ビジネス・実用の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
30年前、その時代においては通用しなかったかもしれないが、少なくとも現代においては通用する考え方である。テルミーガツンっていう言葉が流行った時代にこの本があったらどれだけ良かったか。反対意見は、財産。前向きな捉え方だし建設的だ。反対意見を肥やしにする。行動だけが思考を更新する。行動すれば必ず結果が出る。失敗とはあなたの能力の欠如ではない。単なるデータの取得である。AIは過去のデータから最も新しい正解を出すことができる。しかし自ら行動し恥を書き痛みを感じ、そこから納得会を導き出すことはできない。このプロセスこそが、AIには決して大体できない人間だけに許された知性なのだ。
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Posted by ブクログ
非常に感情を揺さぶられる。とともに、裏付けられた根拠を元に安易な安楽死推進派に異を唱える著者の論に圧倒される。
時に素朴に、単純に反対か賛成かと語られがちな安楽死を巡る議論をする前の、必読の書である。賛成を謳う人も、本書を読めばどこに線を引いて賛成するのかを考えなければならない。もっといえば、線を引いた後に、いかにその線がブレずにいられる(著者の言葉を借りれば「くだり坂」にならない)社会を構築できるのかについて、相当に思考する必要はあるだろう。
著者は安楽死を巡る道徳云々には立ち入らない、と序章で断わっているが、実際にはかなり踏み込んでくる。大きな絵について語りながらも、小さな物語に目を向けることも忘れない。
いい医者や看護師もたくさんいる、と断りを入れながらも感情的に、痛烈に日本の医療の問題点を非難する後半の論調にはやや違和感を感じながらも、被障害者の子どもを持つ母親としての経験からくる言葉だと思えば納得できる(し、耳が痛いと思っても、多くの病院関係者に届いてほしい言葉でもある)。もっといえば、その感情的な言葉にこそリアルを感じる。
安易に結論を出せない問題だからこそ、多角的に考える必要がある。その1冊として、本書を強くおすすめしたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『知的生産のセンス』統合レポート
生成AI時代に、人間の価値はどこへ移るのか
0|エグゼクティブサマリー
『知的生産のセンス』の議論を、今回共有いただいた範囲全体から一本の論理として整理すると、核心は次のようにまとめられます。
生成AIによって「つくる能力」は急速にコモディティ化する。だからこそ、人間の価値は「何をつくるか」「何を選び、何を捨てるか」「相手にウケているか」「最後にどこまで凝るか」という、上流の判断と下流の感覚へ移る。
AIは、情報収集、分析、整理、翻訳、文章作成、資料化といった知的生産の供給能力を劇的に高めます。しかし供給能力が増えても、需要まで自動的に増えるわけではありません。むしろ大量の知的成果物が生成されるほど、「何が本当に求められているのか」を見抜く力が希少になります。
その結果、知的生産の競争力は、スキルからセンスへ、OutputからAgendaへ、BetterからDifferentへ、正解探しから意思決定へ移っていきます。
本書における「センス」は単なる直感ではありません。自分の価値基準を持ち、仮説を立て、現実にぶつけ、反応を読み、修正し、さらに細部を磨く。その反復によって形成される、文脈依存の高速な判断能力だと理解できます。
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1|生成AIが生み出す「需給ギャップ」
技術の発展には、それまで人間が担っていた作業を外部化する作用があります。生成AIもその延長線上にあり、知的生産の供給量を飛躍的に増加させます。
文章を書く、要約する、調査する、翻訳する、データを分析する、スライドをつくる。これまで一定の訓練を必要としていた行為が、AIによって短時間・低コストで実行できるようになります。
しかし、ここに大きな非対称性があります。
供給はAIによって増やせるが、需要はAIによって同じようには増やせない。
誰も欲しくないレポートを100倍速く作っても、価値は生まれません。生産性向上と価値創造は別問題です。
そのため、AI時代の競争では、
「こんなことができます」
という供給側の能力よりも、
「誰が、何を欲しているのか」
を見抜く需要側の能力が重要になります。
