【感想・ネタバレ】新古事記のレビュー

あらすじ

第二次大戦日米開戦後のアメリカ。オッペンハイマー、ノイマン、ボーア、フェルミ、若手のファインマン……。太平洋戦争の最中、世界と隔絶したニューメキシコの大地に錚々たる科学者たちが続々と集まってくる。
咸臨丸の船員だった日本人の血を受け継ぐ日系三世のアデラは両親にさえ物理学者の夫の仕事の内容を教えられず、住所を知らせることもできない。秘密裏に進む夫たちの原爆開発、施設内の犬と人間の出産ラッシュ。それと知らず家事と子育てに明け暮れる学者の妻たちの平穏な日々。

「新しい世界は神じゃなく、人の子がつくる」――”われは死なり 世界の破壊者となれり”
その小さな神たちが行き場を探して右往左往している。辺りは火火火火火火、赤いものがボウボウと襲いかかる。
世界は戦さの火だらけだ。火火火火火火が荒れ狂う。小さい神々は蟹のように火火火火火火に追われて逃げ惑う。
山の神も火火火火火火、川の神も火火火火火火に包まれ、樹木の神も立ったまま火火火火火火に焼け焦げていく。
焼け滅ぼされていく。

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Posted by ブクログ

「新古事記」(村田喜代子)を読んだ。

村田喜代子さんよくぞこのタイトルを見つけてくれました。
見事だよ。

オッペンハイマー所長を中心に研究◦開発を続ける所員たちは自分たちが手がけているその対象物ゆえにか強度のストレスを抱え、そして何も知らされていない妻たち(とペットの犬たち)はそのストレスを一身に受け止めながらも凪いだ日常を送る。

そんな妻の一人日系三世アデラの祖母のノートには海を渡ってきた祖父の国の創世神話が記されていた。

神ならぬヒトの手によって産み出された新たな火によってもう一度泥濘の中から新しい世界を創世する顛末はまさに新古事記なのだ。

凄まじき業火を産んだロスアラモスという隔絶された施設の特殊な静寂さを時にユーモアさえ交えながら淡々と描くその乾いた文体が印象的だな。

これは全ての人にお勧めできる名著だと思う。

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2025年06月08日

Posted by ブクログ

神々とか、人為とか、自然とか、科学とか、いろいろ考えさせられる。なぜ原爆は開発され、使用されたのか。そのアポリアを、開発の現場にいる核物理学者の奥さまや愛犬たちの日常から透かし見る。日系の血筋を意識する主人公アデラや先住民のアーイダから見る世界観も心惹かれる。

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2024年10月08日

Posted by ブクログ

村上喜代子小説の中でも、好きなタイプ!
読み始めてすぐに、そう感じる。
読み終えて今、この静かな何かが心の中に広がっている。

村上・新刊と言うことで何の情報も無いまま読んだので、
てっきり日本を舞台にした、ファンタジーめいた小説家と思っていた。

どっこい!

太平洋戦争下のアメリカ。
それも舞台はロスアラモスだ。(当初は明かされない)
日系3世の主人公アデラは婚約者ベンジャミンと共に
極秘の旅に出る。
折しも日系人は収容所へ入ることになるかもしれないという。
そんな中、二人が着いたは秘密の研究所だったわけ。

オッペンハイマー、ファインマンらビッグネームが続々と現われるので
歴史を知る読者には、ベンジャミンが何の研究をしているのか、が
わかる。

秘密の土地はもともと先住民の世界。
基地のすぐ外の動物病院の受付係として雇われたアデラは
先住民の手伝いの女性とも親しくなる。
同僚はイタリア系、仲良くなった奥さんはユダヤ系・・・
アメリカはいろいろな祖先をもつ人の集まりなのだ。

村上氏は、淡々とした筆致でアデラの目線で
原子爆弾の研究に携わる国、男達について問いかける。
それは現代の私達が感じる疑問。

でも・・・

ヒトラーより早く原子爆弾を開発しなければ・・・と
言う気持ちは当時の本音だったのだろう。
そこはアデラも同じ。
彼女mアメリカ人なのだから。

それでも原子爆弾の実験に成功したそのときは?
研究者は、その余りの威力に驚き、使用に当たって申し入れをするも後の祭り。

このあたり、小説の元になったのはフィッシャーの妻による日記だという。
(この翻訳にまつわる巻末のエピソードも興味深い)

・・・「新古事記」の意味は、思った通り。
それを期待以上に、淡々と知的に描くのが、村田喜代子流。

何度も繰り返し読んでいきたい小説。


余談だが、今、サティの「ジムノペティ1」を弾き聴いている。
タイトルの意味は古代ギリシアで詩人が戦死者を悼む祭だそうだ。
なるほどよく聴くと恋の歌ではない。
たゆとうような調べは村田喜代子「姉の島」のイメージだなぁと感じる。

