【感想・ネタバレ】暇と退屈の倫理学(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

「暇」とは何か。人間はいつから「退屈」しているのだろうか。答えに辿り着けない人生の問いと対峙するとき、哲学は大きな助けとなる。著者の導きでスピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど先人たちの叡智を読み解けば、知の樹海で思索する喜びを発見するだろう――現代の消費社会において気晴らしと退屈が抱える問題点を鋭く指摘したベストセラー、あとがきを加えて待望の文庫化。

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Posted by ブクログ

異動に伴い、仕事の時間は以前より短くなったものの、忙しくしていたのに、なんか退屈という時間が多く、気持ちもズーンと落ちてしまい、よく分からないのだけどしばらく鬱とまでは行かないがネガ状態が続いていた。どうしようもなかったので、救世主に縋るような思いで読み始めたのだが、ネガ状態を生み出す「よくわからない」が「よく分かり」、そのうちに気持ちも落ち着いてきた。またどうしようもない時に、頼るべき本のひとつだし、そういう時こそ、本に限らず、勉強や哲学にベットするのもありなのかもしれない。

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2026年10月11日

Posted by ブクログ

『定住』や『効率』でどんどん『退屈』ができていく。そこに『浪費社会』ではなく『消費社会』がつけ込む。

人生は暇つぶしって聞いたことあるけど、『人生は消費つぶし』が最適解かもしれないな。消費をつぶして贅沢を見つける。めちゃくちゃおもしろくて退屈しないすばらしい本だった。

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2026年10月09日

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大きな物を得ることができた。
①まずは自分という人間がどういう人間なのか本を通し、発見する事だできた。私は答えを自分で見つけたい人なんだと。ここは散々馬鹿にされてきた印象がある。決して、意見が無いわけではない。言葉に出来ないし、会話のやり取りが苦手、頭が追いつかない。デメリットも理解できたが、それは特定の相手に成り立つ事。文面で見る事の強みが発見できた事。

②①を知る事で自分の足元を見れた事と、今まで消費に使った時間、本が浪費に変わりつつある現在。それが見えてきたからこその新たな道、新たな取り組みなども見えてきた。

③暇と退屈の倫理学すら、難しいと感じていた内容を、自分の日常に置き換え、尚且つ自分なりの解釈に至り、そして、読破できた事。

④人生の中で新たな哲学書の読書という素晴らしい瞬間に立ち会える事。そして、次々と面白い本が出てきた事。今も2時間は没頭して読書してました。

⑤自分の中の違和感を無視し続け、社会生活を通し、奴隷になるような時間を過ごしてきた事を知る事ができた。

⑥明確に自分がこれが好きだと言える哲学書と音楽、ファッション、メガネなど、自分の考え方を表した物を知っている事。

という単純に面白かったとかいう話ではないくらい素晴らしき本だったと思います。
兎に角、読んで頂きたい。

次は 人生にコンセプト 澤田智洋 を読みます。

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2026年10月07日

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暇と退屈という、日常にありふれているかつ、似た概念の2つを
7つの観点(章)で多角的に考察した本。

著者が哲学者だから、ハイデッガーとか、ボードリヤールとか
マルクスとかを持ち出して哲学的に考察を深めていくのは自然な流れと
思われるが、映画『ファイト・クラブ』を「退屈であるが暇でない」
ことの題材に使ったり、動物学者のユクスキュルの観世界を使って
動物との違いを説明したり、こういう見方もできるのかと発見の連続。

最後まで読んでいくと、ネガティブな響きのある「暇」という言葉が、
とても贅沢なものと感じられる。そして、その「暇」を退屈せずに
楽しむためには、文庫版のあとがきに「この本の結論の一つは勉強の
効用である」(p508)と書いてあるとおり、それなりの訓練も必要と
いうことが多少理解できる。
とはいえ、1・2度、通読した程度では、理解したとは言い切れない。