これは衣服の大量生産とファッションデザイナーの関係にも似ています。衣服を作る能力が一般化すると、「何を着たいと思わせるか」を考える仕事の価値が高まった。同じことが知的生産にも起こるというのが、本書の基本認識です。
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2|「スキルのデフレ」と「センスのインフレ」
生成AIは、従来「人間のスキル」とされてきた領域を急速に外部化します。
語学、文章力、情報整理、分析、プレゼンテーション作成など、「できること」自体の希少価値は低下していきます。
本書では、この現象をスキルのデフレとして捉えています。
一方で重要性が高まるのが「センス」です。
スキルが、
「どうやればできるか」
に関する能力だとすれば、センスは、
「そもそも何をやるべきか」
「どれを選ぶべきか」
「何に価値があるのか」
を判断する能力です。
AIが「How」を強力に支援するほど、人間には「What」「Why」の比重が高まります。
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3|知的生産のボトルネックは上流へ移動する
知的生産は、おおむね次のような流れで進みます。
工程主な問いAIの有効性
アジェンダ設定何を問うのか低い
仮説構築何が起きていると考えるか部分的
情報収集何を調べるか高い
分析・統合情報から何が言えるか高い
出力どう表現するか非常に高い
AIは知的生産の後工程ほど強力です。
そのため、従来は「調べる」「分析する」「書く」ことがボトルネックだったものが、AI時代には、
「そもそも何を問うのか」
へ移ります。
つまり、AIによって知的生産能力が均質化するほど、アジェンダ設定と仮説形成の差が最終成果の差になるということです。
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4|戦略とは「外在的な正解がない中で決めること」
この議論は、そのまま戦略論につながります。
生成AIに条件を与えれば、多数の戦略オプションを提示させることはできます。
しかし、
「その中のどれが最善か」
という問いをAIに委ねることには本質的な限界があります。
なぜなら戦略とは、客観的な採点基準によって唯一の正解を選ぶ行為ではないからです。
戦略的意思決定とは、
外在的な正解が存在しない状況で、リスクを引き受けて選択すること
です。
Aにも一理ある。Bにも一理ある。それでも、どちらかを選ばなければならない。
この場面で必要なのが「センス」です。
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5|BetterではなくDifferent
競争における違いには、大きく二種類あります。
一つはBetterです。
品質が高い、速い、安い、性能が良い。共通の物差しで比較できる違いです。
しかしBetterは、競合も同じ方向へ努力できます。そのため、優位性が生まれても追いつかれやすい。
もう一つがDifferentです。
そもそも違う市場を選ぶ、違う価値を提供する、違うポジションを取る。
こちらは一つの尺度で「どちらが上か」を測れません。
本書が戦略の本質として重視しているのはこちらです。
戦略とは、より良くなることではなく、異なる存在になること。
生成AIは既存情報のパターンから「最も妥当そうな答え」を生成するため、放置すると平均や中央値へ向かいます。
だからこそ、Differentをつくる最終判断は、人間側に残ります。
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6|戦略とは「何をしないか」を決めること
北へ行くと決めることは、単に北を選択するだけではありません。
南、東、西へは行かないと決めることでもあります。
したがって戦略の本質は、
「何をするか」以上に「何をしないか」
に表れます。
企業のニュースを見れば、「新製品を出した」「新市場に参入した」といった、存在するものは分かります。
しかし、その企業が、
何をやめたのか
どこに参入しなかったのか
何を意図的に捨てたのか
までは見えにくい。
実はそこに戦略の輪郭があります。
戦略とは足し算ではなく、選択と排除です。
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7|「仮説が先、AIが後」
本書のAI活用論を最も端的に表す原則の一つが、
仮説が先、AIが後
です。
AIに「正解を教えてもらう」ことから始めるのではありません。
まず人間が、
「こうではないか」
という仮説を持つ。
