内田樹のレビュー一覧
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内田樹篇の平成を振り返るエッセイ集。最初に内田氏が言っているように、自由に書いてもらったので統一感はないが、それぞれの書き手の専門分野に応じて、いろいろな平成の断面が見える。中には内田氏ファンである読み手の存在を忘れているのではないかと思われるものもあったが、総じて興味深く読めた。面白かったのはブレイディ氏の英国的「ガールパワー」と日本的「女子力」が全く真逆の意味になるという指摘だった。前者は、女が、女たちの支持を得て女たちをインスパイアすることだったが、後者は、女が、男たちの支持を得て男たちに愛されてほかの女たちより上に立つことだという、なるほど、双方の国民性の一端を垣間見せてくれている。
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・戦前日本の指導者層が退出せず、戦後も引き続き指導者層にとどまったことから、アメリカに対してモノが言えなくなった。以降、「永続敗戦」の歴史が始まっているとする。
・戦後日本がとった戦略は、「対米従属を通した対米自立」であるとする。これを「のれん分け」と表現するのが非常にうまいと思った。
・敗戦をうまく総括できないことから、東アジア諸国との関係もいまだにこじれる要因となっている。東西冷戦や日本の突出した工業力等を背景に、東アジアは日本に文句も言えなかったが、1990年くらいから潮目が変わってきた。
・終戦時に15歳前後で、間もなく徴兵という世代は、祖国のため米国に必ず勝つという思いを胸に終戦後は経済戦争を戦った。しかしそういった世代が1990年に退出したことにより、日本経済は「背骨を失った」。
たしかに、日本経済が長期停滞に入った時期と重なるので、ひとつの考え方として面白いと思った。 -
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『13歳のハードワーク』がいちばん興味深くわかりやすい内容。これを最初の章に持ってくるべきでした。本当に中学生に読んでほしいと思うなら、まず読みやすい文章から載せるのがいいと思います。「こんな難しいこと書いてるオレってすごいでしょ、みんなついてこれる?」って思ってる大人の文章から始められると読もうとする気持ちがなくなります。
中学生は小説以外の文章を読む機会が少ないし、意外とまじめなので本は常に最初から読もうとします。興味のあるところから読もうとは思いません。
そしてこれを書いているおじさんたち、子どもがいるなら精一杯育児に関わったでしょうか?中学生、高校生の息子、娘にしっかり向き合ったという自信はあるでしょうか? -
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タイトルがバタくさいのであまり期待してなかったが、とても参考になった。特に人口問題の捉え方については新鮮だった。今から100年後に日本の人口は5000万人になってしまうようだが、5000万人というのは明治時代の終期と同じであり、江戸時代の日本の人口は3000万人だったのだ。その人口で江戸時代には200以上の藩がそれなりに存続し、日本全国の隅々にあったそれぞれの藩に文化や名産品があったのだ。
人口減少が問題なのではなく、一局に人口が集中して地方が切り捨てられていくことこそ問題なのだ。資本主義は効率性を追求し、お金儲けのためには儲からない地方ではなく、都心に人口を集め効率的に稼ぐことを狙う。藩の中でしか生きられなかった江戸時代はどんなに貧しい藩であっても、その存続のために必死になり、他藩より良くなろうと努力したのだ。そして明治政府は、学問と医療を偏らせることなく地方に分散した。帝国大学や旧制高校を全国どころか台湾や朝鮮にも張り巡らしたのだ。ところが現在は経済効率性を優先して、全て市場任せで政治家は何の戦略も展望も持たないのだ。このまま日本が沈没し続けるしかないのか?と考えさせられる本である。 -
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「分からないことがあっても気にならない」
・分からないとこがあっても気にならない。若い人ほど分からないものをそのままにする傾向が増している。分からないものを分からないままに維持して、それによって知性を活性化させるという人間的な機能が低下しているような印象を受ける。例えば分からない言葉を調べずにそのままにするなど。そういった人々は世界の意味が分からず穴だらけで世界を見ているのではないかという不安を覚える。分からないことにストレスを感じない。
「等価交換が染み付いている」
