角田光代のレビュー一覧
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言葉が刺さる。
成功がどんなものかはよくわからないが、しかし、何かをやりたいと願い、それが実現するときというのは、不思議なくらい他人が気にならない………
この部分、すごく痛いけど、すごく好き。
人のことをあれこれ言ったり考えたりしてるときって、その物事に夢中でない証拠だなと。努力より夢中や熱中が勝つってよく言うけど、おそらくそれと同じで、そして結構真理だと思う。ただ、この考えの下、自分の状態を厳しい目で見るのは、ひとつの捉え方として持っておくと良いと思うけれど、人が誰かの愚痴や不平不満を言っているときに、この考え方に偏りすぎないように、勝手に決めつけないようにできる人でありたい。それをやってしまったら、結局元通り。
あと、角田光代さんの他の本も読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
最初から最後までひどくふわふわしていて掴みどころのない小説。それは私がこの登場人物に比べて普通な生き方をしているからであって、たぶんこの感覚は泰子が太郎に対して感じる「腑に落ちない部分が怒りに感じる」感覚に似ているのだろうなと思う。そして、文章のみで読者の気持ちをコントロールできる著者の筆力の高さに圧倒させられる。
自分とは違う世界と感じる一方で、「誰かの無意識のきまぐれ」によって自分の人生が大きく左右されていくという感覚はわかる。今自分がいるのも、きっとどこかの誰かが何気なく行動した結果の積み重ねで、その力は時としてとても大きくただ身を委ねる他ない時もある。その力に100%身を委ねて生きてきたのが直子で、一方泰子はその中でも自らの人生の舵を取ろうと決め一歩踏み出す。
「縁」ではなく「誰かの無意識のきまぐれ」という表現があまりに適切すぎて、ふとした時に思い出しそう。 -
Posted by ブクログ
子育ての怖さを感じさせる場面が多かった。確かに四六時中文句ばかり言って言うことを聞かず、自分以外には甘えて自分を貶めるような素振りをされたらたとえ実の子供でも可愛いと思えるか不安になった。
裁判中の供述によって子殺しをした女への見方がグルグルと変わっていくのは角田光代がどちらの立場にも立ってないからなのかと感じた。どちらの視点もフラットに見せているため気持ちよく振り回されてしまった。
善意に隠された悪意は相手を貶め、傷つけ、自分の元から出ていかないようにする愛っていう事が胸に残った。そういう愛し方をしない人間になりたい。
最後の空想シーンは胸が痛くなった、やはり孤独は怖い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中学時代からの親友同士で、高校生の時にはバンドを組んでアイドル並みの人気を博していたちづる、麻友美、伊都子。
しかし、35歳の今、三人はそれぞれの人生に倦んでいた。
ちづるは夫のコネでイラストなどを描いて発表したりもするが、専業主婦とほぼ変わらない生活を送っている。
夫が職場の同僚と不倫をしていることを知っても、悔しくも悲しくも感じていない。
伊都子は売れっ子翻訳家の母との二人家庭で育ち、偉大な母に認めてもらうための人生は間違いだったのではないかと思い始めている。
唯一、バンド時代が人生のピークだったと思い、幼い娘にもスポットライトを浴びるような生活をさせようとお稽古ごとに励む毎日。
3人はたまに会って食事をして、近況報告をするなどつきあいは続いているが、それぞれ自分の生活と友人との距離を感じてはいる。
確かに、35歳ってそういう年齢だよね、と思いながら読んでいたのだけど、どうも3人ともに年齢より幼いのでは?という気がぬぐえない。
そして、全員がスマホではなく携帯を使用している違和感。
あとがきを読むと、かなり以前に書籍化するためにゲラまで進んだが、そのまま忘れていた作品だったようで、今なら50歳になっているはずらしい。
なぜ幼く感じたのかというと、自分の心に蓋をして、現状の不満に目をつぶり、不満を無かったことにするか人のせいにする。
自分の力で先に進もうとしないのは、その手段を持たない子どもだ。
違う道を選んでいたら、どんな人生だったんだろうと思うことは、確かにある。
そしてそんなことを考える時って、現状に何らかの不満があって、きっともうひとつの道が正解だったに違いない、と思ってしまうことも。
伊都子の、母に対する気持ち、恨みのようなものが一番私に近しいと思う。
でも結局母の手のひらから外には出なかったのだ、35歳まで。
一番理解できなかったのが、ちづる。
互いに気を使いながら、心を通わせようとしない夫婦。
