ビジネス・実用の高評価レビュー
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妊娠9ヶ月目で拝読。著者の前作「産む気もないのに生理かよ!」も拝読済み。
子供がお腹にいることに幸せを感じつつ、自分のキャリアや生活リズムが変わることを懸念していて自己嫌悪に陥ることが多かった。本書の女性達も「自分の時間が必要なタイプ」という言葉が多く出てくるが、私もそのタイプであると自負しているため、子育て中は自分が保てるのか不安に感じる時がある。
最近は少し、「子供との時間を喜ぶ自分」と、「自分の時間が持てないことに辛くなる自分」が同居しててもいいと思えるようになった。
後、彼女達が子供を持つ理由に「親ならば完璧ではならなければいけない」という社会からの圧力が本当に強くなったと感じる。私も、自分の子供が人様に迷惑をかけることが怖いと感じる。(自分も躾されていない子供が苦手なので)自分で自分の首を絞めているかもしれない。
途中から「仕事に満足!」している女性が多めだったので、自分は「楽だし、お金のため」と割り切っているタイプなので、少し別のベクトルで苦しくなった。
子供を持つ持たないではなく、「今の自分の生活が幸せ!」という気持ちを大事にしたい
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「子供と接する職業ゆえに、産みたくない」
「研究職のキャリアを手放したくない」
「子供が嫌いだから、と言えたなら」
「不妊治療を辞めたら、人生が前向きに」
「精神疾患に苦しんだ母のようになりたくない」
「本家の長女長男の呪縛から逃れたい」
「夫の闘病で知った、人と向き合うこと」
「夫と愛犬と暮らす、DINKWADsという生き方」
「時間を戻せるとしても同じ道を歩く」
「子なし専業主婦の自分を肯定しきれない」
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Posted by ブクログ
英雄不在の混沌の室町時代のサバイバルと
歴史学者になるためのサバイバル。
中世史学者が見出す史料と自身などについての、エッセイ。
・はじめに ―だらだら、チンタラ、室町人にまなぶ仕事術―
第一章 中世人との出会い 第二章 室町、遥かなり
第三章 歴史学者の作られ方
第四章 歴史学を社会にひらく 第五章 過去と今
・おわりに
参考文献有り。
戦乱、飢饉に飢餓など、混沌とした時代の中での、サバイバル。
一方、現代では自らの道を見い出し、突き進むために、
紆余曲折しながら人に、知識と出会い歩む、サバイバル。
そして日本史研究と教育の現状の中に見る、サバイバル。
もちろん、中世史学者の著者の見い出す
歴史の中のエピソードも盛り込まれている。
旧平安京の公道や川の上を不法占拠して、耕したり、
水上住宅を建てたりする庶民。無論、
女性も逞しいが、実はダラダラのチンタラの人々。
戦乱が長期化するので、実力者まで疲弊して、
尻切れトンボに陥る英雄不在だったり、
室町時代ってなんだかなぁと、苦笑してしまう。
特にくずし字と書き順の関係は面白かったし、
ムラやマチの共同体と“ご近所さん”の繋がりが
室町時代から続いてきたことも興味深い。
日本史の学習漫画の比較とか、光秀のスマホ制作秘話も
歴史の語り方という視線で書かれていて、愉しかったです。 -
Posted by ブクログ
知っていても読んだことはない(言及される機会が多いので読んだ気になっている)古典だが、岩波文庫版は良訳と聞いたので読んでみた。
一言でまとめると、
1800年代前半の建国間もないアメリカを見たトクヴィルが、フランスやイギリスをはじめとする欧州諸国と比較したうえでアメリカを「民主主義の先進国」としている。
…ここまでは教科書どおりの記述といってもよい。
読んでみて思ったのは、現代日本の私たちにとってアメリカの政治制度は「そういうもの」として半ば自明の存在になっているが、(当時のヨーロッパから見ると)異質で特殊なものだということだ。
トクヴィルが特に強調しているのが司法、とりわけ連邦最高裁について。現代日本人は「司法権の独立」を当たり前のこととして受け入れているが、それは決して当たり前ではない。
そもそも法治主義と言っても誰が法律を定めるかという論点があり、ヨーロッパでは「法律は王が定める(あるいは王が承認する)」ものであり、司法が(独立して)その是非を論ずるという議論と整合させるのが難しい。よって最高裁判所の機能は貴族院(上院)が持っていたりして、イギリスなどは2009年に連合王国最高裁判所が設立されるまでは貴族院が最高裁判所だった。
その代わりというべきか、アメリカでは具体的な訴訟の解決に必要な範囲で憲法判断をする(付随的審査制)のであって、憲法裁判所が具体的事件から離れて憲法判断をする大陸法(特にドイツ)とは異なる。
(ここまでの話、大雑把に書いたので正確じゃないかもしれない)
付随的審査制などのブレーキがあるものの、トクヴィルはアメリカにおいては独立性の高い司法が専横することを懸念している。それは具体的な判事の人選ということではなく、システムとして国民の意思を離れて暴走し得るという指摘である。
トクヴィルが指摘するまでもないのだろうが、アメリカの「民主主義(人民主権)」はヨーロッパの古いしがらみにとらわれずに作り出したからこそ、不純物が少ない、一貫した制度で成り立っている。
そしてそれはニューイングランドに移住した清教徒によってつくられたという。
トクヴィルは、ハドソン川以北(ニューイングランド)と以南では民主主義の浸透度合いに差があるとしている。「以南」は比較的豊饒な土地で奴隷使用に適していて地主(資本家)が生まれやすいかったともいう。(トクヴィルの執筆は南北戦争前です)
この南北比較はアメリカの「反知性主義」の源流についての話でもあるし、その比較において相続法のあり方に触れていることも含め、かなり興味深い。
文庫本全4冊のうちの1冊目を読み終えただけだが、この1冊目が最も面白いのではないかという気がしている。果たして。。。 -
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たまたまオーディブルで流れてきて、いつもとは違う本が読み(聴き)たい気分だったので。
一消費者としては、何気なく目に入ってくる広告が、実は瞳孔の大きさまで測られて刺さると瞬時に判断され好みを把握された結果のそれであるなどと、なんという時代だろうと思ったけど、確かにsnsのアルゴリズムで既にこの流れに巻き込まれてるわ。
こういうの、好きでしょ?
