あらすじ
構造主義という思想がどれほど難解とはいえ、それを構築した思想家たちだって「人間はどういうふうにものを考え、感じ、行動するのか」という問いに答えようとしていることに変わりはありません。ただ、その問いへの踏み込み方が、常人より強く、深い、というだけのことです。ですから、じっくり耳を傾ければ、「ああ、なるほどなるほど、そういうことって、たしかにあるよね」と得心がゆくはずなのです。(「まえがき」より)
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Posted by ブクログ
自分で買いたいくらいいい本
良い専門書は「私たちが知らないこと」から出発して、「専門家が言いそうもないこと」を拾い集めながら進む(中略)私たちはなぜそのことを知らないままで今日まで済ませてこられたのか」を問います。
と書いてあった。
哲学者なだけあって普段から色々考えてるんだろうな。そうでないと出てこないだろうな。
構造主義について置いとくとしても、前書きでいいこといっぱい言ってる。
○気になったこと
コピーライトとはヨーロッパ的 無から創造した造物主がその利益を取るのは当然。作品を理解してるのは創造主だ。(イデア的発想かな。)
作者が何を言いたかったとか考えてないことがわかったら、初期条件を考えるようになった。
→考察ってこういうことから?
現代の考察って加えて作者が解説したりするので、そうとも限らないけど、そういう流れの中にあるのかも。
147「ある領域について概念や語彙が豊富であるということは、その集団がその領域に対して深く関心を持っている
→出世魚みたいに細かく決まっているのは食べるなり売るなりで興味があるからだなと。
147あらゆる文明はおのれの思考の客観性指向を過大評価する傾向にある。
→自分もそうだとハッとさせられました。自分は客観的に判断できているということこそ、過大評価なのだ。
最後の方はちょっとだけ難しくてよくわからなかったけど。また読みたいなとおもいました。
Posted by ブクログ
難解な思想について、専門用語をきちんと整理し、たとえ話を多用しており、分かり易く読めました。
そんな見方があるのか、とか、そう捉えるのか、など、日常で触れているものや言葉について、新たな視点を持つ事ができました。
構造主義という、固い言葉でなんだかとっつきにくいですが、読み終わった時は、「これも構造の一つかも」と私の頭で扱えるようになったのには、驚きました。
Posted by ブクログ
「構造主義」についての解説本。
めっちゃわかりやすかった。
内田樹の他の本も読みたいと思ったし、
今回の本で紹介された、名だたる構造主義者たちの本も読みたいと思った。
ただ、レヴィ・ストロースについて、「なぜ近親相姦をしてはいけないのか」という問いの答えとして「女のコミュニケーションを促すため」と提示されたが、そこについての具体的な説明が特になかったので、気になった。今後時間があれば、レヴィ・ストロースの本も読んでみたい。
Posted by ブクログ
目から鱗!面白かった〜〜! 簡単に寄り添って書いてあって優しい笑 まえがきから面白い。 ざっくり説明だから全く本質的には学べてないんだろうけど、だったらこういうこと?だったらこれは?と考えながら読めるのが楽しくていい時間だった。 哲学って、言葉遊びで、屁理屈で進んでいく感じが面白い。そういう考え方もあるのか!さすが思想家は違う、、と驚嘆する笑 理系の勉強ばかりしてきたから背景知識も思考体系も文系とは全く違うんだろうなー残念だな〜と思った。 構造主義からの現代思想の流れを今度は知りたい 面白かったー!!内田樹さん凄すぎ
Posted by ブクログ
十数年ぶりに再読。
自分、自分の思索の独立性や独自性を根本から問い直す契機となる本です。
「自分こそが正しい」という感覚が少しでもある方、健全なバランスを己のうちに取り戻す処方箋は、この本かもしれません。
