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花咲くユダの木
キャサリン・アン・ポーター(1890?~1980)は米国南部の旧家に生まれたが、幼いとき母と死別、祖母に引き取られ修道院の学校で教育を受けた。以後きちんとした学歴はなく、週刊誌記者、教師などを続けながら、アメリカ、ヨーロッパ、メキシコなどを広く旅行し、その間、作品を書き溜めた。1930年短編集「花咲くユダの木」を発表。寡作ながら簡潔な文体と人間心理への鋭い洞察を認められ、第一級の女流作家となった。ピューリッツァー賞など多くの賞を受け、多くの大学から文学博士号を授与された。唯一の長編「愚者の船」(1962)は、スタンリー・クレイマー監督、ヴィヴィアン・リー主演により『愚か者の船』として映画化された。 -
別世界物語
『ナルニア国物語』で名高いC・S・ルイスの神学的SF『別世界物語』3部作の第1巻。原題はOut of the Silent Planetで、「沈黙の惑星」とは地球(サルカンドラ)をさす。地球は科学による進歩思想に毒され悪となった沈黙の世界であり、それに対して神によってすべてのものが祝福されて輝いている火星(マラカンドラ)は愛の世界、理想郷だった。言語学者ランサムは、二人の男に拉致されてマラカンドラに連れ去られる。そこは地球よりはるかに古く美しく「垂直」が支配する別世界で、3種の知的生物がオヤルサという光に似た存在によって統治されていた。次々にひき起こされる不思議な出来事のあと、ランサムは地球への帰還を許される。詩人のイマジネーションあふれる異世界物語。 -
源氏物語
紫式部は平安時代の藤原氏一門の全盛時、京都に生きていた女流作家です。当時の日本は、中国の先進文明と我国の風習とを巧みに調和させた、前後にも類のないような優美繊細な文化を作りあげていました。『源氏物語』の完成に生涯をかけた紫式部はまさに天才で、この物語のなかに、いわば彼女の生きた時代そのものを、全て封じこめてしまおうという野心を抱き、それを実現させてしまったのです。だから、この物語のなかには、数百人の様々な男女が、それぞれの出身階級や家庭やの考え方、感じ方をもって登場します。特に人間生活の永遠の主題というべき愛欲に喜んだり苦しんだりする姿は、私たちにも、ありありと感じられるように見事に描かれています。『源氏物語』は私たち日本人にとって、最大の魂の故郷であり、また己れを写す鏡というべき作品です。しかし、一方で、千年前の貴族の女性の言葉で書かれたこの作品には、言葉の違いという厄介なものがあります。私はまず、この複雑極まりない内容を持つ大ロマンを、近代的な小説として読めるようにしようと思いました。そうして、物語の中心をくっきりと浮き上らせるように試みました。…中村氏はこう述べています。 -
失われた時を求めて
この作品は一般的な形式の小説とは異なり、近代小説のモデルを築いたといわれる。構造はあたかも交響楽のようであり、物語は筋や局面にたよることなく展開する。その一切の構造は、過ぎゆく時、あるいは過ぎゆくように思われる時の、雰囲気と感覚だけでできている。印象派の画家モネの作品を思わせるので、本電子本の表紙には、大半モネの作品を用いた。第1巻は語り手(私)が田舎のコンブレーに滞在していたころの、大叔母や祖母との暮らしの思い出だが、スワン氏が夕食に訪れたある夜の出来事ほど鮮明によみがえるものはなかった。後半では社交界の寵児スワン氏の恋が描かれる。もと高級娼婦オデットをめぐる苦悶の果てに氏は彼女と結ばれて娘ジルベルトをもうけた。「失われた時を求めて」は7編の小説からなり、本電子版ではこれを10巻にして提供する。「スワン家のほうへ」「咲く乙女たちのかげに」「ゲルマントのほう」「ソドムとゴモラ」「囚われの女」「逃げ去る女」「見出された時」がそれだ。井上究一郎氏の手になる流麗な訳でお贈りする。 -
