あらすじ
☆2026年本屋大賞受賞☆
【第9回未来屋小説大賞】
【第2回あの本、読みました?大賞】
沈みゆく列島で、“界隈”は沸騰する――。
あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。内向的で繊細な気質ゆえ積み重なる心労を癒やしたい大学生。仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する女。ファンダム経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側――世代も立場も異なる3つの視点から、人の心を動かす“物語”の功罪を炙り出す。
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
感情タグBEST3
恐ろしいまでの言語化能力
読み始めてすぐに、恐ろしいと感じた。
ストーリーがではなく、文字.文章そのものが。
生きている上でなんとなく享受しているソレ、うっすら嫌悪感のあるソレ、社会に蔓延るソレらが次々と言語化され 定義され 文字となり頭に入ってくる。なんて恐ろしい。
読む者に確実に影響を与え、見える世界すらも変える力のある一冊。最高です。
Posted by ブクログ
推し活の本質を考えたことなどなかったが、本書を通して人間の幸せとは?、視野を狭めることと広げることについてより身近な感覚で考えさせられた。
何事も需要と供給で成り立っているとは思うが、そこに人の心を思いやる気持ちが一切ないとしたらすごく怖いことだと感じた。
視野は広い方が安全だけど、安全なことが楽しいとは限らないし、たとえ視野が広くても一つの決まった角度からしか物事を捉えられなくなる状況は恐ろしい。それぞれの登場人物の気持ちに共感できてしまう自分は、場合によってはどの立場にもなり得るかもしれないと一種の危機感を持った。
夢中になる対象が健全とされるものであっても、構造自体は同じだと思い始めると何も信じられなくなりそうだけど、結局人は孤独には耐えがたい生き物なんだと思った。
*印象的だったフレーズ
・中毒症状があるほうが苦しくないのだ、人生は。
・結局皆、信じるものが欲しいんだと思います。
・何を信じるかによって、街の景色は変わる。
・自分が何を経験してきたかによって、見える景色は変わる。
・自分を使い切ることが今の時代に手に入れられる唯一の正解であり、"幸せ"なので
Posted by ブクログ
※ネタバレあり
『イン・ザ・メガチャーチ』を読みながら、「オタク」という言葉について考えていた。
私はこれまで、「限界オタク」と自称する人たちの感覚が、よく理解できなかった。
「○○すぎてしんどい、無理、死ぬ」といった、もともとはかなり否定的な言葉が、推しの愛情の強さを表すスラングとして定着している。
もちろん、マイナスの意味を持っていた言葉が、肯定的な意味で使われるようになることは、言語の変化としてはあるある。例えば、英語のwicked, sick、日本語のやばい。
それでも「限界ならやめればいいのに」と思ってしまう。なんで自分のことを敢えて卑下するんだろう。
たかが人を推しているだけで、本当に死ぬわけはない。この本の冒頭の久保田のようにそういう言葉を短絡的に使う人たちは、視野が狭いのだと思っていた。
けれど、この本を読み終えて、その見方はちょっと変わった。
今の世界では、誰もがオタクになりうる。オタクであることは、その人の武器でも、毒でもある。
AIの発達によって、知識そのものは簡単に手に入るようになった。
そういう時代だからこそ、インスタントな情報ではなく、
自分が何を好きだと思うのかという、オタク的な偏りが重要だと思う。
しかし、何かに強くのめり込めない人にとっては、その「偏り」すら持てないことが負担になる。
冒頭の澄香は、世界で活躍しようとしている友人たちと自分を比べて疲弊している。
視野が広く、留学や就職や自己実現に向かって動いている人。そのような人たちを見ていると、自分だけが何もしていないように感じられる。けれど、自分の中には、それに対抗できるほど強い原動力も自信もない。
冒頭の場面を読んで「澄香って俺じゃん」って思ってしまった。
