ビジネス・実用の高評価レビュー
-
Posted by ブクログ
「稼いだ打数」という考え方により異なる種類のショットを比較できる。苦手を把握することで、効果的な対策がとれる。
・動的計画法という手法に基づいて、ゴールからの逆算して考える「稼いだ打数(SG)」という分析指標を用いる
・ホールアウトまでに近づいた打数を計算。例えば、残りツアー平均2.8打の距離から1.6打の距離に近づいたら、SG=0.8打。
・パットが重要と言われるが、数字上はロングゲーム(100y以上)がスコアへの影響が大きい
・スコアとパーオン率は相関が高い
・ほとんどのアマチュアは精度より飛距離のほうが大事
・稼いだ打数によると、スコアへの寄与はティーショット28%、2打目40%、ショートゲーム17% 、パット15%
パット
・ショートパットの下りは狙いをカップのかなり先、上りはカップの少し先に設定
・ロングパットはジャストタッチ、遠いほどカップに近づける
・〜2m、〜3m、〜4.5mのショートする確率を記録
・下りのパットは上りよりもかなり大きく切れる
・スコアの差は〜2mのパットで決まる -
Posted by ブクログ
ネタバレ【課題から考える】誰の何を変えるために、事業をつくるのか
私がこの本で最も印象に残ったのは、事業を考える「順番」です。まず、誰が何に困っているのかを確かめる。次に、その問題を解決するために守る条件を決める。そのうえで、何を誰に売れば事業として続けられるかを考える。この順番が、具体例を通じて丁寧に書かれています。
例えば、ミャンマーの小規模農家を支えるハーブティーの事業。農家が暮らしていける価格で作物を買い、それを日本の母親たちが求める商品につなげます。助けたい人と、お金を払うお客さんは同じでなくてもよい。農家の生活を支える条件を先に置くからこそ、それを成り立たせる商品の価値や売り先を真剣に考える必要があるのだと分かります。
難民を雇用するパソコン再生事業の話も心に残りました。黒字になっても、働く難民の孤立が残っていると分かり、一緒に働く時間を確保できるよう販売方法を変える。売り上げだけでは、当初の目的を達成したことにはならない。「誰の、どんな状態を変えたかったのか」に立ち返る姿勢に、課題から事業を考えることの意味がよく表れています。
一方で、善意があれば続くという甘い話でもありません。お客さんには品質や価格で選ばれる必要があり、利益を出すことも当事者への責任になる。仲間を応援する気持ちが撤退を遅らせ、損失を膨らませた経験まで語られます。資金を使い切る前にどう撤退を判断するかは、実務ではさらに詰めたい点ですが、失敗を制度の見直しにつなげる姿勢には説得力がありました。
2021年5月の刊行から約5年が経った今、その後の公開情報も合わせると、もう一つ考えさせられます。起業家への資金提供は、会社への出資から経営者本人への寄付へ変わったと説明されています。支える相手の自立を大切にするために、支援の形そのものも変える。本書の考え方は、完成した制度を守ることより、目的に照らして仕組みを問い直すことにあるのだと、私は受け止めました。
新しいサービスを考えると、つい何をつくるか、どう売るかが先に立ちます。この本を通じて私が持ち帰りたいのは、その前に、相手の困りごとを本当に理解しているかを確かめる姿勢です。利益を生む工夫も、事業を変える判断も、その問いにつながっている。社会のためという言葉を、日々の具体的な判断にまで落とし込む本でした。 -
Posted by ブクログ
特定の宗教の成り立ちを論じているのではなく、ヒトという生き物が宗教というものを必要としてきた歴史を解き明かしている。
著者自身が開拓してきた進化心理学・進化人類学の知見のみならず、あらゆるジャンルの研究を横断的に分析し、人類の共同体拡大の歴史と宗教の密接な関係性があらわになってゆく過程が見事だった。まさに「巨人の肩の上に立つ」喜びを最初から最後まで提供し続けてくれる。
そもそも、霊長類研究に端を発し進化心理学において偉大な業績を残してきた著者の関心が最終的に「宗教」に結び付いたことが面白い。本書終盤の記述通り、宗教の役割が後景化したように思えても、宗教の代替物は見つからっておらず、宗教が不要となる世界が長続きすることは立証できない。それ故に宗教は、偉大な研究者をも惹きつける研究対象としての魅力に溢れているのだろう。
その事を裏付けるかのような長谷川眞理子氏の解説に登場するエピソードも非常に良かった。個人的体験の域を出ないはずのエピソードが、本書を読んだ後だと非常に示唆的で意義深いものに見える。 -
