装丁と挿絵の鉛筆画が内容とその雰囲気にとても合っていて章を追うのが楽しかった。
河﨑先生の作品、クマと戦う人の話は何作目になるんだろう?とふと思ったけれど、どれも違っていてどれもその作品なりの迫力があってその描写力と読み手を引っ張っていく推進力がだんだんと増しているように感じられ本当に圧巻。
主人公を取り巻くほかの登場人物たちのキャラが凄く際立っているのがさすがです。
ご両親の懐の深さ、友達との別離、ハンター仲間たちの温かさ、職場の人間関係、どれも自然に伝わってくるのが本当に上手いなぁ。
特に、考え方や境遇の差で離れてしまったけどずっと気になり続けていた親友との関係性が終わったままにならなかったことに救われました。
自分は主人公とは逆のことを友達に言われたことがあり「辛いことない恵まれた平和な家庭環境でずっと育ってきたから、辛い家庭環境で通じ合っているあなたたち(私と別の友達)と話しているとあんたには分からないって遠回しに言われてるようで入り込めない。仲間になれないって感じる。なんか平和でごめんって思う」というような。
環境や育ちの差って本人にはどうにもできなきことだから、そんなふうに友達に思わせてたのかと衝撃を受けたことがありました。
p92の主人公と友達のやり取り、自分の学生時代を思い出しました。
「うん、ごめん。分かんない」
わかろうとしてもわからないことってどうしょうもなくありますね。
特に若い時には。仕方ないこともある。
確かにこの主人公は恵まれている。この若さで狩猟がやれるというのは財力的に恵まれた環境にあるのだ、というのはこの若さの主人公を考えたときの設定として必要条件なのだろうけれども、そこにそれ故の人間関係の難しさを乗せてくるのがさすが河﨑先生だなぁと。友達だけでなく職場の新人研修というところでもそれに触れてくるところが良かった。
ところどころに孤独について触れられているけれども、改めて考えると本書のタイトルからもう孤独の匂いがしますね。タイトルうまいなぁ。
このご両親がいいですね。叱られないからこそ沁みるってあると思う。
心配は最大限しているけど決して娘のやりたいことを妨げない、怒られて当然の場面でも「もう大人だから」と娘の判断に口出ししない。
こういう態度は出来そうで出来ないことのほうが多いのじゃないかなぁ。こういう両親に育てられたらマチのように真っすぐで肝の座った人間が確かに出来上がるかもしれないですね。
三石という人物が登場したのが良かったなぁ。こういうやな奴がでてくると俄然物語は面白くなりますね。そしてこの、何だか最初から合わない、感じの悪い人物が実は人とコミュニケーションを取るのに不器用なだけでもしかして中身小中学生?ってなったあたりからちょっと見る目がかわります。
それから猟に対する姿勢には共感できるところが少しずつ見えてくるところに人物を描き出す筆のうまさを抜群に感じました。
口を開けばムカつくことしか言わないこの男が読み進めるにつれて段々と好きになっていくのが作者の仕掛けに乗せられていくようで楽しかったですねぇ。
特に第4章の山で二人になって一緒に熊を追っていくところからはグイグイと読まされて目が離せなくなっていきました。「腹を括れ」
このクライマックスへの持っていき方、そしてこの獲物であったクマの個体がどういう個体であったのかという事実、どうしてこのクマがここに現れたのかという人間の傲慢の結果だった因果、やりきれなさとともにこの猟の結果がどう決着するのか見届けるまで、途中で本を置くことができなくなりました。いやぁすごかった。
安易に何でもアップするSNSに対する批判も込められているようだし、クマとの共存、クマを駆除することの是非、小説として面白いだけでなくそういう社会問題もちょっと考えさせられます。
しかしあまり重くはせず、そういう現実もあるとそのあたりは筆致としてはカラッとしていたように思います。あくまでもそれは小説の仕掛けとして盛り込むのがメインで、そのあたりの混ぜ込み方?のバランスも絶妙。
河﨑先生の新しいクマとの戦いの物語もやはり最高に面白かった。
この人間模様、映画で見てみたいなぁと思うけど昨今の熊出没状況を見てたら実写化は危険過ぎて難しいでしょうね。きっと。