何度も読むなかで、自分なりの時間の使い方、しいては自分らしい生き方を
考えるための覚悟を与えてくれる、そんな本かなと思う。

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2026年10月07日

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 今まで自分の中で悪としてきた「暇な時間」に対する考え方が一変した。暇と退屈は同一なものではないという新しい知見を獲得できた。
 人間は暇と付き合って生きていく生き物で、それが人生である、とすんなりこうも言われると、大変人生の捉え方が楽になった。どこか自分は生き急いでいて、暇な時間をとにかく生産的な時間に変えようと苦しんでいたのが馬鹿馬鹿しい笑

 他にも結論で述べられていた、「この本を通読することで、あらためて人に説明できるレベルまでインプットできてなくても、確実に読む前の自分ではなくなっている。」的な文は、大変心に残った。読書をすることで、それを意味ある何かにさせなくてはならないと思わなくていい。それを通読するだけで今ある何かとして、多少なりとも存在すると。これからの読書モチベが高まる言葉でした

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2026年09月25日

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豊かな時間と、不自由なく使えるお金があるにもかかわらず、どこか「退屈」。満たされない気持ちが続いていたので、読んでみた。

>この本が言いたいこと
「楽しむための訓練」をして、物事を深く受け取る(=浪費する)能力を取り戻そう。人間は、時には動物のように目の前の世界(食事、芸術、趣味など)に深く没頭し、時には人間らしく立ち止まって思索する。この2つを往復しながら、「贅沢を贅沢としてちゃんと味わえるようになること」こそが、退屈な消費社会を生き抜くための「倫理」。

>気付き
ディズニーランドに行った。素晴らしい音楽、温かいおもてなし、全て贅沢。とんでもない浪費。
初めてのオーケストラ鑑賞。古くから人間はこのようにして退屈を凌いでいたのだと実感。

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2026年09月23日

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購入から3年近く本棚を温めてくれていた。なかなか手が伸びなかった理由はいくつかあって、タイトルが堅そうなこと、文庫とはいえ分厚いこと、勇気を出して開いても序文がなんか違う感じだったこと、が原因だったように思う。
それでも読もうと思ったのは、青山ブックセンターの360人選書で挙げられていたから。積読されていた3年間においてもことあるごとにオススメされていたが、ついに読むべきタイミングというのがきたのであろう。
そして素晴らしすぎる本でした。
「暇」であるとか「退屈」であるとかを考察するために必要とされることの多いこと多いこと。
本著の中盤までは、狩猟採集から農耕へのシフト、消費と浪費、個性、有閑階級などから考察が進められており、その全てが有益でありました。
これだけ多くのことに触れていきながら、わたしが一度も挫折することなく読み進められたのは、知的好奇心を満たしてくれるような構成、著者の言葉を借りるなら「学びの方法」を感じさせてくれるような内容なのだからだと思います。
現在の社会の多くが文化産業という名の「消費者」の時間をどれだけ簒奪できるか競争に終始している状況で、「暇と退屈の倫理学」が未だかつてなく必要とされている気がします。わたしが数年越しに手に取ったのも、心のどこかでそんなことを感じていたのかもしれません。
万人におすすめできるすばらしい本です。

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2026年09月20日

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これを読んだ日から少しだけ人生が好転したような気がする。日々の生活を見つめ直すキッカケになった。多分また読むと思う。

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2026年09月14日

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第3章に入ったところです。

面白い。
読もうかな、分厚いな・・・と思ってる方は
「面白がって読んでみよう」という感じで読み始めてみてください。
一緒に面白がりましょう。

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2026年09月07日

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今まで考えたこともなかった「暇」と「退屈」について考えさせられる本でした。
時間という枠組みから逃れられない人間の、いかにして人生を充実させるかのヒントをもらえた気がします。