ケストナーの終戦日記
世界の子供達に愛されているケストナーの、ナチズムへの抵抗日記。広島・長崎への原爆投下を糾弾して、この日記は終えられた。戦争そのものが勝敗を問わず、どんなに無意味に悲惨であるかを、このくらい具体的に感じさせる本も少ないであろう。そしてそれについては、人類全体に責任があると、ケストナーはみんなの良心に訴えている。 -
イシュタルの船
冒険家ケントンのもとへ、太古バビロニア帝国のころの石碑が送り届けられた。石碑が放つ芳香に興味をひかれ、ハンマーでそれを打ち砕いた瞬間、そこには一艘の船があらわれた! 瑠璃色の海の上に、宝石をちりばめた船が高々と浮いていたのだ。それは、愛と憎しみの船だった。天と地の女神イシュタルと、悪と死の神ネルガルの魂が乗りうつった船では、イシュタルに仕える尼僧シャラーネとネルガルに仕える僧クラネスの果てしない闘争がつづいていた。ケントンは一瞬呆然としたが、たちまち、神々の闘争の渦中に巻きこまれていった。そしていつしか、彼はシャラーネに魅かれていった。 -
エジプト人
面白い小説である。作者の驚嘆すべき空想力は微に入り細にわたって、古代の文化や風俗を、絵巻物をくりひろげるように展開してくれる。怪奇あり、愛欲あり、冒険あり、ユーモアありといったふうで、読者を堪能させる。作者ワルタリはフィンランドの作家だ。時代は紀元前3300年代の古代エジプト、主人公は王の頭蓋切開師シヌヘで、新王国第18王朝のイクナートン王の失脚と死のあと、追放の身になってからその来し方を振り返る。エジプトでの数々の出来事はもちろんだが、シヌヘはシリア、ミタンニ、バビロン、クレタ、ヒッタイトなど近隣諸国にも足を運び、その豊富な経験を物語る。ワルタリは古代エジプトの歴史と風俗を研究した成果を本作に盛り込んだが、その正確さはエジプト学者の賞賛をも勝ちえた。 -
チャンス
数奇な運命を負わせられた女性フローラ・ド・バラルの物語。裕福な家に生まれるが父親が詐欺師の汚名を着せられて収監されたあとは、他人の好意にすがらざるを得ない境遇におちいる。彼女は南アフリカへ行く輸送船に乗って運命の転換を図ろうとする。この間に彼女の出会う出来事はすべて、コンラッドの他の作品にも登場するマーロウという男、ならびに彼女の関係した多くの人びとによって、多面的にさまざまな角度から語られる。父親が釈放され、同じ船に乗り込んで来たことで別の困難にも直面するが、最後にはハッピーエンドを迎える。投機やフェミニズムなどアクチュアルな社会問題も論じられ、それもこの作品の特徴となった。 -
自動車
作者へイリーは徹底した取材を武器に巨大組織を描いた作品を次々に生み出し、その長編ドキュメンタリー・フィクションは「ファクション」という流行語を生んだ。本書もその一編。アメリカの巨大な自動車会社のダイナミックなメカニズムを、新車「オリオン」の開発をめぐる全活動を通じて、あらゆる角度から詳細に描き、現代企業の全貌を描ききった。幹部の面々、デザイナー、工場長、パーツメイカー、広告代理店、ディーラー、レーサー、映画監督まで登場し、虚々実々の駆引き、野心と欲望に火花を散らす男女をからませ、抜群のストーリー・テリングを駆使した、話題の長編。 -
バーナビー・ラッジ
第一の魅力はプロットの網を巧妙に張りめぐらした物語の面白さである。ことにヘアデイル邸の惨殺事件をめぐる部分は、完全な推理小説。ポーが最初の部分を読んだだけで、トリックを見破ったと豪語したのは有名な話だ。人物造形の面白さはどうかというと、ゴードン卿の描写をはじめ、実在・架空を問わず、ディケンズ独自の細密画のようなペンによって、見事に提示されている。特に絶品なのは女性、しかもいやな女の描写で、ヴァーデン夫人やミッグズなどは、一緒に暮したら生きているのがいやになってしまうだろうが、読んでいると金縛りにかけられたような魅力を感じざるを得ない。本作の主人公はいつの間にか英雄になってしまうバーナビーであろう。最初の主人公である理性の人ゲイブリエルがバーナビーという白痴にその名誉ある地位をあけ渡したのは、作者が作品全体のライト・モティーフを、理性から狂気へと変えて行ったからに違いあるまい。(訳者あとがきより) -