大学生であること。留学や就職のことを考えていること。推しやMBTIのようなものに、乗り切れない、けど引っかかってしまうこと、友人関係の悩みなど。
ただ、澄香と違うのは、留学を経験している点。
当時、自分も留学の募集要項や応募書類は、よくわからなかった。
それでも盲目的に飛び込んだ。留学をすれば自分が変わる、と信じていた。
今考えると、あの頃の私は「留学」で視野を狭めていた。
もちろん、留学したからといって、人間が芯から変わるわけではない。
「一年間、交換留学」と履歴書で1行で表せる程度。
でも当時、自分は本当に信じていたし、実際、ちょっとは芯から変われたと思っている。
その意味で、誰もが何かにのめりこんでいると言える。
対象そのものが自分を変えてくれると視野を狭めることで、余計なノイズを遮断する。
「オタクになる」ということには、そういう強さがあると思う。
広い視野を持ち続けることは、必ずしも善ではない。すべての可能性を検討し、すべての立場に配慮し、常に自分を相対化しようとすると、かえって何も選べなくなる、冒頭の「澄香」状態。オタク的な視野の狭さが必要な場面もある
一方で、その狭さは毒にもなる。
自分の「好き」が強くなりすぎると、
自分自身を犠牲にして熱中したり、
他人にも自分の好きなことを当然のように要求してしまう。
この作品のおもしろさは、
登場人物全員が、元・現オタクにあることだ思う。
それぞれの人物が、ある場面では何かに熱中し、別の場面では熱中している人を理解できずにいる。そして特には行き過ぎて他人を傷つけたりしてしまう。そこの強さと弱さ、普遍性が読んでいて面白い。
ここで最初の限界オタクについて考えてみる。
「しんどい」「無理」「死ぬ」などの言葉は相手にそれだけの見返りを求めてるんじゃないかと思えてきた。その言葉を敢えて発することで相手に私はこう思っていますよ、っていうアピールをすることでオタク⇔アイドルの相互関係が成り立っているんじゃないかなって思えた。
それを視野が狭い受け手によっては重いとか感じることもあるだろうし、それで心を病んでしまうこともあるかもしれない。
視野の広さと狭さを調節して、自分は行動しているんだと思わされた作品だった。
こういう物語がらせん状に進んでいくようプロットが大好きで
最終的には、
久保田から澄香へ
澄香から隅川へ
隅川から久保田へ
という関係ができて終わるように解釈した。
ここはまだ考察中。
Posted by ブクログ
エンタメ要素を終始欠かすことなく、さらに今の日本の空気感のあるあるが一段クリアに書かれていた。朝井リョウは細かいところまでみてるんだなと思った。
100年後の教科書で引用されるような資料になるくらいリアル。
Posted by ブクログ
3つの話が絡みそうで絶妙に絡まない、が最後それぞれが重なり合っていく部分がパズルのピースをはめ込んでいくようで気持ちいい。
視野を広げようとして視野が狭くなっていたり、視野を狭くする事がかえって深く入り込むことになりその人にとっては視野が広がるような感覚になっていたり、というのがなるほどなぁ、朝井さんは人のことがよく見えてるなぁと感じた。結局は自分がどう感じたいのかだよね。視野が狭くなりすぎてたとしても多角的に物事を捉えていく必要はあると思うけど。君たちはどう生きるか、でしかないよな。
Posted by ブクログ
とてもとてもおもしろかったし、考えさせてもらった。
視野が狭くなること広くなること、これからの人生の過ごし方、友達とは、陰謀論など自分の心に響くところがたくさんあった。
、、、MBTIは、ENFPでした笑
Posted by ブクログ
朝井リョウ、やっぱり好きだーって思った一作。特に最後の方の、地の文とセリフが畳み掛けてくる構造、朝井リョウっぽくて好き。っていうか、最終登場人物全員ヤバい人なの、朝井さんすぎた。この本のキーワードは、「視野狭窄」と「物語」だと思った。
「視野を狭くしたくない」とよく口にする私にとって、視野との向き合い方を教えてくれた。視野狭窄は必ずしも悪いことじゃないし、自分の心を守るためには必要なもので。ただ、狭窄するならその視野の向きを自分で操縦しないといけないんだなって。そこを間違えてしまうと、どんどん落ちていく。ただその視野の向きって、環境が変わると案外ガラッと変わる。