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2026年09月06日

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私にとっては少し背伸びをしたはじめてのジャンルの本でした。正直に言って100%の理解をできたとは思っていません。ただ、「暇」と「退屈」についての関係性・形式の種類など、自分の中でこれまで考えたこともない視点が非常におもしろく、最後まで読みきることができました。よい本に出会えたと思っています。

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2026年08月23日

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思考がスイッチして集中の続かない人間だからこそ、
思考を深化させるために物事を楽しむ余裕と訓練が必要であると学んだ。

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2026年08月09日

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『暇』何もすることのない。人の感情は無関係。
『退屈』
何かしたいのにできないという感情、気分。人の感情は関わってくる。

人類の歴史は遊動生活から定住生活を始めた頃から余裕が生まれ退屈が出てきたとある。
その気晴らしとして土偶にデザインが入ってくる。

本書を読む事でお金や自由が満たされても現代人が幸せになれないのが深く理解できる。
ロシアの哲学者、アレクサンドル・コジェーヴが
1950年代米国の自由と便利の世界を歴史の終わり→人類の終わりと評しているのは興味深い。
そして、そのコジェーヴが当時の日本を訪問して日本人こそ歴史以降の人間の姿といっている。
著者はこれについては反論しているが個人的にはコジェーヴに賛成である。確かに理由が『ハラキリ、特攻』の形式が人間的であるのは如何な物かと思うが。
残念ながら今の日本人には無くなったが当時の日本人には気品、知性がコジェーヴがそう考えたのかと思う。やはり東洋思想がこれからは重要だと認識している。

他の方の感想にもあったが暇を埋める為のスマホいじりなども含め、生活の見直しから考えさせられた。そしてたくさんの本を読む事で所謂『環世界』を広げていきたい。





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2026年08月09日

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ふと、自分の人生がつまらないと感じてしまう瞬間がある。そんな時、恵まれない環境で必死に生きている人に比べれば贅沢な悩みだと自分を戒め、自らが置かれている環境への感謝を胸にそんな気持ちをやり過ごす。しかしそれでもなお、しばらくすると同じような虚しさがぶり返してくる。このモヤモヤの正体は一体何なのだろうかと日々考えていた。そんな疑問に対して、ひとつの答えを示してくれたのが本書だった。
本書はまず、人間にとって暇や退屈とは何かを、古代人類の歴史を遡りながら丁寧に紐解いていく。暇や退屈という身近な現象を、哲学だけでなく歴史学や社会学など、あらゆる学問の観点から徹底的に解析していく。加えて、過去の偉大な哲学者たちの思想を丁寧に紹介しつつ、時には批判も交えながら独自の新しい解釈へとたどり着く展開は、専門知識がない初心者であっても思わず引き込まれる非常に興味深い構成になっている。
そして本書は、私たちが日々の生活の中で暇や退屈にどう対処していくべきなのかについても、深く納得できるひとつの考え方を示してくれる。
読み進めるうちに、この本を通読すること自体が、退屈に対する見事な対処法のひとつであるということに気づかされた瞬間は、本当に腑に落ちるものがあった。
自分の内側にある得体の知れない感情と向き合いたい人におすすめしたい1冊。

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2026年08月05日

購入済み

退屈なんて普段しっかり考えたことないテーマに惹かれ読みました。哲学書が大好きな私にはとても満足度の高い1冊でした。ちょうど、「幸せ」「不幸」について考えていたので自分なりに少し答えに近づけたような気がします。

#タメになる

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2025年01月19日

ネタバレ 購入済み

より多くの人に読んでほしい。

2024年12月読了。

ず〜っと気にして買っていたのに、中々手が伸ばせずに積ん読状態だったのだが、数年前にTVでオードリーの若林さんが称賛していたのを見て興味が湧き、読み始めたのだが、自分はうつ病を患っており、その時は具合が悪く途中で手を止めてしまった。
その後(つい最近だが)思うところがあり、改めて初めから読み返したところ、夢中に成る面白さで、半日弱で読み終えてしまった。
哲学書でこんなに読み易い本は、早々お目に掛かれない良書だと思った。そして若い読者にも理解しやすい書き方で、現国のテキストに使われたのも頷ける内容だった。

