2024/9/19
これらのフェアフォンによる取り組みを並べてみて、奇妙な特徴があることに気づかれたでしょうか?そうです、これらの取り組みのうち、何一つとして、マーケティングが非常に重視する「顧客便益」の向上につながるものがないのです。「モジュラーデザインの採用」も「ライフサイクルの延長」も「リペアラビリティの向上」も、直接的に顧客に何らかの便益を与えるものではありません。言うなれば、フェアフォンは、既存の競合メーカーに対して、後発として差別的優位になるような顧客便益を、何一つとして提供していないまま、参入に成功したのです。これは驚くべきことです。
もちろん、アップルやサムスンといった大手スマートフォン・メーカーもサステナビリティに関する取り組みを進めてはいますが、フェアフォンとは取り組みの位置付けが異なります。アップルやサムスンにおいて、競争優位の形成は主に、デザイン・技術革新・ブランド・マーケティングの強化によって追求されています。
一方で、フェアフォンの場合、これらのサステナビリティに関する取り組みそのものが、顧客を惹きつける要因、競合に対する競争優位を生み出す意味を形成しているのです。
フェアフォンが、新興のスタートアップであったにもかかわらず、非常に競争の激しい市場において一定の存在感を持つまでに成長できた理由は、製品の品質や機能が優れていたからではなく、彼らが、既存のビジネスの慣習に慣れきってしまっている業界や市場に対して、彼ら自身の哲学に基づいて批判的=クリティカルな提言を行ったからです。彼らの批判的提案に共感した人々が、顧客を中心としたステークホルダーとして集まることで、フェアフォンの提案が一種の運動として社会変革のうねりを生み出しているのです。
実際に、フェアフォンの創業者たちは「私たちがやっているのはビジネスというより「修理する権利を取り戻す」という社会運動なのです」とインタビューにおいて答えています。彼らはまさに「社会運動としてのビジネス=クリティカル・ビジネス」を運営しているのです。
今日の成功からはなかなか想像し難いことですが、Googleは創業当初に資金調達に非常に苦労した会社で、ベンチャーキャピタルから300回以上も投資を断られています。なぜ、当時の投資家はGoogleへの投資に魅力を感じなかったのでしょうか?
理由は明白です。それは彼らのビジョンに「顧客や市場という概念が含まれていなかったから」です。「世界中の情報を整理して情報格差をなくす」というのは非常に美しい社会ビジョンではありますが、では、それを望んでいる顧客がどの程度いるのか?繰り返しますが、当時の人々のほとんどは既存の検索エンジンに対して大きな不満を感じていなかったのです。顧客がさしたる不満を抱いていない市場において、しかも複数の検索エンジンがレッドオーシャンの様相でしのぎを削っている中、大型の設備投資を伴う検索エンジン・ビジネスに投資して最後発として新規参入するという意思決定を合理化することは非常に難しかったでしょう。
▫️市場に存在しない問題を生成する
これらの企業が短期間に非常な成長を遂げた理由は一つしかありません。それは、「市場に存在しない大きな問題を、企業の側から生成することに成功したから」です。一般的に、マーケティングやデザイン思考では「市場に存在する問題を見つける」ことがブランニングの初期段階で重視されますが、これらの企業は「新たな問題を発見」したのではなく「新たな問題を生成」したのです。
しかし、ではどのようにして、彼らは市場に新たな問題を生成したのでしょうか。答えは「あたかも哲学者やアーティストのように、社会を批判的=クリティカルに眺め、考えることによって」です。彼らは、それまで誰もが「当たり前だろう」「まあ仕方ないよね」の一言で済ましてきた様々な社会の事象や習慣や常識を批判的に考察し、現状の延長線とは異なる別の社会のあり方を提示することで、市場に新たな問題を生成したのです。
では、ビジネスにおける古典的なパラダイム・・・・・・つまり、顧客の既存の価値観にフィットする便益を競合企業よりも効率的に提供することで売上・利益の極大化を図るというパラダイムが転換する先にある、新しいパラダイムとは何なのでしょうか?
