ビジネス・実用の高評価レビュー
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この本の筆者である馬渕睦夫さんは平成17年から平成20年まで駐ウクライナ大使を務めたことがある外交官です。馬渕さんの本は多く読んでいますが、今回の本で私が注目したのは、日本とロシアとの関係に係る内容です。以下のように記載されていました。
《ウソだらけだったウクライナ戦争》
〇「ウクライナ戦争について私は戦争開始当初からロシアの勝利を言い続けてきました。欧米のプロパガンダを鵜吞みにする日本のメディアや言論人は、「プーチン政権の崩壊」、「ロシアの国際的孤立」、「経済制裁による破綻」、といった願望混じりの報道を続けてきましたが、冷徹な事実とデータに基づけば、ロシアの強固な基盤は最初から明らかでした。西側の「ゼレンスキーは善」という宣伝とは裏腹に、ウクライナが大統領選挙を延期し続けているのとは対照的に、ロシアのプーチン大統領は2024年の選挙を圧倒的な得票率で経て、2026年現在も70~80%という高い支持率を維持しています。」(178P)
〇「安倍外交を継承していると評価される高市政権ですが、本当にそうでしょうか。結論から言えば、今のところ残念ながら、私の評価は「ノー」です。むしろ、本質的な意味で外交の現実、リアリズムを理解していない、と厳しく見なさざるを得ません。なぜなら、安倍元総理が最も重視していた「ロシアのプーチン大統領との信頼関係」を、高市政権は自ら崩してしまったからです。この1点において、彼らの外交は安倍路線とは真逆を走っています。」(183P)
〇「中国を牽制するためにロシアを敵に回さない」という安倍さんの戦略(二正面作戦の回避)は完全に破綻しています。ロシアが北朝鮮・中国との軍事協力を急接近させている現状に対し、高市政権はこれらを一括して「中朝露の軍事連携」として敵対視する姿勢を明確にしており、地政学的にロシアを中国側へと完全に押しやる結果を招いています。」(192P)
〇「強固なロシアと北朝鮮の関係を日本は利用すべきです。たとえば、プーチン大統領を強力な仲介役とすることで、長らく停滞していた日朝国交正常化や拉致問題の解決を一気に進める極秘ルートが開ける可能性があります。」(212P)
〇「日本の現政権が、トランプ大統領のDS潰しを理解できずに西側バイアスに囚われた対ロ強硬策や的外れな批判を続けるならば、トランプから相手にされなくなります。」(214P)
〇「ロシアとの関係改善が急務となるのです。極端なことを言えば、「ロシアファースト」で行くくらいの姿勢の改善が見られなければ、私の懸念が現実のものとなるでしょう。国民の期待を背負う高市総理が、リアリズムに則った真の安倍外交を実践できるか、日本を操る者たちからの真の脱却ができるかどうかに、日本の命運が懸かっていると私は思うのです。」(220P 最後)
⇒ロシアがウクライナに侵攻した当時、私はロシアの侵攻に怒りを禁じ得ませんでした。しかし、侵攻の背景などを知るにつけ、ロシアが嫌がっていたNATOの東方拡大及びウクライナがNATOに希望したいと言っていたことやウクライナ東部地域での親露派住民を大切にしない政策などにより、ロシア系住民の保護を目的としてウクライナに侵攻したということが分かり、愕然としました。
日本は今後、安倍元総理が行ったリアリズム外交及びそしてプーチン大統領と築いていた信頼関係を大切にし、高市総理が北方領土返還交渉を進め、ロシアと平和条約を結び、北朝鮮とも関係改善をすることにより、極東の平和と繁栄に繋げて欲しいと思っています。
現在の東アジアの現状を見た時に、中国や北朝鮮は日本に対して友好的でない姿勢を取っています。そのため、私はロシアを味方に付けて、外交を行うことが東アジアの緊張緩和に有益な行動ではないかと思いました。そのためには、日本はロシアに対する制裁を一刻も早く解除する必要があると思っています。
ロシアがウクライナに侵攻した際、日本は世界に対して「ウクライナ頑張れ、ついては日本もロシアに対して制裁を行う」というような行動ではなく「日本は平和国家であるため、戦争当事者である片方の国を支援することはできない。一刻も早く停戦が実現するよう尽力したい」と言うべきではなかったかと思っています。日本の経済制裁は、広大で強大なロシアという国に対して効果があったのでしょうか。ほとんど効果は無かったのではないかと思っています。
