく必要があるのだと思う。
15名のキャリア人生を追体験して、本当に山あり谷ありで、「自分は負け組」の方の例ではないが、出世競争に負けても幸せな定年後を過ごしている人もいれば、そうではない人もいる。今沈んでいる人だって、これから人生が好転するチャンスはもちろんあるし、その逆もありうるということで、希望が持てるとともに、身が引き締まる思いがした。私が60歳を迎える頃、「定年」という制度が残っているか否かはわからないが、どんなキャリア人生を歩むのか、今から楽しみだ。
Posted by ブクログ
最近フェミニズム系の小説やエッセイを読みすぎて、世の中の男という男(夫を含む)や、男中心に作られてきた社会のしくみが全部敵に見えてきて、我ながらこれじゃいかん!と思ったので(笑)、あえて真逆な本を読んでみました!
もともと、近所の共産党の事務所に
「女性や子ども、高齢者(お年寄り、だったかな?)が暮らしやすい社会にしましょう!」」みたいなポスターが貼ってあって、これを見るたびに「あぁ、可愛そうな成人男性…だれも守ってくれないじゃん」って思ってたのです。
男って、弱音を吐けなくてかわいそうな面もあるよね。
…というわけで、著者が、社会の中で、「男だから」と悩み、苦しんでいる男性たちを取材した記録です。
とても興味深かったです。
結論言っちゃうと、結局は妻とか母とか、子どもとか、周りの人といかにコミュニケーションをとるかによるよね。それは男だろうが女だろうが、同じ。仕事で行き詰ったり、家庭で居場所を失ったり、問題に直面した時、やっぱり夫婦・家族でよく話し合わないと問題は解決しないし、心も救われない。だけど、それが分かっていても、人って素直に心を打ち明けられないものなのよ・・・私にも、わかる。男だからとか女だからとかいう問題じゃなく。肝心なことは、一番身近な、肝心な人に言えなかったりする。
でも、仕事を言い訳に、家事・育児から目をそらしたりするのは、やっぱり、フルタイムで仕事をしながら家事・育児のほとんどを担っている女性からしてみれば、甘えんなこらぁあああ!としか思えないよね笑。本当はフルタイムで働き続けたかったのに、育児や夫の要望でそれがかなわなかった女性とかからしてみても、仕事に打ち込める環境を与えられたのに、弱音吐いてんじゃねえよ!とか思うかも。女性の方がよほど、逃げ場がなくて、弱音を吐く暇もなく、本当に死に物狂いで働いて、家事も育児もしてるんだよ、って私は言いたい。私はこの10年、本当に死に物狂いでやってきた。それだって、「私は女で、母だから逃げられない」という思いからだった。
男にしても、女にしても、性的役割分業に縛られることは、本当に苦しいこと。だけど、だからこそ頑張れるっていう面も確かにある。
生きていくって本当に大変。
男よ、そして女たちも、もっと弱音を吐いてもいいんだよ、ってことなのかな。