小学生たちの逆転劇がテーマの短編集。
3年ぶりに読みましたが、以前読んだ時と同様に良かった。金言が多く、めっちゃメモしました。
伊坂幸太郎さんの作品でも3本の指に入る好きな作品です。
弱い立場(本作では子供たち)の人間が、強い立場の人に勝つストーリーは読んでいて心地いいです。そして、作者さんの説く教訓は説教じみてなくて嫌な感じがしないのもすごく良い。
どの短編も甲乙つけがたいですが、
個人的には、非オプティマスが好きです。
周囲に迷惑をかける人たちへの対応の答えが書いてあって、これは誰しもが頭に入れておくべき内容と思います。
以下、各短編の感想と心に残った文章。
◾︎逆ソクラテス
自分が完全じゃないと知っているソクラテス。そんなソクラテスとは真逆な人(自分が正しいと思っている人)への逆襲劇。
主人公の加賀くんがパッとせずに、どこか要領を得ないふうに書かれているからこそ、安斎のキャラが引き立っていた。
巻末の作者インタビューでも話していたけど、「僕はそうは思わない」と言う言葉は、「場の雰囲気を気にせず、自分の意見はなんでも言え」ということではなく、「自分が馬鹿にされたり、自分の大事なものを貶された時」での呪文のような言葉。
自分が良いと思ったものを否定されるのは誰にとっても気持ちの良くないことですが、この言葉を心に忍ばせておけば、心無いことを言う第三者に気持ちの上で負けないと思います。
p24おれたちは、誰かの影響を受けずにはいられない。自分がどう思うかよりも、みんながどう思うかを気にしちゃう。君は、ドクロマークがダサいと言われたら、そう感じずにはいられないし、もう着てはこられない。
で、そういう奴らに負けない方法があるんだよ。
「僕はそうは思わない」
落ち着いて、ゆっくりと、しっかり相手の頭に刻み込むように。
ちゃんと表明するんだ。僕はそうは思わない、って。君の思うことは他の人に決めつけることはできないんだから。
◾︎スロウではない
自分のフォロワーさんも言っていましたが、ドン・コルレオーネごっこしてるところずっと好き笑
相談者《嫌だなぁって思ったことや困ったことをドン・コルレオーネに相談》
→ドン・コルレオーネ《アドバイス》
→相談者《さらに相談》
→ドン・コルレオーネ《では消せ。》
このパターン笑
途中にあった『あ、お母さんは消さなくていいです。』のところ可愛過ぎか。
◾︎非オプティマス
世を忍ぶ仮の姿、ってユニークな表現。
いつか自然に使ってみたいものです笑
p175〜183「学校で習うことは、教科書やテストのための勉強だけじゃないんだ。それとは違う、答えのはっきりしないことについて、学んでほしい。だから、みんなにも考えてほしい。わざと周りの人に迷惑をかける誰かがいたら、どうやってとめさせればいいんだろう。
ー中略ー
暴力は良くない!という意味じゃないよ。もちろん、暴力は良くない。ただ、もっと大事な理由は、それじゃあ通用しないことがあるからだ。例えば極端な話をすれば、めちゃくちゃ体が大きい小学生で、先生よりもでかくて、筋肉もあって、先生がいくら思い切り叩いても、跳ね返されたらどうする?効き目はないだろう。先生が叩くことで、言うことを聞かせられるのは、相手が自分より小さくて歯向かえなくて、弱い場合だけってことになる。先生がいくら怒っても、怖く思わなかったら?それに、もし先生がみんなを叩いたり、もしくは、恐ろしい言葉と恐ろしい声で叱って、それをやめさせたとしたら、君たちはどう思う?将来自分が大人になった時も、ああやればいいんだな、と思う。だけど大人になって、会社に入って、物事をビンタや怒鳴り声で解決できることなんてそんなにないんだ。
ー中略ー
ただ相手によっては、ビシッとやれない場合もあるかもしれない。世の中に出たら、通用しないことは多いんだ。で、これは覚えておいてほしいんだけれど、相手によって態度を変えることほど、格好悪いことはない。相手が弱くて、力が通用しそうな時は、ビンタはするけれど、相手が屈強だったり、怖い人の子供だったら、ビンタはしない。そんなのは最低だし、危険だ。弱そうだからって、強気に対応したとするだろ。だけど後でその相手が、実は力を持っていると分かるかもしれない。動物の世界ならまだしも、人間の、特に現代の社会では、人の持つ力は見た目からはわからないからね。だって、人間の強さは、筋肉や体の大きさだけじゃないんだから。いつか自分の仕事相手になる可能性もあるし、お客さんになることもありえる。みんなに覚えてほしいことは、人は、他の人との関係で生きている、ってことだ。人間関係にとって、重要なことは何だかわかる?