Posted by ブクログ
私たちと同じような働いていた日本人が北欧の働き方に合わせていく過程が描かれていた。
この本から印象に残っている事は、2つ。
まずは、幸せを感じることは、時間があるという認識を持っているということ。作者の井上さんも昔バリバリの働き者だったとか。それが抜けずデンマークに移住をして最初の頃は、日本の時同じように働いていたとのこと。しかし、夫やデンマークの人達は、必ず16時には仕事を出て、家に帰る生活をしていた。そのギャップに戸惑いながらもデンマーク人の価値観(自分の好きなことをするのが優先)つまり、デンマーク人の時間優先に触れながら時間を作っていく点が印象的であった。
2つ目は、余計な仕事は極力しないスタンスの大切さ。北欧の人たちは、基本なんでも意味のないのはか削減していく。例として、会議、勤怠管理、自分じゃなくよい仕事など。そういった物は減らして短期集約で、仕事をするあたりが今の日本の現状と比べてpositiveに動いてると思った。日本だと、様々な事をやって問題を解決しようとする。しかし、デンマークの人は減らして問題を解決しようとするあたりに違いがあるのかなと感じさせられる本でした。
-
Posted by ブクログ
1歳2ヶ月の息子を育児中。
インパクト強いタイトルだったので、極端なこと言ってるのかな、と半信半疑で読み始めたけどすらすら読めてためになった。
四つのマトリックスはわかりやすかった。
過保護・無関心・高圧的・甘やかし まさか自分がどれかに偏ることなんてあり得ないと思ってしまうけど、それこそが危険。
受け取る側は子どもであり、主観だけで考えるとまさか自分が、という強い思い込みが入ってしまってるとハッとした。
定期的にセルフチェックすること、夫とも気軽に話し合うこと、物事の分別がつきらじめたら子供も入れて話し合うというのは実行したいと思った。 -
Posted by ブクログ
言葉を発する側の言い換えだけじゃなくて、受け取る側の言い換えもあってとても勉強になった。
褒められたり感謝されたり、その言葉を受け取るときに、照れくさかったり謙遜したりしてありがたい言葉を否定するように返してしまいがちだから、素直に受け取れるようになりたい。
自分を下げることも、相手を下げることもしないで、過不足なくストレートに伝えるって難しい。
何気なく使うありふれたやり取りも、こんな受け取られ方することもあるのか…!と発見があった。
中には、言い換え後の言葉も「これはこれで、私だったら逆にネガティブな意味で受け取るなぁ…」と思うものも少しあった、受け取り方は本当に多種多様だと実感。
ポジティブなつもりで言った言葉も、受け取り方によってはネガティブと表裏一体。同じ言葉でも、受け取る人によって伝わり方が違う。
言葉にも「副作用」があるのはハッとさせられた。
ひとつひとつ、具体的なシーンや会話場面とともに簡潔に解説されてるのでとても読みやすかったし、構成的に隙間時間でも読めて良かった。
私生活でも仕事でも参考になる本だった。
「いい人生、いい人間関係は、いい言葉選びから。」 -
Posted by ブクログ
朱さんの本は初めて読みましたし、リチャード・ローティという哲学者も本書で初めて知りました。
個人的には決して優しい内容ではありませんでしたが、面白かったですし、朱さんの解釈や説明はかなり分かりやすく書いてくれているのだと思います。引用部分だけでは、ほぼ理解できなかったと思うので。
世界に「これが正解だ!こうあるべきだ!」は本当はないじゃないか。だからこそ、自分の正解や価値観は、常に変わるものだと(変えていいものだと)理解しておく。
そうやって自分を拡張して、拡張された自分が周りの拡張された他者に触れ合う。それが「バラバラな世界で共に生きる」ことなのかな。と感じました! -
Posted by ブクログ
現在はサンシャインシティがある池袋の一角には、かつてスガモプリズンと呼ばれるGHQが管轄する刑務所があった。そこにはアジア•太平洋戦争の日本の戦争犯罪者を収容し、A級(平和に対する罪)戦犯のみならず、BC級(B項「通例の戦争犯罪」またはC項「人道に対する罪」に該当する戦争犯罪)の戦争犯罪者も拘置していた。なお日本のBC級戦犯は、横浜やマニラなど世界49カ所の軍事法廷で裁かれており、被告とされた人数は約5700人。そのうち、約1000人が死刑判決を受けている。かの有名な東條英機ら7名の死刑囚は、極東国際軍事裁判により死刑判決を受け、1948年(昭和23年)の12月23日にこの場所で死刑が執行された。刑務所としての歴史を辿ると、もともとは別の場所にあった刑務所が1985年に、この場所に移転されたが、その後、震災などの影響で一度は郊外(今の府中)に刑務所機能は移されるものの、その跡地に未決囚を収監する市谷刑務所が移転してきた流れである。敷地内の処刑場は、スパイとして有名なリヒャルド•ゾルゲが処刑されたことでも知られる。
