あらすじ
なぜ映画を観たあとすぐに考察動画を見たくなるのか? 映画やドラマ、漫画の解釈を解説する考察記事・動画が流行している。昭和・平成の時代はエンタメ作品が「批評」されたが、令和のいまは解釈の“正解”を当てにいく「考察」が人気だ。その変化の背景には、若者を中心に、ただ作品を楽しむだけではなく、考察して“答え”を得ることで「報われたい」という思考がある。30万部超『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』著者が令和日本の深層を読み解く! 「平成」と「令和」で何が変わったのか? ●「批評」から「考察」へ 正解のない解釈→作者の意図を当てるゲーム ●「萌え」から「推し」へ 好きという欲求→応援したい理想 ●「やりがい」から「成長」へ 充実しているという感情→安定のための手段 ●「ググる」から「ジピる」へ 複数の選択肢から選ぶ→AIが提示する唯一の解 ■目次 まえがき――若者が考察動画を検索する理由 第1章:批評から考察へ――『あなたの番です』『変な家』『君たちはどう生きるか』 第2章:萌えから推しへ――『【推しの子】』『アイドル』『絶対アイドル辞めないで』 第3章:ループものから転生ものへ――『転生したらスライムだった件』『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』 第4章:自己啓発から陰謀論へ――堀江貴文『多動力』、ひろゆき『1%の努力』 第5章:やりがいから成長へ――『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』『働きマン』 第6章:メディアからプラットフォームへ――『スマホ脳』『一般意志2.0』 第7章:ヒエラルキーから界隈へ――『スキップとローファー』『違国日記』 第8章:ググるからジピるへ――ChatGPT、『NEXUS』『わたしを離さないで』 第9章:自分らしさから生きづらさへ――『世界に一つだけの花』、『世界99』、MBTI 終章:最適化に抗う――そして『スキップとローファー』『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』 あとがき――やりたいことや自分だけの感想を見つけるコツ 参考文献――「考察の時代」を理解するための本
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Posted by ブクログ
いや〜、この本、めちゃくちゃ、今の空気を掴んでる一冊ですよ。三宅香帆さん、本当に鋭い!
読んでて一番『あ、それ!』って膝を打ったのが、今の若者が物語を『鑑賞』するんじゃなくて、まるでゲームの攻略みたいに『消費』してるっていう分析。
ドラマを見てて『今の伏線だ!』って
SNSで答え合わせするあの感じ。
でも、ちょっと切ない、
だって、みんな『失敗』を怖がりすぎてる。
タイパを気にして、ハズレを引かないために先に考察を読んで、正解のルートだけを歩こうとする。
でも、人生も物語も、本当は『よくわかんないけど、なんか心が動いちゃった』っていう、あの言語化できないザラつきにこそ、一番大事なものが詰まってるじゃないですか。
本の中で三宅さんが『人間関係まで考察対象になってる』って指摘してるのも、今の生きづらさの核心ですよね。
友達のLINE一通で『これ、どういう伏線?』って深読みしちゃう。
それ、疲れちゃうよ!って。
この本は、『正解探し』に疲れちゃったすべての人への処方箋です。『わからなさ』を楽しめる余裕、取り戻したくなりますよ。
超オススメです!
