現実世界の見る視点が増えそうな本。そういう本は貴重だから嬉しい、ほんとに無感情な人が俯瞰的に世界を見るとこんなに滑稽でグロテスクなんだなと思った。ストーリー自体も面白い。
以下気に入った文。
○4歳
わたしはなんだか、薄気味悪くなった。七夕の短冊の色くらいで、一体なぜみんなで泣いているんだろう。変な儀式の真ん中にいるみたいだった。
○6歳
「お母さん」はとても便利だけれど、その内側に常に何かを溜め込んでいるのが見てとれた。もしそれが爆発すれば私は怖い目に遭うだろうし、便利な存在を失うかもしれないから、それなりに大切に扱ったほうがいい。それが、当時の私の漠然とした感覚だった。
○11歳
私を育てるために一生懸命お金を稼いでいる父のことを、かわいそうだなあと思う。
○12歳
「あのね、だから、私に意思なんてないのよ。危機を回避して、安全に生きていくこと。誰とも摩擦を起こさず、ただただ、楽に生き延びること。私、それだけなの。ただそれだけの生き物なの。でも、本当はみんな、そうなんでしょう?」
○14歳
レナは自殺をしたのではなくて、心が殺されたので、身体をそれに合わせただけなのだ。そんな簡単なことが、なんでみんなすぐに理解できないのか、よくわからなかった。
○20歳
同性の世界に媚びている男の人を見ると、私だったらもっとうまくやるのに、と思う。
可愛い女の子を口説いて、コミュニティにハメ撮りでも献上できたら、媚びはかなり成功するだろう。ブスがマグロだったとか、顔はいいけど喘ぎ声が大きくて萎えた、という話も、定番とはいえ自分ならもっと大袈裟に、うまく話して喜ばれる自肩がある。身近な女の子の容姿やその劣化、便利さをはみ出した生意気な態度をこき下ろすのも、私はとても上手に、いろんなバリエーションでやることができる。
みんなの記憶が都合よく改竄されているのだろうか。それとも、私の記憶が間違っているのだろうか。どちらでもいいのかもしれなかった。こうなってしまえば、これが真実なのだ。
記憶は多数決だなぁ、と思う。
「白藤さんが誘導しているのって、「正しい』教だよね。それって、世界一規模が大きいカルト宗教でしょ?それに入すると、とっても正しくて、自分が世界を守っているんだ、って思えるんだよね。とても楽しそうだし、気持ちよさそうだね」
喋りながら、あ、これが「意思」か、と思った。なるべく「楽」に生きたい。ただそれだけだった私が、こんなに強く意思のようなことをしゃべるのは、初めてのような気がした。
「この資格をとったら、私は『典型例の人生』から解放されるって思えるの」
「典型例?なにの?」
「何もない人間の。何もとりえがなくて、やりたい夢もなくて、意思も感情もない、かといって『女』としての奴隷労働もあんまり好きじゃない。そういう、『無』の人間の」
○35歳
野口くんは小学校でも中学校でも、女子に人気のある男の子だった。地元のコミュニティで集まると、当時の力関係の世界に久しぶりに来られてうれしい、と彼が全身で発言しているのを感じる。
世界①は、地元の友人たちから繋がって出来上がっているコミュニティだ。定期的に飲み会があり、クリーン・タウンの近隣に住んでいる子も多いので、いつもここで集まっている。
世界②はある程度お金がある人が多いので、世界①とはだいぶ金銭の感覚が違うが、所属してみると、それだけではないなあと思う。世界②のコミュニティには、世界①の友達よりずっとお金がない人もすっと入ってきて、自然に溶け込んでいる。楽しく生きたいように生きていて、なにか明権にやりたいことや才能があること。とくに決められたわけではないが、そういう人物像が、世界②にいるときには求められている、と感じる
世界②は、風水とか占いが好きな人が多くて、私たちにはとても信頼しているライフアドバイザ
1がいる。ライフスタイルコーディネーターの一ノ瀬さんのセッションをほとんどの人が受けている。
「一ノ瀬ちゃんの話だと、来年は、部屋の中に、わざとごちゃごちゃっとした場所をつくるのがいいんだって。そこに悪い「気』をわざと集めるの。あと、過去のカオスへの感謝って意味もあるんだって。私、感動しちゃって」
「サラー」は、汚染された廃棄物や、処理できないような不燃ごみを、粉にして、食べられる状態にしたものだ。それを食べ、体の中で分解して外に出す。そうすると、世界を汚す存在だったごみたちは、綺麗な土になる。
「サラー」は美味しくはないし、身体にも悪い。食べている人間自身が汚染された廃棄物になってしまわないよう、定期的に検査も受けなければならない。けれど、自分の身体を使って恐ろしいごみを分解し、濃過し、少しでも地球がよくなることに貢献できているのだと思うと、がんばって食べることができる。
世界③は、奏さんの大学時代の仲間から繋がったコミュニティで、その友達の友達だとか、仕事でたまたま会って価値観が合った人がぼんやりと連なって出来上がった世界だ。私は白藤さん経由でこのコミュニティの集まりに顔を出すようになった。
世界③にいると、世界①や世界②にいたときの自分が、ドラッグでもやっていたのではないかと不安になる。たくさんの人が苦しんでいる世界で、いったいなぜ、あんなに能天気にしていられたのだろう。
世界③の人と話していると本当に落ち着く。同時に、悲しくてつらくなる。
ミドリさんと奏さんは、サラーだけでなく汚染水を飲んで身体で浄化する活動も始めている。専門のお医者さんに管理してもらわないとできないので、私はまだ始めていないが、自分も早くあの水を飲みたい、と思う。
わかるのは、自分がこの人間に捨てられたら、一人では食べていけない存在だということだ。
3つの世界があるとすれば、ここは世界⓪なのだろう。私と明人だけのコミュニティのようでいて、私は明人の道具でしかない。
私は急いで明人の食事の準備を始めた。ポケットの中でスマートフォンが震えるたびに、3つの世界が顔を覗かせる。世界①から『また来週集まらない?油小路さんがおすすめしてた映画、みんなで観にいこうよ!」、世界②から、『一ノ瀬ちゃんが新しいサプリ始めたんだって。予約完売らしいんだけど、特別な人の分はキープしてくれてるって~!愛してる!』、世界③から、『ごめん抱えきれなくて、このニュースがあまりに残酷で、苦しすぎて』、世界①、②、③、それぞれの言薬が、私の中へこぼれ落ちてくる。
富裕層が、ピョコルンで性欲処理をし、ピョコルンに子供を産ませるようになったのは、就職して少し経ったころだと思う。
最初にウエガイコクのそのニュースを聞いたときは驚いた。白藤さんは激怒していた。女性が病院で卵子をとり、男性の精子を体外受精し、それを手術によって人工子宮を備えたピョコルンの中に入れると妊娠し、ピョコルンから人間の子供がちゃんと出てくる、というニュースは私には衝撃的なものだった。こんなことは残酷だとみんな反対するだろうと思ったし、実際に最初はそうだったはずなのだが、今では、私たちの生殖にピョコルンが関わることは、少しずつ自然なことになってきていた。
こともなげに世界②の小早川さんが答える。
「世界99?」
「月城さんみたいに、世界①、②、③、④、って同時進行的に自分がいたら、その世界の後ろのほうに、世界が並んでいるのを見つめてる世界、があってもよさそうじゃないですかー?世界1万でも、世界100万でもなんでもいいんですけど、とにかく、たくさんの世界で生きている無数の自分をその世界の自分がぼーっと見てる感じ、すごくわかりますー」