本書タイトルを見る限り、よくある極東国際軍事裁判の7名の死刑囚やインドのパルなどの各国の弁護側を扱った書籍を想像するかもしれないが本書は違う。勿論そうした著名な先般の話抜きにスガモプリズンを語るのは難しいが、本書の場合、戦犯として集められた人々が、刑務所内でどの様に過ごし、何を考えたかにフォーカスした内容となっている。GHQにより設立されたのち、二度と戦争を起こさせまいとする思想教育的な意味合いが多かったと思うが、所内での自治の確立にむけた教育制度などが整って行ったことがわかる。また新聞の発行も自らの手で行われるなど、自立心が高まっていくような、環境が徐々に整備されていく。
その様な中で、特にBC級戦犯たちが何を考え、どういった思想を確立して行ったかの経緯、仲間が処刑されていく中、仏教やキリスト教の団体が設立され反省と考察を繰り返す日々の中で生まれた考え方に着目している点が面白い。また塀の外では戦犯たちを釈放しようとする社会的な風潮が生まれていくが、朝鮮戦争で再び軍備が整備されようとする社会の中で、戦犯たちの中にはそれ釈放自体に疑問を投げかけるものが現れる。狭い塀の中に自由を奪われて閉じ込められ、考える時間が与えられた者たちが戦争と収監を通じた心の中の変化を描き出す。
そして戦争中は日本の支配下に置かれた朝鮮や台湾の人々にとっては、日本に強要されて行わざるを得なかったというやり場の無い気持ちが残る。そして釈放されても身分がしっかり確立されず、自国への帰還も許されない立ち位置で、どう生活を取り戻していくか。
本書はスガモプリズンを中心に戦争の本質と向き合い、太平洋戦争の過ちを振り返る機会を与えてくれる一冊だ。誰に責任があり誰を処罰するべきだったのか。戦争開始にあたっては軍部、政治、一般の市民も皆熱気にうなされ戦争を後押しする風潮があった。戦争の最前線で命を賭けて戦い、上官の命令に背くことも出来なかった兵士たち。私は貝になりたいという言葉は示している。やり場の無い想いを二度と誰かに指図される人間になりたくない、その気持ちを生み出したのは戦争である。 -
Posted by ブクログ
仕事に翻弄されて日常生活が営めないほどに支障をきたす、いわゆるバーンアウトになる人は周囲にも何人か観察している。意外なのは、バリバリ仕事をこなしていて周りからの評価も高いあの人がまさか、ということが多いのである。
本書の著者も、まさに仕事にコミットし続けることで限界を超えてしまった当事者である。当事者の視点から、誰もが社会からふるい落とされる危険をはらんでいる構造的な分析と、内省的な感情の発散とを交わりながら綴っていく。
資本主義社会での「できる人」になることが、唯一の正解ではない。頭では分かっているけど納得できない葛藤を、著者は受け入れる態度に希望を見出す。いい悪いで二分できるほど人間は単純ではないし、その性質を認めて用という心持ちが大切なのである。
具体的な内容では、「コミュ力」の過剰な称揚への視点が新しい気づきだった。個人に内包される絶対的な能力ではなく、環境や相手によって変動するものである。コミュ力がないと特定の場で相手を批判している当人は、その場でたまたま優位な立場で周りが気を使っているだけなのかもしれない、という認識が足りず独りよがりになっている状況が思い起こされた。
一方個人的に腑に落ちなかったのは、今とは違った生き方があったかもしれないという後悔である。著者はきっと自分への期待値が高いのだろう。そのために、自分の限界値を超えた無理も気づけずけないことが多いかったのだと推察される。私としては、幼少期の環境の影響からか、自己効力感が以上に低い。なので、今何とか社会で仕事をし自立して生きていけていることが出来過ぎている、という自覚である。資本主義社会にはあまりハマらない性質なのだろうなという自己評価である、そのくらいの心持のほうが大きく精神を崩さないのかなとも思う。
著者は読書家である。本書は著者が様々な文献をあたり、双極性障害となった自分と社会を見つめなおす試みの記録である。過去に読んだ本も参照されているし、まだ知らない分野とも出会えたことが副産物である。