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「暇」とは何か。人間はいつから「退屈」しているのだろうか。答えに辿り着けない人生の問いと対峙するとき、哲学は大きな助けとなる。著者の導きでスピノザ、ルソー、ニーチェ、ハイデッガーなど先人たちの叡智を読み解けば、知の樹海で思索する喜びを発見するだろう――現代の消費社会において気晴らしと退屈が抱える問題点を鋭く指摘したベストセラー、あとがきを加えて待望の文庫化。
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Posted by ブクログ
自分が今なぜこういう生き方にたどり着いたのかを解説してくれるような本だった。 本書は、「暇と退屈」とはなんなのか、「暇と退屈」とどのように付き合えばよいのか、つまり人間はどのように生きていけばよいのかについて考えるものである。 ===== 結論として、著者は2つの論を提示している。 一つは、人...続きを読む間らしい生き方とは、ハイデガーが定義した「退屈の第二形式」のように退屈から逃れようとするのではなく、退屈の中にいながらも多少の楽しさを味わい生きることであって、 それを洗練させていくためには「消費」ではなく「浪費・贅沢」がヒントになるということ。 消費とは物ではなく物を通して観念を味わうということであり、終わりがない。 浪費とはそのもの自体を味わうということである。 現代は消費の誘惑にあふれている。例えば、僕の好きな漫画や映画も「みんな読んでる/人気No.1」の文字で飾られている。それはもともとは「それだけ面白い」というアピールだったのかもしれないが、今やそれ自体が「みんな読んでるのみ読まないの?」「人気No.1なのに知らないの?」という煽りとして本質になってしまっている気がする。 消費にからめとられずに、浪費を楽しむためには、物を味わう技術や知識が必要であるという。 漫画や映画の本当の楽しさや味わい深さを知っている人は、「みんな読んでるかどうか」に惑わされることは少ないだろう。もし惑わされたとしても、それが本当に価値あるものなのかどうかを、少なくとも知識と技術がない人よりも客観的に判断できると思われる。 つまり、文化や芸術などを楽しみ、そのために学ぶことこそ、暇と退屈との付き合い方であると語っている。 (これだけ書くと非常にありふれた論に行きついたように思ってしまうが、理解が足りないことと語る言葉が足りない自分の責任で、もっと胸に来る何かがあったんだ) 「満足したいのに、満足をもとめて消費すればするほど、満足が遠のく。そこに退屈が現れる。 これこそが現代の消費社会によって引き起こされる退屈の姿であり、本書ではこれを疎外と呼んだ。 いかにしてこの状態を脱したらよいだろうか?消費行動においては人は物を受け取らない。 だから消費が延々と続く。ならば、物を受け取れるようになるしかない。 物を受け取ること、それこそが贅沢への道を開く。」 ===== また、増補版に寄せたあとがきの注釈には、ある人曰く、依存症に陥った人の回復方法こそ「第二形式の退屈」になじんでいくことであると書かれていた。 依存症に陥る人は第一形式の退屈と第三形式の退屈のサーキットを生きている(仕事と空虚の繰り返しの中に生きていて、空虚からポルノやスマホ依存で逃避していた自分はまさにそうだった)ので、「第二形式の退屈」の「ボチボチ楽しいし、ボチボチ退屈である人生」に馴染んでいく必要があるということらしい。 これは目から鱗だった。やっぱり自分の人生の困難を乗り越えるためには、何かに追い立てられることなく、ただただその時間やその一つの本や品目に向き合う読書や料理が必要だったんだと気付くことができた。 ===== 次の理論では、そうはいっても心の奥底から響いてくる「退屈だ」という声についても言及している。 それは人間ならどうしようもない本能の声であり、その遊びや楽しみでは到底逃れられない強い声から逃れるために、人は動物のように何かにとらわれることを目指すともいう。 それ自体は仕方のないことであり、自然なことであると語るが、それが「決断」から生まれるものであってはならないという。 「決断する」ことはほかの何ものをも排除すると決めることであるから、奴隷になるのも同じことであるという。 個人的には、あまりピンとこなかった。 たしかに、例えば人生を仕事に捧げると決断して起業する人は、仕事以外に対して心が閉ざされがちであり、人生を100%仕事で埋めることは物理的に出来ない以上、結局退屈を訴える声に包まれてしまうという意味であるなら理解はできる。 ただ、その人にとってはそれが僕たちの読書や映画鑑賞や食事であり、「時間の浪費」のようなものなのかもしれないと思ったりもする。 同時に、ほとんどの仕事人(ワーカホリックたち)は「楽しさ」の先に仕事に打ち込む人生を見出したというより、空虚な人生を埋める手段として「仕事」を選択している印象があるし、その先に幸せがなさそうである感覚は何となく理解できるけれど。 ===== 増補版に寄せたあとがきとして、「傷と運命」という文章が添えられている。 難解な内容も含まれているので、すべてが理解できたわけではないが、ザックリ解説すると次のような内容だった。 ----- ・そもそも退屈とはなぜ発生するのか ・人間は考えることを避ける生き物である。 毎日町の中に新しい物を見つけて驚いていては心が持たないように、心を守るために様々なことに慣れて記号化することで慣れ/習慣を形作っていく ・生きるために行う「興奮を排除する営み」によって事件のなさ、興奮のなさ=「退屈」が生み出しされてしまうのはなぜなのか ・「退屈」とは「痛みの記憶」を思い出すことなのではないか ・様々な刺激の中を生きてきて、様々な傷を負うのが人間であるが、それらもほとんどが習慣の中で癒されていくものであるが、一部の傷は癒されずに記憶の中にとどまっている。 ・刺激という「傷」から逃れるために生み出した「退屈」が、過去の「傷」を掘り起こしてしまうのではないか。 ----- とてもハッとさせられた。「傷」とはいわゆる嫌な記憶だけではなく、自分が消化しきれていない思い出や考え事のようなものも含むと思うのだけれど、それがせりあがってくるから退屈の苦しさを感じるのかもしれないと気付いた。 他にもいろいろと気づきを得ることができたけれど、まだまだ理解できていないところだらけだし、忘れてしまっているところも多々あると思うので、國分先生の他の本とともに「暇と退屈の倫理学」を一生をかけて味わっていきたいと思う。 ===== 心に残った部分 ・退屈の反対は楽しさではなく、興奮である ・「幸いなるかな、快楽を求めることのできる人。彼らは事件をもとめることがないだろう。」 ・「仮に『ガレージの職工になった医者の息子』がそういうこぼれ落ちた人間なのだとしても、彼はいかなる劣等感も感じる必要などない。当たり前だ。」 ・第一形式のような退屈を感じている人は『時間を無駄にしたくない』という強迫観念にとらわれているのである。仕事に対して真面目なように見えるが、それは大いなる『俗物性』への転落ですらある。 ・『第二形式においては心の底から楽しいわけではない。たしかにぼんやりと退屈してはいる。だが、楽しいこともある。そこにもハイデッガーの言う「自己喪失」はあるのかもしれない。だが大切なのは、第二形式では自分に向き合う余裕があるということだ。』 P.S. (こっちでは漫画しか載せてなかったけど、読書アプリの『ビブリア』と共に本の感想も載せていくことにする)
・暇と退屈は違う。2軸4象限でまとめると分かりやすい。目指すは「暇があって退屈していない状態」。暇を作ろう ・退屈を恐れて人は気晴らし・決断の奴隷になる。奴隷になって視野狭窄になった状態を、他の人とは違う崇高で優れた状態と誤認する。資格勉強に逃げるのはやめよう ・と言いつつ、人間は退屈から逃れること...続きを読むはできない。気晴らしも決断も行う。完全に退屈から決別する人生は無い。やるべきは「動物的になること」を意図的にコントロールすること。 →ジャーナリングで自分の退屈を分析して【自己分析】、そこから解決の糸口を見出して実行してみて【読書】、さらに半年くらい夢中に楽しめそうな新しい気晴らしを実行する【体験・趣味】、そんなルーティンを繰り返す人生にするのがいいのかな。80歳で死ぬとして残り50年、半年に1つ楽しんだら、あと100個楽しんだら人生は終わる まず暇と退屈が異なるものであることを知れるのが面白い。退屈しているのに暇がない、という現代病。 退屈の第3形式から決断せよ!になるのは何か分かるなあという感じでした。自分もそう思って、周りを突き放して没頭しようとしてた時があった。そしてそれも結局は気晴らしあるいは決断の奴隷であると分かった。 結論として、これが最強の答え、みたいなものってないよなと。退屈を分析した結果、こうすれば退屈を完全に脱却できる、みたいなものはない(ちょっと期待してたけど) どちらかというと、退屈と気晴らしの中でずっと生きていくのが人生。なんというか、分かってたようで、分かりたく無かったリアル。 本書からの学びは、退屈さにやられる人生のなかで人生を楽しむ方法。それは「動物的になること」。自分の解釈としては、「動物的になること」を意図的にコントロールできるようになること(そのためにどうすれば、どこにいけば動物的な自分が引き出されて没頭できるのか?を日々研究して理解していく必要がある)。 環世界の話とか面白かったからもうちょい再読して深めたいなぁ。 まずは動物的に没頭できる楽しみを見つけることからかなと。
哲学書を読むとはどういうことか、哲学するとはどういうことか。 その実践として本書を読んだ。そして、その結論も非常に納得した。 何より、学びとはいいことだ、と心の底から共感できた。 そして、奴隷ではなく、自由に生きたいと強く願った。本書は、多くの人びとにとっての自由への第一歩となるだろう。
