【感想・ネタバレ】第三の魔弾のレビュー

あらすじ

16世紀、神聖ローマ帝国を追放された“ラインの暴れ伯爵”グルムバッハは新大陸に渡り、アステカ王国のインディオたちに味方して、征服者コルテス率いるスペインの無敵軍に立ち向かった。グルムバッハは悪魔の力を借りて、コルテス軍の狙撃兵ノバロの百発百中の銃を手に入れるが、その責を問われ絞首台に上ったノバロは、死に際に三発の銃弾に呪いをかける。「一発目はお前の異教の国王に。二発目は地獄の女に。そして三発目は――」コンキスタドール(征服者)時代のメキシコを舞台に、騙し絵のように変幻する絢爛たる物語を、巧みなストーリーテリングで描き切った幻想歴史小説。大戦間ドイツで絶大な人気を博し、ボルヘス、カルヴィーノ、グレアム・グリーンら、名だたる目利きたちが愛読、世界的な再評価が進んでいる稀代の物語作家ペルッツの長篇第一作。

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Posted by ブクログ

カッコいい題名として名前と大まかなだけ知っている歌劇『魔弾の射手』。こちらも悪魔と取引して魔の銃弾を手に入れたドイツのお話(という大まかなあらすじしか知らない)。
こちらの『第三の魔弾』も魔弾を手に入れるのはドイツ人。題名の付け方も「序曲」「終曲」とかだから、やっぱりオペラっぽい筋立てなのかなあ。

物語の歴史的出来事を。
❐1519年スペイン侯爵のコルテスがアステカ帝国を制服する。アステカの王モンテスマは死ぬ。

❐1945年シュマルカルデン戦争。
 神聖ローマ皇帝カール5世と、反皇帝同盟プロテスタント軍の戦い。皇帝軍が勝利し、反皇帝同盟ザクセン侯は捉えられた。

❐1945年スペイン侯爵コルテス死去
 

序曲は1947年、ローマ皇帝の配下に片目を失い「ガラスの瞳の大尉」の呼び名を持つハンガリー騎兵隊大尉がいた。反皇帝勢力のザクセン侯を捕縛した彼は、自分も覚えていない自分自身の幻影見る。それは、異国の王を撃ち殺し、インディオの少女と睦み、自分が無茶苦茶に暴れている幻影だった。彼は過去を覚えていない。俺は一体誰なのだ。それを知るはずの従僕は口が利けないのだ。

スペイン軍兵士たちの雑談の中で一人の老兵士が、コルテスの無敵軍を三発の銃弾で混乱させたドイツ軍人「ラインの暴れ伯爵グルムバッハ」への思い出を、伝説的な敵に対する敬意を込めて語り始めた。百発百中の銃弾を製造するガルシア・ノバロにより作られその銃弾だが、ノバロは死ぬ前にその銃弾に呪いを込めた。「一発目は異教徒の王に、二発目は地獄の娘に、そして三発目はドイツ人本人に。」

「ガラスの瞳の大尉」は混乱する。ラインの暴れ伯爵は死んだはずではないか。だがおれは、誰かがおれを「ラインの暴れ伯爵」と呼ぶ声が聞こえる。あのスペイン老兵の声は、まるで自分の失った記憶の奥底から響いてくるようだ。


ラインの暴れ伯爵グルムバッハは、ローマ皇帝のお気に入りだったが「坊主どもへの俗権の介入」に反発したために、ローマ朝廷から追放された。
グルムバッハは新天地を求めるドイツ人たちを船に乗せ新大陸へ向かう。その航海中に、彼らを追う皇帝軍艦からインディオの少女を助け出すが、顔の左側を潰され片目を無くした。
インディオの少女は、その後グルムバッハと、スペインのメンドーサ侯爵との奪い合いの対象となったために「ダリラ」と名付けられた。

