あらすじ
☆2026年本屋大賞受賞☆
【第9回未来屋小説大賞】
【第2回あの本、読みました?大賞】
沈みゆく列島で、“界隈”は沸騰する――。
あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。内向的で繊細な気質ゆえ積み重なる心労を癒やしたい大学生。仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する女。ファンダム経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側――世代も立場も異なる3つの視点から、人の心を動かす“物語”の功罪を炙り出す。
「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
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Posted by ブクログ
※ネタバレあり
『イン・ザ・メガチャーチ』を読みながら、「オタク」という言葉について考えていた。
私はこれまで、「限界オタク」と自称する人たちの感覚が、よく理解できなかった。
「○○すぎてしんどい、無理、死ぬ」といった、もともとはかなり否定的な言葉が、推しの愛情の強さを表すスラングとして定着している。
もちろん、マイナスの意味を持っていた言葉が、肯定的な意味で使われるようになることは、言語の変化としてはあるある。例えば、英語のwicked, sick、日本語のやばい。
それでも「限界ならやめればいいのに」と思ってしまう。なんで自分のことを敢えて卑下するんだろう。
たかが人を推しているだけで、本当に死ぬわけはない。この本の冒頭の久保田のようにそういう言葉を短絡的に使う人たちは、視野が狭いのだと思っていた。
けれど、この本を読み終えて、その見方はちょっと変わった。
今の世界では、誰もがオタクになりうる。オタクであることは、その人の武器でも、毒でもある。
AIの発達によって、知識そのものは簡単に手に入るようになった。
そういう時代だからこそ、インスタントな情報ではなく、
自分が何を好きだと思うのかという、オタク的な偏りが重要だと思う。
しかし、何かに強くのめり込めない人にとっては、その「偏り」すら持てないことが負担になる。
冒頭の澄香は、世界で活躍しようとしている友人たちと自分を比べて疲弊している。
視野が広く、留学や就職や自己実現に向かって動いている人。そのような人たちを見ていると、自分だけが何もしていないように感じられる。けれど、自分の中には、それに対抗できるほど強い原動力も自信もない。
冒頭の場面を読んで「澄香って俺じゃん」って思ってしまった。
大学生であること。留学や就職のことを考えていること。推しやMBTIのようなものに、乗り切れない、けど引っかかってしまうこと、友人関係の悩みなど。
ただ、澄香と違うのは、留学を経験している点。
当時、自分も留学の募集要項や応募書類は、よくわからなかった。
それでも盲目的に飛び込んだ。留学をすれば自分が変わる、と信じていた。
今考えると、あの頃の私は「留学」で視野を狭めていた。
もちろん、留学したからといって、人間が芯から変わるわけではない。
「一年間、交換留学」と履歴書で1行で表せる程度。
でも当時、自分は本当に信じていたし、実際、ちょっとは芯から変われたと思っている。
その意味で、誰もが何かにのめりこんでいると言える。
対象そのものが自分を変えてくれると視野を狭めることで、余計なノイズを遮断する。
「オタクになる」ということには、そういう強さがあると思う。
広い視野を持ち続けることは、必ずしも善ではない。すべての可能性を検討し、すべての立場に配慮し、常に自分を相対化しようとすると、かえって何も選べなくなる、冒頭の「澄香」状態。オタク的な視野の狭さが必要な場面もある
一方で、その狭さは毒にもなる。
自分の「好き」が強くなりすぎると、
自分自身を犠牲にして熱中したり、
他人にも自分の好きなことを当然のように要求してしまう。
この作品のおもしろさは、
登場人物全員が、元・現オタクにあることだ思う。
それぞれの人物が、ある場面では何かに熱中し、別の場面では熱中している人を理解できずにいる。そして特には行き過ぎて他人を傷つけたりしてしまう。そこの強さと弱さ、普遍性が読んでいて面白い。
ここで最初の限界オタクについて考えてみる。
