小説・文芸の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
主人公のアレックス、若気の至りでちょっとヤンチャしてるとかいうのじゃ済まないくらい本当の悪人で、しかもそれが生まれ育った環境がそうさせたとかでもなく、本人が罪悪感もなく普通に楽しんでやっているのでかなり理解できない人種。
そのアレックスの語り口調で進んでいくのでスラングが多くて最初は読みにくさを感じて戸惑ったけれど、慣れてくると独特のテンポ感がクセになって一気に読み進められた。
選択の自由を制限して善人であるようにしか行動できなくすればいいんだ!という実験的な手術は倫理観に反しているとは思うけれど、だからって悪人に選択の自由を残していても更生することは難しいし、何をもって「善」とするのかを問いかけられる、悪人を更生させて終わりだけの単純な話ではなかった。
15歳で逮捕され18歳で釈放された彼が感じた3年間の間に生じた世間とのズレや、かつての仲間と再会して社会に取り残されていると感じる場面には、つい辛くなって同情してしまった。
最後は自分の意思で良い方向へ変わろうとしていて、やっぱり選択の自由は誰にでも平等にあるべきなのではないかなと思ったり。 -
Posted by ブクログ
キッチン常夜灯、その名の通り朝まで営業しているお腹も心も温めてくれるお店。南雲みもざは自分の勤めている飲食店と比べてしまうが、通ううちに解決方法を見いだしていく。コンビニ兄弟もそうだが、そんなお店が近くに欲しい。もしかしてあるけど気付いていないだけなのか?
今、自分は大変な状況にあるので、相手のことを思って語った以下の安心させてくれるセリフが心に沁みました。そんな優しさを伝えられる人になりたい。
「いつでもここに来るといい。ここはそういう場所なんです」
「ただ、大切な人を思って作る料理」
「1人じゃないって、何にも代え難い事なんです。お店が忙しくて私になど構ってくれなくてもいい。ただ、少し気にかけてくれる人がいるだけで救われるんです」
「焦る事はない。ひとつひとつ、問題を解決しながら生きていくしかない」
「私の気持ちを受け止めようって、必死になってくれて、とても嬉しかったの」
砂肝のコンフィ、作ってみたら美味しかった。フレンチの料理を知れることも楽しかった。 -
Posted by ブクログ
人生を冒険する疾走感のあるエッセイが大好き!
でもこの本は、冒険の内容が、世界一周でもなく僻地に移住でもなく「出会い系」で「本を紹介」…。
出会い系(まぁSNSとも言える)と本、なんて普段の生活にありふれた物をプロフェッショナルが掛け合わせるとこんなに面白い化学反応がおこるのか!とびっくりです。
生き方も等身大で未完全なかっこよさがあり、人がどんどん集まっていくことにも納得です。
私もこの方に会って本を紹介して欲しい〜!と思っていたら最後に【この本を読んだ人にすすめたい本一覧】が添えてありました。気が利くなぁ。笑
最後のエピローグも素晴らしく、こんな楽しげな本でまさか涙が流れるとは思っていませんでした。
何度も読み返すことになりそうです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレブク友、まことさんから教えていただいた初作家さん。
インパクトのある名前で興味を持っていましたがようやくありつけた。
まことさんありがとう~!