なんでいつまでも夫婦なんだろう。
”一分一秒でも幸せだと実感していたい。自分の周囲に空洞があることを許さない。空洞は幸せの対極にあるから”
私は自分の周囲に空洞がないと苦しくなる。
空洞って自由のことだと思うから。
偽の充実で周囲を取り囲んで雁字搦めになりたくはないと思うから。
最後に大きな出来事があって、3人は力を合わせてそれに対処し、そしてその後はそれぞれの足で歩きはじめる。
もう、おしゃれなレストランで一緒に食事をすることはしばらくないだろう。
でもいつかそのうち、少女時代のしっぽを切り捨てた大人同士の友人として、また旧交を温めると信じてる。 -
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角田光代氏は、1967年横浜市生まれの小説家・翻訳家。早大第一文学部文芸専修卒業後、1990年に「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。以降、『対岸の彼女』で直木賞、『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、『紙の月』で柴田錬三郎賞などを受賞し、現代女性の心理や社会との葛藤を描く作品で高い評価を得る。児童文学やエッセイ、翻訳にも意欲的で、紫式部『源氏物語』の現代語訳(全三巻)を手がけた。2025年には『方舟を燃やす』で吉川英治文学賞を受賞。
本書は、月刊誌「ミセス」(2021年休刊)、雑誌『Paper Sky』、JR東日本の新幹線車内誌(月刊)「トランヴェール」、隔月刊誌「旅」(2012年休刊)、月刊誌「文學界」などに連載・掲載された、旅に関するエッセイ50編をまとめたもの。2014年出版、2017年文庫化。
私は、旅好き、本好きな会社員(男だが)で、これまで、小田実『何でも見てやろう』、藤原新也『印度放浪』、沢木耕太郎『深夜特急』のような今や古典ともいえるハードな紀行ものから、植村直己・角幡唯介・高野秀行らのノンフィクション、ジャーナリストらが書く国際情勢を映したルポルタージュ系、そして、(本書のような)比較的ソフトな旅エッセイまで、かなりの数を読んできた。
そんな中で、角田さんの旅のエッセイ集は、『いつも旅の中』、『世界中で迷子になって』に続いて、これで3冊目なのだが、毎回、「旅っていいよな~」と素直に感じるとともに、「やっぱりそうだよな~」と共感すること数多である。
そして、それは角田さんの感性や表現力によるところがもちろん大きいのだが、もう一つは、私が、角田さんとほぼ同世代で、若い頃にバックパッカー的な旅をし、よって、今でも一人で(角田さんは仕事の関係者と一緒のことも多いと書いているが)、鉄道やバスを使って旅することを好みつつ、実際には、物理的にも精神的にも若い頃と同じような旅はできない(けれど、それはそれでいい)、といった共通点が多いからなのだと思う。
なぜ旅をするのか? 角田さんはこんな風に書いている。「私はやっぱり今までの旅で、旅でしか得られない何かすばらしいものを手にしたのだと思う。旅をはじめたかなり早い段階で。そのすばらしいものとは、きっとほかの人にはなんの価値もないことだ。・・・すれ違っただけの人の笑顔やちいさな親切、おいしいものやいいにおい、静止したようないくつかの光景、旅しているときは、ただやり過ごし、見過ごしている。けれど旅を終えたとき、私たちは気づくのだ。それらが、きらきらと光を発しながら自分の内に降り積もっているのを。・・・それがその人を成長させるとか、ゆたかにさせるとは私は思っていない。ただ、静かに内に降り積もるだけ。それを一度知ってしまった人は、面倒でも、疲れるとわかっていても、無益だとわかっていても、どうしようもなく旅に出てしまう。旅に、取り憑かれてしまうのだ。」
純粋に旅心が刺激される一冊と思う。
(2025年11月了) -
Posted by ブクログ
一度は感じたことや見たことはある嫌な人の描写が絶妙
結婚を機に旦那に影響されコントロールされやすい人間になってしまった主人公は裁判員で知ったある母親がおこした事件に自らを重ね人生を見直していく
考えすぎと思う人もいるのだろうけど自分を形作っているのは自分だけではなくて大なり小なり身近にいる人にも影響されているのだろう
もちろん他責はいけないが、はっきりとは言わずに無自覚にしろ自覚的にしろ誘導するような言い方をするこの旦那みたいな人っている
でも所詮他人の気持ちなんて予測したところで完全には分からないし自我を押し殺してまで受け入れる必要もない
自分を見つめ直すのはしんどいし見ないふりは楽だけど自分が変わらなければ一生嫌な自分のままだ
果たしてそれでいいのだろうか?
辛いけれど読んでいて勇気を持てる話だった