中身を多くは語るまい。読み終えた人だけが、感想をスタート地としてそれぞれに思考を進めていければ良いのだ。

恐ろしく単純に云うとしたら、凸凹の「凹」の真ん中(低い所)に居ると思っている人達に、「そうじゃないんだよ、貴方の居る(べき)場所は、実は凸(の高い所)なんだよ。だから右往左往しないで世の不条理に惑わされず、絶えず《学ぶ》ことが一番大事なんだよ!」という、素晴らしく明快な答えを教えてくれる良書だと云う事だ。
と言っても、コレは読んだ人なら分かる、読んだ人にしか意味が分からない感想かもしれないけどw、補編の《痛みについての考察》は、心の痛み(うつ病)を抱える身の自分にもヒットする部分を感じて、とても嬉しかった。再読して、この病と闘っていこうとも強く思った。

國分先生、病と立ち向かう勇気を貰えました。ありがとうございました。

#深い #タメになる #アガる

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2024年12月10日

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「求めていた豊かさを手に入れると、人は退屈して不幸になってしまう」このテーマをわかりやすく取り上げた一冊。暇な時間を活用する方法といった自己啓発本のような内容ではなく、あくまでも哲学的に取り上げています。やや小難しいですがこの手の本としてはとてもとっつきやすいし面白いです。「消費ではなく『贅沢(文化・味わうこと)』を学び、退屈と付き合いながら生きていくべきだ」腑に落ちるメッセージでした。

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2026年09月28日

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きちんと咀嚼して理解したわけではなく、感覚的に暇と退屈について人類の特性から理解できたような気になっただけなので、自分の言葉ではうまく語れない。アニメや本をタスクのように見たり読むことも囚われていることなんだなと。

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2026年09月22日

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ネタバレ

暇と退屈は違う。
人間は自由だから退屈が生まれる。
浪費と消費は異なり、浪費は満足があるが、消費は満足がない。
ものの浪費からものではないものの消費に移行しているため、際限がなくなっている。
人は意識しないでも生活できるようなことを楽だと思うが、それだと動物と変わらない。しかし、そう考えること自体が人は動物と違うという認識があるということ。
文化産業に楽しさを提供されている現代。
パスカルは部屋にじっとしていられないから不幸が生じると言っている。

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2026年09月17日

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 日本人のほとんどの人は心のどこかで、「退屈だなあ」とかこの本には書いてないけれど「生きるって何?」とか考えたことがあると思います。それについて専門家が庶民の人でもわかるように書いてくれた哲学書でした。結果、今後の人生に活きる種が点在として充実感があり面白く、「生きること」の見方が少し変わりました。
 自分は今、なぜ退屈しているのか。というのを仕組みが理解できることで、自分の現状を認めることができるようになりました。わりきって、より楽しい方向へ行くにはどうしたらいいのか、選択肢がいくつもあることに安心しました。私は1つのことに熱中することができません。年をとるたびにそれがどんどん難しくなってきました。信念や大きな自分の武器を持つ人(1つの環世界に満足できる人)がとても羨ましく思います。しかし、人間として環世界間移動能力があることは当然だと分かり、納得と安堵し、それを操れるようになれば、最高に楽しいを更新し続けることができると思いました。
 内容が難しく、読むのに時間がかかりましたが、得られたものは大きいと感じました。ありがとうございます。

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2026年09月10日

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このテーマで考察できて、それを読めること自体に価値がある。

テーマに沿った哲学者たちの論考を取り上げて、暇と退屈のって何?を筋道立てて考察していくのだが、その道すがらに登場する名言というか、パンチラインに感嘆する。

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2026年08月25日

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【要約】
豊かになり暇や退屈が生まれても、企業に押し付けられた消費に追われては満足に達しない。退屈と切り離せない人間本来の生を受け入れ、与えられた刺激を受動的に消費するのではなく、自ら楽しみを見出して能動的に思考しながら生きるべきである。