Posted by ブクログ
考察をしたり、考察動画を見て、隠された伏線に気がつくと点と点が繋がって隠された正解を見つけ出した様な気持ちよさがある。
自分も本著でも触れている様な「推し」の様な見方で、作者に尊敬心を持って作者の意図や考えに少しでも近づきたい思いがある。
ただ、最近では読み手の考察で出た正解が、作者の意図とは違うモラルのかけたもので、その考察が人歩きして作者の意思に反してSNSで炎上してしまう事も増えてきた様に思う。
自分も映画や本を読んで、この作品に触れて自分は何を得られたのだろうとか考えてしまう事があるけれど、それはやっぱり何か報われたい気持ちがあったのかもしれない、そこに自分自身の批評を持って作品と向き合うと、 作者の意図するひとつの正解とは別に個人の見方を持てるので無いかと思う。
そんな自分のものの見方を育てる事が映画や小説を見たときに得られるものなのかも知れないなと感じた。
感想が少し支離滅裂になってしまったけど、「考察する若者たち」を読んで最近抱えてた、自分のものの見方と、その向き合い方に関しての悩みをうまくまとめてくれた様に思う。
Posted by ブクログ
ある映画やドラマなどがヒットすると、その
ストーリーの裏の裏まで読み取ろうとする「考察」
された意見がSNSで飛び交います。そして、
皆そこに同調します。
時々別の意見が出ようものなら「それってあなたの
感想ですよね」と封じ込められてしまいます。
皆、「これが正解」に集まり、それを補完するために
さらに「考察」を重ねます。正解が欲しいのです。
なぜか。
若者は「報われたいのだ」と本書は説きます。
映画を観ても、漫画を読んでも、食事をしても、
その行動によって世間が評価する「正解」を手に
入れたいのです。
そして、その先には何があるのかも書かれて
います。
「界隈」という言葉が流行語になったように、
特定の「正解」に集中すれば、その界隈の外側は
異世界となり、その異世界との交流は絶たれます。
これがネットの世界で起こっていて、誰もが知る
歌や作品が生まれにくくなっている背景と指摘し
ます。
つまりネットという膨大な情報のグローバル世界の
中で、ローカル世界があちこちに生まれているので
す。
これはとても皮肉なことです。個人にとって世界が
どんどん小さくなっているのが現代の情報社会なの
です。
今、我々はとんでもない時代を生きていることを
知らされる一冊です。
Posted by ブクログ
令和の時代の若者は常に報われポイントを求めているというのが、本書が論じるテーマの一つである。
平成生まれ、令和の時代を生きる自分にとって、実感を伴って共感できる部分も多くありつつ、そこまで染まり切っていない平成的な自分も感じられて面白かった。
本書ではいくつもの二項対立が用いられている。
例えば、批評 vs 考察。
元々、批評、と言われると、どちらかというと否定的な評価を言うことなのかと思っていたのだが、それは私が言葉を知らないだけだった。
辞書を引くと、批評とは「対象とするものの価値・善悪などを論じて評価すること」と書かれている。
つまり、悪い意味だけじゃなくてフラットに良い悪いを論じるニュアンスなのだと知った。
要するに、自分がそれについて良いと思ったのか、悪いと思ったのか、なぜそう思ったのかなどを言うことだと解釈すると、それはほとんど「感想」と同じだと思う。
本書での扱われ方を見ても、「批評」=「感想」と置き換えてよいと思う。
そして現代、この「感想」の価値が下がり、「考察」の価値があがっていると著者は言う。
ここでいう考察とは、作者の考えなどの正解を当てるゲームのことをさしており、
それは若者が報われポイントを求めるからであると述べられている。
ただ単に面白いとか感動したとかだけでは足りなくて、その行為を行うことに対するプラスアルファの意味付けもないと物足りなくなっているのが現代である、というのが著者の主張である。
また、それはアルゴリズムが人気コンテンツを決めるプラットフォーム文化において促進される価値観だとも述べられている。
私は、作者の正解を当てること自体にはそこまで面白みは感じないというかそれぞれの感じ方があっていいじゃんと思う派ではあるものの、ただ単に面白いと感じるだけでは物足りなくなってしまう感覚はわかるなと感じた。
映画を見た後に解説記事は見てしまうし、趣味に対して楽しみだけじゃなくてそれがその後何につながるかを考えてしまう、そんなことを考えさせてくれる一冊だった。