ラジオが好きで、お父さんの趣味にばかり影響されてた高一までの私は、確かに周りと話が合わなくて。ジャニーズを知った時、周りの女子の輪に入れたのが凄く嬉しかったのを覚えてる。そこそこ追ってはきたけど、やっぱり私はオタク気質ではなくて。今はまた、なんの界隈にも属さず、周りの「ちいかわブーム」とか日本の泣ける映画とか、そういう話題にもついていけなくなってきてる。そんな、周りとちょっと違う私を好きな自分もいて、でも逆張り思考なのも分かってて。めんどくさいこともわかってる。
今までは、結局自分は自分のことが好きで自分以外に興味ないから、オタク思考じゃないんやと思ってたけど、気質の問題というか、視野の問題とかそういうことなのかな。
それでも自分はある程度はアイドルオタクの世界をTwitterとかで見たことがあるし、実際数ヶ月ならハマってたし、「供給」が毎日の楽しみの一つになることも知ってる。
物語。これも、自分の中で思い当たる節しかなかった。
まず、私はジャニーズで人気のないグループを応援したかったり、ジュニアにハマったり、まさに、グループそのものより、「そのグループの背景」ごと応援してきた。
私はよく、自分の物語を考える。というか、いろんな物事に意味付けするために、自分のやってきたことを物語化して納得してる気がする。でもこの物語があるから、私は頑張って来れてる。努力の行動力の源になってる。さて、私はどうすればいいのか。私は視野を狭めるのには向いてない気質みたいだし、度々視野を広げては途方にくれて、「私はどうしたらいいのか」考えてる。大人になって、コミュニティが狭くなって、オタ活してる人を羨ましいと思う反面、バカにしてる面倒くさい私は、別の方法でなんとか誰かと繋がって、向かうべき方向を見つけて、自分なりに納得していくしかないんだろうな。
Posted by ブクログ
なるほど、確かに視野狭窄に陥り、何かに没入している方が、社会や人生の不条理に気を取らずに済み、人生楽しいと思った。
広い視野が美徳とされがちな世の中だが、敢えて視野を狭めることの心地よさや意味を描いている点は興味深い。
勿論、視野を狭め過ぎれば、すみちゃんのように、陰謀論や重課金に取り込まれていくリスクも孕んでいるけど。
すみちゃんがどんどん自分の物語に没入していく様には、早く目を覚ませ!と思いながら読み進めた。けど、結局自分も何かの物語に没入せずには生きていけない。
すみちゃんの様子を動画にアップした投稿者や、それを見て冷笑する視聴者だって、別の物語を信じている点では同じのはず。
特に、正解がない現代では、とりあえず自分が信じる物語はこれだ!と決めて、人目気にせず突き進む強さも大切になってくるのか。
ところで、相変わらず朝井リョウさんが描く心理描写は、嫌になるくらいリアルで生々しい。
人と接するなかで勝手に沸き上がる醜い感情や打算を容赦なく突きつけてきて、今回もえぐられた笑
でも同時に、みんなこんなもんだよなと、ほっとできたりもした。
匿名
刺さる側と分かっていながらも
かなり最悪な読後感だった。
でも、かなりおもしろかった。
昔ドルオタもしていたし、今もライブに行きやすくなるために上京して、私物グッズ入りガチャに6万使って、推しの音楽や言葉を勝手に人生の救済にしている時点で、自分の中に“信徒性”があること自体は前から自覚していた。
ライブ後に「神」と何度言ったかわからないし、作品や言葉を拡大解釈して、勝手に巨大な感情を抱いてしまう感覚も覚えがある。
ただ一方で、“推し”という言葉を安易に使いたくない気持ちもずっとあった。(現時点でドルオタではないから)
周りから見れば十分推し活をしている側なのに、「ただの消費や疑似恋愛とは違う」という意識でどこか斜に構えていたし、その“自分は少し違う側だと思いたがる感じ”も含めてかなり厄介だなと思った。
序盤では骨格診断やMBTIみたいな、令和の若者にとって身近な話題もかなり多く出てきて、「現代」を詰め込んだ空気感がすごかった。
身近に見る言葉や価値観だからこそ読みやすくておもしろい反面、「こういう要素を入れると若者は読み進めやすい」という作者の意図を少し感じて、若干冷めた部分もあった。