「しんどい」「無理」「死ぬ」などの言葉は相手にそれだけの見返りを求めてるんじゃないかと思えてきた。その言葉を敢えて発することで相手に私はこう思っていますよ、っていうアピールをすることでオタク⇔アイドルの相互関係が成り立っているんじゃないかなって思えた。
それを視野が狭い受け手によっては重いとか感じることもあるだろうし、それで心を病んでしまうこともあるかもしれない。
視野の広さと狭さを調節して、自分は行動しているんだと思わされた作品だった。
こういう物語がらせん状に進んでいくようプロットが大好きで
最終的には、
久保田から澄香へ
澄香から隅川へ
隅川から久保田へ
という関係ができて終わるように解釈した。
ここはまだ考察中。
Posted by ブクログ
なるほど、確かに視野狭窄に陥り、何かに没入している方が、社会や人生の不条理に気を取らずに済み、人生楽しいと思った。
広い視野が美徳とされがちな世の中だが、敢えて視野を狭めることの心地よさや意味を描いている点は興味深い。
勿論、視野を狭め過ぎれば、すみちゃんのように、陰謀論や重課金に取り込まれていくリスクも孕んでいるけど。
すみちゃんがどんどん自分の物語に没入していく様には、早く目を覚ませ!と思いながら読み進めた。けど、結局自分も何かの物語に没入せずには生きていけない。
すみちゃんの様子を動画にアップした投稿者や、それを見て冷笑する視聴者だって、別の物語を信じている点では同じのはず。
特に、正解がない現代では、とりあえず自分が信じる物語はこれだ!と決めて、人目気にせず突き進む強さも大切になってくるのか。
ところで、相変わらず朝井リョウさんが描く心理描写は、嫌になるくらいリアルで生々しい。
人と接するなかで勝手に沸き上がる醜い感情や打算を容赦なく突きつけてきて、今回もえぐられた笑
でも同時に、みんなこんなもんだよなと、ほっとできたりもした。
匿名
刺さる側と分かっていながらも
かなり最悪な読後感だった。
でも、かなりおもしろかった。
昔ドルオタもしていたし、今もライブに行きやすくなるために上京して、私物グッズ入りガチャに6万使って、推しの音楽や言葉を勝手に人生の救済にしている時点で、自分の中に“信徒性”があること自体は前から自覚していた。
ライブ後に「神」と何度言ったかわからないし、作品や言葉を拡大解釈して、勝手に巨大な感情を抱いてしまう感覚も覚えがある。
ただ一方で、“推し”という言葉を安易に使いたくない気持ちもずっとあった。(現時点でドルオタではないから)
周りから見れば十分推し活をしている側なのに、「ただの消費や疑似恋愛とは違う」という意識でどこか斜に構えていたし、その“自分は少し違う側だと思いたがる感じ”も含めてかなり厄介だなと思った。
序盤では骨格診断やMBTIみたいな、令和の若者にとって身近な話題もかなり多く出てきて、「現代」を詰め込んだ空気感がすごかった。
身近に見る言葉や価値観だからこそ読みやすくておもしろい反面、「こういう要素を入れると若者は読み進めやすい」という作者の意図を少し感じて、若干冷めた部分もあった。
ただ、読み進めるほど単なる“令和あるある小説”ではなくなっていく。
人が何かを信仰し、共同体に救われ、依存し、選民意識を持ち、それでも孤独なまま生きていく話としてどんどん複雑化していって、自然と考えさせられた。
あと個人的にかなり考えさせられたのが、“楽しかった”だけでライブを終われなくなった感覚。
彼の音楽を聴くと確実に心を掴まれるし、好きか嫌いかで言えば比較するに値したいくらいに純粋に好き。
でもその一方で、自分の時間やお金や生活を削ってライブへ行っている感覚もずっとあって、手放しに「楽しかった!」だけでは終われない瞬間がここ数年かなり増えた。
ステージ側は「いつでもここにいるから」と言ってくれる。
でも、実際に消費されているのはこちら側でもある、という感覚もどこかにあった。
その曖昧な違和感をかなり言語化されていて苦しかったし、同時に「自分はまだマシな方なのかもしれない」と安心したくなる感覚まで含めて、かなりこの作品の“信徒”そのものだった気もする。
「疑似恋愛」「プロデューサー」「アナリスト」「学級委員長」「信徒」みたいに、同じオタクでも依存や執着の向きが細かく分けて描かれていて、解像度が異様に高い。
オタクにとってのホラー小説だった笑
「推し活」の光と闇を抉る物語
俳優への心酔やファンダムの熱狂を、個人の孤独を埋めるための「巨大な教会(メガチャーチ)」に見立て、その救いと危うさを鮮烈に暴き出します。