本書後半に書かれた以下の文章には、胸を打たれた。
"よくわからないけど感動する、心に響く、面白いと思う、すぐにうまくいかない、報われないけれどそれでもやりたいかもしれない。そういう欲望をもったとき、人生はきっと楽しくなる"
報われないかもしれないと思いながらそれをただ楽しむ、というのは怖い。
それは、社会に貢献しなきゃという感覚が転じてそうなっているようにも感じる。
そうしないと給料がもらえないから生きていいけないし、誰にも役に立っていないというのは精神的にもつらい。
そんな中本書は、自分の感情を大事にして生きていくことの大切さを思い出させてくれたような気がして、もう少しそういった感情を表現しやすいような社会にしたいなと思った。
Posted by ブクログ
この前ある小説の感想を書いたが5日ほど経っていいねが一個もつかないから非表示にしてしまった。本書でもある「報われたい」というのが叶わなかったからだと思う。本書を読んで僕はたとえ報われなかったとしても感想を書いていきたいと思う。
Posted by ブクログ
「プラットフォームがいいものをおすすめしてくれる時代に。ネットに最適解が転がっていそうな時代に。なぜ報われないことを、自分がしなくてはいけないのか。」
衝撃的だ。
多様性を訴える世の一方で、個性は消失の一途を辿る。
若者が実世界の現状において満足ができていない。またはネットの世界に魅せられて、満足できないが故の悩みが世相に反映している。いろんな真実を知れる時代であるが故に、目の前の人生を信じれない。
・考察や推し、chatGTPに見える報われたい感情
・いい子症候群、差がつく怖さ、横並びの成長
・職場環境不満から不安へ
・評価や情報でなく刺激報酬は得るTikTok
・界隈を超えない人間関係
生きやすく最適化する自分。自分らしさは生きづらさ。なるほど。今の若者はわからないとは言い切れない数々の根拠と分析、そして対比のわかりやすさで一気に読破した。著者の言い回しも良い。良書。
Posted by ブクログ
なんと紅白歌合戦の審査員ですよ!文芸批評家という職種の人がその席に座ったことってかつてあったのでしょうか?YouTubeをはじめとして顔を見ない日がないんじゃないか?という三宅香帆。2025年『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で新書大賞を受賞してから一年の締めくくりのビッグイベントまでフル回転している印象です。本屋の減少、出版の苦境、本を取り巻く環境がさらに厳しくなっているないで、一身に出版コンテンツの可能性の語り部とて期待されているようです。それは圧倒的な読書量による導き出される社会的視点の「言語化」能力によるものと思われます。本書でもその能力炸裂です。考察には「正解」がある/批評には「正解」がない。萌え=好き(瞬間的)/推し=好き+行動する対象(継続的)。転生=能力(開始)/ループ=選択(過程)。仕事のやりがい=報われにくい/仕事の成長・安定=報われやすい。インターネット的=リンク、シェア、フラット/プラットフォーム的/=(リンク、シェア、フラットに加えて)オート。本文中にある太字のメモだけでモヤモヤしているものの解像度が上がります。その中で「批評」から「考察」へ、という時代の流れを「考察」します。その「考察」は「正解」に行き着くためのものではなく、ものすごい遠回りの「本読み」から生まれたものであることに引き込まれてしまいます。この引っ張りだこ生活で、どうやってこの読書量確保しているのだろう…なんて、そんなテーマの動画も上げていそうです。この本を読まなければ知らなかった『スキップとローファー』『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』、おずおずと本棚登録しました。
Posted by ブクログ