ほら、あなたにとってこんなメリットあるよ、
買って買ってー、
とグイグイ来られて鬱陶しいし把握されすぎていて息が詰まりそう。そんな広告体験は、こういった研究から来ているのだと知れて興味深かった。
値段が高い=痛みとして感じるというのも、普段感じるあの感覚を説明してくれていて面白い。
好きな音楽の例も良かった。
これまで"この曲が好きなあなたにはこれもおすすめ!"式にサジェストされる曲で本当にマッチするものに出会えることは稀だったので。
こんなに音楽が溢れているのに好みの音楽に出会うことは難しい、身体反応から本当に好ましく感じる一曲を探してもらえるなら、便利だと思った。
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いつも通りの圧倒的な読みやすさでどんどん読み進めらるのだけれど、アメリカの現状に対する暗澹たる気持ちが膨らむ。第16弾でも「トランプの“首領モンロー主義”時代」というサブタイトルが付いていたものの、ここまでトランプ氏の存在感が大きくなるとはね。プロローグにある通り、世界のリスクの多くにアメリカが関わっており、現状、ネガティブな意味で世界の中心はアメリカなのだと実感させられる。前巻でたとえた「ジャイアン」に謝りたい、という言葉にも、「さもありなん」と頷くしかない。リベリアの国名の由来をはじめ、知らなかった事実も多く学びがあった。特にウクライナが過去に東部のロシア語話者へウクライナ語を強制した経緯があったことは知らなかったが、歴史が複雑に絡み合っている根深い問題なのだと改めて痛感する。
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とてもいい本だった。
筆者の「死ぬまで生きる日記」もとてもよかったがこちらも秀逸。
私はこの人の文体が好き。スルスル言葉が体に入ってくる。書くことがいかに人を支えるかについてもとてもわかりやすく記されていたと思う。
特に後半の「目指すのは『共感』ではなく『理解』の章」は考えさせられた。
世の中、最近「寄り添う」とか「共感」を求めがちだと感じるのは私だけだろうか。
つまり、横並びの関係。確かに、それは必要かもしれないが、共感できないことも世の中にはたくさんある。
だからこそ「理解」が必要になるのではないか。理解するために、理解してもらうためにどう生きていくかを考えさせられた1さつだったw。 -
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言葉の意味、人生の意味などについて考えていた時期があったが、文化や時代によって言葉のもつ意味は変わるし、明確に境界線を引けない曖昧語や誤解しやすい言葉もあることは理解していたけど、偶然性という表現でとらえることは初めて知った。そして、なるほどと納得できた。
フロイトによる道徳主義とロマン主義の争点の終結という話で、両者を数ある適応形式の一つに過ぎないという考えが示されてスッキリした。
・個人の自発性や私的な完成に生きる人には、畏敬の念を示すが、未発達的と記述する
・その社会で普遍的に共有された責任を果たす、単に道徳的な人には、退屈するが、成熟した人と記述する
では、道徳性をどう考えるかというと、共同体のメンバー、共通の言語の話し手としての私たち自身の声であると考えることができる場合にのみ維持できるものと考えるということだと理解した。そして道徳性を磨くのに、小説や演劇といった芸術が役立つと書かれていた。
以前より、人が悲劇や悲惨な暴力描写などのある芸術を鑑賞するのはなぜか?と考えることがあり「ポジティブシンキングにならないために」という本を読んでいたのを思い出した。本書「偶然性・アイロニー・連帯」にあるように無意識的な人も意識している人もいるかもしれないが人々は道徳性を磨こうとして小説などで体験に触れているのかもしれない。
後半の書物に関する批評は、先に取り上げられている書物を読んでみてから、また読むのが良さそう。 -
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「不自由であることは創造を生み出す土壌」
絵画に限らず万物への名言だと思う。
ただ、悲しいかな画家の力量があってもゴッホのように時代や商業に乗れないと成功できない。
カトリックの宮廷画家として成功したルーベンスとプロテスタントのフリーランスとして没落したレンブラント、対照的な二人の画家だけど、レンブラントの絵の方が好きだ。
