原子力時代における哲学

原子力時代における哲学

ビジネス・実用
2,090円 (税込)

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3.11で原子力の平和利用神話は崩れた。人間の叡智は原子力に抗し得なかった。哲学もまた然り。しかし、哲学者でただ一人、原子力の本質的な危険性を早くから指摘していた人物がいる。それがマルティン・ハイデッガー。並み居る知識人たちが原子力の平和利用に傾いていくなかで、なぜハイデッガーだけが原子力の危険性を指摘できたのか。その洞察の秘密はどこにあったのか。ハイデッガーの知られざるテキスト「放下」を軸に、ハンナ・アレントからギリシア哲学まで、壮大なスケールで展開される、技術と自然をめぐる哲学講義録。3.11に対する哲学からの根源的な返答がここに。

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原子力時代における哲学 のユーザーレビュー

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    Posted by ブクログ

    国分先生の著作を数冊読んだけど、これだけ毛色が違うので躊躇ってましたが、原発事故10年かぁ、いい加減考えないとなぁと思ってようやく読みました。
     内容は思っていたほど難しくなくて、講義録なのもあって非常に読みやすかったです。途中のハイデッカーの引用は難しかったですが、要は結論を述べるんじゃなくて、対話の中から自然と結論に至ること、その過程が大事ということかな?
     これに似たこと安部公房が言っていて、「小説の要点が書けたら僕だってこんな長い文章書かないよ、書けないから読者に体験してもらう、そのために無限に読み込める航空写真のような小説を書くことになるんだけど、それを読者は迷路って思うみたい、要点や結論はなくていいんです、その人が感じ取ったものが大事」みたいなことをインタビューで言うてたのを思い出しました。
     話が飛びましたが、この本によると、そもそも戦後原子力爆弾はみんな反対したのに原子力発電は肯定してしまったのは、人間の根底に何ものにも頼らずに制限されずに生きたい、という願望があるからだ、その誘惑に勝てなかったのだ、と推察されていて、なるほどなと思いました。そういう悪魔的魅力が確かに原子力には当時あったのだろう、今だとAIかな?
     私も日々、誰かと接触せず一人で承認欲求を満たして孤独を感じずに生きていくことができたら最強なのになぁできない自分はまだまだだな、、とか思っていたのですが、そもそも人間という存在がそう孤独や自立に耐えうるデザインをされていないのなら、無理な望みなのかもなぁ。。
     問題山積み&リスク高すぎの原子力発電を使い続けるという選択は、自分の中ではないなぁとこの本を読んで改めて思いました。
    しかし国分先生の本はいつもすごく丁寧に書いてあって哲学素人でも読みやすくて本当にいいわぁ。

    0
    2021年05月07日

    Posted by ブクログ

    タイトルから敬遠していたが、読んでみるとさすが國分功一朗氏。単に原子力にNOを言いたい主張本ではなく、「原子力という困難な問題に向き合うために、人類が鍛えるべき思考や態度は何か」をハイデガーを中心に紐解いた実践的哲学書。
    ハイデガーが「会話劇」というスタイルで主張したかったことは何だったのか?というマニアックな話が、なぜ近代科学技術への批判へと接続させるのか?なぜ紀元前の哲学者の言葉がカギになるのか?…etc.

    0
    2019年11月06日

    Posted by ブクログ

    原子力は核兵器として利用される場合、反対されるが、「平和利用」という巧みなスローガンの元で発電に使われる場合は、長らく肯定されてきた。

    それが、チェルノブイリや3.11福島などを経て、急激に反対に傾いている。

    しかし、3.11以後も、事故が怖い、廃棄物質など忌避感情が強いにもかかわらず、再稼働への国家的な意志はうごめく。それはエネルギー問題に煩わずに生きたいという全能感への欲望だ。

    ただ、ハイデガーのみが肯定が大多数だった時代にも、その技術的特異性に注目し、警鐘を鳴らしていた。根本から考えようとする哲学の威力発揮である。

    原子力に取り憑かれないためには、考えることが必要だが、そのことをパフォーマティヴに対話編で残したのもハイデガーだった。

    著者が講演という形式で、模索的に思索した集成が本書だ。

    問題意識はよくわかる。
    ハイデガーの哲学は難しいが、それを分かるように伝えてくれている。

    0
    2025年06月25日

    Posted by ブクログ

    原子力に関する問題を哲学の視点から考察する。戦後間もなく、核兵器反対の風潮は高まったが、核技術そのものへの問いかけはなされてこなかった。そんな中で1950年代といち早くそれに言及したのがハイデッガー。ハイデッガーの思想を応用し、原発や核技術管理について考える。