本書のような、現代のさまざまな状況についての解説本を好んで読むようになった。これこそまさに新書なのだが、年も改まったことだし、いろいろ勉強していこう。本書は若者たちがどういう価値観や行動基準を持っているのかについての解説。起業家には年齢ではなく若者的思考、若者的価値観で行動する方が多いので、とても参考になった。考察するのは、「報われること」を求めるから。批評には個人の意見や主張があるけれど、若者たちはこのような主張をして目立つこと、対立すること、阻害されることを極端に怖がる。ゆえに、発信者(小説や漫画の作者、映画やドラマの演出家)の意図(正解があるが、それは伏線という形で明確には表に出てこない)を解釈すること=考察を好む。ここ数年のヒット作(変な家、あな番、VIVANTなど)は、全てこの図式で説明できるというのは納得。このことと表裏一体なのが、「自分らしさ」が「生きづらさ」になっているということ。つい最近まで自分らしさを求める傾向が強く、転職などの理由にもなっていたが、うまくいかない人が多かったのでは。自分らしさを実現することは、同じ解釈ができる「界隈」から少し外れる可能性がある。これは、キャラを出してみるとわかることなので、結果としてより生きづらくなってしまうループに陥る。本書の分析を踏まえていろいろ考えていこうと思いました。若者と付き合う機会がある方はご一読を勧めます。
Posted by ブクログ
現代社会はいささかコスパを重視しすぎているのかもしれない。はっきりした正解を求める気持ちや成果として確かなものを得たい気持ちは現代の良くない傾向に思える。chatGPTを使ってできるだけ最短距離で最適解を得ようとするのも、現代らしい思想かなと。間違っているとは思わないが、導き出すまでの過程で得られるものも多くあると思うと少し残念で寂しさを感じてしまう。また、正解なんてないことや時代、場面、人によって変わる正解もあるだろう。そう考えると生き急ぎすぎているのかもしれないと自分でも思うことがある。
Posted by ブクログ
三宅さんの著書はこれまでもいくつか読みましたが、現時点で最も納得感が高く、読後感も良かった。内容が非常に整理されているし、毎度のことながら多彩な出典からの引用がが不足なくある。特に
「萌えと推し」「ヒエラルキーと界隈」の対比は大変参考になった。
Posted by ブクログ
この本を読みながら、僕は思春期の自分を思い出していた。その頃の僕は母と衝突するのがとにかく嫌で、なぜかといえば最後に必ず母が泣き出すからだった。親に泣かれるのは後味が悪い。
それで僕はある日、自分から反抗期をやめた。母が望みそうな良い子を演じ、確執を避けた。自分さえ我慢すれば丸く収まる。それが僕の出した最適解だった。われながら時代を先駆けたものである。まだインターネットも普及していなかったのに。
正解が与えられていると安心する。その気持ちはよくわかる。答えを他人に預けていれば、責任を回避できるからだ。でも大学四年を迎えたとき、異変が訪れた。文学や哲学の面白さに目覚めてしまった僕は、大学院に進んで勉強を続けたくなったのである。それは明らかに「求められている答え」ではなかった。
正解に逆らうのは勇気がいる。いや、逆らうのが初めての人間にとってはそんなものじゃない。途轍もない不安だ。しかも、大学卒業後の進路は人生の重大案件である。失敗できない。しだいに幻聴が聞こえ始め、僕は精神科送りになって大学を去った。
失敗するのは恐い。でも、一度も失敗を経験せずに人生を終えられる人なんていない。だったら、失敗できるうちに失敗しておいた方がいい。誰かが言っていたっけ。稽古でありとあらゆる失敗を仕出かしておけば、本番で失敗しても平気なものだと。そしてもっと大事なことは、失敗できないときに失敗しても、人は案外生きていけるということだ。それは僕が身をもって証言する。
Posted by ブクログ
筆者の筆が乗っている。面白い。
【考察と批評】
読み手が異なれば、とある作品の読み方や感想が異なってくるのは当然だと私も考えている。脳による解釈というプロセスを挟むので、前提となる知識や背景(=当人のこれまでのインプット)によって「感想」というアウトプットは人それぞれ異なる。
その違いについてあーだこーだ意見を言い合える友人がいると人生が豊かになるよね。
そういう意味では、物語の作者の背景を解釈に活用する「考察」も、唯一解としなければ読み方の一つとしては面白い。
【最適解】
情報が氾濫する現代、誰かにレコメンドされずに一から自分の考えを構築することは不可能。
そういう意味では、自分の興味関心と方向性が近い「推し」を持つことは大切(今の私の推し作家は三宅さんです)。
ただ、全ての物事が早く移ろいゆく現代、一つの推し(=絶対親)にしがみつくのはリスキーだと思う。