いろんな思想家の考え方が紹介されていますが、自分が今回最も引き寄せて理解しやすかったのは、ラカンに関する説明にあった下記の記述でした。人間の赤ちゃんが自己を認識する過程についての分析で、自分の子どもを見ていても首肯できる部分が大いにありました。
―人間は「私ではないもの」を「私」と「見立てる」ことによって「私」を形成したという「つけ」を抱え込むところから人生を始めることになります。「私」の起源は「私ならざるもの」によって担保されており、「私」の原点は「私の内部」にはないのです。(p.172)
Posted by ブクログ
まえがきに、専門書のしくみを簡単に書いてくれていて、構造主義云々の前に、新書ビギナーにも易しい
このような新書を、体感を持って読めるようになっているのは、社会との交わりや普段の思考において、「考えたことのある」事柄が非常に増えているから
言説→本の中に出てくる例示(→自らの体験)まで思考ながら読めている
村上龍のインタビュー、読んだ本が繋がっていく感覚
なんらかの、誰かの、症候の寛解をめざした現実の再現でも想起でも真実の開示でもない、「創造行為」
ラカンは、鏡像のところは難しかったが、精神分析のところはすっと理解できた気がする
鏡像の部分を乗り越えると、自分の在り方やコミュニケーションに不調を抱えている人に対するカウンセリングともなりうる、非常に面白いラカンの解説が待っている
この部分はいつまでも読み返す文章になるのでは
あとがきにあるように、落語『千早ふる』のようなスタイルで、というのが内田樹のやわらかい語り口をわかりやすく表している
メモ
まえがき
よい専門書は「私たちが知らないこと」から出発して、「専門家がいいそうもないこと」を拾い集めながら進む
根源的な問い(人はなぜ死ぬのかとか)に出会う可能性が高い
その根源的な省察に基づいて、知識や情報がもたられる
第一章 構造主義前史
構造主義とは、私たちはある時代、ある環境のもとで生きていて、その条件が考え方やものの見方を決定している
自分が思うほど自由に主体的にものを見ていない
この事実を徹底的に掘り下げたことが構造主義の功績
・構造主義の源流にあるのはマルクス
マルクスは、存在することに軸足を置いた伝統的な人間観から、行動することに軸足を置いた人間の見方を考えた
大切なのは「自分のありのままにある」に満足することではなく、「命懸けの跳躍」を試みて、「自分がそうありたいと願うものになること」である
人間は行動しものをつくり、その「作られたもの」が人間に向かって、自分が「何ものであるか」教えてくれる
マルクスはこれをヘーゲルから受け継いだ 動物は「自己意識」をもたない(=「私の意識」から出られない
天動説的人間観から地動説的人間観
・フロイト
無意識の部屋 抑圧のメカニズム
人間は、見たくないものから構造的に(無意識の部屋、番人)目を逸らし続けている
マルクスは、人間は自由に思考しているようでいて、実は階級的に思考しているといった
フロイトは、自分がどういうふうに思考しているか知らないで思考している、といった
・ニーチェ
われわれはわれわれ自身が何者であるかを知らない
その身になってみないとわからない 理想的な観客は「コーラス」
ギリシヤ悲劇の中でコーラスは物語を現実のものとして捉えている
なぜ現代人はこんなにバカになったのか?を問い続けていた
大衆社会の人々は畜群 他の人同じように振る舞う
みんなと同じであることに幸福な快楽を見出すものが奴隷
貴族はそれを助け出す、自由で無垢で気高い存在とした
これを極限まで突き詰めたのは超人
ただし、それには畜群のような罵倒される存在が必要となるという欠陥があった
内田樹はこれが反ユダヤ主義的思想に繋がったとしている
第二章 始祖登場
ソシュール
ことばとはものの名前ではない
聖書では、人間がいろんなものに名前をつけたというが
それ以前からそれらは存在していて、ことばによって世界を切り分けているに過ぎない
私たちの心や内面や意識は、ことば(主に母国語)にのよって事後的に得られた言語記号の効果 日本語の「肩を凝る」と英語の「背中を折る」