    0
    2021年11月14日

    Posted by ブクログ

    「原子力時代における哲学」國分功一郎
    哲学講義録。

    フクシマ後の原子力を、ハイデッガーの著作を下敷きに、哲学者が講義する一冊。
    著者によれば、原子力の平和利用についてこれまで語ってきた哲学者は少ない。そんな中、1950年代の原子力発電黎明期に、その技術論的な矛盾を説いているのがハイデッガーである。

    「たとえ原子エネルギーを管理することに成功したとしても、そのことが直ちに、人間が技術の主人になったということになるでしょうか?断じてそうではありません。管理の不可欠なことがとりもなおさず、〈立つ場をとらせる力〉を証明しているのであり、この力の承認を表明しているとともに、この力を制御しえない人間の行為の無能をひそかに暴露しているのです。」(本書p84、原典は「原子力時代と『人間性喪失』」(1963, 読売新聞掲載))

    それではその技術に対してどのような態度をとればよいか。キーワードが、「放下」と「アンキバシエー」だ。その魔的な誘惑や経済合理、或いは生理的嫌悪感から自らを切り放し、諾否ではなく、その意味するところへ近づこうとする態度である。

    僕はこの一冊は哲学への手引き書、あるいは技術論の一冊としてはたいへん興味深いと思うが、哲学書として読んではいけないと思う。なぜなら、まさに取り扱っている主題の「放下」に到達しておらず、そしてその到達していないことへの洞察がないからだ。

    「「本来性」のような問題含みの概念抜きに脱原発の論理を作れるのだろうか。」( p.164)
    「僕は三・一一の後、原発推進派の気持ちを一生懸命考えたんです。原発推進派になりにって、どうしてこんなに原発を使いたいのかと想像してみました。でも、やっぱりわからなかった。」(p.270)


    さて、技術について、国内における知的財産としての「発明」という言葉の定義を引いてみると、「発明とは自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」であり、なおかつ知的財産として認められるのは「産業として実施できるか」という観点が必要となる。
    ここには、社会に有用な技術(知的財産)には、自然法則を利用したものである、技術的思想である、創作したものである、その内容が高度である、そして産業上の利用ができる、という要件が見て取れる。
    原子力発電に限らず、我々が人間社会の中で有用に利用しようとする発明は、こうした要件を満たし、すなわち自然を何らかの目的のために特定の高度で新しい手段を用いて利用するという本質を持っている。
    これはまさに本書で解説されるハイデッガーの技術論そのものだ。

    ではなぜ、ハイデッガーは、(そして著者は、)特別に原子力技術の危険性を感じているのだろうか。
    繰り返しになるが、本書で取り上げるハイデッガーのテクスト『放下』、そしてそれを下敷きとした著者の思想は、おそらく、我々は原子力利用に対してそれを意思とは無関係に(中動態的に)受け取り、そして思想する状態に至っていないこと。それにも関わらず社会がそれに依存している状態であることへの危機感なのではないだろうか。

    原子力については、得てして「推進派」「反対派」「無関心派」などのレッテルで思想を捉えがちだ(著者もそのくびきから逃れられていない)。
    しかし、原子力に対して放下の態度を取る努力(「努力」という言葉に語弊があれば「道筋」)が求められる一方で、なぜそれが努力によってしかなし得ないのかもまた、考えなければならないのではないだろうか。
    原子力は巨大だ。そのシステムは一個の人間を遥かに凌駕する。
    そうした時に、我々は、人間性を剥奪されることへの抵抗として、意思を持ってしまうのではないだろうか。
    そして、その人間的抵抗をなお、いとも簡単に凌駕してしまったのが、フクシマの事故だったのである。

    「ひょっとしてそもそも意思自体が悪なのです」(p.292、原典は「ロシアの捕虜収容所で年下の男と年上の男の間で行われた夕べの会話」『野の道での会話』)

    (4)

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    2020年05月09日

    Posted by ブクログ

    「反原発」の本でした
    「反原発」について考える本でした

    というわけでレビューが消えてしまいましたw
    いや笑い事ちゃうわ!