レコメンドに負けず、様々な「界隈」に顔を出して様々な人と「批評」を述べ合うことで、自分の欲望の輪郭を掴みたい。
Posted by ブクログ
「本当に知りたい『正解』は簡単に手に入らないよ?」
というメッセージを感じた。人に教えてもらうことより、自分で疑問に思ったことにある時気づいて正解に 近づく瞬間があると、私も思う。その答えの方が ずっと価値があると思う。すごく頭の記憶に残って、経験値がものすごく貯まる気がする。
私も上司にいつも抽象的なことを言っていて困っていた時があった。その抽象度はある種の「問題だったのだろう。
どうやったら成功するだろうか?とずっと考えて、ある時気づく。頭の中の裏テーマみたいに考えていると時間と共に解決してくれる感覚があった。
國分功一郎さんの「暇と退屈の倫理学」でも、論述を追っていく過程を 重視した書き方になっていた。どうにも、正解にたどりつくための過程は大事らしい。
考察により報われたい若者に対しての優しいメッセージがキラリと光り、涙ぐんでしまった。
Posted by ブクログ
考察がトレンドとなることを令和のさまざまなコンテンツの流行と紐づけるのがおもしろい。ただ考察ドラマが話題となるだけでなくなぜひろゆきが人気なのか。なぜ「推し」が生まれたのかなどなど。
考察と批評。どっちがいいかではなくどちらもいいもの。だからこそ社会への意味づけを見つけ、考察と批評のどちらも楽しめるようにしたい。
Posted by ブクログ
考察、推し、陰謀論、転生ものなどの流行り、界隈のなかで最適化された行動をとるというのが、報われたいという思いから来ているが、そこに固有性が失われているのではないか、報われなくても最適化していなくても自分の面白いと思うこと、固有性を大事にしたいよねという提言をした本。
確かに作り出されたプラットフォームによって、ある種洗脳をされて、その通りの行動をしているというのが現代ではないかと感じる。自分自身の固有性を見いだすには、体験、読書など、自分の範囲内にない行動をすることで、広がっていく。自分をコンフォートゾーンにおかないというのが時代と逆行するかもしれないが、固有性を持ち、しがらみもなくなっていくことにつながるのだろう。いつの間にかしがらみだらけの環境に自身を置いてしまっていないか、既存の環境のなかでしか行動しかできない人間になっていないか考えさせられる本であった。
Posted by ブクログ
前に読んでいて内容がうる覚えながら、冒頭のガラス美術館の”報われ消費”はインパクトに残った。結果や報酬、そう努力や時間をかけたのだから当然対価が欲しい、こんな時代だからこそ正解へのルートを示してほしい。昨今の考察動画もこの点から来ていることを合点がいく。著者の考察力も素晴らしい。
Posted by ブクログ
『考察する若者たち』を読み終えて、まず胸に残ったのは、いまの私たちが「正解」という言葉に、驚くほど過敏になっているという感覚だった。
映画を観ても、ドラマを観ても、音楽を聴いても、ただ感じるだけでは終われない。どこかに仕掛けがあり、意味があり、回収されるべき“答え”があるはずだと無意識に構えてしまう。その姿勢が、感想ではなく「考察」という形で定着していった過程を、本書は非常に丁寧にすくい上げている。
この本が扱っているのは、若者の知的好奇心の高まりでも、思考力の向上でもない。むしろ、なぜここまで「当てにいく読み方」が広がったのか、その背後にある社会構造と欲望の話だ。
著者が示す大きな転換点は、「批評」から「考察」への移行にある。かつての批評は、作品を手がかりに世界や社会、あるいは自分自身を問い直す行為だった。正解は存在せず、作者すら想定していなかった問いを引きずり出すことに価値があった。
一方、令和の考察は違う。そこには最初から“答え”がある前提があり、その答えにどれだけ早く、どれだけ巧みに辿り着けるかが評価軸になる。
映画を観終わった直後に考察動画を検索する。SNSで「この伏線、気づいた?」という投稿が流れてくる。気づけなかった自分が、少し置いていかれたような気持ちになる。本書は、そうした行動を断罪しない。ただ、その背後で何が起きているのかを冷静に言語化する。
そこにあるのは、「楽しみたい」という欲望以上に、「報われたい」という欲望だ。考察が評価され、拡散され、数字として返ってくる環境では、思考そのものが報酬回路に組み込まれる。正解を当てることは、快感であり、安全であり、失敗しない選択になる。