また、持論というものも、その多くは誰かから聞いたことの繰り返し
私のアイデンティティは、「そのほとんどが外来から到来したもので構成された私」が語ったことばを通じて事後的に知らされる
このことが、根強く西欧にあった(いまもある)自我中心主義に致命的なダメージを与える
第三章
いま ここ 私 を最高到達点とみなすこと = 人間主義
しかし、フーコーは、歴史は一直線ではなく、選ばれなかったたくさんのファクターがあるといった
コロンブスの卵の例 たまたまいま、車は車の形をしていて、電車は電車の形をしているが、語られていない抑圧されている歴史や物語がある
狂人は市民と別枠だったので役割があったが、
市民の枠に入れられたことで、監禁された 狂人とか「をんなものぐるひ」とか
司法から医療が判断を下すように
体も社会制度 ナンバから矯正された歩行
軍隊の体操、体育座り(手足の自由がなく、浅い呼吸しかできず、前しか向けない)子供に対する暴力虐待
道徳の向上、近代的国家体制
森有礼が体操を教育に導入
山縣有朋が徴兵制を導入
王には二つの体がある
市民と同じ身体と、政治的身体
大逆罪に対して車裂きや火刑があるのは、王の政治的身体を犯す、弑逆者の政治的身体を殺すため
性に関する言説を含めて、
権力はあらゆる人間的活動を分類し命名し標準化しカタログ化する
ストック趨向性 その営みが権力的
皮肉なことに、人文学者はまずフーコーを読まなければいけない、という権力=知、標準なの圧力・趨勢が生まれている
(フーコーも予知していたはず)
第四章
バルトは記号学の大家
将棋中に歩がなくなった
「蜜柑の皮」を「歩」に見立てよう これが記号
自然的、社会的な結びつきがない
トイレの入口にあるシルエットと紳士用トイレは、現実的な連想で結ばれているので、記号ではなく象徴である
ラング(≒国語 完全にイコールではない) 日本人にとっては日本語
スティル = その人がもつリズム感や速度や比喩などの好み
私たちは自由に発想し書き物をしていると思っていても、この二つの不可視な規則に従っている
ラングは外側から、スティルは内側から
第三の規則がエクリチュール = ことばづかい
書き手がおのれの語法の自然を位置付けるべき社会的な場を選び取ること
少年がいつしか一人称を「ぼく」から「おれ」に変えるように
スティルはあくまで個人的な好みであるが、エクリチュールは集団的に選択され実践される好み
営業マンの・・・、医者の・・・、政治家の・・・ など様々
無徴候的な言葉遣いは危険 一見中立的で客観的だから 覇権を握った語法
また、再読すると見方や解釈が変わるのは、読み手が変化するから テキストと読者は双方向的
また、文学において作者の意図を読み取ることは徒労に終わることもある
なぜなら作者が何もかも理解し意図して書いているわけではないから(例:村上龍のインタビュー つい最近読んだ河合隼雄の本にも同じ話が出ていた)
テクストという概念 織り物
様々なファクターが混ぜ合わせられており、「純粋なことば」は幻想である
Linuxがオープンソースにしたことと、このバルトの考え方は共通するところがある
バルトはエクリチュールの零度として、日本の俳句を挙げた
「無根拠に耐えうる」「どこにも着地できないで宙吊りでいられること」を保存しているとバルトは考えたから
西洋の言語はどこまでも解釈をもとめる
第五章
サルトルの実存主義に志望宣告を下したレヴィ=ストロース 構造主義が名実共に始まった
サルトルは、ハイデガー、ヤスパース、キルケゴールらの実存の哲学に、マルクス主義の歴史理論を接合したもの
生産=労働などを通じて自分を知る、と通ずる
実存は本質に先行する
我々は戦後生まれでも、南京虐殺のを追及されることがある
これがアンガージュマン(≒参加、拘束されること)
参加する主体は、決断を迫られるが、正解を知らないはず
サルトルは、主体は状況に応じて、政治的に正しい選択をおこなうべきであり、その正当性はマルクス主義的な歴史認識が保証するとかんがえた
神の視点 → 歴史