そのうえでAIを使って、
情報を集める、反証する、類似事例を探す、補強する、整理する。
したがって役割分担は、
人間:Agenda・Hypothesis・Criteria・Decision
AI:Search・Analysis・Production
と整理できます。
AIは思考を代替するものではなく、人間の仮説検証能力を拡張する装置として使うべきだという考え方です。
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8|教養とは「自分の価値基準を持つこと」
では、外在的な正解がないとき、何を基準に判断するのか。
ここで登場するのが「教養」です。
本書における教養は、単なる知識量ではありません。
たくさんの本を読んでいる、歴史に詳しい、芸術を知っている、というだけではない。
自分自身の価値基準を持ち、それに基づいて考え、判断し、行動できること。
これが教養です。
「なぜ、その選択をしたのですか」と聞かれたとき、
「AIがそう言ったから」
「みんながそうしているから」
「上司に言われたから」
ではなく、
「私はこう考えたから」
と説明できるかどうか。
そこに自由と教養があります。
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9|AIは「博覧強記だが無教養」
AIは膨大な知識を持っています。
しかし、
何を大切にするのか
何を目指すのか
何を捨てるのか
という固有の価値基準や信念を持つわけではありません。
この意味で本書では、AIを「博覧強記だが無教養」と表現します。
さらに強い比喩として、AIを「知的奴隷」として使うという表現も登場します。
ここで言いたいのは、人間が主人でAIが低級だということではありません。
重要なのは、
目的を誰が決めるのか
です。
目的、価値基準、最終判断は人間。
その目的達成の手段としてAIを使う。
この主客関係を逆転させないことが重要だという議論です。
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10|AIとの役割分担は「得意不得意」より「好き嫌い」
さらに本書は、AIとの分業を能力比較だけで考えることにも疑問を投げかけます。
基準は非常にシンプルです。
嫌で、やりたくないことはAIへ。
好きで、自然とやってしまうことは自分へ。
同じ仕事でも、人によって意味が違います。
文章校正が面倒な人もいれば、文章を推敲して少しずつ良くすること自体が楽しい人もいる。
ファッションが好きな人にとって、「どの服が似合うか」と悩む時間は非効率ではなく、価値そのものです。
そのプロセスをAIに外部化すれば、効率は上がっても本人の効用は下がります。
したがって、
AI活用とは、すべてを効率化することではなく、自分が本当に楽しみたい知的生産に時間を戻すこと
だと整理できます。
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11|Concept・Direction・Productionを分ける
知的生産は、
Concept → Direction → Production
の三段階でも整理できます。
Conceptは「何をつくるか」。
Directionは「どういう方向性・構成にするか」。
Productionは「実際につくる作業」です。
ただし、
「ConceptとDirectionは人間、ProductionはAI」
と固定する必要はありません。
文章を書くこと自体が好きならProductionまで自分でやればよい。
逆に文章化だけが苦痛なら、その部分をAIに任せればよい。
つまり「作業」とは客観的な工程名ではなく、
その人にとって意味や喜びを感じない部分
だということです。
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12|知的生産の価値は「ウケるか」で決まる
ここから議論は供給側から需要側へ戻ります。
どれほどロジックが正しく、データが精緻でも、
相手に響かなければ価値はない。
BCGでの顧客向けプレゼンでも、最終的な評価基準は、
「ウケたか、ウケなかったか」
だったというエピソードが紹介されます。
「ウケる」とは単に笑わせることではありません。
相手が、
身を乗り出す、質問する、表情が変わる、行動したくなる。
こうした変化が起きることです。
したがって、知的生産の価値は作り手ではなく、需要側が決めることになります。