ただ、読み進めるほど単なる“令和あるある小説”ではなくなっていく。
人が何かを信仰し、共同体に救われ、依存し、選民意識を持ち、それでも孤独なまま生きていく話としてどんどん複雑化していって、自然と考えさせられた。
あと個人的にかなり考えさせられたのが、“楽しかった”だけでライブを終われなくなった感覚。
彼の音楽を聴くと確実に心を掴まれるし、好きか嫌いかで言えば比較するに値したいくらいに純粋に好き。
でもその一方で、自分の時間やお金や生活を削ってライブへ行っている感覚もずっとあって、手放しに「楽しかった!」だけでは終われない瞬間がここ数年かなり増えた。
ステージ側は「いつでもここにいるから」と言ってくれる。
でも、実際に消費されているのはこちら側でもある、という感覚もどこかにあった。
その曖昧な違和感をかなり言語化されていて苦しかったし、同時に「自分はまだマシな方なのかもしれない」と安心したくなる感覚まで含めて、かなりこの作品の“信徒”そのものだった気もする。
「疑似恋愛」「プロデューサー」「アナリスト」「学級委員長」「信徒」みたいに、同じオタクでも依存や執着の向きが細かく分けて描かれていて、解像度が異様に高い。
オタクにとってのホラー小説だった笑
推し活も宗教もアクティビズも。
推しができた人、推しを失った人、推しを運営する側の人の三人が絡み合いそうで絡まない話。人はどういうときに推しにハマり、失うとどうなるのか?同じ推しの話でも『推し、燃ゆ』が個と推しとの関係の話なのに対し、こっちは社会全体の話だ。
「メガチャーチ」とは、週末の礼拝への出席者が2,000人を超える超巨大プロテスタント教会のこと。礼拝と言っても『牧師様のありがたい説教を厳かに聞く』というような多くの人にとって退屈と感じるイベントではなく、もっとエンターテイメント性あふれたイベントを行っている。
例えば、プロの奏者によるオーケストラ演奏であったり、ロックバンドのライブだったり。巨大なコンサートホールで、優れた映像・音響設備を駆使し、ド派手な演出を行う。そのため、高い動員力と集金力を持ち得ている。
そうなるとできることが増える。教会によってはこれまで行ってきた食料配布をドライブスルー形式にして効率化したり、オンラインで礼拝を配信して参加のハードルを下げたりと、活動の幅を広げ、多角的に人を集めていけるようになっているのだ。
そうして、裾野を広くすることで、熱狂的な信者が生まれる土壌を作る、というわけだ。
推し活もメガチャーチと同じ構造だというのがタイトル。
推し活も、宗教も、アクティビズムも参加人数が違うだけの話で、「生きる意味を考える」ということや「精神的な充足感を得る」という目的でみると本質は同じだな、と思った。
「推し活」の光と闇を抉る物語
俳優への心酔やファンダムの熱狂を、個人の孤独を埋めるための「巨大な教会(メガチャーチ)」に見立て、その救いと危うさを鮮烈に暴き出します。
「視野を広げすぎると不安になるが、狭めすぎると狂う」というジレンマに、現代を生きる誰もが戦慄するはず。信じることでしか自分を保てない人間の脆さを残酷なほど美しく描いた、2026年を象徴する衝撃作です。
Posted by ブクログ
後輩に薦められて手に取った。
推し活を通じて令和の生き方を論じた本
令和の禁書
この令和の時代に浮き彫りになりつつも誰も言語化できていない感情や現象が言語化されており「それなぁ」と共感できた。感じたことを徒然なるままに書く。
1.視野
視野は広い⇔狭いで語られるが2次元の概念ではなく
マクロ、ミクロといったトレードオフの尺度で捉えるべきなんだと感じた
広いが細部の解像度が低い(マクロ)
⇅
狭いが細部の解像度が高い(ミクロ)
2.答えなんてない
どんな選択も完璧なものがなく、難癖がつけられる
間違いを甘んじて受け入れ腹を決めて選択するしかない。というフレーズ。いい。情報が溢れすぎるせいでどこかに完璧な回答(ソリューション)があるかもしれない。と考えて調べるが、結局正解なんてない。結局、世の中の各サービス、情報、営みは部分最適した粒が湧いた集合でしかない。それを改めて受けれないといけない。集めた情報の量と判断力の相関グラフは一定迄上がり続けるが、ある値から下がり、上に凸の曲線になる。と昔会社で習った。