メンドーサ侯爵はスペインの美貌の貴族だ。しかし残忍な心を持ち、捕虜の舌を抜くことを楽しみとし、「体には赤い血ではなく砂漠の砂が流れている」と言われる。そして情欲のために女と戯れ、彼に触れられた女はみな娼婦となる。

実はラインの暴れ伯爵グルムバッハと、スペインの美貌メンドーサ侯爵は故スペイン・フィリップ王の隠し種の異母兄弟なのだ。

新大陸に渡ったドイツ人たちだが、ここでもスペイン勢力に追いやられている。グルムバッハ、4人のドイツ人部下、そしてインディオの少女ダリラもスペイン軍に逗留された。

アステカ帝国は、スペイン無敵軍を率いるコルテスの脅威に晒されていた。
アステカ王モンテスマは、「スペイン国王カルロス五世に国を返す」とまでいうが、スペイン軍の事実上の捕虜となっていた。

ここで反骨精神、スペインへの反抗心、キリスト教の不寛容や教会の特権への反発を大いに発揮するグルムバッハは、アステカ帝国に味方してスペイン軍と戦うことを決意する!
そのためにはなんとしても銃と銃弾を手に入れなければ!

この入手手段がですね、三発の銃弾は百発百中の銃弾を製造するガルシア・ノバロを騙くらかして、一丁の火縄銃は悪魔を騙くらかしたのだ!
そう、悪魔。なんか魔術なんて全く知らない暴れ伯爵が色々がんばって呪文を唱えてみたら呼ばれて出てきたんだけど、この悪魔はガルシア・ノバロにも、コステロにも、メンドーサ侯爵にも騙されていた!案外ちょろい悪魔…かと思ったら、ガルシア・ノバロは悪魔の仕返しで絞首刑になり、その死の間際にグルムバッハに渡った三発の銃弾に呪いを込めた。
「一発目は異教徒の王に、二発目は地獄の娘に、そして三発目はドイツ人本人に。」


この物語は、歴史の事実に幻想手段を混じらせ、しかもこの大混乱大虐殺の時代なのでかなり血生臭く出てくる人々は死体の山となり、そしてメイン登場人物はその国とか民族を象徴しています。
スペイン人の矜持を持つメンドーサ侯爵と、ドイツ人の精神を持ったグルムバッハは、そのまま「世界を制服するスペイン」と、「その影に追いやられるドイツ」を表します。
コステロもスペインを、そしてダリラは無垢すぎて自分の欲望のままのインディオを象徴かな。
かといってカッコいい英雄たちの戦いではなく、グルムバッハも、メンドーサ侯爵も、司令官のコルテスも、眼の前の酒とか女とかの誘惑に負けたり、命の危険には怯えたり逃げたり、かなり情けなくも人間臭い。
ラインの暴れ伯爵グルムバッハとメンドーサ侯爵は絡み合う因縁があって、友人の仇だったり、女(ダリラ)を争ったり、命を狙いあったり、でもギリギリでは相手を殺さず「見逃してやる」なんてことにもなります。

「無垢な裸体で、地獄の戦場から助けられたインディオの少女ダリラ」も、グルムバッハの愛人になったかと思ったら、自分に欲情の眼差しを向ける美貌のメンドーサ侯爵に「この人のほうがカッコいいわ♡」と乗り換えたり、宝石を欲しがったり、無垢のあまりに自分のほしいものをそのまんま欲しがっちゃうわけですね。
他にもインディオたちは、アステカの王族が「スペイン軍と戦え!」と号令をかけても、戦いを白なさすぎて「なに言ってんだー。それよりこれ買ってちょーー」みたいな呑気さ。

そんなある意味欲望に無邪気な登場人物たち、戦う場面はブラックジョークのようにあっさりと酷い死に方をしてゆくのでした_| ̄|○
富と名声を求める欧米人の皮肉でいえば、アステカ帝国の宝を全部持ち帰ろうとして味方の負傷兵を置き去りにするスペイン兵とか、インディオの女性から梅毒を移された兵士が治療のためスペインに戻る、つまりこの後ヨーロッパでの梅毒大流行の兆しが見えたりします。


この後の物語は、三発の魔弾が「一発目はアステカの王、二発目は罪のないインディオの娘」に命中した経緯を語ってゆく。
あれ?では三発目は?
1919年に三発の魔弾を手に入れてから、1945年の今。記憶喪失の大尉が「ラインの暴れ伯爵」だとはわかるんだけど、では三発目はまだ残ってるの?