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13|「ロジックが正しい」は必要条件にすぎない
センスが乏しい人ほど、
「自分のロジックは正しい」
という主張に固執しがちです。
しかし論理的に正しいことと、相手に価値があることは同義ではありません。
知的生産には、
Logicだけでなく、RelevanceとResonance
が必要です。
相手に関係があるか。
相手に響いているか。
相手がスマートフォンを見始めた、表情が消えた、ページをめくり始めた。
その瞬間、
「この方向はウケていない」
と察知できることがセンスです。
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14|センスは「直接経験」と「場数」でつくられる
AIから情報は得られても、
* 相手の表情
* 声色
* 沈黙
* 場の緊張感
* 身体的な違和感
までは完全には代替できません。
だから直接経験が重要になります。
知的生産の学習サイクルは、
仮説を持つ → 世に出す → 相手の反応を見る → 外す → 修正する → 再び出す
という反復です。
この「ウケた/ウケなかった」の場数が蓄積されることで、
どこを掘れば相手が反応するのか
を瞬間的に察知できるようになります。
これがセンスの正体の一つです。
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15|価値と投入時間は一致しない
コンサルティングを例にすると、何カ月もの調査・分析に大量の工数を使う一方で、
最初の1時間で設定したアジェンダや仮説
が、最終価値の大部分を決めている場合があります。
つまり、
時間をかけた仕事ほど価値がある
とは限りません。
AIによって情報収集や分析の工数が圧縮されれば、タイムチャージ型の価値観はさらに揺らぎます。
一瞬で出された優れた仮説には、実は長年の経験や失敗、思考が圧縮されています。
価値ある一瞬は、それまでに積み重ねた人生の時間によってできている。
この観点が非常に重要です。
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16|「頑張る」より「凝る」
センスを磨く最後のキーワードが、
「頑張る」より「凝る」
です。
頑張るとは、時間や労力を増やすこと。
凝るとは、
細部の違和感を無視せず、最後の数点を詰めること
です。
90点を95点へ、95点を96点へ。
ここに一流の仕事の特徴があります。
AIによって誰でも80〜90点の成果物を作れる時代になれば、むしろ差が生まれるのは、
AIが作ったものを人間がどこまで磨き込めるか
という部分になります。
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17|文章・プレゼン・音楽に共通する「リズム」
「凝る」対象として重要なのが、リズムです。
文章であれば、
* 語彙
* 文の長短
* 語順
* 句読点
* 間
* テンポ
によって読み心地が大きく変わります。
プレゼンも、
何を言うか
だけではなく、
どの順番で、どのタイミングで、どこで止めるか
が重要です。
音楽も同じです。
知的生産には、論理では完全に説明できない「流れ」があります。
このリズムを自分の身体で感じ、何度も磨くことが、その人独自の文体や表現をつくります。
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18|統合すると「AI時代の知的生産ループ」はこうなる
今回の添付全体を統合すると、AI時代の知的生産は次のような循環として捉えられます。
Demand / Agenda
誰にどんな需要があり、何を問うのか
↓
Hypothesis
自分はどう考えるのか
↓
Choice / Trade-off
何を選び、何を捨てるのか
↓
AI Augmentation
情報収集・分析・制作をAIで高速化する
↓
Output
現実の相手にぶつける
↓
Feedback
ウケたか、ウケなかったかを見る
↓
Learning / Sense
反応から価値基準を更新する
↓
Refinement
違和感を手掛かりに細部まで「凝る」
↓
再び次のAgendaへ。
このループを何度も回すことで、センスが育ちます。
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19|本書全体を貫く対比
ここまでの内容は、いくつかの対比に圧縮できます。
供給能力 → 需要発見
Skill → Sense
How → What / Why
