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30年前に起きたいじめ自殺事件。亡くなった中学生の遺書の不可解さにとらわれたルポライターが、生涯をかけて追いつづけた謎は、はたして解けたのか? いじめた人、いじめられた人、傍観していた人――すべての人が読むべき空前絶後の大作。
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Posted by ブクログ
心揺さぶられる本です。小林篤氏の人間性、ユーモア、真摯な取材力、人間関係等々の魅力のお陰で、凄惨ないじめ自殺事件を読み終わった読後感が、とても爽やかなものでした。感動で身体全身が震えました。 一人でも多くの人に読んで欲しい本です。特に教育関係の方々には必読の書だと思います。 感動が 身体全身駆け...続きを読む巡る see You again ズシリと重い 救われる 後味の良さ 凄惨ないじめ自殺の 本であるのに 倒れても 受容傾聴共感が 力生み出す 歩み始める
書店で目にしたとき、とんでもない物量に思わず手に取って眺めた。紹介文を読んで、かなり読書欲を掻き立てられはしたものの、重厚過ぎていったん棚に戻してしまった。その後、年末ランキングとか書評でも複数回目にし、これは読んどかんとってことで、このたび改めて 。1000頁近い二段構造(三段構造の頁も)にも関わ...続きを読むらず、ほとんど飽きることなく通読できるだけでも凄いこと。中2生の自死についての数十年に及ぶ聞き取り、その間に起こった根を一にする問題への見解、自身のキャリアの重ね方あたりを中心に展開されるんだけど、散漫な影響はまるで無く、それぞれのエピソードが然るべきところにおさめられているのも圧巻。そして最後、もう十全に書き尽くされたのかと思いきや、まさかの衝撃的事実が明かされる。これはもう、次回作も読むしかないなという。
いじめのこと全て、読む前よりも輪郭がくっきりしたように思う。 清人くんがどんな気持ちで、あの異様な遺書を書いたのかも理解して、彼の強がりに胸が苦しくなる。
とても重たい一冊。鈍器本だと聞いてはいたけど、本そのものがずっしり重いし、それ以上に扱っているテーマの重さと情に圧倒される。本書の概要は、どれほど言葉を尽くしても軽々しくなりそうで、安易にまとめる事ができないが、実際の事件を知る世代として細かいディテールをいろいろ思い出したし、考えさせられた。私達は...続きを読むこの“重さ”そのものをしっかり抱えて共に生きるしかないのか。この分量の小説だからこそできたこと。凄かった。
小林さんは足利事件のルポを書いた方ですね。 今作はノンフィクションではないという、実際の事件を下敷きにしたフィクションだがどうしても起こったことそのものから想像してしまうと思う。自分の中では彼女は頭が悪いからに近い描き方だと思った。 大作だけどスイスイ読み進められる。 ヘヴィな内容なのに気になって仕...続きを読む方なくなってしまう。 事件当時はまだハイハイくらいやったので、読み終えてから事件については調べて少しは分かったつもり。 ニュースでよく見るような事件、実際にはこんなにも複雑で、人間が引き起こした事なんだって思い知るのが本を読むってことなのかな。
1994年に愛知県で起きた中学生のいじめ自殺事件を追ったノンフィクション。 …なのだが、登場人物らは仮名で書かれており、著者は冒頭で本書がフィクションであることを表明する。 なぜそのような形をとったのか、解釈はいろいろできると思うが、900頁を超える本書を読んで感じた印象は、たしかにノンフィクショ...続きを読むンのそれではない。だからといって単なるフィクションを読んだ気にはならない。強いて言うなら文学的といえる読後感である。 ところで、大衆小説と、純文学のような文学的といわれる小説のちがいはなんだろうか。こちらもいろいろと答えはあるだろうが、ひとつ挙げるならば、大衆小説にはわかりやすい結果や解決や答えがあり、純文学にはない、もしくはわかりにくい解答しかなされない、というものだ。 大衆的な物語は、犯人を捕まえたり、敵を倒したり、幸福になったり不幸になったり、なんらかのわかりやすい結果が出る。文学的な物語は、なんらかの事象があり、そのまわりをぐるぐると考え続けたうえで、たいした結論が出ないものである。物語上は出たとしても、それがそのままカタルシスに向かわず読者へ解釈を要求するような態度がある。 本書の話に戻ると、900頁以上にわたって、30年以上の取材を通じて、なにがわかったのか? 実は、なにもわからないのである。こう言ってしまうと語弊があるが、これはひたすら事件について考え続ける物語であり、なんとなく事件への整理がつきかけたように見えるラストまで辿り着いた先には、さらなる思考を要求するような事態が待っている。 そのような意味で、文学的なフィクションを読んだような読後感を覚える。 よって本書は、なにか新たな真実が書いてあるわけでもなく、いじめの加害者や学校を糾弾するわけでもない。著者は判断というものをしない。 本事件を扱ったYouTube動画を見ると、コメント欄には感情的な怒りを込めた言葉が並んでいる。それは真っ当なものであり、ぼくもおなじように思うが、しかしそれはすぐに忘れるような一過性のものであり、事件への解決をもたらすものでないのもたしかである。 30年という月日をかけてひとつの事件に関わり続けるというのは、真っ当かどうかでいえば、そうではないと思う。ほとんど偏執的で狂気的といっていい。YouTubeのコメント欄のほうがよっぽど常識的なひとたちではないかと思う。 しかし、そのような真っ当ではないコミットメントでしか辿り着けない場所というものがあることを本書は教えてくれることかと思う。