それが、本書で提示する「クリティカル・ビジネス・パラダイム」ということになります。クリティカル・ビジネス・パラダイムにおいて、企業の活動は社会運動・社会批評としての側面を強く持つことになります。クリティカル・ビジネスの実践者は、社会で見過ごされている不正義や不均衡を批判し、改善するための行動を起こすことによって価値を創造します。
アファーマティブ・ビジネス・パラダイム
投資家、顧客、取引先、従業員などのステークホルダーの既存の価値観や欲望を肯 定的に受け入れ、彼らの利得を最大化させることを通じて自己の企業価値の最大化を目指すビジネス・パラダイム
クリティカル・ビジネス・パラダイム
投資家、顧客、取引先、従業員などのステークホルダーの価値観を批判的に考察し、これまでとは異なるオルタナティブを提案することを通じて社会に価値観のアップデートを起こすことを目指すビジネス・パラダイム
一時期あれだけ騒がれたデザイン思考が、ブームの熱量に見合うようなインパクトを残 すことができなかった理由がこの点にあったと思います。デザイン思考は方法論として、最初のステップに「現場にいってユーザーの抱える問題や課題を実体験する」ことを提唱 していますが、このアプローチを採用する限り、把握できるのはユーザー体験に内在する 既存の問題だけで、新しい問題を認知的に生成することは原理的にできません。
この点については後ほどあらためて述べますが、資本主義は「市場に存在する大きな問題」から順に解決していくため、「顧客の体験に内在する既存の問題」にしかアドレスすることのできないデザイン思考の枠組みを用いる限り、宿命的に時間を追うごとに「瑣末なアジェンダ」に取り組むことにならざるを得ません。デザイン思考がさしたるインパク トを残すことができなかったのは構造的な原因がある、ということです。
▫️クリティカル・ビジネス・パラダイムにおける顧客の役割・意味
1.価値共有者としての顧客
2.社会変革のパートナーとしての顧客
3.オピニオンやフィードバックの提供者としての顧客
前述した通り、クリティカル・ビジネスは、社会的なコンセンサスの取れていない少数派のアジェンダを掲げてイニシアチブを立ち上げます。一方で、短期的な経済的リターンを重視する投資家は、往々にして、すでにコンセンサスの取れている儲かりそうな「流行のソーシャルアジェンダ」に取り組むことを経営者に求める傾向が強いのです。このような投資家に初期段階で関わられてしまうと、経営を引っ掻き回され、悲惨なことになります。
このような悲劇を避けるためにカギとなるのが、投資家の期待値をコントロールするためのコミュニケーションです。投資家の注目が集まるタイミングで「私たちは長期的な社会・環境へのインパクトを生み出すことを目指しているのであり、短期的な財務リターンを期待する投資家の期待に応えるつもりはない」と明言するのです。
▫️起きているのは「欲求の抑制」ではなく「新たな欲求の台頭」
ここで留意しなければならないのは、このような共感は「倫理」や「道徳」や「義務」といった規範によって醸成されているわけではない、という点です。英国の哲学者、ケイト・ソパーは、近年、特に一定の世代以下で顕著に見られる、環境や社会へ配慮したライフスタイルや消費スタイルは「自己利益を抑制すること」・・・・・・つまり一種の「痩せ我慢」によって駆動されているのではなく、むしろ「環境や社会への配慮が自己利益として内部化されること」によって駆動されている、と指摘しています。
彼女は、端的にこの現象を「Alternative Hedonism=新しい快楽主義」という概念として整理しています。自分たちの欲求や快楽を抑制することによって新しい消費のスタイルが生まれているのではなく、より環境に適した消費生活を送りたい、他者の問題を解決したいという新しい欲求や快楽の登場によって、新しい消費のスタイルが生まれている、ということです。まさに「資本主義のハック」が起きている、というのがソパーの理解です。
これは非常に重要な指摘だと思います。というのも、もし、このような社会的な流れが、抑制によって生まれているのであれば、この流れはやがて必ず元に戻るからです。抑制というのはサステナブルではありません。規律によって抑え込まれている欲望や欲求の質が本質的に変化していないのであれば、いずれは必ず大きな揺り戻しとなって戻ってきて、それは従前よりもさらに悪い結果を引き起こすことになります。いま、世界で進行しているのは、20世紀以前の世界において肯定されていた欲望や欲求を抑制するということではなく、それを超克的にアップデートするという趨勢なのです。
●社会を変革したクリティカル・ビジネスの実践例と多様性
クリティカル・ビジネスの「クリティカルさのバターン」
1 支配的価値観への批判
フォルクスワーゲン社による 「Think Small」キャンペーン
「大きければ大きいほど良い」という価値観への反抗
広告がメッセージの価値観を端的に表現している
2 貧困と経済的不平等の解決
グラミン銀行
「業界の常識」にチャレンジする
「顧客に応える」のではなく「顧客を鍛える」
3 気候変動・資源枯渇への対応
Patagonia(パタゴニア)
クリティカル・ビジネスの筆頭となる実践例
本業とは相乗効果を見出しにくい活動にもコミット
環境保護の取り組み
政治的立場とバートナーシップ
ベンチャーキャピタル活動
環境活動家のためのカンファレンスの実施
Fairphone (フェアフォン)
最もクリティカルな点は「設定した敵の巨大さ」
TESLA (テスラ)
市場の存在しなかった事業を始めた
予測はどうせ外れる
4 企業倫理と透明性の向上
The Body Shop (ザ・ボディショップ)
元祖クリティカル・ビジネス
打ち出しているビジョンに「顧客ベネフィット」が含まれていない
意味のオセロで敵をひっくり返す
5 労働者の権利と福祉の改善
モンドラゴン協同組合
協同組合にして企業連合体
なぜ経営者の報酬は上がり続けるのか?
6 ダイバーシティとインクルージョンの推進
IKEAイスラエルによる 「ThisAbles プロジェクト」
発信力のないマイノリティの声を代弁する
グローバル市場を意識すると「マイノリティの巨大市場」が浮かび上がる
7 地域社会とコミュニティの生成
Brunello Cucinelli (ブルネロ・クチネリ)
「場所」もまた意味的価値を持つ
虚構を維持できない時代におけるブランディングとは
▫️アクティヴィストのための10の弾丸
1 多動する
2 衝動に根ざす
3 難しいアジェンダを掲げる
4 グローバル視点を持つ
5 手元にあるもので始める
6 敵をレバレッジする
7 同志を集める
8 システムで考える
9 粘り強く、そして潔く
10 細部を言行と一致させる