Output → Agenda
Better → Different
足し算 → 選択と排除
正解探し → 意思決定
AIに相談して決める → 仮説を持ってAIを使う
知識量 → 自分の価値基準
効率化 → 好きなプロセスへの集中
ロジックの正しさ → ウケるかどうか
間接情報 → 直接経験
努力量 → 凝り
平均品質 → 独自の文体・リズム
本書の主張は、この右側に競争力が移っていくということだと理解できます。
⸻
20|最終結論
『知的生産のセンス』が示しているのは、単なる「生成AI活用術」ではありません。
むしろ問われているのは、
AIによって何でも作れる時代に、人間は何を自分の仕事として残すのか。
という問題です。
AIに任せるべきなのは、検索、整理、分析、制作といった、すでに方向性が決まった後の仕事です。
人間が手放すべきでないのは、
何を問うか。
何を欲しいと考えるか。
どんな仮説を持つか。
何を選び、何を捨てるか。
何を面白いと感じるか。
相手の反応をどう読むか。
最後にどこまで凝るか。
という領域です。
したがって、本書における「知的生産のセンス」は、次のように定義できます。
自分の価値基準を起点に問いと仮説をつくり、AIを使って高速に形にし、現実の反応から学び、細部まで磨き込みながら、他者とは異なる価値へ昇華する能力。
そして、AI時代に最も重要な原則を一文にするなら、
仮説が先、AIが後。アウトプットの後は現実を見て、最後は自分の違和感を信じて凝る。
これが、今回共有いただいた『知的生産のセンス』の内容全体を貫くメッセージだと整理できます。 -
Posted by ブクログ
次のキャリアの学びのために手に取ったが、社内の新規部隊にいる今の自分に強烈に刺さった。
信頼関係を築くために、アイスブレイク、笑顔、直接足を運ぶといった表面的な行動は意識してきたものの、根本的な対話の姿勢が見えていなかったと痛感する。
どうしてもすぐ「正論」で返し、自分のナラティブを押し付けてしまっていた。今まで何度溝に落ちたことか。
相手目線でいうと、「正しい説明という暴力」になっていた。
エビデンスの有無に限らず、自分のナラティブは一度脇に置いて、「相手のナラティブが何なのか」を丁寧に観察するところから始めたい。仕事はもちろん、プライベートも含め、人と関係性を築くあらゆる場面で立ち返りたい一冊。 -
Posted by ブクログ
本棚の積読から今回手にとってみました。
“ネズミのスニッフとスカリー、
小人のヘムとホー。
2匹と2人は「迷路」のなかに住み、
「チーズ」を探します。
「チーズ」とは、
私たちが人生で求めるもの、
つまり、会社、家族、財産、健康、
精神的な安定……等々の象徴。
「迷路」とは、
チーズを追い求める場所、
つまり、会社、地域社会、家庭
……等々の象徴です。”
2匹と2人は、チーズを求め走り回り、ある日食べきれないほどの大量のチーズがある素晴らしい場所を見つけます。
安心して入り浸り、新しく冒険に出ることもなく過ごしていましたが、そのうちにチーズはなくなってしまいました。
ここで4者4様の反応を見せるネズミと小人たち。
ネズミ達はいち早く、じゃあ他のチーズを探そう!と旅立ちます。
一方、小人たちは「どうしてこうなった、こんなことが起こるなんておかしい」と憤り、ついには「待っていたらまたチーズが現れるはずだ」と現実逃避し、その場を動こうとしません。
何日か経ち、ホーが他のチーズを探しにいこうとヘムに話しますが、ヘムはごねて、そんなヘムを残してホーは1人で旅立つのでした。
物語は3部に分かれていて、元クラスメイトだった社会人の集まり、「チーズはどこへ消えた?」本編、物語をふまえたディスカッション、となっています。
物語の文章の中でとても心に残ったのは、
「最大の障害は自分自身の中にある。自分が変わらなければ好転しない」という言葉。
分かっていても動けない、現状維持に甘んじて、これでいいのだと自分に言い聞かせて現実に目をそらす。
ヘムは弱い自分自身だ。
きっと誰の心にもあるものだと思う。
また物語の後のディスカッションは、それぞれの立場から自分の経験や感じたことをお互いに話し合い、自分の中に落とし込んでいく有意義なものだった。
変化はいつか必ず訪れる、でも恐れずに受け入れ、前に進むことが大事なのだと思う。
また、なりたい自分、目的を達成して楽しくて幸せな姿をイメージすることも大切だ。
ネガティブな想像は恐怖や不安といった感情を増幅させ、動けなくなってしまう。
ホーが途中で愚かな自分を笑いとばしたのも印象的だった。
あなたはスニッフ、スカリー、ヘム、ホー、
誰に当てはまりますか?
