あらすじ
「暇」とは何か。人間はいつから「退屈」しているのだろうか。答えに辿り着けない人生の問いと対峙するとき、哲学は大きな助けとなる。著者の導きでスピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど先人たちの叡智を読み解けば、知の樹海で思索する喜びを発見するだろう――現代の消費社会において気晴らしと退屈が抱える問題点を鋭く指摘したベストセラー、あとがきを加えて待望の文庫化。
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Posted by ブクログ
やるべきことはたくさんあるけど、なんとなく常に暇だと思って読んだ本
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* 人間は退屈する存在
* 退屈から抜けるには「消費」ではなく「浪費(没入)」が必要
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■ 人間が退屈する理由
* 人は「環世界(観世界)」の中で生きている
* しかし人間は別の環世界へ移動できる
* その結果:
* 一つに留まり続けられない
* 没入が壊れる
* → 退屈が生まれる
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■ 消費と浪費
* 消費:
* 観念(情報・イメージ)を対象
* 次々と乗り換える
* 満足しない
* → 環世界を移動し続ける
* 浪費:
* 物・体験を対象
* 受け取り続ける
* 深く味わう
* → 環世界に留まる
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■ 動物になるとは
* 動物:
* 一つの環世界に没入
* 移動しない → 退屈しない
* 人間にとっては:
* 一つの環世界に留まり続けること
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■ 没入が起きる条件
* 観世界移動が止まるとき
① 強い思考に捕まる
* 解決せざるを得ない問い
* 気になって離れない違和感
* → 思考が固定される
② 浪費しているとき
* 物や体験を深く味わう
* → 注意が一点に集中する
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■ 楽しむことと思考
* 楽しむこと:
* 感覚や意味を受け取り続ける
* 没入的思考:
* 対象について考え続ける
* 共通点:
* 一つに留まる
* 受け取り続ける(=浪費)
* → 楽しむこと=没入的思考
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■ 違和感の役割
* 違和感:
* 「おかしい」と感じるもの
* 既存の環世界で説明できない
* 分岐:
* 逃げる → 消費 → 退屈
* 留まる → 思考 → 没入
* → 違和感は没入の入口
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■ 統合
* 人間は環世界を移動する → 退屈する
* 消費はそれを加速
* 浪費は環世界に留める
* 没入が生まれる
* 楽しさ・思考はその状態
* 違和感が入口
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■ 一言まとめ
* 退屈=移動し続けること
* 浪費=留まり続けること
* 楽しさ・思考=没入状態
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このままでも十分使えますが、
次は「行動レベルに落とす」と一気に意味が出ます。
より多くの人に読んでほしい。
2024年12月読了。
ず〜っと気にして買っていたのに、中々手が伸ばせずに積ん読状態だったのだが、数年前にTVでオードリーの若林さんが称賛していたのを見て興味が湧き、読み始めたのだが、自分はうつ病を患っており、その時は具合が悪く途中で手を止めてしまった。
その後(つい最近だが)思うところがあり、改めて初めから読み返したところ、夢中に成る面白さで、半日弱で読み終えてしまった。
哲学書でこんなに読み易い本は、早々お目に掛かれない良書だと思った。そして若い読者にも理解しやすい書き方で、現国のテキストに使われたのも頷ける内容だった。
中身を多くは語るまい。読み終えた人だけが、感想をスタート地としてそれぞれに思考を進めていければ良いのだ。
恐ろしく単純に云うとしたら、凸凹の「凹」の真ん中(低い所)に居ると思っている人達に、「そうじゃないんだよ、貴方の居る(べき)場所は、実は凸(の高い所)なんだよ。だから右往左往しないで世の不条理に惑わされず、絶えず《学ぶ》ことが一番大事なんだよ!」という、素晴らしく明快な答えを教えてくれる良書だと云う事だ。
と言っても、コレは読んだ人なら分かる、読んだ人にしか意味が分からない感想かもしれないけどw、補編の《痛みについての考察》は、心の痛み(うつ病)を抱える身の自分にもヒットする部分を感じて、とても嬉しかった。再読して、この病と闘っていこうとも強く思った。
國分先生、病と立ち向かう勇気を貰えました。ありがとうございました。
Posted by ブクログ
◾️メモ
楽しむことを学び、思考の強制を体験することで、人はそれを受け取ることができるようになる。<人間であること>を楽しむことで、<動物になること>を待ち構えることができるようになる。これが本書『暇と退屈の倫理学』の結論だ。
◾️感想
暇と退屈はなんとなくある。
それを人類学の観点で始まりから定義していく。
聞いたことのある哲学者たちの思想から紐解いていくプロセスが腑に落ちる部分や理解が追いつかない部分があり、ここに本書の醍醐味を感じた。
Posted by ブクログ
いろいろと忙しくて本が読めないことは、人生的に暇で退屈することと矛盾することではないんだということをいろいろとちょっと複雑に書かれていた。
個人的には飽きるという言葉をよく使うけれど、
つまりもっと今とは違う生き方とかしたい、という欲でもあり、
でもそうやって今を否定してばっかではいられないので、
いろんな可能性にあふれている世の中でも、
今ここで自分が実現できる気晴らしを実践してそれを実感して毎日を送っていくことはまあまあ大事だなーと思った。
あとは、現実逃避に対しては否定的なイメージがあるけれど、
日常という現実ばかりが大事な現実ではないのかもしれないなーとあらためて思った。
Posted by ブクログ
ただ漠然と暇と退屈の抽象的な議論がされているのかと思いながら読み始めたが、全くそんなことはなかった。これは人間の生き様を抽象的かつ具体的に議論できる根幹となる倫理学だ。であるからこそ、自分にも容易に投影できた。
時間を忘れて夢中になれることが自分には無いことをコンプレックスのように捉えてきた人生だった。「自分には何か没頭できるものがあるはずだ」「自分には天職があるはずだ」と。その退屈さに対して無理矢理に自分の進むべき方向を「決断」してきた。その決断が大きかったうえに、あまり幸福とは言えない経験を辿った過去がある故に、とても響く内容だった。
退屈さを受け入れ、思考する。そんな簡素な結論は自分には充分すぎるアドバイスに思える。
Posted by ブクログ
日常的な楽しみに関しても楽しむことの訓練を経て習得しているから楽しむことができる視点が面白かった。
しかし、楽しむことの訓練を通してでも個人の性格や価値観、状況によってはそれを楽しめないこともあるのではないかと思う。楽しむことの訓練を受けているにも関わらず、あえて物を受け取らずに退屈を感じる人もいると感じた。
Posted by ブクログ
物を享受することが気晴らしと退屈が絡み合う生を豊かにする。
しかし、今の消費社会は享受することを困難にしている(妨害している)。
だから我々は楽しむ訓練によって享受できるものの数を増やし、失われた贅沢を取り戻す必要がある。
めっっちゃ簡単に言えば、楽しむ訓練(教養を身につけるが1番わかりやすい)によって視野を広くすれば、受け取れる物の数は増えて人生ハッピーになるねってことかな。環世界を構成する要素が増えるたびに思考を余儀なくされ、それはすなわち享受であり贅沢である。だから豊かになるって意味だと自分は受け取った。
まぁその通りだと思う。色んな楽しみを知っている人の方がそりゃ豊かだもんね。
退屈とは切り離せない気晴らしをどういうものにするか、その重要性を教えてくれた本。