「新古事記」の荒涼たる景色も、どこか通じる気がした。

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2023年09月27日

Posted by ブクログ

元ネタは、アメリカで原爆開発に携わった若い科学者の妻が書いた『ロスアラモスからヒロシマへ』という手記だそうです。その主人公を咸臨丸から抜け出した日本人の孫娘に置き換え、彼女が婚約者の理論物理学者と共に、ニューメキシコに向かう所から始まります。主人公の一人称小説。失礼ながら著者のお年を感じさせない、若い女性の弾みを感じられる文体です。
父母にさえ住所を教えることもできない秘密研究所。そのゲート外に作られた動物病院に勤める主人公の目に映るのは、研究者たちのペットの犬達のベビーラッシュ。次に原子核物理という新しい学術部門ゆえの若い研究者とその奥さんたちの妊娠・ベビーラッシュ。そして、手伝いに来るインディオたちの素朴な信仰と、研究所の奥さんたちのユダヤ教、キリスト教の信仰です。
原爆開発そのものの話は2-3%位しか出て来ません。ただ、戦争や原爆と言った大量虐殺をうっすらと陰のように置くことによって、過酷な環境下でも、地に根付いた様な女性たちの野太い生命感を描き出して行きます。そのあたりは、本作品とは正反対とも言えるような設定、五島の離島を舞台にした老女の物語である『飛族』との類似性を感じます。ただ、人によってはその真逆に、生命感の裏にある原爆開発の不気味さの方を強く感じる人もいるかもしれません。
自らが作り出した余りに強大な力に、むしろ絶望してしまう科学者たち。しかし、最後は微力でもそれを超えて行こうという思いで終わります。
さすが村田さん、お見事です。

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2023年09月20日

Posted by ブクログ

一編の手記からこれほどの小説にまで仕立てあげてしまう手腕が半端ない。

まるで現場をリアルタイムで見てきたような描写と想像力。
恐れ入りました。

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2025年02月18日

H

購入済み

最初は、著者の名前に、書名に興味を持って購入。
読み始めるとアメリカの原爆開発の研究所に集まった科学者達の一人を彼(夫)とする日系3世の女性を主人公とする小説。
原爆開発を行いながら、科学者達とその夫人達の生活がリンクしない。「新」古事記とは、夫人達の出産ラッシュ(生の始まり)と、明確には出ないが原爆(=死)との対比が、歴史の始まりとみるのか。

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2024年10月04日

Posted by ブクログ

ロス・アラモスはアメリカの原爆開発の舞台となった地である。マンハッタン計画に基づき、高台のこの地に研究所が築かれた。それだけでなく、ここには科学者らの家族も住むこととなり、街が作られた。
研究の性質からして、機密は守られなけらばならず、人の出入りも厳しく管理された。
一風変わった、閉ざされたこの街で、科学者たちは研究に励みつつ、一方で家庭生活も楽しんだ。若い研究者らが多かったから、彼らの多くは子供をもうけた。
夫たちが作ろうとしているものが何なのか、妻たちは詳しくは知らなかった。それよりも日々の生活を回すだけで精いっぱいだった。
子供が生まれ、犬が駆け回り、普通の営みが行われている中心で、行われているのは大規模殺戮兵器の開発だったのだが。

主人公のアデラは、恋人・ベンジャミンとともに、カリフォルニアからロス・アラモスの「Y地」へやってくる。アデラは見た目は白人だが日本人の血を引いており、真珠湾以後、日系人への風当たりの強さをひしひしと感じているところだった。ベンジャミンについていくことはよいアイディアに思われたのだ。
Y地は台地の上にあり、大きな町からは離れた、奇妙に閉じられた場所だった。
アデラはベンジャミンとまだ結婚していなかったため、Y地の中へは入れず、塀にへばりつくように建っている動物病院の看護助手として働くことになった。
アデラがお守りのように持っているのは、おばあさんからもらったノート。そこにはおじいさんの国の文字やお話が綴られていた。実のところ、アデラはおじいさんの顔も知らず、おじいさんが米国に帰化した経緯も真偽が判然としないものだった。だが、おばあさんが綴った日本の漢字や神話は不思議にアデラの心を捉えた。
Y地にはユダヤ系研究者家族も多く、信心深い妻たちの中にはシナゴーグが必要と考える者もいた。実際、それは作られたのだが、神職を引き受ける男性はおらず、妻たちの1人が仮のラビとなった。

Y地につく郵便物はすべて、「私書箱1663号」に集められる。麓の人々はY地で何が行われているのかも知らず、膨大な郵便物が届く私書箱を奇異に思っている。
犬も人も次々に妊娠し、新しい命が生まれた。恋人たちは一組、また一組と結婚し、ベンとアデラも結婚することになった。
ユダヤ教徒が読む旧約聖書では、神が最初に現れた。おばあさんが残したノートの中の日本の神様は天地とともに現れた。
できたての国は 土と思えないほど柔らかで
スープ皿に浮かんだ 鹿肉の脂身のように
海のクラゲのように ゆらゆら漂っていた