未開から文明へ、停滞から革命へ これが正しいと考えた
レヴィ=ストロースはフィールドワークを経て、文明人と未開人においてその客観性や思考に優劣はないとした
未開人は歴史をもたないものもある 参加も決断もない
世界を自分たちの暮らしに合わせて思考するのは人間として当たり前であり、文明のあるなしや実存主義の歴史は正しいという考え方には誤りがある
音韻論と親族関係
世界中の言語の音は12ビットで表現できる 0/1の二項対立
親族関係も同じで、兄弟姉妹・親と子・夫婦の3種類 親族の基本単位
父と子が仲良ければ叔父とは仲が悪いなど、構造的に表現できるとした
そしてその構造は、近親相姦(贈与)を避けるために成り立っている
(贈与には反対給付が発生する)
人間社会は同じ状態であり続けることはできない
私たちが欲するものはまず他者に与えなければいけない
人間が社会構造を作り上げてきたのではなく、社会構造が人間を作り出す
人間は生まれた時から人間であるのではなく、ある社会的規範を受け入れることで人間になる
反対給付、負い目、義務感に見られるように、隣人愛や自己犠牲を否定するものではない レヴィ=ストロースは、隣人愛や自己犠牲を人間の余剰ではなく「起源」とみているのだから
第六章
幼児は鏡を見て私を認識する
しかし鏡に映る自分を私と認識する=自分の内部にない私が原点となるため、この鏡像段階を通過することは、人間が私の誕生と共にある種の狂気をやむことを示している
精神分析は自我ではなくことばをたよりに進めていく
記憶を語ってもらうが、それは真実は違うことを認識しなければならない
満たされなさなどによって生まれることばをたよりに物語を紡ぎあげ、抑圧されたものを移転したり翻訳したり取り替えたりすることが治療
内部にわだかまる「何か」が「別のもの」に姿を変えて身体の表層に露出した、一つの「作品」
精神分析の使命は「真相の究明」ではなく「症状の寛解」
これは物語の使命でもあるのでは
自我と私の違い
自我は、ことばでなかなか言い表せられないが、あることはわかる
言葉を呼び寄せる自我のようなもの
フロイトは自我を「ことばの核」とよんだ
私は、対話の中で自己同一化を果たす主体
自我と私の距離をできるだけ縮小するのが精神分析家の仕事
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分析家と被分析者のあいだの即興的で一回的なことばのやりとり、それは音楽の比喩を続けるなら、むしろジャズのインプロヴィゼーションに近いのかもしれません。
代替不可能の「コラボレーション」
私が自分の過去の出来事を「思い出す」のは、いま私の回想に耳を傾けている聞き手に、「私はこのような人間である」と思って欲しいからです。私は「これから起きて欲しいこと」、つまり他者による承認をめざして、過去を思い出すのです。私たちは未来に向けて過去を思い出すのです。
分析者と非分析者のやりとりは、一つの物語世界を構築してゆきます。
その物語がめざしているのは、楽曲がどのような意味でも「現実の再現」ではないのと同じように、現実の再現でも想起でも真実の開示でもありません。それは一つの象徴化作用にほかなりませんし、極言すれば、一つの「創造行為」なのです。
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他者とことばを共有し、物語を共有すること それが人間の人間性の根本的条件
ラカンが言う社会化=エディプス
父の否ー父の名
母親との癒着を切り離し、ものには名があることを伝える
切れ目を入れることと名前をつけることは、言語学的に言えば記号による世界の文節であり、人類学的に言えば、近親相姦の禁止
古くから伝わる物語は基本的に不条理なもので、「努力は報われる」ような話は誰かがリライトしたもの
瘤とりじいさんの不条理 そして鬼がどんなものであるかは問題ではない 世界の文節は私たちの到来以前に終わっている
カインとアベルの話と似た説話構造
(追記:聖書のヨブ的な?)
