カッコいい題名として名前と大まかなだけ知っている歌劇『魔弾の射手』。こちらも悪魔と取引して魔の銃弾を手に入れたドイツのお話(という大まかなあらすじしか知らない)。
こちらの『第三の魔弾』も魔弾を手に入れるのはドイツ人。題名の付け方も「序曲」「終曲」とかだから、やっぱりオペラっぽい筋立てなのかなあ。
物語の歴史的出来事を。
❐1519年スペイン侯爵のコルテスがアステカ帝国を制服する。アステカの王モンテスマは死ぬ。
❐1945年シュマルカルデン戦争。
神聖ローマ皇帝カール5世と、反皇帝同盟プロテスタント軍の戦い。皇帝軍が勝利し、反皇帝同盟ザクセン侯は捉えられた。
❐1945年スペイン侯爵コルテス死去
序曲は1947年、ローマ皇帝の配下に片目を失い「ガラスの瞳の大尉」の呼び名を持つハンガリー騎兵隊大尉がいた。反皇帝勢力のザクセン侯を捕縛した彼は、自分も覚えていない自分自身の幻影見る。それは、異国の王を撃ち殺し、インディオの少女と睦み、自分が無茶苦茶に暴れている幻影だった。彼は過去を覚えていない。俺は一体誰なのだ。それを知るはずの従僕は口が利けないのだ。
スペイン軍兵士たちの雑談の中で一人の老兵士が、コルテスの無敵軍を三発の銃弾で混乱させたドイツ軍人「ラインの暴れ伯爵グルムバッハ」への思い出を、伝説的な敵に対する敬意を込めて語り始めた。百発百中の銃弾を製造するガルシア・ノバロにより作られその銃弾だが、ノバロは死ぬ前にその銃弾に呪いを込めた。「一発目は異教徒の王に、二発目は地獄の娘に、そして三発目はドイツ人本人に。」
「ガラスの瞳の大尉」は混乱する。ラインの暴れ伯爵は死んだはずではないか。だがおれは、誰かがおれを「ラインの暴れ伯爵」と呼ぶ声が聞こえる。あのスペイン老兵の声は、まるで自分の失った記憶の奥底から響いてくるようだ。
ラインの暴れ伯爵グルムバッハは、ローマ皇帝のお気に入りだったが「坊主どもへの俗権の介入」に反発したために、ローマ朝廷から追放された。
グルムバッハは新天地を求めるドイツ人たちを船に乗せ新大陸へ向かう。その航海中に、彼らを追う皇帝軍艦からインディオの少女を助け出すが、顔の左側を潰され片目を無くした。
インディオの少女は、その後グルムバッハと、スペインのメンドーサ侯爵との奪い合いの対象となったために「ダリラ」と名付けられた。
メンドーサ侯爵はスペインの美貌の貴族だ。しかし残忍な心を持ち、捕虜の舌を抜くことを楽しみとし、「体には赤い血ではなく砂漠の砂が流れている」と言われる。そして情欲のために女と戯れ、彼に触れられた女はみな娼婦となる。
実はラインの暴れ伯爵グルムバッハと、スペインの美貌メンドーサ侯爵は故スペイン・フィリップ王の隠し種の異母兄弟なのだ。
新大陸に渡ったドイツ人たちだが、ここでもスペイン勢力に追いやられている。グルムバッハ、4人のドイツ人部下、そしてインディオの少女ダリラもスペイン軍に逗留された。
アステカ帝国は、スペイン無敵軍を率いるコルテスの脅威に晒されていた。
アステカ王モンテスマは、「スペイン国王カルロス五世に国を返す」とまでいうが、スペイン軍の事実上の捕虜となっていた。
ここで反骨精神、スペインへの反抗心、キリスト教の不寛容や教会の特権への反発を大いに発揮するグルムバッハは、アステカ帝国に味方してスペイン軍と戦うことを決意する!
そのためにはなんとしても銃と銃弾を手に入れなければ!
この入手手段がですね、三発の銃弾は百発百中の銃弾を製造するガルシア・ノバロを騙くらかして、一丁の火縄銃は悪魔を騙くらかしたのだ!
そう、悪魔。なんか魔術なんて全く知らない暴れ伯爵が色々がんばって呪文を唱えてみたら呼ばれて出てきたんだけど、この悪魔はガルシア・ノバロにも、コステロにも、メンドーサ侯爵にも騙されていた!案外ちょろい悪魔…かと思ったら、ガルシア・ノバロは悪魔の仕返しで絞首刑になり、その死の間際にグルムバッハに渡った三発の銃弾に呪いを込めた。
「一発目は異教徒の王に、二発目は地獄の娘に、そして三発目はドイツ人本人に。」
この物語は、歴史の事実に幻想手段を混じらせ、しかもこの大混乱大虐殺の時代なのでかなり血生臭く出てくる人々は死体の山となり、そしてメイン登場人物はその国とか民族を象徴しています。
スペイン人の矜持を持つメンドーサ侯爵と、ドイツ人の精神を持ったグルムバッハは、そのまま「世界を制服するスペイン」と、「その影に追いやられるドイツ」を表します。
コステロもスペインを、そしてダリラは無垢すぎて自分の欲望のままのインディオを象徴かな。
かといってカッコいい英雄たちの戦いではなく、グルムバッハも、メンドーサ侯爵も、司令官のコルテスも、眼の前の酒とか女とかの誘惑に負けたり、命の危険には怯えたり逃げたり、かなり情けなくも人間臭い。
ラインの暴れ伯爵グルムバッハとメンドーサ侯爵は絡み合う因縁があって、友人の仇だったり、女(ダリラ)を争ったり、命を狙いあったり、でもギリギリでは相手を殺さず「見逃してやる」なんてことにもなります。
「無垢な裸体で、地獄の戦場から助けられたインディオの少女ダリラ」も、グルムバッハの愛人になったかと思ったら、自分に欲情の眼差しを向ける美貌のメンドーサ侯爵に「この人のほうがカッコいいわ♡」と乗り換えたり、宝石を欲しがったり、無垢のあまりに自分のほしいものをそのまんま欲しがっちゃうわけですね。
他にもインディオたちは、アステカの王族が「スペイン軍と戦え!」と号令をかけても、戦いを白なさすぎて「なに言ってんだー。それよりこれ買ってちょーー」みたいな呑気さ。
そんなある意味欲望に無邪気な登場人物たち、戦う場面はブラックジョークのようにあっさりと酷い死に方をしてゆくのでした_| ̄|○
富と名声を求める欧米人の皮肉でいえば、アステカ帝国の宝を全部持ち帰ろうとして味方の負傷兵を置き去りにするスペイン兵とか、インディオの女性から梅毒を移された兵士が治療のためスペインに戻る、つまりこの後ヨーロッパでの梅毒大流行の兆しが見えたりします。
この後の物語は、三発の魔弾が「一発目はアステカの王、二発目は罪のないインディオの娘」に命中した経緯を語ってゆく。
あれ?では三発目は?
1919年に三発の魔弾を手に入れてから、1945年の今。記憶喪失の大尉が「ラインの暴れ伯爵」だとはわかるんだけど、では三発目はまだ残ってるの?
だが記憶喪失の大尉は老スペイン兵の語りを最後まで聞くことはできない。
「終曲」にて読者は、あれほど反発したスペイン王の配下となりカトリックの敵と戦うラインの暴れ伯爵の現代の姿を目にすることしかできないのでした。