ー中略ー
評判だよ。
ー中略ー
みんなは周りの人に迷惑をかけるのは良くないとわかっていると思う。迷惑をかけたくない、というのは、別に良い子ちゃんでいたい、とかそう言う理由ではないはずだ。群れで生活をしてきた人間の習性みたいなものだよ。群れの中だと、迷惑をかけたくない、と言う気持ちがある。ただ中には、わざと迷惑をかけようとしている人もいる。今の人の社会は、群れの中で少しくらい迷惑でも、すぐに仲間はずれにはしないからね、もちろんそれは良いことなんだけれど、そういう人は単にそれに甘えているだけとも言える。そういう人に、君たちは困らされるかもしれない。迷惑をかけてる人に君たちが、よくないよ、と言っても彼らは変わらない。反省もしてくれないことが多い。だから、君たちは心の中で、可哀想に、と思っておけばいい。この人は自分では楽しみが見つけられない人なんだ、と。人からものを奪ったり、人に暴力を振るったり、彼らは結局、自分たちだけで楽しむ方法が思いつかないだけの、可哀想な人間なんだよ。
ー中略ー
法律には載らないようなずるいことや意地悪なこともある。そしてね、人が試されることはだいたい、ルールブックに載ってない場面なんだ。
ー中略ー
人間関係っていうのは意外に狭い。知り合いの知り合いが別の知り合いってこともあるし。間接的な知り合いが実は直接知っている人ってこともある。俺には関係ない、と思っていたら大変なことになることもある。缶ペンケースを落とすことは特別悪いことじゃないけれど、間接的に、みんなに迷惑をかけている。その時に、別に自分は法律に違反しているわけじゃないし、と開き直ることはできる。ただ、悪いことをしちゃったな、思う人の方が明らかに、立派だよ。そして、その立派さが評判を作る。評判が君たちを助けてくれる。という考え方もできるだろ。
ー中略ー
最初の印象とか、イメージで決めつけているといたい目に遭う。だからどんな相手だろうと、親切に、丁寧に接している人が一番良いんだよ。じゃないと、相手が自分の思っているような人でないと分かった時、困るし、気まずくなる。」
◾︎アンスポーツマンライクファウル
小学生の時にミニバスで一緒だったチームメイトとの話。
スロウではない。の磯憲先生も登場。後半の疾走感がやばい。
犯罪者への対応を現実主義として、自分に危害が及ぶかもしれないから優しくするって良い考え方だと思う。
◾︎逆ワシントン
p271(母のいじめに対する考え方の演説)
「誰かを馬鹿にして、いじめることは本当にやめたほうがいいからね。
あ、別にこれは、その子が可哀想だから、とか、仲良きことは美しきかな、とかそういうんじゃないから。人間って実は、誰かが困っているのを見て、楽しいと思っちゃうところがあるんだよね。たとえば、自分と関係ない場所で、車が渋滞していると、大変だなぁと思いつつも、優越感を感じたりもするでしょ?とにかく誰かを困らせたり、つらい気持ちにさせたりする人が出てくるのは特別なことじゃないんだよ。自分が困っていると別の人も道連れにしたくなるし、困るのを見てると楽しいんだから。ただ逆に、それだけの理由でいじめとかして人生を台無しにしちゃうのも馬鹿だと思わない?
もし、わたしがいじめられたら、いじめてきた相手のことは絶対に忘れないからね。で、その子が大人になって、成功したら、満を持して、発表すると思う。あの人は小学生の頃、私をいじめていましたよ、って。そのためにも、何をされたのかはしっかり覚えておいて、効果的にその話を伝えるね。その人が成功すればするほど、ダメージは大きいでしょ。そうじゃなくても、その子に恋人ができたら、その恋人にそれとなく伝えるかも。あの人、小学生の頃に私にこんな嫌がらせをしてくるアイディアマンだったんですよ、素敵ですよねって。」
それは我が家で母がしょっちゅう口にする話だ。おまえたちをいじめる人がいたら、少なくとも、そいつが幸せになることだけは阻止するね、と。
「人生って超大変なんだから。大人だって正解はわからないし、普通に暮らしていくのだって超難易度高いんだよ。ゲームで言うところのイージーモードなんてないからね。なのに、誰かを馬鹿にしたり、いじめたりするやつは、それだけで難易度上がるんだよ。だって将来いつそのことがばらされるかわからないでしょ。なんで好き好んでハードモードにするんだろ。よっぽどの権力者になれる自信があるんだったらまだしも、将来どこで誰と、どういった立場で出会うかなんてわからないでしょ。自分が馬鹿にしていた相手が、仕事の取引相手になることもあるだろうし、将来結婚する相手の知り合いってこともある。もしかしたら大人になって大怪我して、担ぎ込まれた救急病院の担当医が、昔、自分がいじめていた相手だったらどうする?怖くない?
いじめた側といじめられた側が、将来出会うことなんてそうそうない、と思ったら大間違いだからね。今の時代、居場所を探そうと思えば、それなりに探せちゃうし、ネットで情報発信なんていくらでもできちゃうんだから。誰かを馬鹿にした人は、将来自分が成功した時に全部晒されちゃうよ。」
いじめをしているやつがいたらそいつのことを覚えておけ。今は辛くても、いつか反撃できるはず、と。そして仮に自分が誰かをいじめたら、他のみんなが覚えているぞ。将来、自分が成功や幸せをつかむ時に、過去の振る舞いが襲いかかってくるかもしれない、いや、きっとそうなる、と植え付けたかったのだろう。実際、未来のことはわからないのだ。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。