【感想】
以前は知的好奇心の赴くままに知識を得れば十分だと思っていたが、先人の考えを客観的に捉えつつ「要はどういうことか」を自分なりに突き詰めてこそ理解になるのだと感じた。

【アクション】
日々の習慣に流されて思考停止に陥るのを防ぐため、日常や仕事で疑問に思った対象を一つ絞り込み、徹底的に深掘りする習慣を身につけていきたい。

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2026年08月23日

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退屈が自分のまわりにまとわりついて、何をしても離れず、耐えられなくなって救いを求めて本書を手に取る。

退屈の理解と研究についてが本書の中心であり、興味深いのだけど、読み終えてもどうにも手応えがない。面白いのだけど。
自分が求めていた「退屈に取りつかれた際の処方箋」ではないことがその要因だと思う。つまり、今苦しんでいて処方箋を求めている方には少し冗長すぎる本だと思う。そういう方は終盤の「結論」からまずは読んでみるといいのではないでしょうか。

中でも「贅沢を取り戻すこと」は個人的に素晴らしい処方箋を受け取れたと感じた。食でも娯楽でも、ただ消費するのではなくて、受け取って楽しむ。そのためには必要を超えて浪費することが必要となるそうだ。
さらに、贅沢をより楽しむには、そのための訓練や知識が必要となる。例えばワインを楽しむには、原材料や産地の特徴、歴史などを理解していれば何倍も楽しめる。

退屈を感じたなら、贅沢を取り戻そう。

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2026年08月23日

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人はパンのみに生きるにあらず。
豊かさを得るために浪費をしよう。
ただし限界のない消費は資本主義の罠なので回避しよう。
人は安定を好むが、同時に安定による退屈に苛まれる矛盾を抱える。
人生で本当にやりたいことを見つければ、退屈しのぎは不要になる。
解釈としてはこんなところだろうか。

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2026年08月21日

Posted by ブクログ

暇と退屈を分けて考える、これだけで色々なものが可視化される気がする。消費と浪費の違いなど目から鱗の目線があった。
定年後の対応についての本はたくさんあるが、これ一択でもいい。

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2026年08月17日

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ネタバレ

『暇と退屈の倫理学』を読んで

國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』を読んで、私は退屈というものを、単に「することがなくてつまらない状態」と考えていたことに気づいた。本書では、退屈は人間の欲望、労働、消費、幸福、さらには自由の問題と深く結びついている。とりわけ印象に残ったのは、人間は暇を得れば自然に幸福になるわけではなく、むしろ暇をどのように過ごせばよいか分からないために退屈するという指摘である。

パスカルは、人間は静かに自分自身と向き合うことに耐えられず、退屈から逃れるために気晴らしを求めると考えた。仕事、遊び、社交、賭博などに夢中になるのは、それ自体が目的だからというより、自分の有限性や死、不安について考えずに済むからである。この考えは、現代のスマートフォンやSNSにも当てはまるように思う。私自身、少しでも時間が空くと、特に目的もなく動画やSNSを見てしまうことがある。その行動は本当に楽しみたいからではなく、何もしていない時間に耐えられないからなのかもしれない。

これに対してラッセルは、退屈を完全に排除しようとすることが、かえって人間を幸福から遠ざけると考えた。刺激を求め続けると、同じ刺激では満足できなくなり、さらに強い刺激が必要になる。穏やかな生活や継続的な学びを楽しむためには、ある程度の退屈に耐える力が必要である。この議論から、幸福とは刺激の多さではなく、日常の中から満足を受け取る能力に関係しているのだと感じた。