「視野を広げすぎると不安になるが、狭めすぎると狂う」というジレンマに、現代を生きる誰もが戦慄するはず。信じることでしか自分を保てない人間の脆さを残酷なほど美しく描いた、2026年を象徴する衝撃作です。
色々な意味で刺さった
INFP気質があり、学生で、現在進行形でオタク仲間とオタ活に励んでいる自分には深く深く刺さりました。途中の描写は少し、いやかなりダメージを負いながら読みました。でも、その痛みも含めておもしろかった。
印象に残っているのは、久保田さんと道哉がカフェで会話しているシーン。道哉の台詞がつらつらと続く中で、「つまり何が言いたいの?」と思いながら読んでいたら、まさに同じようなことを久保田さんが漏らしていてびっくり。この時の道哉のような台詞って意図的に書けるものなんだ、と唸りました。朝井リョウさんの文章力に脱帽です。
推し文化の切り取り
推しにまつわる様々な人たちの話がつながっていく物語。正直怖い。のめり込みは気づくとそこにあるもの。そういう怖さを感じながらのめり込んで読んでしまった。
Posted by ブクログ
意図せずでしたが、「人はなぜ物語を求めるのか(千野帽子/著)」を近々に読んでいたおかげで、人は自分の思うような物語を当て嵌めると、物事をスッキリ理解し(たようなきがして)安心する、というのが前提に読み込めました。
宗教とほぼ同じというのは、昔っから言われていた気がしますが、メガチャーチという単語とポップで海外の若者に流行っていることは、初めて知りました。信者のタイプ分けとかも。参考文献は載ってなかったけど、現代の情勢とか趨勢を情報として取り入れている感覚なんでしょうか。
熱量、連帯感、一体感、気持ちいいことこの上ないと思いますが、自分を使い切った先に、また立ち直ることはできるんでしょうか……?
最初からやり直せるんでしょうか……?
と、一歩踏み出す勇気がない自分、推し活などやったことない自分は、もう主人公格3人は、もうみんなバッドエンドな気がしていて、気疲れしました。
それこそ、浅井リョウさんの作品の“物語”って、どれも容赦なくガツンとやられるから、キッツイですよね。
父親が、会いたがっている娘を最悪のタイミングで見つけるであろうラストシーンは、頭を抱えます!
ここで終わらせるってことは、物語に飲み込まれることの恐怖を一番言いたいんじゃないかなと思う一方、作者自身のキレキレダンスだとか、好きなものに深く入り込む姿勢を称賛しているような本業以外の活動も記憶に新しいです。
こんな小説を書いておいて、そんな感じの作者の姿勢を鑑みるに……何かに打ち込む、ハマる、連帯感を持つことを大事にする一方で、冷静に俯瞰的に自分のことを見つめる目を養うことが大事なんじゃないかな、と思いました。
Posted by ブクログ
読み終わりました!
ずっと読みたかった朝井リョウさん。
本屋大賞おめでとうございます!!
推し活してる人にはぐさっとくる。
私も最近解散したグループの箱推しだったので
気持ちは痛いほどわかる。
この生きにくい世の中
推しがいるから幸せと思える部分も
正直あるとは思う。
なにかに縋りたい気持ちもよくわかる。
それがなくなって落ちていく人
それがあって頑張れる人
同じ「すみちゃん」でも迎える結末は
ここまで違うんやなぁと。
今の世の中 性格診断とかに頼りすぎなのは
すごく共感!!!笑
誰も救われて無い気がして心が痛いけど。
今後少しでも救われますように。
この話は推し活してない人には
ちょっと難しい話かも汗
朝井リョウさんのエッセイのイメージ
強すぎるので...
こんなにも真面目な重たい話書くのかーと
思ってしまいました笑
Posted by ブクログ
最後の方、澄香のパパが飲んでた味噌汁は味噌が溶け切ってなくて、味噌が溶け切らない=脳みそが溶け切らない=我にかえってる。ってことなのかなと思った!
でもあの後、人との繋がりを求めてまた視野を狭めて行動したかもね。本当に大切な繋がりを求めて。
派遣のお友達2人組も、スミちゃんの方は自分を使い切ったっていってたから、またお友達と空っぽの再スタートを切りたいって思ってたみたいだもんね。
人生の軸はいくつか持っておいて依存しないようにしながら、目的や見返りを求めないコミュニティの中で、愛を感じながら生きていく。
視野が狭いままでも、広いままでもどちらが正しいと言うことではなくて、節度を守りながらその連続の中を生きていこう。
遠くを見たり近くを見たりする事が、目の健康に大切であるように!?