身近な人達と話し合ってみたい。
読んでよかったと思える作品でした。 -
Posted by ブクログ
AIを開発チームに採用する技術
27社の挑戦と成功法則
著:木下 雄一朗
出版社:オーム社
AIの導入を巡る、企業群の問題と葛藤を横ぐしで考察した書、導入の現場で何が起きているのかをまとめた、ダイジェスト本です。言うは易しです。
破壊的な生産性を誇るAIエージェントではあるが、功罪相半ばといったところでしょうか。
暴れ馬を手なつかせるために、その馬そのものをよく知ることだ。
27社の状況がかたられているが、業務の推進を第一に、そのシステム構築を主眼としているエンドユーザと、生成AIを含めてITシステムの構築・保守の効率化を推進し、クライアントに納品・提供をしていくIT関連会社とは、視点がやや違っているように思えた。
いずれにしろ、AIを、ヤンチャな部下としてどう使っていくかというのが本書を貫くテーマである。
気になっているのは、以下です。
生成AIの活用方針を定めている企業の割合でも、中国や欧米が7~9割に達する中、日本は49.7%と半数に届いていません。
生成AI活用上の課題として、リテラシー・スキル不足(70.3%)やリスクを把握・管理することの難しさ(48.5%)があげらえています。生成AIの活用を推進しない理由として、「推進するための専門人材がいない」が55.1%で最多でした。
エンジニアに求められる能力とは、
・技術を理解する力
・現行業務を正しく把握する力
・業務フローを刷新する創造性
日本では、コスト削減が議論の中心ですが、欧米では、顧客のビジネスに想像的に貢献するユースケースが広がっている
人が介在するのは、AIの出力をチェックする工程に絞ることができる
AIを使うときも、自分ならどう実装するかの方針を先に持っておく必要があります
AIツールの使い方は、マニュアルを読んで身につくのではありません。
試行錯誤を繰り返し、うまくいかない経験を重ねることで初めて「どう指示すれば期待した結果が返ってくるか」の感覚がつかめます。
AIに限らす、他のツールと一緒で、教育なり浸透なり、そういったことをして業務改善には、つなげるものの、AIだからというのはない。
AIの主力はコード生成である。
人間側に待ち時間が無くなった結果、すきまの休息が消えていく現象が起きています。
表に出てきている摩擦が、AIの出力を十分に確認せずに、次の工程へ流してしまうという問題です。
◎AIが書いたコードであっても、責任は最終的に内容を承認した人に残るという、前提を社内で共有しています。
AIの導入により、エンジニアに求める能力は変わりました。
・品質を担保する力
・AIをプロダクトに組み込む力
・AIを使って開発業務以外も効率化する力 です。
変化に追従し続けるための土台として、コミュニケーションスキルと、学習能力を重視している
AI駆動開発で変わり始めていること、それは、人数を増やさずに開発力をあげる手段であることです。
リスクを切り分けて低リスクの実験場を作る
大きいタスクを一度にAIに投げると、どうしてもブレが生まれて失敗する確率が上がってくるので、適切なサイズにする必要があります。
コードを速く書けることと、開発全体の生産性が上がることは同義ではない
◎受託開発の現場では、再現性がなければ、品質保証の仕組みが成り立ちません。
AIに任せるところと、人に任せるところが、我々の中で、明確になりつつあって、その工夫が開発プロセス全体の生産性をあげていくキモです。
巻末に、「AIコーディングツール利用が井戸テンプレート」=問題マップ
巻末用語集、AIツール・サービス早見表がまとめられています
ちょっとうれしい。
目次
まえがき
第1章 AIの「採用」はどこで詰まるのか
コラム: WFPダチョウファーム エンジニアも予算もない現場で、AIは何から始まるか
第2章 事例編――27社の壁と判断の記録
大企業・グループ企業の挑戦
ソフトバンク 「1日目からAI前提」で走り出した開発チーム
富士通 法令文書700ページから始まった開発工程の「まるごと刷新」
みずほ証券 「プロジェクト」ではなく「人」を選ぶ
サイボウズ AIによる「局所最適」を越えて、開発プロセスを組み直す
MonotaRO 「やってみてから考えましょう」で回り始めた全社AI展開
さくらインターネット 「便利だが、信用はしない」インフラ事業者のAI活用
KINTOテクノロジーズ 「イノベーターの足を引っ張らない」、伸びる人から伸ばす
KAG コードが速く書けるほど、「何をつくるか」を話す時間が増えた
IT専業・SIerの転換