我々は、理不尽な決定を下すものに恐怖を抱く
だからいくら権力の座にあっても、アメリカ国民はアメリカ大統領を畏れない
ヤクザの恫喝や昔ながらの警察の取り調べのようなものに恐怖を抱くように、我々は社会化される(それが社会化の教育的効果)
神話、民話、宗教、社会理論、政治的イデオロギー、科学
人間は人生で二度、詐術にあう
鏡像段階で、私ではないものを私と思い込むこと
エディプスにおいて、おのれの無能と無力を、(精神分析でいう)父による威嚇的介入の結果だ、と「説明」すること(自己実現がうまくいかないことを理不尽が理由だと考えること、そしてそれを成熟だと思うこと)
ことばそれ自体に価値がある 理解ではなく「返事」に意味がある
贈与と嘉納・返礼の往復に意味があり、それによってコミュニケーションの不調に陥っている非分析者をコミュニケーションの回路に立ち戻らせる
これこそが、精神分析に限らず、私たちが他者との人間的「共生」の可能性を求めるとき、常に採用している戦略
「治る」というのは贈与と返礼の往還運動のうちにもどるということ
Posted by ブクログ
繰り返し読みたい本だった!
難しいなとハードル高く感じてしまいがちな哲学(構造主義)について、例も多用しながら分かりやすく書かれていた。
エクリチュールの話で、語り口の変更によって無意識的に外見、生活習慣までも変化していくという話がとても興味深かった。
Posted by ブクログ
おそらく高校生の倫理の授業で、初めて出会った構造主義。それ以来、なんだかずいぶんと小難しく捉えて、道具として仕舞い込んでいた。
大人になったからなのか、この本が簡潔に使い方を説明してくれているからなのか。
やっと使える自分の思考ツールのひとつになった感はある。
Posted by ブクログ
「現代思想入門」からこちらへ。寝ながら読めるほど自分には優しくないが(むしろ頭が冴える?)、「現代思想入門」にもあったトピックをもう少し掘り下げてくれる。教科書的にというより面白いところを紹介してくれる感じで。
構造主義とは、人間は自分で判断や行動の「自律的な主体」であると信じているけれども、実は自律性はかなり限定的で人や世界の構造的な事実(時代、地域、社会集団の歴史や常識等の無意識なところ)に基づいて成り立っていると。その切り口として権力論のフーコーや言葉遣いのバルトや文化人類学のレヴィ=ストロースや精神分析のラカンを取り上げて説明している。特に後の二人の話はへーと刺激的。
歴史は文化によって違う。文明社会の常識だけが真理でないことをフィールドワークで導いた文化人類学に興味。人間が社会構造(家族を含めた人間関係含め)を作るのではなく、社会構造が人間を作る。贈与と反対給付(お返し)の義務感の連鎖が変化を引き起こし親族的構造が維持される。変化ないものは滅びる。振り子でも螺旋でもよい変化するものが生き残る。なぜ?の根本は分からなかったけど。へー。
精神分析でいくら語っても真実(自我)には辿り着けない可能性がある。記憶は確かではない。被分析者は自分ではない誰かについて語り虚構を作り上げる。本当の中心には触れられないから。でも治療(?)としてはそれでいいらしい。真相を究明することが目的ではなく、被分析者との対話を通じて抑圧された記憶の別のものへのすり替えて症候の寛解ができればよいと。へー。
フーコーの権力による統御の話は、心療医療も、刑罰も、ナンバ歩きも、体育座り、体操も怖い話である。当たり前だったことが、そういうことだったのと。へー。
Posted by ブクログ
構造主義というものをネット検索しても
「私たちの思考や行動は、所属している社会や文化によって決められている」という文言に肌感覚的にピンとくるものがなく、初心者でもわかりやすい書籍は無いかなと探してたら、これを見つけたので購読。
読み進めていくうちになんとなーく構造主義というものが見えてくるし、
現代思想に疎い私でもわかりやすく書かれていると思う。
私の理解では、人間が生きているうちに獲得した概念や言語、習慣により身に着けた文化や想いにはカテゴライズされた名前(記号)が付けられていて、人間はその「構造」に左右されて考えさせられているため、その「構造」から外れて物事を考えることができないということかなと。
そのため人は外的要因により自己を形成していくし、外的反応により自己を認識できるのかと思う。
新しい価値や教養を獲得すれば世界が広がり、ある特定の「構造」に囚われれば心理的盲目になる。
生活習慣を改めれば体調がよくなり、心も洗われるなんてことがよく言われるが、それも「構造」の力かも?と思ってみたり。
部屋がきれいな人は落ち着いている人が多いとか(笑)
Posted by ブクログ
2025/6/3
「この本を読めば構造主義について理解できる!」とは言えないが、「自分」というものが思った以上に「自分以外」によってかたちづくられている、ある種決定されているような気はした