3.生き方
ファンの視野を狭め、自分たちの視野が狭まることを散々警告していた人物も、結局はその活動に視野が狭まっている。つまり、人生とは何に視野を狭めるかが人生である。最近、プロスポーツ選手を見てても思う。
めっちゃよかった。
色々な意味で刺さった
INFP気質があり、学生で、現在進行形でオタク仲間とオタ活に励んでいる自分には深く深く刺さりました。途中の描写は少し、いやかなりダメージを負いながら読みました。でも、その痛みも含めておもしろかった。
印象に残っているのは、久保田さんと道哉がカフェで会話しているシーン。道哉の台詞がつらつらと続く中で、「つまり何が言いたいの?」と思いながら読んでいたら、まさに同じようなことを久保田さんが漏らしていてびっくり。この時の道哉のような台詞って意図的に書けるものなんだ、と唸りました。朝井リョウさんの文章力に脱帽です。
Posted by ブクログ
シンプルに、視野狭窄は怖いと感じた。
しかし、視野を狭めること、推し活によって幸福が訪れることもわかる。
物語に溢れる世の中でその物語に触れて、そこに惹かれることはは多々あるなと感じる。
実際、自分も甲子園での勝ち上がってくる弱小校や、アニメなどでのピンチから這い上がってくるキャラクターなど、応援する気持ちが湧き出てくることがあり、無意識に物語という側面に入り込んでるなとこの本を通じて思う。
ただし、自分を消費する感覚というのはわからない。
世の中は広い。
推し文化の切り取り
推しにまつわる様々な人たちの話がつながっていく物語。正直怖い。のめり込みは気づくとそこにあるもの。そういう怖さを感じながらのめり込んで読んでしまった。
Posted by ブクログ
意図せずでしたが、「人はなぜ物語を求めるのか(千野帽子/著)」を近々に読んでいたおかげで、人は自分の思うような物語を当て嵌めると、物事をスッキリ理解し(たようなきがして)安心する、というのが前提に読み込めました。
宗教とほぼ同じというのは、昔っから言われていた気がしますが、メガチャーチという単語とポップで海外の若者に流行っていることは、初めて知りました。信者のタイプ分けとかも。参考文献は載ってなかったけど、現代の情勢とか趨勢を情報として取り入れている感覚なんでしょうか。
熱量、連帯感、一体感、気持ちいいことこの上ないと思いますが、自分を使い切った先に、また立ち直ることはできるんでしょうか……?
最初からやり直せるんでしょうか……?
と、一歩踏み出す勇気がない自分、推し活などやったことない自分は、もう主人公格3人は、もうみんなバッドエンドな気がしていて、気疲れしました。
それこそ、浅井リョウさんの作品の“物語”って、どれも容赦なくガツンとやられるから、キッツイですよね。
父親が、会いたがっている娘を最悪のタイミングで見つけるであろうラストシーンは、頭を抱えます!
ここで終わらせるってことは、物語に飲み込まれることの恐怖を一番言いたいんじゃないかなと思う一方、作者自身のキレキレダンスだとか、好きなものに深く入り込む姿勢を称賛しているような本業以外の活動も記憶に新しいです。
こんな小説を書いておいて、そんな感じの作者の姿勢を鑑みるに……何かに打ち込む、ハマる、連帯感を持つことを大事にする一方で、冷静に俯瞰的に自分のことを見つめる目を養うことが大事なんじゃないかな、と思いました。
Posted by ブクログ
読み終わりました!
ずっと読みたかった朝井リョウさん。
本屋大賞おめでとうございます!!
推し活してる人にはぐさっとくる。
私も最近解散したグループの箱推しだったので
気持ちは痛いほどわかる。
この生きにくい世の中
推しがいるから幸せと思える部分も
正直あるとは思う。
なにかに縋りたい気持ちもよくわかる。
それがなくなって落ちていく人
それがあって頑張れる人
同じ「すみちゃん」でも迎える結末は
ここまで違うんやなぁと。
今の世の中 性格診断とかに頼りすぎなのは
すごく共感!!!笑
誰も救われて無い気がして心が痛いけど。
今後少しでも救われますように。
この話は推し活してない人には
ちょっと難しい話かも汗
朝井リョウさんのエッセイのイメージ
強すぎるので...