快盗ルビー・マーチンスン
短編の名手スレッサーにかかると「殺人」や「犯罪」が血なまぐさくない、さりげない事件となり、殺人者や被害者、はてはごろつきや警察官までもが愉快で憎めない人物になってしまう。つねに「うまい犯罪、しゃれた殺人」を描くことに心を砕いていたヒッチコックは、スレッサーの作品が大いに気に入り、テレビのヒッチコック劇場の常連シナリオ・ライターに起用した。本書は根は善良な小市民、悪党気どりの愛すべき一青年ルビー・マーチンスンを主人公に設定し、ニューヨークのダウンタウンを背景に、彼が思いつく奇想天外な犯罪計画の数々とその皮肉な失敗の経緯を披露する。趣きの変った、大人の童話という感のある作品。 -
大いなる眠り
ハードボイルドの旗手チャンドラーの長編処女作。主人公の私立探偵フィリップ・マーロウはこれによって一躍、有名になった。マーロウは富豪の将軍の邸宅へ招かれる。将軍の次女カーメンが、賭博場でふり出した約束手形にからまる強請りの件で、その調査を依頼されたのだ。マーロウは張本人とみられるガイガーの家をさぐりに行った。だが、三発の銃声がとどろき、ガイガーは射殺されていた。踏みこんだ所はあやしげな秘密写真撮影の現場だった。次々に現れる不審な人物に加え、将軍家の長女の夫の失踪事件もからみ、事件はいよいよ複雑に。双葉氏の翻訳はその名調子で知られる。 -
発狂した宇宙
とにかくこれは多元宇宙SFの決定版である。多元宇宙SFのあらゆる面白さとテクニックを全部ぶちこんだ、いわば集大成であり、さらにこれによってブラウンは、多元宇宙SFを確立させたといえる。そのかわりSF作家にとってはこれ以後、多元宇宙の面白いネタを見つけるのが困難になった。処女長編とは思えぬ、完成された作品である。ブラウンの長編の最高傑作は? という問いに対して、『発狂した宇宙』をあげる人と、『火星人ゴーホーム』をあげる人がいて、好みが二種類にはっきりわかれてしまう。ぼくは『発狂した宇宙』をとるが、星新一氏などは『火星人ゴーホーム』組である。シュール・リアリスティックなドタバタが好きな人と、ブラック・ユーモアの方が好きな人とにわかれるのではないか、と、ぼくは思っている。…以上、筒井康隆氏の紹介文だ。 -
ガルガンチュアとパンタグリュエル物語
ラブレーはフランス・ルネサンスを代表する人文主義者、医師。トゥーレーヌ地方に弁護士の子として生まれ、修道院に起居して勉学に励む。のちパリに出、モンペリエ大学医学部に。その後リヨン市立病院に勤務、医師・古典学者として知られるようになった。畢生の大作「ガルガンチュアとパンタグリュエル物語」はソルボンヌや教会など既成の権威を風刺した内容をふくむ破天荒な作品で、終始発禁本とされたが、巨人王ガルガンチュアの誕生・成長と冒険の数々、さらに戦争とその顛末が、古典の膨大な知識とスカトロジー満開の笑いのなかに展開される奇書中の奇書だ。(全5巻で、第二之書以下は「パンタグリュエル物語」と称されている) -
ファーザー・ハント
ウルフとアーチーは、エーミー・デノヴォと名乗る女性から父親捜しの依頼を受ける。彼女の母親は三ヵ月前に轢き逃げに遭い、エーミーは一人残された。父親は毎月母親宛に小切手を送り続けてきていたのだという。アーチーは、小切手の振出人割り出しから追跡を開始し、それが信託銀行の元頭取サイラス・M・ジャレットだったことを突き止める。エーミーの母親は当時別名でジャレット夫人の秘書を務めていた。だが、調査は暗誦に乗り上げる。ジャレットの息子も父親に該当しないことがわかる。ウルフは捜査中の轢き逃げ事件に着目し、その犯人からのアプローチを試みる。車の運転席に残されていた葉巻の銘柄が唯一の手がかりだった。 -