プエブロ族の娘がY地に働きに来ていた。彼らの部族には蓄財観念がなく、畑を耕して働いては、日々、自然にお祈りしていた。
アデラが曇りのない目で見つめるY地の日々。
一方で、研究は着々と進んでいた。

本書のインスピレーションの元になっているのは、「ロスアラモスからヒロシマへ」という1冊の本である。科学者の夫とともにロスアラモスで2年間暮らした女性の手記だ。女性は戦後、広島を訪れて、アメリカ人女性として、「人間の人間に対する非道」を忘れまいと誓ったという。
この女性はユダヤ系であったが、著者はここに日系三世の女性の視点を入れ込んだ。
原爆開発国であり、同時に移民の国でもあるアメリカ。
神にも匹敵しうるような技術を手に入れ、そしてそれを行使するとはどういうことだろうか。
物語の記述の大半は、穏やかな「日常」なのだが、その背後にある結果の大きさに言葉を失う。

物語の最終章は「新しい世界は神じゃなく、人の子がつくるのだ」と題される。
ニューメキシコの大地の草の海を、人の子と犬が駆け回る。大地を焼き尽すかもしれない業火を手に入れた今、「新しい世界は神じゃなくて人の子がつくる」。

神なき世界で行われる人間の人間に対する非道を、本当に人は背負いきれるのだろうか。

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2024年06月10日

Posted by ブクログ

特殊な空間の物語
戦争中でも一見平和な日常
時々不審な流れがあっても
過ぎれば忘却...
深く考えるのを避けて...
なんとも不気味な感じ
心にざらりとした感触を残す

庭文庫にて購入

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2024年05月23日

Posted by ブクログ

淡々と進む不思議な魅力の小説。原爆開発の機密都市での研究者の妻たちのドラマを描く。

「ロスアラモスからヒロシマへ」という一科学者の妻の手記が原案の小説。ニューメキシコの荒涼とした土地に隔離された研究者とその家族だけが暮らす町での出来事が淡々と描かれる。

題名に古事記を入れたところは、天地創造と圧倒的に破壊力を手にした人類との対比か。

「われは死なり世界の破壊者となれり」オッペンハイマー博士が語ったヒンズー聖典の一行が印象に残る。

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2024年01月18日

Posted by ブクログ

知っている史実と全然知らなかった史実から出来た奥深い物語でした。歴史小説とは違う語り方で物理、哲学、宗教、国の成り立ち、人種…そしてあの原子力爆弾が描かれている。良い時間が過ごせたと思う。

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2023年11月30日

Posted by ブクログ

あるアメリカ人女性(フィリス・K・フィッシャー)の『ロスアラモスからヒロシマへ 米原爆開発科学者の妻の手記』を村田喜代子氏が小説にされた作品。

読み始めから「文明の行く末」に嫌な気持ちの不安を感じながら進みます。
語り手若い女性の語り口が明るい(作者の手腕)のがちょっと救いだが、日系であることを秘めていることにされたのが、またぞろ不安を増しながらの読書...。

場所はニューメキシコ、アルバカーキやサンタ・フェ近郊のロス・アラモス。ちゃんと地図にありました。それがまた恐ろしい。いえ、もう起こったことです。

科学者の若い妻も知らされていなかったでしょうが、わたしたち幼児だった日本人も知らなかった事実。
しかし、しかし、小学生のころ、日本人漁業者が被ばくしてしまう、ビキニ環礁での水爆実験はものすごく印象が強い。冷戦...その後も実験を続けていって...。

そしていまは核弾頭を多く持っている国が連なっている。
ロシア、アメリカ、フランス、イギリス、パキスタン、インド、イスラエル、北朝鮮......。

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2023年11月20日

Posted by ブクログ

いやいや、原爆開発現場のすぐ隣で続く出産と犬病院の日常。失礼ながら、喜寿を超えての旺盛な創作意欲にただただ脱帽。タイトルも意味深。「勇者って人殺しと泥棒に長けた男たちのこと」「多くの物を持つより何も持たない方が厄介事は起こらないものだ」神と悪魔が肩を並べて一人の人間の中で共存できてしまう⁈昨日から再びイスラエルが戦争状態に突入。人は何も学べないのか…

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2023年10月09日

Posted by ブクログ

 予備知識なしで手に取り、読み始めて驚いた。
「古事記」の現代版だと思っていたからだ。
 翻訳小説のような文体からか、少し引いた感覚で物語を捉えてしまった。
しかし、ひとりの女性の隔離された暮らしの記録、と読むとその淡々とした日常の裏に、恐ろしいことが計画実行されている現実があり、知らされない怖さを教えてくれる。
 その、よくわからない、ぼんやりした違和感を覚えつつ、淡々と暮らしていくことは、現代の私たちにも繋がっているのかもしれない。

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2023年10月11日

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