1994年の暮れに、三河湾に臨む愛知県西尾市で中学2年生の上之郷清人が自殺した。 彼が遺した遺書には、同級生4人分によるいじめの実態が脅し取られた百万円を超える金額とともに記されていた。 月刊誌「現代」に記事を執筆していたルポライターの著者小林篤は、現地に半年以上に亘り滞在し地域の人々と交流しなが...続きを読むら記事を連載したが、自殺の真の原因を掴むには至らない。 その後も、足利事件や酒鬼薔薇事件などを手掛けながら関係者の証言を拾い続け、自分なりの納得を得たのは10年の後だった。 900ページを超える大作となった本書は、さらに20年の月日を経て著者がようやく形にできた同事件についての集大成。 自らを記者でもジャーナリストでもなく、ルポライターと呼ぶのは著者なりの矜持か。 著者に伴走する編集者矢吹は「小林さんこそ日本一のルポライターだ」と力説する。「取材は誰かにやってもらって自分はその成果をもとに書けばいいと本音では思う書き手が多い中で、小林さんはほんとうのことを知ろうとしてとことん取材する一方で書くのは億劫だと本気で思っている」。 本書のボリュームや当事者たちの証言を集め本質に迫ろうとする手法は、地下鉄サリン事件を追った村上春樹の「アンダーグラウンド」を想起させる。 世間の目が厳しくなる中、正しく教育しようとする余り、業務が多くなりすぎて半ば役人となってしまう教師たち。 そこには子ども社会のいじめに相似た構図がある。 大人になりかかっている中学生は、自分たちに人として向き合わない教師を信用しない。 口先で「命の大切さ」を教えることの虚しさ。 いじめも人間関係を理解する過程の派生である以上、根絶はできないと著者は喝破する。 本書に紹介された「仮説実験授業」も興味深い。 精神科医中井久夫が著した「いじめの政治学」を手掛かりに、清人が自死を選ぶに至った道程を理解しようとする中で、著者がたどり着いたのは清人の祖父母の代から連なる上之郷家の「和を以て貴しとなす」という家風だった。 永遠に終わる感じのしない本書の巻末付録として著者が持ってきたのは、事件から10年後に行われた千葉大教育学部の学生たちと事件関係者たちのトークセッション。 学生の1人が書いた「清人君がもし弱音をはいていたら、学校の先生がもし忙しすぎる仕事を断れたら、同級生がもし自分の思っていることを言葉にしたら、いじめられている子がもし誰かにSOSをしていたら、そしてそういう発信を受け入れる誰かがいたら、状況はかわっていたかもしれない」という文は、事件の構図を端的に捉えている。 自分たちも成長期に何らかの形でいじめの当事者となった経験を持ちながら、主体的にこの事件の背景について深く考察し、教育現場の厳しさを理解しながらもなお良き教育者たらんとする若者たちに、著者は一縷の希望を見出し、敢えて巻末に付け加えたのではないだろうか。 自殺の現場に向かい手を合わせた学生たちは、目を赤くして「悔しい…」と呟いた。
読むのが後回しになるほどの長編P924。 きっと、さくさくとは読めないだろうと思って時間に余裕がある日に…と思っていたが返却日が近づいてきて慌てだす。 読み始めると何も手につかなくなるほど疲弊してしまった。 1994年11月愛知県西尾市で中学2年生の男子が、自宅の柿の木にロープをかけて命を経った。...続きを読む 遺書には、凄惨ないじめが克明に綴られていた。 ルポライターである著者は、隠蔽する学校や口を閉ざす教師たち、生徒たちや被害者家族に取材しながら記録のすべてをフィクションとして描いている。 取材・執筆30年という重みは、本の厚さを克明に物語っている。 今も終わることのない「いじめ」というもの。 いじめと認識できなかった。いじめが見えない。という学校側の言い分は、常套句のようになっていると感じた。 著者は、さらっと取材するのではなく、懐に入り込み心の内までも詳細に汲み取っていることに圧倒された。 30年というのは長い、その間にもいろいろな所でいじめによる自殺者が出ている。 いじめは、問題ではない。 子どもの問題ではない。 いじめは、大人の問題。 この社会の問題。 30年経っても変わらないのは、この社会の問題だからなのか…。
モキュメンタリーかと思ったら、とんでもない、1994年愛知県西尾市で起きた中学生自殺いじめ事件を30年間追い続けた筆者が架空の物語として書いたものでした。 とても丁寧に描かれており、学校という環境や人間関係について、ずっと抱えていたモヤモヤを言葉にしてもらったような気持ちになりました。
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小林篤
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