内田樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
わたしは中1から村上春樹が好きで読んできたし、何度も何度も読んだけど、わたしの読み方はまだまだだなあと思った。
こんな読み方があったんだ、と驚くと同時にこれだけ何度も繰り返し読んで来てもまだ新しい面がいくつもある春樹の小説は本当にすごいと思う。春樹の小説が好きなのは何度読んでも違った発見があって、何度読んでもわからなくて、でも居心地が良いから何度でも読めるためだと思う。
しかし内田さんが春樹論を書いてるとは知らなかった。ソシュールについての文章を読んで、この人は頭も人も良さそうだと思っていたが、無意識のうちにわたしの好きな価値観の匂いを感じ取ってたのかも。やっぱり春樹の小説が無意識レベルまで深くわたしの根っこに関わってるんだと思う。
内田さんのわかりやすくリベラルでユーモラスな語りもとても良かった!素敵な人だなあ。他の作品も読みたいです! -
Posted by ブクログ
すっかり内田樹にハマッています。
内田氏の著書は、(勝間氏などの書く)ビジネス書及び自己啓発書と比較しながら読むととても面白い。結構正反対の事を言っていたりする。それなのに、双方に説得力があったりするのが不思議に感じる。
けれど、総じて感じるのは「内田氏のほうがより大人だ」ということ。なんだか懐が深い感じがする。勝間氏らの書くビジネス書が、分かりやすく明確に伝えるために切り捨てている(一見どうでも良さそうに見える)部分を、丁寧に掬ってあげているのが、内田氏の書なのではないか。
だから僕のように「若さをエネルギーにいろいろな自己啓発本を読んだけれど、大体同じことを言っているしもうそろそろ飽きたなあ」と感じ出した人は、是非内田樹を手にとって欲しい。「人生って深いんだなあ。」と思うこと請け合いですから。 -
Posted by ブクログ
内田樹の書いたものを読むことはとてもスリリングな経験である。スリリングといってもジェットコースターに乗って「あぁぁー」と叫ぶ類の楽しさを伴った経験というわけではない。内田樹の取り上げるテーマについて自分の考えている由無しごとが如何に考慮不足であるかをビシッと指摘されることに対する恐怖感を伴った経験なのだ。
だから内田樹が一度でも自分が考えをめぐらされたことのあるテーマについて語る時、批評家のサービス精神旺盛な文章を楽しむより前に恐怖感の方が先行してしまう一方で、自分が何の意見も持たないテーマについて評論が記される時、比較的安心して文章に没頭できる。例えば、中国論は気楽に読めた。しかしユダヤ論は哲学者内田樹の本領発揮という感じで恐怖に耐えるしかなかった。その意味において村上春樹をめぐる批評は自分にとって安全地帯である筈だった。自分は村上春樹とほぼ無縁で生きてきたからである。
村上春樹が話題になる前後、自分はヘッセとクリスティばかり読んでいた。特にヘッセは、川上弘美がどこかで指摘していたが新潮文庫の外国文学では一番が振られていて書店の棚を端から読み倒してやろうとする無謀なものにとっての入り口となっていたように思う。そこから先へ進むこともなく(もう一方で早川の並び「ア」で捕まって)そればかり読み倒し、そこから他の書店から出ている同じ著者の本を漁り、自分のイニシャルがヘッセと同じ文字を含むことをいいことに薄水色のカバーに書かれたヘッセのサインを真似て練習したりしていた(それなのに今なにも覚えていないのが悲しいが)。
その後は技術書ばかり読む生活を送り、村上春樹を読むようになったのは「象の消滅」からで、そんなに思い入れもないことから安心して読み始めたのだが、それはとんでもない誤解であった。
村上春樹論を通して自分の無思慮さ加減がビシビシと指摘される。グサグサと刺さってくる内田樹の言葉をうんうん唸りながら受け止める。それでも内田さんの展開する論理的批評に納得させられてしまう自分がいる。最近、リービ英雄の「千々にくだけて」を読んで感じたこと、言葉をスイッチすることによって変わってしまう何かについて考えたことが、より鮮やかに説明されているのを発見して、ぐぅ、と唸る。そうそう、そういうことが言いたかったんです内田先生。
数少ない村上春樹体験を通して感じていた低温さ(あるいはそれが翻訳された外国文学を意識したスタイルということかと思っていたが)「死」ということと密接に繋がっているという指摘を受けて、そうかと一人感心する。そんなジェットコースターを降りた後のような、脳も身体も痺れさせてくれる内田樹の書いたものを好きにならずに居られない自分の性をとても恨めしく思う。
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Posted by ブクログ
内田樹の本を初めて読んだがすごく面白かった。韓国の方の質問が鋭い。本文の中で内田樹も書いているが、日本だったらないような質問(右翼・左翼の話、知性の話など)が多く、韓国の若者は本当に日頃から様々なことを考えているんだなと感じた。本書のような質問形式の本は、回答者が質問の意図を理解した上でスカした回答をすることも少なくないが、内田樹はどの質問にも正直に、誤魔化すことなく回答してくれている感じがして、真摯な姿勢に好感を持った。若者が望む自分の周りにいて欲しい大人ってこういう人だよなと。タイトルに惹かれて読んだけれど、質問回答そのどちらも含めて、全ての文章が“知性とは何か”を語っているように思う。
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Posted by ブクログ
電車は時間通りに運行することが常識だったり、マナーに外れた人へのまなざしだったり、実はイスラムの戒律より日本の文化の方が厳しいのではないかという指摘は、まさにそうかも知れないなと思った。豚肉が食べられないのだって、そう言う文化がなくて国内では売ってないので、我慢している訳ではない。これは考えてみると日本人が犬を食べないのと同じことかな。韓国では、たしか来年から法律で禁止されるらしいけど。。。
吝嗇は最大の恥である。遊牧民族と農耕民族の文化の違いが、宗教や文化的な考え方にも影響している。アメリカのグローバリズムとイスラム文化圏の対立の話など、想像以上に面白いしスケールが大きい話だった。
イスラム文化圏の話って、今までほとんど情報を入れてこなかったので知れば知るほど、目から鱗が剥がれていく感覚があって気持ち良い。 -
Posted by ブクログ
20年以上前の本だけど、今と問題は変わってない。国民の総消費者化、関係性の希薄さ、未婚化・非婚化利己主義、助け合いやかかわり合いの否定、モンペ、資本主義化、本を読む人が減ったり文化資本の格差が進んだり、、。こんな風に警鐘は鳴らされていたんだな、と思う。特に文化資本格差から経済的格差も開いていくけど、そもそも文化資本格差ってのは周りに文化資本が高い人がいない限り気づきようがないから知らぬ間に開いてしまうというのは確かにと思った。
でも、この頃は教師ってのは人気職業だったんだな。常に完璧が求められるから大変な仕事とは言われてるけど、システムをなんも変えずにきたから今は指折りの不人気職になってしまったんだなあ。
・子供たちは消費者マインドで学校教育に対峙している。支払うのは耐え忍ぶという「不快」、それに対し貰うのは「学習」。納得する学習でなければ買う価値はなく、支払う耐え忍ぶという不快な時間も減らそうとする、値切ろうとする。
・自分たちが生きているのは努力と成果が相関しないリスク社会であるということを認め、それゆえ「努力してもしかたがない」という結論を出しているのは、いちばん多くのリスクをかぶっている階層。リスクを受けにくい人は努力が報われるとは限らないとわかっていながら努力できる層。家庭でも、親がどの立場かによって子供の努力志向が変わる。負のループがなくならないのはこれが理由。