本書における「浪費」と「消費」の区別も興味深かった。浪費とは、必要以上のものを受け取り、それを十分に味わうことである。一方、消費とは、物そのものではなく、それに付けられた流行や地位、個性といった意味や記号を求める行為である。食事や音楽を心ゆくまで楽しむ浪費には、満足による終わりがある。しかし、記号を追い続ける消費には明確な終わりがない。そのため、現代人は多くの物を持っていても満足できず、次の商品や情報を求め続ける。

有閑階級と労働者階級の議論からは、暇そのものが必ずしも自由を意味しないことが分かった。有閑階級は、働かないことや浪費できることを社会的地位の象徴として示した。一方、労働者階級は長時間の労働から解放されても、疲労や習慣によって自由時間を主体的に使えず、用意された娯楽を消費して暇を埋めることがある。人々は自由時間を得るために働いているはずなのに、得られた時間を楽しむ方法が分からない。この矛盾は、現在の私たちの生活にも残っていると思う。

また、ユクスキュルの「環世界」という考え方は、退屈を別の角度から理解する手がかりになった。それぞれの生物は、同じ物理的空間に存在していても、自分にとって意味のある刺激によって構成された異なる世界を生きている。人間も、知識、経験、関心、職業などによって異なる環世界を生きている。同じ森を見ても、植物学者と写真家では見えているものが異なる。つまり世界が退屈なのではなく、自分が世界から意味を受け取れなくなっている場合があるのである。

人間は学習や経験によって環世界を広げることができる。音楽を学べば、それまで聞き分けられなかった音の違いが分かるようになり、植物を学べば、単なる草むらが多様な生命の集まりに見えてくる。退屈を乗り越えるために必要なのは、刺激を増やすことではなく、同じ世界からより多くのものを受け取れるようになることなのだと思った。

ハイデッガーは退屈を三つの段階に分け、特に「深い退屈」を重視した。深い退屈では、特定の対象ではなく、世界全体が意味を失ったように感じられる。しかし彼は、この状態を単なる苦痛とは考えず、人間が日常の役割や目的から離れ、存在そのものに向き合う契機と捉えた。この考えから、退屈は避けるべき失敗ではなく、自分が何を望み、どのように生きたいのかを問い直す時間にもなり得ると分かった。

ただし著者は、退屈から逃れるために、強い使命や大きな決断へ向かうことには慎重である。人は自分を強く刺激し、方向づけてくれる思想や集団に引き寄せられる危険があるからである。本書が提案するのは、退屈を劇的に克服することではなく、物や文化を十分に楽しむ力を身につけることである。

私は本書を通して、自由とは何にも縛られないことではなく、何かに夢中になりながら、必要なときにはそこから離れ、別の世界へ移ることのできる状態なのだと考えるようになった。退屈を消費によって埋め続けるのではなく、本を読むこと、音楽を聴くこと、学ぶこと、人と話すことを丁寧に味わう。そのための知識や経験を積み重ねることが、暇を本当の意味で享受することにつながるのだと思う。

『暇と退屈の倫理学』は、退屈をなくす方法を教える本ではない。むしろ、なぜ自分は退屈するのか、何を本当に望んでいるのか、与えられた時間をどのように生きるのかを問いかける本である。これからは退屈をすぐにスマートフォンや娯楽で埋めるのではなく、一度立ち止まり、自分がどのような世界を生き、そこから何を受け取っているのかを考えてみたい。

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2026年08月03日

Posted by ブクログ

難しくて、オーディブルを聴きながら本を読みました。一度では理解しきれなかったので、また読みたい本です。

最近、ハルトムート・ローザの『加速する社会』という本があることを知りました。便利になり、自由に使える時間が増えるはずなのに、社会そのものがどんどん加速していき、別の問題が生まれてくるという話だそうです。

『暇と退屈の倫理学』を読んでいて、この「社会が加速している」という話ともつながるように感じました。

たくさんのものを求められ、常に何かをしていることが当たり前になっている時代。暇ができても、スマホを触ってしまう。何もしていない時間を「もったいない」と感じてしまう。