こんなにも真面目な重たい話書くのかーと
思ってしまいました笑
Posted by ブクログ
終盤で三つの線は見事に収束し、全体像を知らない登場人物たちに代わって、読者だけが上空から巨大な教会の形を見渡すようなラストが非常に印象的だった。
ファンダム経済を仕掛ける者、推しにのめり込む者、推しを失った者という三つの視点から、“物語”が人を動かす力と危うさを描いた作品。
小説というより解説や社会分析に近い作りで、推し活だけでなく、孤独や友情、生き方について深く考えさせられた。
視野を広く持てば仕掛けや矛盾に気づける一方、何も信じられず行動できなくなることもある。反対に視野を狭めれば、生きる力や仲間を得られるが、搾取や暴走にもつながる。作者はどちらを正解ともせず、その両義性を残している。
私自身にもオタク的な熱量があるからこそ、その高揚には深く共感した。一方で、一人の人間が物語に心を預け、やがて集団の熱にのみ込まれていく過程が緻密に描かれ、熱狂を生み出す心理と構造を内側から覗き込むような読書体験となった。
Posted by ブクログ
最後の方、澄香のパパが飲んでた味噌汁は味噌が溶け切ってなくて、味噌が溶け切らない=脳みそが溶け切らない=我にかえってる。ってことなのかなと思った!
でもあの後、人との繋がりを求めてまた視野を狭めて行動したかもね。本当に大切な繋がりを求めて。
派遣のお友達2人組も、スミちゃんの方は自分を使い切ったっていってたから、またお友達と空っぽの再スタートを切りたいって思ってたみたいだもんね。
人生の軸はいくつか持っておいて依存しないようにしながら、目的や見返りを求めないコミュニティの中で、愛を感じながら生きていく。
視野が狭いままでも、広いままでもどちらが正しいと言うことではなくて、節度を守りながらその連続の中を生きていこう。
遠くを見たり近くを見たりする事が、目の健康に大切であるように!?
俯瞰して、正しさの上から視野の狭い人たちを嘲笑してると自分は間違ってないと安心するけど、多角的な正しさに監視されながら生きていると確かに思い切って一歩を踏み出すことができない。
この物語を見て視野を狭めて新しいことに挑戦しようかなと思ったンゴな。
Posted by ブクログ
とりあえず思ったのは、これをオタクの人が読んだらどう感じるのだろう、ということだった。
自分には特にアイドルや俳優など、いわゆる「推し」と呼べる存在がいない。そのため、推す側の心理よりも、むしろ仕掛ける側の考え方には理解できる部分があった。
では、実際に推し活をしている人が読んだらどう感じるのだろう。自分の視野が狭くなっていることに気づかされるのか。それとも、自分とは別の世界の話として、特に何も感じないのか。
推し活が広く普及している今だからこそ、かなりの問題作なのではないかと思った。
特に、自分はこうはならないと思っている人ほど、かえって自分の視野の狭さに気づいていない。そのことを突きつけられているようで、読んでいて喧嘩を売られているような感覚すらあった。
そして何より、オタクという存在を、これまでと同じ目線では見られなくなった。
Posted by ブクログ
推し活というものに今まで自分は縁が無かったため、驚く場面が多かったです。
推し活をする側、仕掛ける側、双方の気持ちを少しだけ理解できた気がします。
推しを自分で育てたいという気持ちは理解できるが、やってることがかなり過激だと感じました。
個人的に視野狭窄は不幸だと思い込んでいましたが、小説の中には自ら視野狭窄に飛び込んでいると感じられる人物が何人か登場します。そのため、幸せと不幸の感じ方は十人十色だと考えを改めました。
Posted by ブクログ
推し活を仕掛けて搾取する人、推し活にハマって窮屈な場所から息ができるようになってのめり込む人、推し活から突き落とされて同じ熱量の何かを見つけたくて陰謀論にハマる人。
こわ〜〜〜!