札差
江戸時代、幕府から俸禄を蔵米として受け取る旗本や御家人は、浅草の蔵前にあった幕府の米蔵から配給を受けることになっていた。しかし彼らのほとんどは、その地に店を構える札差にその仕事を頼んだ。札差は蔵米の換金、運搬の手数料を取り、のちには蔵米を担保に金を貸し、利息を取った。やがて彼らは巨富を蓄え、なかには十八代通と呼ばれるような金満家をも輩出して、江戸の経済を牛耳るようにさえなった。この札差の実態を詳述した「札差考」のほか、米価の変遷や米問屋による相場の壟断等を考証した「米価の話」など、江戸庶民や武家の生活を経済面から探った6編を収録した鳶魚江戸ばなし続編。 -
マーティン・チャズルウィット
恐ろしいほどの利己心がチャズルウィット一家の特徴である。マーティン老は、周囲の人間はみな自分の財産を狙っていると疑う。信頼するのは孤児メアリーだけだ。だが孫のマーティンは、メアリーと密かに婚約し、老人に追い出される。孫も自己中心的で、縁戚にあたる建築家のペックスニフの元に身を寄せる。このペックスニフは徹底した偽善者だった。マーティンを迎えたのも、むろん欲得ずくだ。彼の仕事も、かつての生徒で彼を師と仰ぐトムに任せていた。ある日ペックスニフと2人の娘は、マーティン老から、孫が勝手に婚約したので追い出したと聞きショックを受けるが、老人の希望どおり、青年を体よく追い出す。宿無しとなったマーティンは、アメリカで一旗揚げようと考える。メアリーと最後の逢瀬を楽しんだあと、マーティンはアメリカに向かう。イギリスでは、マーティン老の弟のアンソニーが急死する。アンソニーも利己主義者だったが、その息子ジョーナスも同様で、父親の居場所は棺の中が最適だと考えるような人間だった。葬式の後、ジョーナスは打算からペックスニフの次女マージーと結婚し、濡れ手で粟の詐偽商売に肩入れしはじめる。ペックスニフにはマーティン老の衰えがわかった。彼は遺産を確実に手に入れようと、メアリーに言い寄る……人間の暗部とこっけいさを徹底して描ききったディケンズの代表作のひとつ。長谷部史親氏は「作中における人物造形の巧みさと場面ごとの面白さ、犯罪にかかわる謎の要素が推理小説を思わせる」と述べ、本書を高く評価している。 -
奈落の人びと
「この本の中で語られている体験は、1902年の夏に私が経験したものである。私は探険家の態度にたとえるのが最もふさわしいような心構えで、ロンドンの下層社会に入って行った。私は、みずからの見聞によって納得をえたかった」…本書は当時のロンドンのイースト・エンド地区の人びとの生活を描いた記念碑的ルポルタージュ。作者は、数ヶ月にわたって現地の救貧院や路上で寝泊りし、それを元に本作品を書いた。オーウェルは10代に本作に出会って影響を受け、1930年代に同様の試みをおこない「パリ・ロンドンどん底生活」を著している。 -
裏切りへの道
第二次世界大戦直前のイタリアを舞台に展開されるスパイ戦! 時は大戦勃発直前の北イタリア。英国人の若い技師マーロウはスパータカス工作機械株式会社ミラノ支店のマネージャーとしてミラノに着いたばかりだった。同社はイタリア政府に軍需物資を供給する英国の会社だ。だが、彼の先任者が夜半、何者かの操縦する車に轢殺されたのだということを、マーロウは知らなかった。やがてマーロウにも、何か奇妙な事件が、自分のまわりに起こりかけていることがわかって来る。婚約者に出したラヴレターが、何者かの手で開封されているのを知ったのである……。アンブラーの独壇場である本格スパイ小説の傑作! -
ディミトリオスの棺