だが、その安全性こそが、考察を空洞化させていく。正解があるとわかっている問いに向かう思考は、世界を広げない。むしろ、どこまで行っても「想定内」に留まり続ける。
本書が鋭いのは、考察文化を若者の問題として切り離さない点だ。SNSやプラットフォームの中で、誰もが評価に晒され、誰もが「無難な正解」を選びやすくなっている。若者はその最前線にいるだけで、同じ構造の中に、すでに私たち全員が組み込まれている。
アルゴリズムは、好みを最適化してくれる。MBTIや性格診断は、自分を理解した気にさせてくれる。おすすめは、外れない選択肢を差し出してくれる。その結果、「自分らしさ」は探すものではなく、ラベルとして受け取るものに変わっていく。
本書の中で繰り返し語られるのは、最適化が進むほど、個別性は削られていくという現実だ。多くの人に刺さるものは、誰にとっても薄い。失敗しない道は、後悔もしにくいが、手応えも残らない。
では、考察する若者はどうすればいいのか。この問いに対して、本書は決して派手な処方箋を出さない。
答えとして示されるのは、むしろ不器用で、効率の悪い態度だ。「最適かどうか」ではなく、「やりたいかどうか」を判断基準に戻すこと。評価されない時間、数字にならない経験を、あえて引き受けること。正解がわからないまま進む不安を、完全には消さずに抱えること。
夜更かしして動画を流し続けるより、一冊の本を最後まで読む。おすすめされないジャンルに足を踏み入れる。「自分には向いていない」と言われそうな場所に、あえて近づいてみる。本書が提示するのは、そんな小さくて現実的な実践の積み重ねだ。
考察をやめろ、と言っているわけではない。考えること自体は、むしろ肯定されている。ただし、考えることが「安全圏に留まるための理由」になっていないか、自分に問い続けろという姿勢が貫かれている。
『考察する若者たち』は、文化論でありながら、強烈に個人的な本でもある。読み進めるほどに、「これは自分の話だ」という感覚が離れなくなる。正解を欲しがった瞬間。評価を気にして動けなかった瞬間。考えすぎて、何も選ばなかった時間。
読み終えたあと、世界が劇的に変わるわけではない。だが、次に「答え」を探そうとしたとき、ほんの一瞬、立ち止まるようになる。その違和感こそが、この本が与えてくれる最大の価値だ。
考察することをやめる必要はない。ただ、考察の先に、ちゃんと自分の足で踏み出す余地を残しておくこと。この本は、その余地を静かに取り戻させてくれる。
考察する若者である前に、迷いながら選ぶ人間であるために。いまこの時代を生きる誰にとっても、手元に置いておきたい一冊。
Posted by ブクログ
令和になって、「萌え」の文化から「推し」の文化になったことが良く分かった。批評と考察の比較も理解できた。漫画でもアニメでも小説でも、受け取る人々が正解を欲しがる時代になったことが良く分かる内容。MBTIなどのカテゴライズも、たしかに平成は「オンリーワン」の自由さが求められた時代で、今は枠組みの中にいる安心感を欲しがり、答えが出ないものや定義できないものへの不安感みたいな風潮はあるのかもしれないと感じた。
Posted by ブクログ
大変に失礼な書き方になってしまうことを先にお詫びした上で書き始めさせていただくが、オッサンの私は、どうも若い人たちと、その方々が愛するものを奇異なものを見るような目で見てしまっている。だいぶと知らない内に脳みそが古くなっているらしい。
親ガチャなり、転生物の流行なり、〇〇推しなり、そのあたりは特によくわからん。
若者の貧困があって、まず努力をする土台すら整えられない環境にあるとか、複雑な世の中を生きる中の不安感から正解を欲しがるとか(これは自分自身も大いに当てはまるところではあるのだが)、努力が結果に直結しないように感じられてしまうのは理屈では理解できるが、私めが人として古いからなのだろう、腑に落ちるというものではない。
本書においては、現代の若者がハマっているものについて紹介し、そのハマり、流行の裏にある若者の心理や社会の構造について解説してゆく。
私が「奇異」と感じて忌避していたものが言語化されて解説されることで、はーん、そういうことなのね、と若者や流行に関わるアレコレについて腑に落ちるレベルが少し上がった気がする。また、言語化されて、それは自分にも思い当たるところがあるなあ、と感じたことも多くあった。奇異とか書きまくってごめんなさい。