    思い出して書きます

    大好きな國分功一郎さんです
    國分功一郎さんと言えば「哲学」というなんだかちょっと遠い存在の高尚な学問というイメージのものを、わいらのレベルにまでがっつり引き下げてくれる魔法のような分かりやすさなんですが、これはちょっと難しかったです

    いつものようにちゃんと考えよう!ってことなんだと思うんです
    そして「反原発」についてちゃんと考えようとする時に、「原子力の平和利用」が声だかに叫ばれた原子力時代の最初期にただ一人、その危険性について言及した哲学者ハイデッガーの考え方を検証することが助けになるよってことだと思うんですが、肝心のハイデッガーのところが分かったような分からないよなというぼややや〜んとした感じでした

    そもそもわいって別に「反原発」の人じゃないんよね
    積極的賛成ってわけでもないんだけど
    なんかぼややや〜んとしてるんですそこは

    とにかくこれを読んで即「反原発」とはならなかったかな〜

    ちゃんと考えたは考えたんだけどね(怪しい)

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    2024年12月30日

    Posted by ブクログ

    四回の講義録+補論で構成される。


    語句的にも難解なハイデガーに対するアプローチ、読み解き方を体験できたのはよかった。また第一講の1950年代における核技術に対する思想家の反応、日本の動きは知っておくと原発に対する見方が深まる内容で、第三講の最後部までは概ね星四以上に近いものだったと思う。

    ただ他のレビューで言及されているように、原発推進派をナルシズムに結びつけるのはやや性急な感じが否めない。もちろん途中のアレントの指摘、つまり「人間の条件」からの脱出も相まって、原子力というものがある種の全能感を持って受け入れられたのは相応に当たっていると思う。

    しかしそれは1950年代やそこらへんの原子力の神話が持続していたときのことであって、いまはやはり神話は崩壊していると思ってし、よって原発にも頼れるほどの全能感は共有されていないように思う。また自分が政治に疎いからか、いまは「原発推進派」より「反反原発派」、つまり原発によって得られた利益、あるいは秩序を、それが全能かどうかはかかわらず、確保しつづけようという人が大半な気がして、彼らの動機がナルシズムによるものかといえば、また別個に諸々の分析、引用が必要だったように思う。あるいは最終章における時代的な位置づけをはっきりしてもらえたら親切だったかもしれない。






    0
    2024年07月25日

    Posted by ブクログ

    ハイデガーが原子力を兼ねてから批判的だっとことは知らなかった。”放下"という概念を用いて、物事に対してある種放置し、開かれた状態でいることが重要であるということが述べられている。しかし、用いられる要素がある種現実の議論から浮遊した机上の空論のようにも感じられた。また結論に向かうところでのフロイトを援用して原発支持者はナルシシズムに苛まれているというのはレッテル貼りのようにも感じられてしまった。原発を取り巻く状況が変化した現在の著者の考えも知りたいと思った。

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    2022年11月23日

    Posted by ブクログ

    原子力に関する哲学講義録。

    1950年代に原子力(原爆ではなく)に対する危険性を指摘していた、唯一の哲学者ハイデガー(本書ではハイデッガー)に焦点を当てる。
    彼が著した数少ない単行本のなかで、原子力の問題を指摘しているが、その著作の最終的な答えが「考える」。何とまぁシンプルかつ深い。が、本書は哲学講義録だけあって、読み進めていけば、自分も考えさせられる。
    「科学は考えない」(ハイデガー)とはまた刺激的(^^;

    第四講(終講)では、フクシマ後、明らかに非合理な原発推進が何故行われるかを、哲学の義務として考え、それは太陽の贈与を受けない自立したエネルギーを欲望するナルシズムだ、と説明。
    うーん、分からんでもないけれど、現実は、ムラの掟に逆らえないとか、飯のタネとかもっと単純な理由の気がする。まぁ「考えて」いない、ということかな?

    0
    2021年08月30日

    Posted by ブクログ

    ・読書会で、ちょっとずつ読んでる。
    放下について知る。
    自然。
    ・ハイデッカーの原子力に対する捉え方がすごい。

    0
    2020年07月19日

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