そもそも、なぜ私たちは暇や退屈を嫌うのか。そして、暇や退屈は本当に避けるべきものなのか。

便利になった今だからこそ、暇や退屈な時間について、改めて考えてみる必要があるのかもしれないと思いました。

一度では理解するのが難しかったので、時間を置いてもう一度読みたいです。

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2026年10月09日

Posted by ブクログ

やっと読み終えました。 これが高校の教科書にも載ってる というのが驚きです! 偏差値の低い学校に行ってた私には 難解でした。 楽しむには訓練が必要。 私には耳の痛い言葉です(^^;) 他の予備知識も無いとこの本は 本気で楽しめない気がしました。 内容的には私的に面白いと思います。

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2026年10月02日

Posted by ブクログ

 暇と退屈について、筆者自身の見解はまだ模索中。
 過去の有名哲学者の考察を引き出して、それぞれに対して検討する形式。読者も一緒に考えようねという考える種本、色々な哲学者紹介本として楽しい時間であった。

 「消費ではない浪費」の推奨。現代消費社会に生きる我々において、この実践はとても難しいことであるが、消費主義に絡め取られないよう心に留めておきたい。

 他の生物の環世界について、人間を他の生物より安易に上位に置いていた点が、ん?と思った。
 人間の持たない感覚を持つ生き物の多いことを踏まえると、それぞれの世界を理解することは人間の感性ではできず、それゆえにどちらがという優越をつけることはできないと思うし傲慢であるとも思う。
 ハイデッガーのことを「人間は特別なものだという信念を抱いており、その信念に合うように立論している」と批判的に述べていたが、筆者にも通ずると感じた点が残念であった。

パスカル
 「人間の不幸は、人間が部屋にじっとしていられないから起きている」
 
ラッセル
 「退屈とは、事件が起こることを望む気持ちを挫かれたもの」
 「退屈の反対は、快楽ではなく興奮」
 「幸福の秘訣は、あなたの興味を出来る限り幅広くせよ。あなたの興味を引く人や物に対する反応を敵意ある物ではなく、出来る限り有効的なものにせよ。」

定住してから脳や身体が退屈に


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2026年09月25日

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旅行に沢山行っているここ数年、いつの間にか、楽しみ方を忘れて、お金を出して旅をする価値があるかわからなくなってしまっていた自分に、わかりやすく消費と浪費の違いを教えてくれた。
しばしば動物と人間を行き来しながら、浪費で満たされよう。人生もっと楽しめそう。
それにしても、消費社会は怖い。

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2026年09月23日

Posted by ブクログ

丁寧に丁寧に暇と退屈を考察していて面白かったが、長すぎた…
じっくり哲学や人間の歴史から暇と退屈を考察するのは非常に興味深く、かつそこからの結論は納得感があった。なんとなく感じる退屈さが輪郭が明らかになったし、自分だけではないということ、そして薄っすら感じて実践してきたこともあながち間違ってなかったと思えた。
期待が大きかっただけに長さともっと大胆な結論を想定していた反動で星3つ。

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2026年09月19日

Posted by ブクログ

ネタバレ

新書とはまた違うのかな、丁寧に説明してくれているおかげか割と読みやすかった。
哲学の入門書として優しく手を引いてくれている感じもしながら、これは実用書とも言えるんじゃないかと思った。

人間である限り退屈してしまうのは仕方ないから、「消費」しないように気をつけて「とりさらわれ」の状態を求め、できるだけそれを長く持たせようと思った。
あと色んな哲学書を覗くことができてオトク感があった。

あとは、定住にまつわる人類学的な話であったり、現代の資本主義経済の仕組みであったり、虫から環世界について考えてみたり、様々な分野を経由して、身近にあるものを出発点として考えてるので読んでいて楽しかった。

これから退屈を感じるたびに本書の内容を思い出すだろうなと思った。

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2026年08月02日

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