現代小説ってまさに今の「あなた」を描くものだと思うので意図的に刺しにくるじゃん。孤独なおじを。若い子を。働くだけの独身契約社員を。
今年はじめてアイドルの推しができてしまって、ファンダムの解像度がある程度高くなったので余計に知ってる話が(知らない話も)面白い。
とはいえ2年前の発行なので、2026年現在だったら絶対にチャッピーに相談して全肯定されて私は間違ってないのだ、の下りが入ったなと思う。賞味期限が短い。だからこそ、今まだ期限内の内に読むと楽しいし刺さる。
前半、はてなダイアリーみたいで面白いな、と読んでたらたまに脇腹あたりをぐさぐさ刺してくる。自らなんらかの中毒に陥りたがっているとか、我を忘れて何かに夢中になっている方が楽で、人間の寿命が長すぎるとか。そうだよねぇ…と視野を広げさせられてしまう。
前半は『どこかにいるかもしれない人』のはてなダイアリーで、後半に繋がっていく過程で小説になっていく気がする。小説においては、とりかえしのつかないヤバい道をぐんぐん行く人を見るのがおそらく小説の醍醐味なので、普通におじの愚行にそわそわした。
すみかちゃんは、まだ若いので大丈夫です。その年でやり切った方が予後が良さそう。
MBTIを信じる人、海外ではこうだから~の人、それを冷笑する人、アイドルにのめり込む人、陰謀論に騙される人、あっけらかんとしていて実はただ飽きっぽいだけの人。
ちゃんと全方面を刺しに行くぞ!みたいな気概がありつつ仕掛ける側の国見(性別不明)と橋本(プロデューサーおじ)と新人アイドルくんたちには甘いのかもしれない。
どの立場も正解じゃないよという印象を受けていた……ら、本文内でそれ言ってた。正解がない時代だから、自分を使い切りたいんだって。
私や作者も、この本の中の行動(霊感詐欺とか親の金使い込むとか)に対して「これは愚か」ってジャッジは下せるけど、でも真実なんて分からないし陰謀論全振りとまではいかなくても何でこの国がこうなってるんだ…?みたいなものはあるよねという、自分の中に少しはある要素がこの3人に投影されている。
やはり、現代小説は「あなた」の一部を描いて「あ、分かる」と思わせるものなんじゃないかなぁ。だとしたら掌の上です。
Posted by ブクログ
むすめが残念、おばさんはやばい世界から戻ってきた、パパは虚しい
自覚して自制しながら、脳を溶かすのがいいのか?でも脳が溶けたら自制できないのか?自覚して自制できてるってことは脳は溶けてないのか?バランスが難しい
Posted by ブクログ
『生きる推進力』三部作の最新刊。ずっと読むか迷っていて、ついに読んだ!読んでよかった。
人の心を動かすには物語が必要、というのはとても腑に落ちたし、納得した。例えば、子どもたちと学習する上でもそうだなー、と思った。単元のゴールに向かって学習を深めるためには、学習する動機が必要だし、頑張る理由がいる。そのために、子どもたちに前を向かせる物語は必要だと思う(教育者すぎて草)
視野を広げたほうがいい、はよく聞くけど、狭めることも時には必要かもなーと思った。推し活が流行ってるのはきっと、不景気とか、周りの環境にストレスがあったりとか、そういう要因も少なからずある。でもそんな社会で生きていくためには、生きる推進力を見つけるためには、視野だって狭めていい、狭めたほうがいいかもしれないと思った。
最近とあるアイドルにハマってて、でもこれを読んでから、あ、今物語の中に取り込まれかけてるなー、とか、今これを買ったりすることによってあの人が喜ぶなー(いや待てよこれはファンダムが勝手に想像して行っていることではないか?)的な、国見さんの視点から見てしまうことがあって推し活がブレてます
単行本で買うか、文庫を待つかとても迷っていて単行本を手に取った(友達、プレゼントありがとう)。1ページ目がとっても綺麗で、文庫本にはない特別感を感じることができてよかった!
苦しくなった
自分の仕事に活かせるのではないかと読み進めましたが、どちらかというと「オタク」側に寄り添ってしまって苦しくなってしまいました。
孤独を自覚することの辛さ、それを何かで埋めて自分を使い切る、そうさせるための物語…
世の中はそれらで満たされているってことなんですかね。
一気に読める!!