俯瞰して、正しさの上から視野の狭い人たちを嘲笑してると自分は間違ってないと安心するけど、多角的な正しさに監視されながら生きていると確かに思い切って一歩を踏み出すことができない。
この物語を見て視野を狭めて新しいことに挑戦しようかなと思ったンゴな。
Posted by ブクログ
推し活というものに今まで自分は縁が無かったため、驚く場面が多かったです。
推し活をする側、仕掛ける側、双方の気持ちを少しだけ理解できた気がします。
推しを自分で育てたいという気持ちは理解できるが、やってることがかなり過激だと感じました。
個人的に視野狭窄は不幸だと思い込んでいましたが、小説の中には自ら視野狭窄に飛び込んでいると感じられる人物が何人か登場します。そのため、幸せと不幸の感じ方は十人十色だと考えを改めました。
Posted by ブクログ
推し活を仕掛けて搾取する人、推し活にハマって窮屈な場所から息ができるようになってのめり込む人、推し活から突き落とされて同じ熱量の何かを見つけたくて陰謀論にハマる人。
こわ〜〜〜!
現代小説ってまさに今の「あなた」を描くものだと思うので意図的に刺しにくるじゃん。孤独なおじを。若い子を。働くだけの独身契約社員を。
今年はじめてアイドルの推しができてしまって、ファンダムの解像度がある程度高くなったので余計に知ってる話が(知らない話も)面白い。
とはいえ2年前の発行なので、2026年現在だったら絶対にチャッピーに相談して全肯定されて私は間違ってないのだ、の下りが入ったなと思う。賞味期限が短い。だからこそ、今まだ期限内の内に読むと楽しいし刺さる。
前半、はてなダイアリーみたいで面白いな、と読んでたらたまに脇腹あたりをぐさぐさ刺してくる。自らなんらかの中毒に陥りたがっているとか、我を忘れて何かに夢中になっている方が楽で、人間の寿命が長すぎるとか。そうだよねぇ…と視野を広げさせられてしまう。
前半は『どこかにいるかもしれない人』のはてなダイアリーで、後半に繋がっていく過程で小説になっていく気がする。小説においては、とりかえしのつかないヤバい道をぐんぐん行く人を見るのがおそらく小説の醍醐味なので、普通におじの愚行にそわそわした。
すみかちゃんは、まだ若いので大丈夫です。その年でやり切った方が予後が良さそう。
MBTIを信じる人、海外ではこうだから~の人、それを冷笑する人、アイドルにのめり込む人、陰謀論に騙される人、あっけらかんとしていて実はただ飽きっぽいだけの人。
ちゃんと全方面を刺しに行くぞ!みたいな気概がありつつ仕掛ける側の国見(性別不明)と橋本(プロデューサーおじ)と新人アイドルくんたちには甘いのかもしれない。
どの立場も正解じゃないよという印象を受けていた……ら、本文内でそれ言ってた。正解がない時代だから、自分を使い切りたいんだって。
私や作者も、この本の中の行動(霊感詐欺とか親の金使い込むとか)に対して「これは愚か」ってジャッジは下せるけど、でも真実なんて分からないし陰謀論全振りとまではいかなくても何でこの国がこうなってるんだ…?みたいなものはあるよねという、自分の中に少しはある要素がこの3人に投影されている。
やはり、現代小説は「あなた」の一部を描いて「あ、分かる」と思わせるものなんじゃないかなぁ。だとしたら掌の上です。
苦しくなった
自分の仕事に活かせるのではないかと読み進めましたが、どちらかというと「オタク」側に寄り添ってしまって苦しくなってしまいました。
孤独を自覚することの辛さ、それを何かで埋めて自分を使い切る、そうさせるための物語…
世の中はそれらで満たされているってことなんですかね。
一気に読める!!
朝井リョウさん、5冊目かな。相変わらず、サクサク読める展開。会話しながら、脳内思考が繰り広げられるところが、臨場感があって好き。私はユリちゃん側の熱量の低い人だから、推し活で楽しんでいる人が羨ましかったけど、やっぱりバランス良く推さないと人生詰むわな、、、。視野が狭くも広くもバランス大事。個人的には、アイドルプロデューサーが冷静すぎて、リアルに感じた。てか、最後の終わり方!!続き書いてーー!!バレるのかな。家族関係の再構築できるのかな。あー気になって寝られなくなっちゃった。これが、視野の狭くなる感覚かな。朝井リョウさんの自叙伝が個人的に一番面白いよ。