読んでいて、暇と退屈の倫理学だったか、その辺の本を読んでいたときに感じたことを思い出す。我々の余暇や感情すら消費社会の構造に組み込まれている。なにかを自分の思うがまま受け取り、感じ、楽しむことが、本書や暇と退屈の・・・のような現代社会論においては良いものとされる。が、簡単なようでいて難しい。
筆者はポジティブな、包容力のあるメッセージで本書を締めくくる。アルゴリズムにより「おすすめ」される色々を私達が選ぶのではなく、選ばれたものをただ受け取るという構造を、強く批判するのではなく、うまく付き合いつつ、自分の選択や主体というのを取り戻していきませんかという、ふわっとした提言がなされる。本書の中では直接的には言及していないが、現代社会評論ではお馴染みの、人間が本来的な姿、人間の「主体」を消費社会の中に組み込まれて失っていくことへの危機感、色んなコンテンツを楽しんでおられる筆者の目線からすると、そのコンテンツが消費社会にあっては好都合であっても、批評のような膨らみのある楽しみ方ができるものではなくなっていく、そんなものばかりが流行っていく危機感みたいなものが、あたたかいメッセージの裏にあるのかな、と想像しながら読んでいた。
繰り返しになるが、若者や流行についてオッサンが感じる奇異さ、不思議さ、について言語化してくれている。その点が、本書を読んでいて、面白く感じたことでした。
とりとめもなくつらつらと書いてきたが、要するに面白い現代社会評論でしたよ、ということです。
Posted by ブクログ
もののけ姫の映画を最近初めて見た時にあらゆるSNSで考察を見て作品より考察を見て納得して満足したことがあり、表紙から親近感を感じて読みました。
作中に出てきたスキップとローファー読みます。
Posted by ブクログ
平成から令和の時代になり、価値観がどう変わったか?を著者の視点で書いてる本、個人的には面白いと思った。
具体的な題材をもとに著者が考察、題材は鬼滅・変な家・ONE PIECE・転生もの等身近なものが多い。題材の一つ、アニメ「スキップとローファー」は本書で初めて知って、観てみたら面白かった。
令和のアニメやドラマは、過去はそんなに多くなかった「考察」が増えてるらしい、これは見ているコンテンツに対して正解を求めている動きでその背景は、ただ見てるだけではなく見ている時間に意味を見出だす、報われたい心理、というが著者の考えらしい。
対比した考えてで、正解がない「批評」という表現を出していて、正解を求めず多様な価値観を認め、考察ではなく批評していこう、というメッセージがあるように思えた。
他にも時代の変化として、萌え→推し、ループもの→転生もの、やりがい→成長、と言った時代変化に対する批評を述べている。
変化に対する共通メッセージは、報われるってことらしい。他面白い変化に対する題材として、メディア→プラットホーム、ヒエラルキー→界隈、著者は変化に対するアンテナと言語化する能力が凄いと感じた。
Posted by ブクログ
帯の言葉に惹かれて手に取った本。
なぜ若者は正解を欲しがるのか??
本書の中で
正解を欲しがる「若者」
「大学生から20代前半まで」のいい子症候群
33歳の私もぎくっと感じる部分があった
まだまだ若いのかも、私
とはいえここ最近
周りの目が気にならなくなってきている
世間がどうしているか、まわりと同じかよりも
自分がどうしたいのかが気になり始めている
という実感がある
私にとって大きな決断だった離婚
ここ数年の重く長い悩みだった
これを決断するまでに
ひとり親の本やブログ、snsを身漁って
離婚することによって子どもがどうなっていくのか
自分がどうなっていくのかを知りたかった
失敗が怖かったのだ
子ども、自分と元夫、さらには両親や周囲にとっての「最適解」を探していた
この本を読んで改めてそんなものはないのだとわかる
本書の中で最後の節にでてきた言葉
「失敗は嫌だ。別れは辛い。後悔は怖い。でも、人生は基本的には報われないし、失敗するし、辛いし、後悔するものである。・・・それでも、自分の感情や欲望は抑圧しすぎないほうが、人生は楽しい。報われなくても。後悔が増えたとしても。」
これが今のわたしにぐっときた。
わたしは若者から卒業している。まだまだ人生楽しくなっていきそうだなと思えた。
Posted by ブクログ
読みました♪
師匠ーーー!読みましたよー!