だが記憶喪失の大尉は老スペイン兵の語りを最後まで聞くことはできない。
「終曲」にて読者は、あれほど反発したスペイン王の配下となりカトリックの敵と戦うラインの暴れ伯爵の現代の姿を目にすることしかできないのでした。

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2025年04月20日

Posted by ブクログ

読み始めるとあっという間に惹き込まれ、読むのが止まらなかった。
じつは買ってから1年近く積んでいた。以前読んだ『アンチクリストの誕生』は短編集で気楽だったのに対して『第三の魔弾』の厚さに手を出しかねていたのが阿呆らしい。ペルッツの他の本も買わねば。

クロースターカッツ(修道院の猫という意味。美食家で厚かましい人物のこと)という語が出てきて、ロセーロの『無慈悲な昼食』の教会に住んでいる猫のことを連想した。意味もぴったりだし、同じ言い回しがスペイン語にもあるのか、単にそれほどよくある事実なのか。

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2021年08月24日

Posted by ブクログ

時は16世紀。
ラインの「暴れ伯爵」と渾名されるグルムバッハは、
聖職者の俗権への介入を厭い、
抵抗して、神聖ローマ帝国皇帝から追放処分を受け、
スペイン人未入植地で農業に従事しようというドイツ人たちのリーダーとなって、
フェルディナンディナ島(キューバ)へ。
後にコンキスタドール(Conquistador)と呼ばれる新大陸征服者の一人、
アステカの財宝を狙うコルテスの無敵軍と対立する。
部下が博奕に勝ったことで、
百発百中の腕を持つ狙撃兵ノバロの小銃を巻き上げたグルムバッハだったが、
コルテスの命令で絞首刑に処せられたノバロが
死の間際に吐いた呪詛の言葉に縛られる。
曰く、グルムバッハが三発の弾丸が入ったその銃を使えば、
一発目はアステカの王モンテスマに、
二発目はインディオの少女でグルムバッハの情婦となったダリラに、
最後はグルムバッハ自身に命中すべし――と。

幻想的かつ血沸き肉躍る歴史小説。
義侠心溢れる乱暴者、身長2メートル弱の偉丈夫、
フランツ・グルムバッハ伯爵の冒険。
暴れ伯爵は一見かっこよさそうだが、なかなか間が抜けているというか、
決して超人的なヒーローではなく、
実は結構おバカなところが人間臭くて好感が持てるし、
目的のために一直線と見えながら、あちこちで迷い、酒に逃げる辺りがリアル。
先に短編集『アンチクリストの誕生』を読んだときにも思ったが、
作者レオ・ペルッツは歴史的事実と虚構を綯い交ぜにしながら、
キャラクターにきちんと肉付けをして厚みを持たせて描くのが上手い。
エンディングは、書かれたとおり素直に受け止めてもいいが、
呪われた「第三の魔弾」によって、
長いストーリーの話者と語られる対象が一体化することで、
超自然的な実を結ぶ幻想小説と化す……と捉えるのも一興。

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2017年10月24日

Posted by ブクログ

読み終わってしばし、呆然。
突如、時系列が断ち切られて
別の時系列に繋がる、映画的な手法が
とられているから。

キリスト教や世界史の知識があれば
さらによく分かるんだろうなと
思いつつ、血なまぐさいストーリーの
中から浮かび上がる登場人物たちの
個性的なキャラ力のおかげで、
一息に読めた。

「巨匠とマルガリータ」にも通じる世界観。

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2016年03月24日

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