自分の描きたいものと世間が描きたい商業作品の板挟みになりちな作家だけど、ルノワールはどちらも両立させた世渡り上手だと思う。
ターナーの「蒸気機関車」と産業革命の下りが現代のAI時代と一致する。産業革命時のイギリスは、庶民は機械化した工場での長時間労働と不衛生な環境によって平均寿命が15歳までに縮んだ。まるで蒸気機関車に追いたてられる野ウサギのように、社会の変革期には小さくか弱い存在が犠牲となる。
写真が登場した産業革命は、画家たちにとっても試練の時代だった。それでも、写真で表現できない「色彩」を突き詰めた印象派の画家たちや、見えないものまで描こうとターナーが挑んだ研鑽に敬意を抱く。
AIという新技術が市場を席巻しても、人が魂をこめて創作する執念は機械を凌駕するはずだ。 -
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ネタバレお金儲け、ではなくお金自体の話だ。
理屈の説明のために、無理やり物語にしているのではなく、ストーリーも読み応えがあり楽しく感じた。
お金という道具の奴隷にならない考え方
お金が問題を解決しているのではなく、受け取った人がその問題を解決してくれる。
お金の力は、選ぶ力。
一人一人のお金の使い方が社会を形づくっている。
お金は奪い合うのではなく、
共有するもの。
世界は贈与でできている。
働く女性、と表現するときに、
仕事ではなく家事や育児に専念する専業主婦のことは含まれない。
家族のために体を動かして働いているのに。
働く→お金を稼ぐ
という考えになっているのも、お金の奴隷になっている証拠だと思う。
働くこと、誰かのためになる行為そのもの
誰かが抱えている問題を解決すること。
それが働くこと。
社会の手触りを感じながら、
ぼくたち。の範囲を広げていくこと。
お金の奴隷にならず、孤独にならずに生きていくためにこう考えられるようになりたい。
この本を読み終わると、心地よい社会の一員でありたいと思う健やかな気持ちが湧いてくる。
愛のエネルギー家事や、
ダイウィズゼロを思い起こす。
お金を溜め込む事が幸せではない。
人に感謝をしたり、つながりのきっかけになったり、未来の社会が良くなるように、と願いながら使うことを身につけたい。 -
Posted by ブクログ
本書は読みやすい新書ではありません。
説明自体は丁寧ですが、CPIとGDPデフレーター、交易条件、実質金利、SNA、PBなど複数の概念を区別しながら読む必要があり、一般向け新書としてはかなり歯応えがあります。
しかし、日本経済について私たちが当然のように使っている言葉を、一度疑ってみたい人には薦めたい本です。
特に、「異次元緩和とは結局何だったのか」「なぜ賃上げしても豊かになった感じがしないのか」「責任ある積極財政は本当に持続可能なのか」と考えている人には、多くの材料を与えてくれます。
【目次】
プロローグ マクロ経済データと向きあってきて
第1部 診断書を書く――価格を診る
第1章 なぜ、インフレになっても「デフレ感覚」が続いたのか?
第2章 物価を診る――「デフレ感覚」の正体とは?
第3章 賃金を診る――労使協調の賃上げの不思議
小休止 需要と供給が出てこない!
第2部 診断書を書く――金利、外国為替、株価を診る
第4章 「マイナスの実質金利」をめぐる診断記録――あるいは、見えづらくなった預金者の負担
第5章 「もはや1ドル360円時代の円安に逆戻り」をめぐる診断記録─―あるいは、見えづらくなった国民の負担
第6章 「「バブルぬき」の高株価」をめぐる診断記録─―あるいは、見えづらくなった「株主以外の国民」の負担
小休止 投資家にとってのマクロ経済学――失敗しても納得できる投資
第3部 診断書を書く――モノ、カネ、ヒトの循環を診る
第7章 SNAから診た日本経済―─交易損失が明るみにした「円高阻止」の功罪
第8章 資金循環表から診た日本経済―─複雑怪奇な資金循環を生み出した財政金融政策の功罪
第9章 労働統計から診た日本経済――「人手不足」という巧妙なレトリック
小休止 旧いマクロ経済データを診る――そこに政策の愚を読む
第4部 そして処方箋を書く
第10章 巧妙な政策レトリックと滑稽な政策ロジック――表面上の対立の解消と実質的な対立の深化
第11章 「健康な経済」のための政策処方箋―財政規律の回復をきっかけとして
小休止 『ブリュメール18日』を読んで――「シン・競争の作法」
エピローグ 町医者と専門医のはざまで