これで私も三宅香帆界隈♡
三宅さんやっぱすごいわ。何でも知ってる。
知りたくて知りたくてしょうがないのね。一生懸命今の若者達を考察してる♡
おかげで、「ジピる」や「MBTI」とは?とか「考察動画」が人気って事も知れた。
娘に「考察動画って観てる?」って質問したら、
「は?そんなもん観てない」
とな。
どうやら考察動画と認識せずに観てたみたい。
そうなのよ、三宅さんは今のブームを言語化してるのであって、考察動画って言葉は浸透してない。
三宅さんの何がすごいって、今の世の中をきちんと考察して言語化してくれる、だからおじさんおばさんにも伝わる。
何となーく世の中の流れは分かってるけど、上手く説明出来ないそこのあなた!!
これを読めば一発よ。
あ、そうそう、昨夜放送された「あの本読みました?」にちょうど三宅さん出てた。(今日テレ東bizで観たけど)
ちょうどこの本読んでる最中だったからタイムリー♪と思って嬉しかったわ♡(言いたいだけ)
あとね、この本新書なんだけど(あ、知ってるか。)、新書って読みやすいじゃん!って思ったの。
だってね、薄くて細長くて文字がちょっと大きくて持ちやすくて開きやすい紙質♪
私文庫サイズって好きなんだけど、新書サイズの方がイイじゃん!って思ったの♡
共感してくれる人いるかしら?ウフフ♡
あ!そうそう!三宅さんも京大!
成瀬→森見→平野→三宅。(あ!私、森見挟んでないじゃん)笑
Posted by ブクログ
スキップとローファーという漫画を、界隈を越境していろんなタイプのクラスメートと交流して仲良くなっていく漫画と評していて、なるほど!と思った。
自分の学生時代と比較して、漫画のなかでギャルの子と真面目大人しめな子が友達になる姿を見て、いいなぁ微笑ましいなぁと感じるから、私はこの漫画が好きなんだ、と感じました
Posted by ブクログ
著者の最近の新書はほぼ読んでいる。
批評から考察へ。
本書の目次を見て、鬼滅、変な家、推し、転生、ひろゆき、成長、界隈、ChatGPT、MBTIといった最近の流行語が並んでおり、興味を持って手に取った。
若者たちは正解を求めている。
考察は自己表現ではなく最適化になり、AIが提示する唯一解に安心を預ける。
Posted by ブクログ
20代だけど、作品を観終わったあとに
自分で深く考察するより、感想を読むのが好き。
でも最近、感想=考察、みたいな空気を感じて
気になってこの本を手に取った。
平成と令和のアニメや作品を例に挙げながら説明されていて、
とてもわかりやすく「なるほど」と思うことが多かった。
『スキップとローファー』は未視聴だけど、
読んでいて気になって観てみたくなった。
考察を否定するわけではなく、
若者の気持ちにそっと寄り添うような文章が多いのも印象的。
共感できるところも多く、
「これ、うまく言葉にできなかったやつだ」と思う場面もあって面白かった。
Posted by ブクログ
・成程〜。
・三宅さんの本は初めて読んだ。
・語り口は軽妙で、取り上げられるコンテンツも親しみ易い物が多い。
・タイトル、テーマからいくらでも気難しい本にできそうなものだけど、(本人の資質ももちろんあるだろうけど)この「軽味」を戦略的にとる事で大きく敷居を下げている。さすが覇権を取る人だけあるな〜と感心しちゃった。
・文体に変な癖が無い(こともないんだけど)、無くす事を武器にしているっていう。
・語り口の重み、軽みと内容の価値は関係ない。当然傾聴に値する。
・一部の「慣れた」人達を相手にするのでなく、不特定多数の「大衆」を相手にする凄味を感じた。
・しれっとしてるけど。