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「暇」とは何か。人間はいつから「退屈」しているのだろうか。答えに辿り着けない人生の問いと対峙するとき、哲学は大きな助けとなる。著者の導きでスピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど先人たちの叡智を読み解けば、知の樹海で思索する喜びを発見するだろう――現代の消費社会において気晴らしと退屈が抱える問題点を鋭く指摘したベストセラー、あとがきを加えて待望の文庫化。
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Posted by ブクログ
思考がスイッチして集中の続かない人間だからこそ、 思考を深化させるために物事を楽しむ余裕と訓練が必要であると学んだ。
『暇』何もすることのない。人の感情は無関係。 『退屈』 何かしたいのにできないという感情、気分。人の感情は関わってくる。 人類の歴史は遊動生活から定住生活を始めた頃から余裕が生まれ退屈が出てきたとある。 その気晴らしとして土偶にデザインが入ってくる。 本書を読む事でお金や自由が満たされても現代人...続きを読むが幸せになれないのが深く理解できる。 ロシアの哲学者、アレクサンドル・コジェーヴが 1950年代米国の自由と便利の世界を歴史の終わり→人類の終わりと評しているのは興味深い。 そして、そのコジェーヴが当時の日本を訪問して日本人こそ歴史以降の人間の姿といっている。 著者はこれについては反論しているが個人的にはコジェーヴに賛成である。確かに理由が『ハラキリ、特攻』の形式が人間的であるのは如何な物かと思うが。 残念ながら今の日本人には無くなったが当時の日本人には気品、知性がコジェーヴがそう考えたのかと思う。やはり東洋思想がこれからは重要だと認識している。 他の方の感想にもあったが暇を埋める為のスマホいじりなども含め、生活の見直しから考えさせられた。そしてたくさんの本を読む事で所謂『環世界』を広げていきたい。
ふと、自分の人生がつまらないと感じてしまう瞬間がある。そんな時、恵まれない環境で必死に生きている人に比べれば贅沢な悩みだと自分を戒め、自らが置かれている環境への感謝を胸にそんな気持ちをやり過ごす。しかしそれでもなお、しばらくすると同じような虚しさがぶり返してくる。このモヤモヤの正体は一体何なのだろう...続きを読むかと日々考えていた。そんな疑問に対して、ひとつの答えを示してくれたのが本書だった。 本書はまず、人間にとって暇や退屈とは何かを、古代人類の歴史を遡りながら丁寧に紐解いていく。暇や退屈という身近な現象を、哲学だけでなく歴史学や社会学など、あらゆる学問の観点から徹底的に解析していく。加えて、過去の偉大な哲学者たちの思想を丁寧に紹介しつつ、時には批判も交えながら独自の新しい解釈へとたどり着く展開は、専門知識がない初心者であっても思わず引き込まれる非常に興味深い構成になっている。 そして本書は、私たちが日々の生活の中で暇や退屈にどう対処していくべきなのかについても、深く納得できるひとつの考え方を示してくれる。 読み進めるうちに、この本を通読すること自体が、退屈に対する見事な対処法のひとつであるということに気づかされた瞬間は、本当に腑に落ちるものがあった。 自分の内側にある得体の知れない感情と向き合いたい人におすすめしたい1冊。
ハイデガーの話や、環世界の話など、とても面白かった。 具体例も多く分かりやすい。 色々な哲学者、思想家の話を、噛み砕いてくれているので理解しやすい。
ソ連がウクライナに進行した時に直感的に、これはプーチンがコロナ禍を過ごしたからに違いない、と確信した。何年も経って本書に触れてあながち独断的な勘違いであったのではないと思えた。 村上龍が人生の目的を楽しむこと、世界を知ること、生き延びること、としていて一部では納得しつつもどことなくスノッブな感じが...続きを読む嫌だった。しかし本書を読むとなるほど楽しむこと、つまり真摯な訓練と知識に裏打ちされた楽しみは豊かな人生そのものだろう。 消費と浪費については國分功一郎先生お得意の概念だが、若干資本主義否定に偏っている。要は斎藤幸平先生の部類に足を突っ込んでしまっている危うさは感じるが、それ以上に共感の度合いの方が強くて首肯することばかりだ。 とにかく十年に一度の良書であることは間違いない。
人間は安定を求めるが、安定に退屈してしまう矛盾した生き物。 確かに、休みが欲しいと常々思っているのに、いざ休みがくると何をしようかわからなくなることが私にもままある。 そしてなんとなく退屈を感じ、仕事へと没頭していく。 でもそれこそが人間らしい。 消費ではなく浪費をしよう。贅沢にお金や時間を使ったっ...続きを読むていいのだ。
(1) 第4章のルソー&マルクス論を引く人々の手つきにみられる「本来性」措定への批判と、(2) 第5章のハイデガー退屈論検討時の「退屈の第三形式(決断主義)は第一形式と同型でありどちらも退屈の奴隷、退屈の奴隷でないのは第二形式だけ……という話、(3) それから補論にある痛みの記憶とセリエンシ...続きを読むーの話は初期仏教思想における煩悩(無明)の話のようでもあった。 (特に(1)については、アレントのマルクス読解は「労働」の否定範囲の点で間違っており、マルクスは「必要な労働」は拒否していない、資本主義によって増やされる不当な労働を短縮していく方向と読み直せる……と読めたし、直近の日本共産党の政策論方向性の良さと合致するものがある。疎外論というマルクス理論のone of themに限定すれば、これまで見聞きしてきた中で一番マシなマルクス解釈に思える。) ところで、私はいつのころからか、思想を突き詰めてゆく行為のうち、本質論や本性論を採用してしまうとそれは「テロリズムを正当化する陽明学」のようになっていくのだと思っていて、それはマルクス主義(≠マルクス思想)も例外ではないと思っていた。そして自分は、陽明学的な修身論に好意を持ちつつもずっと警戒し続けてもいた。そのような思考の文脈を抱えていたものだから、國分の暇退倫理学における問いの立て方は、反=陽明学的な処方箋のひとつとして有効かもと思われた。 一読しての回答として、こういう文を書いた: > 本性や本質を追求せずとも人は平等と公正と幸福を実現でき、虚妄を払い続けることができるはず。
退屈なんて普段しっかり考えたことないテーマに惹かれ読みました。哲学書が大好きな私にはとても満足度の高い1冊でした。ちょうど、「幸せ」「不幸」について考えていたので自分なりに少し答えに近づけたような気がします。
#タメになる
何か画期的で飛躍的な結論は書かれていないが 誰もが付き合っていかなくてはならない「暇と退屈」についての捉え方を示してくれる。 個人的に暇を多く抱えたこの1年間に読めたのは非常に有意義でまだまだ理解が足りないところもある。もう少し大人になって環境が変わって時間がたったタイミングで再読したい一冊であ...続きを読むる。
参考文献の膨大さと難解な引用文に怯みそうになったが、著者と一緒に暇と退屈にまつわる思考を辿っていくと、だんだんと社会と人間がみえてくる様が面白かった。増補版にあてて追加された章もとても興味深かった。
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暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
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國分功一郎
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いつもそばには本があった。
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