そんな感覚を残してきたこの本はそういう意味で構造主義を体感させたのかもしれない、そしてそういう意味で「構造主義の入門書」として名著とされているのかもしれない
Posted by ブクログ
「関心の深さや細かさの違いが言葉を決める(=知的能力の差ではない)」
これは、現代日本でまかり通ってる風潮がいかに空虚なものか教えてくれる。
知ってる人、エリート、論破できる人こそ賢い。的な風潮がいかに空虚なものか。
たしかに、私と違う人は違うことに関心と知識を抱いており、それが知的か否かとは関係なく、それぞれの世界に必要な、ことを知っているし関心を持っている。
「実存主義は死んだ」
実存主義はその単線的な見方及び、存在するものの本質があるという姿勢が、故に我こそは正しく、我こそは進歩の頂点にいる。と考える。
それは傲慢であり世界、とくに歴史を説明できない。と実存主義の死を宣告したのがレビィストロース。
「功績は後世が証明する」
とよく言うものの、その後世なる時の価値感なりの尺度である。
そして、絶対的ではないが故に真の正しさや正義なんてない。ってことを言ってる。
だから、他者との関係とそのインストールされている前提の差の中で、常に謙虚であらなければならない。
と理解したけど、構造主義ムズいぞ。。。。
Posted by ブクログ
「寝ながら学べる」とのことだったが、私の頭では「寝ながら」では難しかった。特にラカン。
しかし、筆者も書いているように「たとえ話」がたくさん盛り込まれているため、最終的にはまあまあ理解できたかなと思う。熊ちゃんのパジャマを着て寝るわけには行かなくなるという箇所は面白かったが、すっと納得できた。
Posted by ブクログ
大学生以来の再読。
当時は理解できていなかったことが、分かる嬉しさ。
『「入門書がおもしろい」のは、「誰も答えを知らない問い」をめぐって思考し、その問いの下に繰り返し繰り返しアンダーラインを引いてくれるからです。』
構造主義というのは・・・
私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。
構造主義について代表的な思想家の考えをぎゅぎゅっと濃縮して解説してくれる。
フーコーとレヴィ・ストロースを読みたい!
Posted by ブクログ
構造主義について、レヴィストロースだけでなく、様々な観点で概要を知ることができた
寝ながら学べる、とある通りページ数も少なく読みやすかった
反対に言えばあくまでカジュアルな内容なのだ、本格的に学ぶためには他の本が必須であろう
Posted by ブクログ
この本の印象に残った内容に、フーコーの歴史について考える際の問いである(以下引用)「これらの出来事はどのように語られてきたか?」ではなく、「これらの出来事は、どのように語られずにきたか」(引用終わり)
という視点には成程と気づかされた。
哲学書は分かりにくい本が多い印象ですが、世に出てる本の中では読みやすい本だと思います。細かく読めば分からない部分はたくさんありますが。。。
構造主義と言うものの考え方、概要の理解はできたと思います。
Posted by ブクログ
構造主義とは何か?ということを考えるにあたり、我々の中に常識としてインストールされているが故にもはや何かわからないんだなと。ある物事について、多様な視点から物事を考えるというのは、そもそも常識ではなかったんだなと。
構造主義の代表的な思想家として、フーコーが紹介されており、個人的に印象深かったのでメモする。
> 狂人は「別世界」からの「客人」であるときには共同体に歓待され、「この世界の市民」に数え入れられると同時に、共同体から排除されたのです。つまり、狂人の排除はそれが「なんだかよく分からないもの」であるからなされたのではなく、「なんであるかが分かった」からなされたのです。
なるほど。今でも精神病を抱えている人は、きちんと病名をつけられて常人とは違うものであると判断できるが故に、排除の対象になるのかと。
あくまでフーコーの視点であるものの、狂気は分かってしまうとそれは狂気ではなく、排除すべき対象に成り下がってしまうというのは鋭いなと思った。
Posted by ブクログ
作者の言うとおり、人生を積み上げるにつれ、深く納得していくような話なのかもしれない。
それでも若いうちに、大まかな道筋のようなものを提示してくれた先人とわかりやすく解説してくれる著者に出会えてよかった。
レヴィ=ストロースとラカンの解釈が特に腑に落ちた。
Posted by ブクログ
3度目の再読。構造主義が少し理解できた。対象物からどう意味を抽出するかという方法論的な本ではなく、ソシュール、フーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンたちがどうやって世の中を定義し意味付けしてきたか
Posted by ブクログ
【2015年11冊目】
久しぶりに知的好奇心を揺さぶられる新書でした!
