辻田真佐憲の作品一覧
「辻田真佐憲」の「文春ムック 文藝春秋が見た戦争と日本人」「大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
あの戦争について右の意見もあれば左の意見もあるなかで、その両方をちゃんと拾いながら、可能な限り事実と解釈を積み重ねて論じてくれる、これが本当にありがたかった。海外の人や子供に日本の歴史を語れない自分はいま結構恥ずかしいのでは?と気づかせてくれたのがこの本。
東条英機の書き方も、擁護しすぎず、持ち上げすぎず。「大東亜戦争」っていう言葉を使うときにどういう批評があるのか、そこまで詳らかにしたうえで、自分だったらこっちかな、っていう著者自身の立ち位置もちゃんと示してくれる。しかもただの評論家的なまとめ直しじゃなくて、実際にアジアの近代歴史博物館まで足を運んでるのがいい。現地のタクシードライバーに「東条英機知ってる?」とか聞いてるあたりも良い。
空襲と原爆は知ってる。侵略戦争で過ちを犯したので日本は反省をしなければ、みたいなことしか知らない人が多いのが正直だと思う。ただ、実際は陸軍と海軍で軍部はバラバラ、政府と軍もバラバラ。明確な意思決定者がいないっていう構造的な課題、これって実は今の時代にもそのまま当てはまる日本の課題。
そこまで言って委員会だったら、キーワードを聞いただけですぐ着火しそうな論点を、この本は冷静に書いてくれている。歴史小説のあら探しをする姿勢って、反抗期の子供に見える、っていう指摘にはまさに共感した。ドパガキ世代にも読みやすい一冊だと思う。
Posted by ブクログ
『「あの戦争」は何だったのか』
本書は、太平洋戦争を時系列に沿って説明する通史ではない。日中戦争から太平洋戦争の終結に至るまでの「あの戦争」を、私たちはどのように見て、どのように解釈すればよいのか。その視点を考えるきっかけを与えてくれる本である。
「あの戦争」の始まりをどこに置くのか。
太平洋戦争の開戦だけを見れば1941年12月8日となる。しかし、その原因を辿っていけば日中戦争、さらに満州事変へと遡ることができる。そして視野をさらに広げれば、幕末のペリー来航まで遡って考えることさえ可能である。
ここで私が考えたのは、日本という一つの国家だけに戦争の原因を求めるのではなく、その背景に存在した「帝国主義的な国際秩序」そのものについて考える必要があるのではないか、ということである。
もちろん、これは日本の戦争責任を否定するという意味ではない。
日本はペリー来航以降、欧米列強による帝国主義的な圧力を受けた。その意味では、当初はその国際秩序に翻弄される側でもあった。しかし日本は、その秩序そのものから離脱するのではなく、自らも列強となり、欧米諸国と同じフィールドで生き残る道を選択した。
そして、その結果として日本自身も朝鮮、中国、東南アジアなどに対して帝国主義的に振る舞う加害者となっていった。
したがって、「どの国が悪かったのか」という一国単位の責任論だけではなく、なぜ帝国主義的な列強間競争が植民地支配や侵略戦争を生み出し、各国をそこへ向かわせたのかという、より大きな構造について考えることも重要なのではないかと思う。
一方、よりミクロな視点から「あの戦争」を説明するとき、よく語られるのが「軍部の暴走」である。
確かに軍部の行動に重大な問題があったことは間違いない。しかし、それだけで戦争への道筋を説明してしまうのも単純すぎるように思う。
昭和恐慌をはじめとする経済状況、関東大震災以降の社会不安、メディア、官僚、政党政治、軍部、世論、そして当時の憲法と統治機構。
こうした無数の要素と利害関係が複雑に絡み合い、しかも国家全体を強力に統御する明確な司令塔が存在しない状況のなかで、日本は少しずつ後戻りすることが難しくなっていった。
だからこそ、「軍部が暴走した」「軍国主義に染まった人々が戦争を始めた」という説明だけで終わらせてはいけない。
重要なのは、なぜ軍部の暴走を止めることができなかったのか。なぜ政治家や官僚、メディア、そして国民までもが、結果として戦争へ向かう巨大な流れの一部となっていったのかを考えることである。
また、「日本によるアジア解放」という問題についても、単純に肯定か否定かで結論づけることはできない。
欧米列強による植民地支配を揺るがしたという「功」の側面がある一方、日本自身による侵略や占領、植民地支配という「罪」の側面も存在する。
そのどちらか一方だけを取り出して、「日本はアジアを解放した」とするのも、「すべてが侵略のための虚構だった」としてしまうのも、歴史の複雑さを失わせてしまう。
侵略、植民地支配、戦争指導の失敗については、一つひとつ具体的に否定しなければならない。
しかし同時に、近代日本がなぜその道を選択したのか、当時の人々が何を恐れ、何を守ろうとし、何を実現しようとしていたのかまで、すべて「狂気」や「軍国主義」という言葉だけで処理してしまってはいけない。
歴史を理解することと、歴史を正当化することは違う。
「あの戦争」を単純な善悪の物語として終わらせるのではなく、日本が犯した具体的な過ちは否定しながら、その背景にあった時代、制度、国際秩序、そして人々の思想まで含めて理解しようとする。
本書の言葉を借りれば、「小さく否定し、大きく肯定する」。
戦争を二度と繰り返さないためにも、誰か一人、あるいは一つの国家だけを悪者にして終わるのではなく、普通の国家や普通の人々が、なぜ戦争という破局へ進んでしまったのかを考え続ける。
それこそが「あの戦争」を学ぶ意味なのではないかと思う。