派手なアクションを避け、地道にスパイの心理を追うスパイ小説の王道を切り開いたアンブラーの初期の代表作。「探偵小説味のある作品を書いている現役の作家で、文学者として最も優れた人は誰かと考えてみると、英のグレアム・グリーン、仏のジョルジュ・シムノン、それから英のエリック・アンブラー、この三人が特別に際立っている」江戸川乱歩はこう書いた。イスタンブールを訪れた英国人作家ラティマーは、秘密警察長官から、国際的犯罪者ディミトリオスが死んだことを聞かされる。だが、ディミトリオスの死体を眺めているうちに、ラティマーはこの男の謎につつまれた過去を洗ってみようという衝動にかられた。 -
シートン動物記
シートン(1860~1946)は動物文学の作家として、アメリカが世界に誇る存在である。英国生まれだが彼が六歳のとき一家をあげてカナダに移住し、トロントの大学と、ロンドンのローヤル・アカデミーで教育を受けた。父の意向もあり、画家として身をたてたが、幼いときから大自然へ興味をもち、好きな野生動物の観察と研究に打ちこみ、ついにはその結果を文としてまとめるようになった。この動物記は、シートンの代表作を全4巻にまとめた決定版である。本巻には「狼王ロボ」、「銀の星」(烏)、「ぎざ耳小僧」(兎)、「街の吟遊詩人」(雀)、「スプリングフィールドの狐」、「怪物コウモリ」、「少年と大山猫」、「大灰色熊の伝記」の8編を収めた。動物たちへの愛情あふれる記述とともに、生きることの真の厳しさと、人間社会との深い関わりが浮き彫りになっている点が大きな特徴である。 -
マネー・チェンジャーズ
銀行内部の人間模様を、詳細に、赤裸々に描ききった長編野心作。アメリカ中西部最大の銀行の次期頭取の椅子を争う二人の副頭取は、地域開発計画への出資をめぐって鋭く対立した。利潤の追求か、それとも公共性の重視か。大企業シューナトコーヘの大口融資を図って主導権を握ろうとするロスコー、その危険な経営内容を知ってこれをはばもうとするアレックス。ついにロスコーは賄賂を受けとった……。暗躍する大クレジット・カード偽造団や、取付け騒ぎなども絡んで、事態は緊迫の度を深める。アーサー・ヘイリーは緻密な取材に基づいて様々な業界の内幕を活写した作品群でよく知られる英国生まれの作家。2004年に亡くなった。 -
ふくろうの叫び
四人の男女が織りなす愛憎劇。ロバートは結婚生活に破れ、ペンシルヴァニア州の田舎町に越してくる。唯一の楽しみは隣家のジェニファーの暮らしぶりを覗きみることだったが、相手にさとられてしまう。だが彼女は彼を家の中に招き入れ、親しくなる。ジェニファーは一人暮らしをする銀行勤めの二十三歳の女性で、医薬品セールスマンのグレッグと婚約していた。だがロバートに惹かれてゆき、婚約を破棄するまでになる。収まらないグレッグは怒りと嫉妬にかられ、意地でも彼女を奪い返そうとする。それに手を貸すのがロバートの別れた妻ニッキーだ。売れない画家のニッキーは、ロバート同様のおとなしい男と再婚したが、ロバートへの嫌がらせをやめようとはしない。ニッキーはこれでもかと女のいやな部分を見せつける。 -
ナボコフの一ダース
ロシア生まれのアメリカ作家ナボコフ(1899~1977)の作品は、『ロリータ』をはじめ多くの長編が翻訳されている。しかし、ナボコフの小説は読みやすくないから、努力して取りくみながら途中でついて行けなくなる読者もありそうだ。その点、この短編集は、ナボコフには珍しく平明に書いたのもあるし、短いながらもナボコフ的な特徴がよく出ているのもあり、かれの作品へ接近するのに手ごろな踏み石といえる。色彩ゆたかな濃厚な文体、驚くばかり奔放な構成、瀑布のような雄弁、石ころのような寡黙、にじみ出る詩情、痛切なノスタルジヤ、新鮮で強烈なメタファー、容赦ないユーモアなど、どれもナボコフ的世界を美事に展開している…訳者のことば。 -