1985年。昭和60年の大晦日の夜の北海道。
札幌から知床半島ウトロへむかう「北斗流氷号バスツアー」
お酒も入り午前2時過ぎにそれは起こった。石北峠を通過中の転落事故により運転手含む乗客39名が死亡した。
事故の原因は運転手による飲酒運転だった。
助かったのは僅か7名。その中にいた運転手の息子、釜利修一(10)と能瀬由里子(12)。
時は過ぎ1999年まもなくミレニアムを迎える東京新宿の歩道橋で男の首つり遺体が発見される。
認知症の母親の介護の為もうすぐ退職する刑事の真宮はそこで、憂鬱な影を引きずっているような雰囲気の青年と白いダウンコートの美しい若い女性を見かける。
あのバス事故が招いた不幸、少年と少女のその後の人生が新たな殺人事件と繋がっていく。
時効まで、罪の共有が白夜行を思い出した。
これ系は大好きな話。
犯人とわかっていても、何とか逃れてくれと最後は思ってしまった。
親を失ってから大人になるまでがここには書ききれない程の辛い過去があるのだろうと勝手に想像して落ち込む。
由里子しかわからないペンネームでラジオにメッセージを送る所が良かった。
他の作品も読んでみたいと思った。
私の母もバスツアーが大好きでよく行っていた。「今度は菖蒲祭りのバスツアーにいくの」と楽しそうに電話で話していた。
当日の朝に待ち合わせ場所に来ない母を叔母が迎えに行くと倒れて亡くなっていた。
翌年私は一人で「菖蒲祭り」に行って母の為に沢山写真を撮ってきた。
私もう少し年齢を重ねたらバスツアーを楽しめる人間になりたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦争を知っているつもりだった
涙なくしては読めない一冊でした。
読み終えた今、心に残っているのは、百合と彰の切ない恋愛だけではありません。
それ以上に、自分自身がこれまで「戦争」というものを、どこか他人事として捉えていたのではないかという気づきでした。
私は小学校の教師をしています。
これまで、子どもたちに戦争を風化させてはいけないと伝え、歴史的な背景や当時の出来事について学び、授業でも話してきました。
しかし、今回の小説を読んで思ったのです。
私は戦争について知識を持っていただけで、その悲惨さを本当の意味で想像できていなかったのではないか。
もちろん、戦争を経験していない私が、当時の人々の苦しみを完全に理解することなどできません。
それでも、これまでの自分は、戦争を国と国との争いや、歴史上の大きな出来事として捉えすぎていたように思います。
そこに生きていた一人一人の人生に、どれほど目を向けていたのでしょうか。
そんなことを考えさせられました。
戦争の中にも、一人一人の人生があった
戦争は、どうしても大きな枠組みで語られがちです。
いつ、どこの国と戦争をしたのか。
どれほどの人が亡くなったのか。
どのような兵器が使われたのか。
もちろん、これらは歴史を学ぶ上で欠かせない知識です。
しかし、その数字の一つ一つには、確かに生きていた人間がいます。
家族がいて、友人がいて、好きな人がいて、これから叶えたい夢があったはずです。
本作に登場する彰も、その一人でした。
百合と出会い、心を通わせていく彰。
もし戦争のない時代に生きていたなら、二人はどのような人生を歩んでいたのでしょうか。
一緒に出かけたり、何気ない会話を楽しんだり、互いの気持ちを伝え合ったり。
そんな当たり前の日常が、二人にもあったのかもしれません。
しかし、戦争はその可能性を奪ってしまいました。
戦争によって失われるのは、命だけではありません。その人がこれから生きるはずだった人生そのものなのだと思います。
百合と彰の物語を通して、そのことが痛いほど伝わってきました。
「守りたい」ではなく「一緒にいたい」
今回、特に考えさせられたのは、特攻隊員として生きる彰の気持ちです。
彰は、本当に国のために命を捧げたいと思っていたのでしょうか。
私は、彼の本当の気持ちは「生きたい」だったのではないかと思います。
特攻になど行きたくない。
戦争にも参加したくない。
愛する人と一緒に生きていたい。
そう願うことは、人間として至極当然のことではないでしょうか。
しかし、当時の日本では、国のために命を捧げることが尊い行為とされていました。
「自分が行かなければ、日本は終わってしまう」
そんな重い責任を背負わされる中で、本来の「生きたい」という願いが、「行かなければならない」という強い使命感へと変わっていったのではないかと思います。
もちろん、彰自身が抱いていた覚悟まで否定するつもりはありません。
ただ、その覚悟を生み出した社会について、考えずにはいられませんでした。