「構造主義」がなんなのかは結局まだよく分かりませんが、内田樹さんの読みやすい文体のおかげで、構造主義に影響を与えた思想家たちの考え方のほんの一部くらいは理解できました(^^)
難しいことを噛み砕くってなかなかできないので、著者の頭の良さに脱帽です!
2020.25th
5年ぶりの再読。☆×3
とにかく難しかった。5年前より頭が固くなったか、それとも5年前には分かったフリして感想書いたかどちらかでしょう(笑)。
2026.10th
6年ぶり再読。☆×3.5
やっぱり寝ながらでは学べないw
難しい…汗
各章ごとの言いたいことは何となく分かるんだけど、そこから演繹的に「じゃあ構造主義とはなんぞ?」と説明できるかというとフワッとしてるw
こういう考え方もあるんだーっていう頭の体操的な読み方をする分には楽しい(それでも難しいけど。)。
Posted by ブクログ
さくさく構造主義の歴史やざっくり誰が何を言ったのかを知ることができた。どういうこと?と思う思想もあったけど、内田樹も若い頃はちんぷんかんぷんだったそうなので、歳を重ねてから、改めてこの本で紹介された哲学者たちの本を読みたい。
Posted by ブクログ
ここ最近は実存主義にどっぷり浸かってふやけてきつつあった。レヴィ=ストロースがサルトルの実存主義を批判したことを知り気になり、まずは入門からということで本書を手に取る。
「人は世界に生かされている」という感覚に似ていると思ったが、実存主義を批判するほどではないと思った(笑)
Posted by ブクログ
"寝ながら学べる"といいつつ、寝ながら学べるほど簡単ではなかった(笑) というのが最初の感想。
2回目読むともうちょっとすんなり入ってきそうかも。でも、他の専門書や入門書よりは確かにわかりやすく表現されているのかもしれない。
今では当たり前となった「構造的に物事を理解する、説明する」概念としての構造主義を、さまざまな哲学者の歴史的なバトンを引き継ぎながら述べている。
最終章のラカンの精神分析の話は「カウンセリングとは何か」を読んでいたから理解しやすかった。
もう一回読んでみようかな。
以下、メモ
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善悪の観念は元々あったまのか?違う。みんなが自分の利益を追求する社会の場合、他人から奪い取ることが正当化される。結果、自分の資産が保護できない。だから、自分の資産・利益を最大限にする前提で、他人の資産は手を出さないようにする→これが規範の根本の考え方。そのために大衆を束ねる司法や政府ができた。
これが加速して、大衆は「みんなと同じである」ことが目的となった利他主義になってしまった。ここに自分の利益を最大化する目的はない。頭で考えることをやめてしまった。これを批判しているのがニーチェ。
ニーチェは大衆にならないために、貴族であれ。もっというと超人であれ。という。しかし、超人がどういうものか、は定義されてなく、「どういうものでないか」だけ定義している。だから常に自分が大衆より上であることを確認できるように下の大衆を置いておかないといけないという、なんとも感じの悪い定言がなされている。
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ここまでが地ならし。
ここからが構造主義の始祖。
言語はいかにして生まれたか。
星空を見て、それをただの星として見るか、星座を知っている人には多くの星座が見えるように、枠組みをどのように設けるかが言語の役割。
日本は「肩が凝る」という表現を疲れたニュアンスで使うが、英語では” have a pain on the back.”というらしい。つまり、背中に痛みを感じるということ。人間の作り上痛む場所は同じだが、苦労したというニュアンスをどこで感じとるか、どういう枠組みとして切り取ったのかはその言語によって異なる。
Posted by ブクログ
構造主義というものは実際非常に難解なのですが、めっっっちゃ噛み砕いて冗談まじりに言うとこういうことなんだよっていう解説本でした。
ですが、その例え話すら???ってなるくらいだったので、フーコーやラカンといった哲学者の書籍は読めたもんじゃないだろうなと思いました。
とはいえ200ページ無いくらいだったので、入門書にはいいのかも...?