ナナ
ナナはパリのヴァリエテ座の俗悪なオペレッタでデビューし、怪しい魅力によって男たちの注目を集める。老銀行家ステネール、喜劇役者ホンタンの女となる経験をへてナナは売春婦となることを決意し、寄って来る男たちを次々と破滅におとしいれることに生きがいを見いだす。伊達男ヴァンドーヴル、放蕩者のファロワーズ、さらにユゴン大尉と遍歴を続け、ついにはナポレオン三世の高官ミュファ伯爵との交渉がはじまる。彼女は老伯爵をまるで下男のように鼻であしらい、公衆の面前で恥ずかしい思いをさせることに無上の喜びを感じる。伯爵に建てさせた屋敷に引きこもり、取り囲む男たちを互いに反目させ、彼らの家庭の秘密を片っぱしから暴露する。ナナは伯爵家を破滅させるが、同時にそれは自身の破滅になる。ナナは見すぼらしいホテルの一室で生涯を終わる。ゾラは「居酒屋」についでこの「ナナ」で、腐敗した時代の社会の悪を、大きな壁画のように描こうとした。 -
ローマは光のなかに
かつては映画俳優として華々しく活躍していたジャックは、第二次大戦を経て今はパリで目立たない公務員の仕事を粛々とこなす生活を送っている。ある日、長らく疎遠になっていた映画監督のデラニーに請われて二週間ローマに滞在することになるが、そこでの出会いや目まぐるしいほどの出来事によって、ジャックは若かりし頃の栄光や挫折を振り返り、今後の人生について思いを馳せる。美しいイタリア人女性のヴェロニカ、暴力的だが若く才能のあるブレサック、戦争ジャーナリストのデスピエール、石油王のホルト、それぞれが日常に直面しながらローマの光のなかで織りなしていくカレイドスコープのような物語。表紙挿画─和田誠。 -
魔術師
モームは、アレスター・クロウリーという特異な人物とパリでめぐりあった経験をもとに、オリヴァ・ハドゥーなる悪魔的怪紳士を創作し、それにふさわしい怪奇な筋をもつ一編の怪奇小説、恐怖小説を造りあげた。それが本書である。「常識」と「迷信」との対決という主題を掘り下げたのであるが、こうしたプロットを効果的に運ぶためには、作者は自身の経験にもなく、知識もなかった《魔術》という奇怪なカルトが、現実のヨーロッパ社会に存在していることについて、同じく無知な読者に納得させなくてはならない。すなわちこの小説は、小説としての意匠から必然的に、魔術とは何か? という問いに対する解明と考察とを含む一種の思想小説、文明批評小説として仕立てあげられることになった。 -
犯罪文学傑作選
ほとんどすべての世界的に有名な作家は犯罪文学に貢献してきたのであります。この選集の目的は、「純文学」畑で名をあげた作家たちによって書かれた、ミステリと殺人、犯罪と探偵を扱った、粒よりの物語を読者に提供することにあります。それはディケンズ、マーク・トウェイン、ウィラ・キャザー、R・L・スティーヴンスン、リング・ラードナー、ジョン・スタインベック、ウィリアム・フォークナー、パール・バック、オールダス・ハックスリー、ウォルター・デ・ラ・メア、H・G・ウェルズ、モーパッサンなど、天分のある物語作家や練達の技巧家たちの手になったものばかりであります。そうです、だれか著名な作家を、「当代えりぬきの巨匠」を、だれでもいいから一人あげてごらんなさい。きっと、あなたはミステリ作家を名ざすことになります。そしてそのことを26回も繰り返して証明するために、わたしたちはこの短編の宝庫をあなたにささげるしだいです。これこそまさしく「犯罪の粋(クレーム・ド・クライム)」、読者大衆へのキャヴィアと申すべきでしょう…エラリー・クイーン。 -
夏の日の声