クラスメソッド 社長の「AIフルコミット」宣言により10%から100%に届くまで
富士ソフト 「速く作る」ではなく、品質と説明責任を失わない開発を
クリエーションライン AIで速くなるほど売上が減る受託開発をどう変えるか
ULSコンサルティング 20年提唱してきた開発モデルに、AIが追いついてきた
モリサワ プルリクエストは1.8倍、次の課題はレビュー
成長企業の試行錯誤
ファインディ トップと推進担当者とチャンピオンで回す――400人組織のAI推進
ラクスル プロトタイプではなく、プロダクトコードで壁を破る
ログラス 「誰も来ない勉強会」から、99%がAIを使う組織ができるまで
e-dash エンジニア主導の導入が「使わない人は評価しない」に変わるまで
スタメン 全員が使っても、「何倍」とは言わない
エクスプラザ 「1週間コードを書くな」――トップが盛り上げ、現場が育てるAI駆動開発
少数精鋭チームの判断
ビズリンク 「使わないことの方がリスク」から始まった開発と契約の転換
SecureNavi 情報セキュリティ企業が「禁止」よりリスク提示を選んだ理由
JADE 「プロンプトはあるが、意図はない」――AIが書いたコードに向き合い、立て直す
en-gine 「整っていなければ、そこで止まる」全工程AI化で見えた導入の順序
Elith 「コード書きたい欲は、一旦置いといて」Kaggleマスターが集まるAI企業の割り切り
コンテンツワークス 完全リモートの少数チームに「AIメンバー」を迎える―仕様駆動開発で挑んだFlutter移植
一人法人の実験
Axcxept AIを作る側が、AIで事業を回して見えたこと
第3章 横断分析――同じ問いへの異なる答えを整理する
コラム:ツールの作り手は、何を見ているか
OpenAI マルチエージェント時代の品質保証と開発者の役割
Cognition(Devin) 実装速度の先にあるボトルネック
Cursor 書く速さの先にある、設計判断と効果測定の課題
第4章 AI採用ロードマップ――自社の次の一手を決める
付録A AIコーディングツール利用ガイド テンプレート(開発者向け)
付録B 巻末用語集
索引
ISBN:9784274235191
判型:A5
ページ数:384ページ
定価:2600円(本体)
2026年08月30日第1版第1刷発行 -
Posted by ブクログ
知識的創造企業を読んでこんなに、会社組織の仕組みをわかりやすく説明されているものはないと思っていたが、その続編とのことで読みました。
内容は、470ページに及ぶ大作で知識的創造企業に実践を加えた新しいモデルの説明です。
哲学の視点も多く盛り込まれていて、改めて哲学を学ぶ大切さを感じました。
今回も理論だけでなく、トヨタ、ホンダ、JAL、シマノ、エーザイ等の具体的な事例が多く挙げられており理解も深まりました。
経営学の本を読むならばまずこの本と言える本です。
キーワード
共通善の追求
いま、ここで判断をする
身体的な経験から本質をつかむ(現場主義)
本音で話せる複数の場をつくる
矛盾を受け入れ、チャンスとする
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Posted by ブクログ
ちきりんさんのVoicyから、著者のXとnote、そしてこの本です。
病院嫌いで還暦過ぎのおひとり様には怖すぎです。
年取ったら、ガーゼに貼ったテープ剥がすとき、いっしょに皮膚も剥がれちゃうって!泣く。
"老いのプロセス" を読むうちに、なんだか自分も、一気に老け込んで私は死にました、脳内でだけどね。
テレビなど見てると、元気なお年寄りばっかりで、自分もそっち側と思ってたのよ、それが
皮膚がズルズルになって、いろんな物垂れ流して、せん妄(もう)でワケわかんないこと叫んで死んだ…みたいな。
死んだ…けど、家か、病院か、死んだらどうなる?とかが、イメージできなかったよ。また、ややこしいことは先送りしてる。
救急車を呼ぶ、呼ばない?も気になった。呼ぶことが、お年寄りでも積極的医療希望の意思表示になり、チューブ人間になる可能性も?だから呼ばないってことじゃないと書かれているけど。
救急じゃなくても、どんな病院、先生、おまけに、いつ方針変えるかわからない国とか、もうロシアンルーレット状態。
それに、みんなが緩和ケアを受けられるとは限らないなんて、辛い。
"とりあえず病院!" って思ってたけど、なんか違う?ってなるかも。
自分はどうしたい?
どんな治療がいい?
買ったままの終活ノート書いて、肌の保湿ケアもしっかりやります。