Posted by ブクログ
内田樹先生の「寝ながら学べる構造主義」を読みました。とても分かりやすい作り。まず、構造主義前史があって、全体感をつかむ。それからフーコー、バルト、レヴィストロース、ラカンのそれぞれについてざっくりと学べる。ただ、レヴィストロースがしか良く判らなかった。というかわかったつもりでも記憶に残らなかった。もっと、しっかりと読み込まないと。
Posted by ブクログ
極力分かりやすく説明しようとされていますが「寝ながら」は学べないですね(笑)
そんな簡単ではない。なんとなく分かった気になるには便利な本だと思います。
ちなみに構造主義者としてフーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンが登場してきますが、フーコーとラカンは構造主義なのか?
フーコーは違うと思う。ポスト構造主義じゃないの?ラカンは前期だと構造主義的なところがあるけど後期は否定しているんじゃなかったっけ?
ちょっとこの本ではフーコーの部分が特に分かりにくかったし私自身ほとんど理解出来ていないので別の本で改めて勉強しようと思います。
Posted by ブクログ
正直全然寝ながら学べませんでした!笑
各論?は理解できるけれど、その上でつまり?が分からなかった。常に今のこの話はどう繋がっているのだろう?という疑問のもとにあり。。
わたしの理解力のせいな気もします。読みやすいのですが、構造主義とは、を理解できたとは言えない気がします…。ただ、読みやすいのと入門書であることは間違いないです。うーん、あと2,3周すれば掴めるのだろうか。
Posted by ブクログ
・山形浩生の「翻訳者の全技術」を読んで、そういえば構造主義ってたまに聞くけどなんだろう…と思って買ってみた。人生初の内田樹。(たつるって読むんですね…人文系学生だったのにずっと勘違いしてた)
市民講座の講義ノートが元。
・文章がわかりやすく無駄がなく、若干ユーモラスな箇所もあって読みやすい。
・ある程度の知識は必要。マルクスやニーチェは高校で名前だけ、ソシュールは大学で少しだけやったから何となく分かってるけど、何も知らない状態で読んだら挫折するかも。
・ある考え方を伝え、そのあと歴史その他のエピソードを例にして説明するというスタイルだが、それはあくまで作者の理解であって、例の正当性は担保されてなくないか。(後書きを読んだら編集者の意向らしい)
後書きに「各思想家の専門の研究者ではないのでご了承ください」とあって横転。謙遜と思っておく。
・後半、各思想家の説明に終始し、構造主義とは結局なんなのか?に対する疑問に答えていない気がする。だいぶ失速した感。
・家族構造や精神の成長を「父」で説明しようとするレヴィ・ストロースやラカンの思想に全く共感できない。21世紀の日本で「贈与」とか「女のコミュニケーション」という考え方はぴんとこない。
構造主義的に考えれば、「私はイエに囚われずに自由に結婚して生きている」という感性自体、今の時代のイデオロギーに影響されているだけで、本当は人間社会はずっと「贈与」の仕組みに沿っているし、人は精神において父的な存在を意識することで大人になってきたのか。
ここのところに疑問を覚える人はいないのか。その辺書いた本があれば読んでみたい。