そして、彰は百合と出会います。
目の前に愛する人がいる。
もっと話したい。もっと一緒に過ごしたい。
これからも、ずっと一緒にいたい。
国のために命を捧げることと、百合と一緒に生きること。
本来、この二つは対立するものではないはずです。
しかし、戦争はそのどちらかを選ばなければならない状況をつくってしまいました。
彰は百合を「守りたい」と思っていたのかもしれません。
しかし、それ以前に、ただ百合と「一緒にいたい」と願っていたのではないでしょうか。
私は、この違いを大切にしたいと思いました。
誰かのために命を捧げることは、美しい行為として語られることがあります。
しかし、本当に望んでいたのは、命を捧げることではなく、その人と一緒に生きることだったのかもしれません。
そんな当たり前の願いさえ、自分の意志で叶えることができなかった。
そこに、戦争の恐ろしさを感じました。
讃えなければ、やっていけなかった時代
特攻隊員は、当時の社会で英雄的な存在として讃えられていました。
現代を生きる私たちからすれば、若者が自らの命を犠牲にすることを美化する社会は、到底受け入れられません。
しかし、当時を生きていた人々の気持ちを考えると、簡単に否定することもできないように思います。
愛する息子が、兄弟が、恋人が、二度と帰ってこないかもしれない。
そんな現実を前にして、その死を尊いものだと考えなければ、心を保てなかった人もいたのではないでしょうか。
もちろん、国家による思想の形成や、周囲からの圧力もあったはずです。
それでも、残される人々が、大切な人の死に何とか意味を見いだそうとした可能性も考えずにはいられません。
そして、そう考えたとき、改めて戦争の残酷さを感じました。
人が死ぬことを讃えなければならない社会とは、どれほど悲しい社会だったのでしょうか。
生きて帰ってくることよりも、国のために死ぬことが尊ばれる。
そんな時代に生きた人々の苦しみを、私たちはどれほど想像できているのでしょうか。
戦争を「他人事」にしない小説
私はこれまで、教師として子どもたちに戦争の悲惨さを伝えてきました。
しかし、今回の読書を通して、知識を伝えるだけでは届かないものがあるのだと感じました。
戦争について話を聞いても、歴史的な出来事として理解するだけで終わってしまうかもしれません。
それは、これまでの私自身も同じだったからです。
では、どうすれば戦争を自分事として捉えられるのでしょうか。
今回、その一つの答えを、この小説からもらった気がします。
この小説を読んでほしい。
今は、この一言に尽きます。
百合とともに戦時中の日本を生き、彰と出会い、恋をして、別れを経験する。
物語を読み進めるうちに、いつの間にか百合の目を通して戦争を見つめている自分がいました。
彰には生きていてほしい。
百合と一緒にいてほしい。
二人が幸せになる未来があってほしい。
そう願わずにはいられませんでした。
そして、その願いが叶わないことに、涙があふれました。
歴史上の出来事だった戦争が、物語の中で、一人の人間の人生として迫ってくる。
これこそが、この小説の持つ力なのだと思います。
もちろん、小説は創作です。物語を読んだからといって、実際の戦争をすべて理解できるわけではありません。
それでも、これまで遠い過去の出来事として捉えていた戦争を、自分の身近な問題として考えるきっかけにはなるはずです。
私は、子どもたちにも、いつかそんな読書体験をしてほしいと思います。
おわりに
戦争を経験していない私が、戦争の悲惨さをあたかも知っているかのように語ることには、少し抵抗があります。
今回の読書で涙を流したからといって、当時の人々の苦しみを理解できたとは思いません。
むしろ、自分がどれほど戦争を知らなかったのかを思い知らされました。
それでも、百合と彰の物語を通して、確かに変わったものがあります。
戦争を、国と国との争いとしてだけではなく、そこに生きていた一人一人の人生として考えるようになったことです。
誰かを好きになること。
その人と一緒にいたいと願うこと。
明日も生きていたいと思うこと。
私たちにとって当たり前のそんな願いが、当たり前ではなかった時代がありました。
「守りたい」ではなく、「一緒にいたい」。
そんなささやかな願いさえ許されなかったことが、私には何よりも悲しく感じられました。
戦争を知らないからこそ、知ろうとし続けたい。
そして、歴史の中に埋もれてしまいそうな、一人一人の人生に目を向け続けたい。
そんな思いを抱かせてくれた一冊でした。
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