朝井リョウさん、5冊目かな。相変わらず、サクサク読める展開。会話しながら、脳内思考が繰り広げられるところが、臨場感があって好き。私はユリちゃん側の熱量の低い人だから、推し活で楽しんでいる人が羨ましかったけど、やっぱりバランス良く推さないと人生詰むわな、、、。視野が狭くも広くもバランス大事。個人的には、アイドルプロデューサーが冷静すぎて、リアルに感じた。てか、最後の終わり方!!続き書いてーー!!バレるのかな。家族関係の再構築できるのかな。あー気になって寝られなくなっちゃった。これが、視野の狭くなる感覚かな。朝井リョウさんの自叙伝が個人的に一番面白いよ。
Posted by ブクログ
3つの視点で進む物語。
何で皆極端に走っちゃうんだよ、と思った。
世の中や若い世代を腐して一昔前の男性像に固執していた中年男性が、これまでやらなかったことの結果が返ってくるのだと気が付き、一歩を踏み出す姿は良かった。
自分とは合わない友人達に囲まれて本心を言えず窮屈さを感じていた女子大生が好きなものを見つけて憚ることなく好きを表現出来るようになったのも良かった。
仕事以外で人と関わる機会を持てずにいた一人暮らしの独身女性が共通の趣味を通して語り合える友人を持てたのも良い。
なのに彼らは皆冷静さを欠いて極端まで走り抜けてしまう。そして自らの視野について狭い広いを語る。でも多分本質は変わっていない。見たいものしか見ていないのだ。物語に、いや物語の行間に、即ち自らの妄想に背中を押されて。
ある人が言った。中二病や陰謀論は早いうちに罹患して早々に卒業した方が良いと。何となくそうなんだろうなとは思っていたが、この本を読んでちゃんと腑に落ちた。自分もそういうものが好きだった時期がある。小中高生の頃だった。好きだった漫画やゲームに熱中して友達と語り尽くし妄想に耽った。振り返るには少々恥ずかしいが、けれども間違いなく楽しかった日々の思い出だ。でも自分で自由に出来るお金が少ない年頃で良かった。SNSもない時代で良かったと思う。背中を押すものが少なく、立ち止まらざるを得なかったからだ。それが冷静さを育んだ。国見の言うように冷静であることが幸せかは分からない。でも冷静さを失うのは怖い。熱に浮かされすぎて我を失うことも冷笑に徹しぎてつまらなくなることも嫌だ。この本を読んでぞっとしながらほっとする。
推し活にハマる人、推し活を仕掛ける人、推しが死んだ人の3人の視点で次々と描かれる物語です。
内向的で理想主義でまさにINFPのわたしは読んでいて揶揄されているような批判されているような気持ちになりましたが、最後には推し活の良い側面にも目を向けられます。変わってしまった娘の姿を目にした父はどうなってしまったのか。
Posted by ブクログ
読むのにかなり苦戦した。
3人の視点からの話が1章ごとに順に繰り返されるんだけど、都度出てくる3人が誰だったか混乱する。
推し活動の推す側、推される側、推し活動を仕掛ける側それぞれの内側を見せてくれくる。
正直怖くなる。
世の中の推し活は全て商業的なプロモーションの結果であり、突き詰めるとそれは宗教でファンやリピーターなどは信者であるとこの本は語ってる。
それは虚しい事であると同時に、仲間や打ち込める事が心を埋めてくれる救済でもある。
本屋大賞ってどちらかと言うと万人に分かりやすいエンターテイメントが求められるのかなぁと思ってたけど、この作品はそうではない気がする。
凄く色々訴えかけてくるメッセージ性の強い物に感じた。
Posted by ブクログ
⭐︎3.4
面白いけど、わざわざ本で読むまでの内容では無かったかなー。Twitterでよく見る光景が書かれていたり、よくあるオタクの心理描写なので、オタク側にいた自分としてはあまり新鮮味が無かった。
推し活とかが身近に無い人は読んでいて楽しいんじゃ無いかな?
スミン解像度高くて笑った。笑
Posted by ブクログ
推しを仕掛ける人、ハマる人、ハマっていた人。それぞれの解説書として読めば為になった。再生回数を増やす方法があることも知らなかった。ただ、ストーリーは面白い!とはならなかった。なんか読むのがしんどい本。
Posted by ブクログ
本当に本当にリアルな感想を書くと、、、
わたしは
生殖記
のがすきかな
朝井リョウさんノリにのってて、なんだか遠い人になってしまった感覚、、、エッセイは大好き。
Posted by ブクログ
確かにオタクの解像度が高すぎる。
あと推し活がテーマとざっくり聞いていたけど、陰謀論のほうが私は響いたな。反戦デモの間に読んでいたので余計に…
澄香のパソコンルームのシーンとWすみちゃんの最後のシーンは映像で見てみたい。
エッセイ以外で
本屋さん大賞マニアとしては
著者さんの小説を初めて拝読
刺さる部分もありましたが
う〜ん自分が小説に求めるのとは
少し違うかも?
喋りは大好きなので推しではありますが
そんなに課金はしないかもゴメン