1964年のある日の午後、第二次世界大戦退役軍人のユダヤ人フェデロフは、息子の野球試合を見ながら過去50年を回想する。移民の息子に生まれ、よき妻に恵まれ、元気のいい二人の息子をさずかった。いまも健康だし、ビジネスもまあまあ成功した。……俺が死んだら、とフェデロフは思った。火葬にしてもらおう。お祈りなしで。俺の灰なんかどこかに捨てればいい。俺が幸福だったところに。ヴァーモントの野球場の芝生に。ニューヨークの街で童貞と処女がはじめて愛をかわしたベッドに。戦時中の夕方、休暇中の軍曹がアメリカの赤毛の美女と並んで佇んだ、パリの家並を見おろすバルコニーに。息子のゆりかごに。晴れわたった夏に泳いだ大西洋の大きな波間に。そして、愛する妻の優しい手のなかに……夏の日の声はいつの時代も同じだった。 -
縮みゆく人間
核実験によるスコールと、街中で噴霧された殺虫剤を浴びたスコット・ケアリーは、肉体が縮んでいくという恐るべき事態に直面する。あらゆる治療の甲斐なく1日に1/7インチずつ縮んでいくスコットはある日、ひょんなことから家の外に放り出され、鳥の襲撃を受け、逃げるうちに地下室に落とされてしまう。そこに待ち受けていたのは猛毒をもつ一匹の黒いクモだった。妻も子も失われ、人間世界から隔絶された別世界のなかで、スコットは針を手にして戦い、摩天楼のようにそびえ立つテーブルの上に置かれたクラッカーと漏水で飢えをしのぎながら、孤独な生存競争を続けてゆく。作者マティスンが描いた、この世ならぬ恐怖と孤独と絶望の世界! -
宇宙震
アメリカのSF勃興期から50年間、SFとともに生き、その可能性を極限まで推し進めた代表的な作家のバラエティ豊かな宇宙小説集。「禁断の星」は、宇宙伝染病に汚染された星域をめぐっての宇宙病テーマ、「失われた種族」は、宇宙に大文明を築いたある種族の謎の消滅をめぐって、その原因をつきとめようとする滅亡テーマ、「破滅が来る!」は、銀河系同士の衝突という大スケールの銀河小説、「孤独の星」は惑星全体に一個の生物がすんでいるという宇宙生物小説、表題作「宇宙震」は、宇宙規模の大災害を未然にふせごうという典型的なスペース・ドラマである。この5編だけを読んでも、ラインスターの宇宙小説のもつスケールの大きさ、そのロマンチックなムード、たくみな小説技法は、十分に読みとることができるだろう。 -
太陽がいっぱい
米国の貧乏青年トムはひょんなことから、富豪グリーンリーフに息子を連れ戻してほしいと頼まれ、礼金欲しさにイタリアへと旅立った。現地でトムが出会ったのは、金にも女にも恵まれた放蕩息子ディッキーだった。裕福で自由奔放なディッキーに羨望を抱くトムは、自分を下男同様にこき使うディッキーに殺意をも抱くようになる。そしてディッキーの許婚マージをも手に入れようと画策する。自分とディッキーの容貌が酷似しているのに気づいたことが、そのきっかけに……。サスペンスの巨匠ハイスミスの代表作。ルネ・クレマンの映画で有名になったが、原題は「才子リプリー」で、典型的なピカレスク・ロマンだ。 -
江戸から東京へ
本書は明治15年(1882)金沢生まれの矢田挿雲(やだそううん)が、1920~23年(大正9~12年)に「報知新聞」に連載した東京歴史散歩で、全9巻からなる。大正12年の関東大震災で瓦礫と化した街を見て、連載は中止となったが、江戸の面影が濃厚に生きていた当時の街と風俗を生き生きと物語る稀有な見聞記。綿密な考証を加えた豊富なエピソードが軽妙な筆でつづられる。第一巻は、築城当時の江戸から説きおこし、鹿鳴館、丸の内、越後屋、日本橋、福沢塾、湯島天神、丸橋忠弥、上野公園、寛永寺、笠森お仙と、麹町から神田・日本橋・京橋・本郷・下谷までをめぐる。各巻表紙を飾るのは葛飾北斎の「絵本隅田川両岸一覧」で本巻は「三俣の白魚」である。 -
[名作落語]田能久
演者によっては、田之助の弟子の沢村田之紀という、やはり親孝行な芸人のことにして話す。孝行の徳が幸福を得たというのだから感じがよい。
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