パートナーは、ルーティンを好み、ひとつのことに打ち込むタイプ。 私は変化を好み常に刺激を求めがち。だが、日々のわずかな変化を楽しむことができ、また思考をめぐらすことができる。 この本によれば、パートナーのほうがより退屈しないタイプだが、私も、飽きっぽいながらも愉しみを見出すタイプなので、どちらも比較...続きを読む的あまり退屈せずに人生を歩めるタイプなんだろうな。 いにしえの哲学者の各論説は筆者の痛烈なツッコミで分かりやすく、定住して人は退屈するようになったという考古学的な視点や、マダニがいかに哺乳類から吸血するかといった生物学的な視点など、とても面白く、のめり込める本だった。 もう少し考えて、頭の整理をしたくなる本。
時間を要したけど今読んでよかった。 ひとりでいる不安を消すために予定を詰めたりしていたけど、病まない程度に暇ときちんと向き合いたいと思った。 わたしは大学生で、自分も周りの子達も隙間がないほどバイトや遊び、就活など予定を入れている。一昔前の大学生は人生の夏休みと言われるほど、ゆとりがありのんびりして...続きを読むいるイメージだった。SNSの普及により、資本主義の奴隷になっていたり、暇ではいけないという潜在的な認識に駆られているような気がしている。
人間がうまく飼い慣らせず、それ故に人生や幸福そのものに深く関わってくる「暇と退屈」について、人類の系譜や哲学者の論述から分析した上で、我々現代人に対して一定の提案をしてくれる本。 色々な哲学者(主にハイデッガーとユクスキュル)の話をベースに、批判もしつつ良いとこ取りして、現代人にしっくり来る結論に...続きを読む落とし込んでいく論述過程が非常に面白かった。 登場する哲学者のことはほぼノー知識で読んだが、順を追って丁寧な論理で進めてくれるので大丈夫だった。難易度は低いと思う。 結論はわりとあっさりしているが、論述全体を追うことで読者自身の思考が変容していくこと、そしてそれを楽しむことこそが重要と著者は言っており、その通りだなと思った。
暇と退屈の倫理学。ずっとこれは読みたいと思っていたのに、実際見てみるとなかなか頭に入ってこず、でもいつか読みたいと積読になっていた本。だけど、改めて向き合ってみると、なんと丁寧に説明されているか。通読してほしいと書いていた著者のいいたいことが少しだけわかる気がした。実は買ってすぐに結論のところやわか...続きを読むりやすそうなところを飛ばし飛ばし読んでいたのだが、その時はやはり全然あたまに入ってこなかったのだが、通読して始めて、著者の結論が色々な視点から繋がって成されていることがわかり、腑に落ちるところがあった。 私は保育者として日々子どもと関わっているなかで、退屈だ。と感じてしまうところがある。それに悩んでもいる。考えたいのに考えられないという時がある。でも、この本によれば、考えることは環世界が多かれ少なかれ破壊された時だという。保育が習慣化されてしまうといつもと同じ景色、同じような出来事。と無意識に飽きてしまっているののかもしれない。だから、何かを考えて感じるためには、勉強して訓練して楽しむ。しかないのだという。環世界が破壊される何かを待ち望み、探し続けるしかないのだ。
退屈なんて普段しっかり考えたことないテーマに惹かれ読みました。哲学書が大好きな私にはとても満足度の高い1冊でした。ちょうど、「幸せ」「不幸」について考えていたので自分なりに少し答えに近づけたような気がします。
#タメになる
暇ではないが人生に退屈を感じていたので、テーマはちょうど良かった。読者の感じる暇と退屈を、この本のなかで扱われる哲学の系譜のなかに(なんとなく)位置づけられると面白い本になると思う。 文章に関しては、意図的に同じことを繰り返し述べているのだと思う。ところどころ難しかったり、話が進むと前の内容を忘れて...続きを読むしまう。ときどき、前の内容を振り返って述べてくれるのはありがたかった。
注の部分を抜いても400ページ超ある文庫で、断続的に読んでいたこともあり、読み終わるまでに一カ月ほど時間がかかった。このままでは読み終えることができないと思い、GW中に一気に読むことにした。 読み応えのある本だったが、哲学的な内容であるため、自分の中で消化できていない、理解できていないモヤモヤした読...続きを読む後感が残るのは悲しいところ。 ただ、暇と退屈についての考察は自分の経験上から、なるほどと思うところもあり、読み物としてはこの手の本としては面白いところもあった。 この本、売れているので、本当によい本なのだろうし、読んでいてもなんとなくいい本なのだろうなという気がする(そこまで自分が評価できるレベルに至っていないのが悲しい)。 本当はもう一回ぐらい読み直して、理解を深めていくのがよいのだろうが、読み終わった今の状況ではその気力はおきない(苦笑)。
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暇と退屈の倫理学(新潮文庫)
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國分功一郎
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