・現代は子供も消費者として始まっており等価交換が染み付いている。昔の子供は労働者として家事手伝いから始めて家族に役に立つことを証明することが先だった。手伝いをして感謝され認められ、徐々に与えられる手伝いを増やして家庭内で社会的な承認を得ていく。今は子供にできる家事がない上に、子供は余計な仕事を増やすので何もしないことが求められている。加えて早い段階からお金をもらう。お金を使うと個人の能力関係なく大人と対等に消費活動が出来る。お金を使うことで、家事手伝いで社会的な承認を得る前に、社会経験を獲得してしまう。ここで現代の子供は経済合理性の概念を正しい考え方と捉えるようになる。
・勉強や仕事を始める前に当人が理解出来る範囲で有用か無用か判断してからじゃないと始められない。なのでこの授業は何の役に立つのかなどと聞いたりする。そこで有用だと理解出来なければ、それが不快や苦労に見合わないから、等価交換とは言えず不合理と考えられるので、やらないという判断になる。ただし勉強はそれを学ぶまで何の役に立つか分からないものなので、勉強する前に有用かを判断することはそもそも出来ない。
・学びからの逃走/労働からの逃走に関して経済合理性(等価交換の原則)の観点からは突き崩すことは出来ない。何故なら学びは学ぶまで有用か判断できないから。また労働は組織利益のために必ず労働者が損するように出来ているから。もしくは労働に対してより難しい仕事という報酬を与えるので経済合理性の観点からは不合理。
「自分が時間的に変化することを想定してない」
・自分自身を時間の流れの中に置いて、自分自身の変化を勘定に入れてモノを考える知性が必要。自分自身も時間の中で変化するということを勘定に入れることが出来ない思考を無知という。学びからの逃走/労働からの逃走とは己の無知に固着する欲望のこと。
「三方一両損という交渉術」
・3人全員が損をすることで丸く納める。2者のどちらが正しいのかを決めるのではなく、角を取り丸く納めて、仲の良い関係を築くことを目的にしている。誰も利益を出さないので、正しいソリューションではなく、全員にとって同程度に正しくないソリューションに持っていく。こういう落とし所の見出し方もある。正しさが全てではない。 -
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“「登場人物に共感できるかどうか」を基準にして本の良否を決めていたら、ドストエフスキーなんか誰も読みませんよ。「共感ベース」というは言い換えれば、「自分にわかるもの、自分がすきなもの」には価値があり、そうでないものは無価値だという自己中心性のことだと思います。”(p.153)
“僕自身は「ほんとうの自分」などというものにぜんぜん興味がありません。そんなもの、どうだっていい。そもそも昨日の自分と今日の自分が同じ人間だったら、生きている甲斐がないじゃないですか。”(p.133)
“翻訳の本質は「憑依」だと思います。他者の思考や感情の流れに同調・同期してしまうこと。この「自分を手離す」という経験かわ「すごく好き」という人が時々いるんだと思います。”(p.100)
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動乱期!混迷でも混乱でもないこのタイトルからしてザワザワする感覚を覚えます。今思えば昭和の時代の、のほほんとした世界からと比べると明らかに異なる世界に居る感覚を覚えます。あの頃はよかった…なんてノスタルジーに浸っていることも今となっては許されない気がします。
内田先生と山崎雅弘さんの対話は、この「底の抜けた国」「三流腐敗国」に生きている私たちに現実を突きつけます。見ないふりをしてきても薄々わかっていて知らないふりをしても、これを読むとやっぱりそうか…と落ち込みます。
今の日本は、沈みかけている泥舟という指摘は、政治家などの支配層の劣化(良識がない者の増加)、民度の低下(思考停止になっている国民)、メディアの凋落(無批判)、野放図のSNSが跋扈(フィルターが存在しない)…に現れています
そして、歴史的にも戦前の日本の国民の意識や日本軍の参謀本部の組織のあり方、失敗のパターンが今も随所に繰り返されていると言います。
世界を見渡しても、米国を始め特徴的な指導者が目立ち、歴史の畝りの中で翻弄されているようです。
今の子どもたちが成長している頃には、少しはマシな指導者が育っているのか、はたまたこのまま日本は凋落の一途をたどるのか…(マシな人は政治家にならないようですが)楽観的な展望は見えないのですが、それでもこの本でどれだけ絶望的に思える状況であっても、あきらめないしぶとさと知恵を持つ。人類の文明は「三歩進んで二歩半下がる」ということの繰り返しとあります。こんな現状にせよ安易に不和雷同するのではなく、自分の頭で考え行動していきたいと思います。