ロシアがウクライナに侵攻した後に鈴木宗男参議院議員や佐藤様がロシアを訪問した際の様子を東京大地塾でおっしゃっていましたが、国民生活に特段の影響は無かったという状況だったようです。
日本はロシアに対する経済制裁を停止し、ウクライナ侵攻や北方領土問題については話し合いで解決し、一刻も早く平和条約を結ぶことが重要であると思っています。
私は一刻も早くロシアとウクライナの間で停戦が実施され、多くの方が平穏な気持ちで生活できるようになることを願っています。
みなさま、どうか良い連休をお過ごしください。ありがとうございました。 -
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法学部出身ではないので
法律については全く知らなかった。
最近士業の勉強をしだして、
法律って面白いかも、と思ったので一読。
勉強する前に知っておきたかったことが
たくさん書いてあった笑
法律の構造とか、
よく使われる接続詞の意味とか…。
まぁ勉強したからこそ
分かる部分ではあると思うけど。
法律は構造的で、本則→附則の順。
1条には目的が書かれてあって、
対象者、要件、効果、雑則…。
法律を学んだことがない身としては
そうだったんだ、と1つ賢くなった。
仕事で規則や細則を作るときや
文章を書くとき、事務連絡を作るときなど
参考にしたい。 -
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ゼロで死ねとなんと勝負に出たなと思うタイトルにひかれて読みました。
内容は、アリとキリギリスの話で言うこの中間を取れということです。
日本人は、昔から貯金、保険が好きで良くもしもに備えることが多い。
私もその1人であった。
しかし、この本を読んで老後のお金をいくら多く残すよりも、それまでの人生(40代、50代)の健康でエネルギーの充実している時期に様々な体験をする方が人の幸せではないかと思わされました。
やりたいことリストを作り、家族で今を大切にする人生について話し合いたいと思います。
キーワード
今しかできないことに投資する
子供には、死ぬ前に与える
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『エッセンシャル思考』を読んだ。一言で言えば「シンプルに考える」ための本だ。私たちは日々多くの選択肢や情報に囲まれているが、その中で本当に大切なものはごくわずかしかない。
この本の考え方は、断捨離に通じるものがある。物を減らして本当に必要なものだけを残すように、人生や仕事における選択も「本当に重要なこと」だけに絞り込む。それ以外は思い切って手放す。そうすることで、初めて人生に余裕が生まれるのだと気づかされた。
これは仕事にも当てはまる。あれもこれもと手を広げるのではなく、優先順位を明確にして「今、本当にやるべきこと」に集中する。そう考えると、これは「今を生きる」ということそのものだと思う。そして、これは私が好きな言葉「遊刃余地あり」にも通じる考え方だ。無駄な力を削ぎ落とし、本質だけを見極めるからこそ、刃は自在に動く余地を持てる。
『エッセンシャル思考』は、選択と集中の大切さを改めて教えてくれる一冊だった。捨てる勇気を持つことが、結果として人生を豊かにする。これからも「本当に大事なこと」を見極める姿勢を大切にしていきたい。 -
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連日の報道でアメリカとイランが何故これほどまでに行き違うのか、よく理解できた。
本書でも例えられるように、チェス(持久戦)VSポーカー(短期決戦)と、そもそも戦っている競技が違う。
原油価格高騰を盾に取った見事な非対称戦略。
イランが放つ一発数千万円のミサイルを迎撃する為にアメリカは一発約24億円のミサイルを2発放つ。
また一機数百万のイラン製のドローン、シャヘドを迎撃するためにも同様に高価なミサイルを放つ。
今までの歴史的な背景も踏まえたイランの視点で考えることができた。
著者の齊藤さんが元イラン大使ということで、現場のリアルな声が感じられる一冊。 -
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無期受刑者と著者の、往復書簡を通じた魂の交流に心揺さぶられました。そして、その交流は「本の力」で深まり、さらに広がって様々なつながりをもたらします。本好きにはとても響きました。また素晴らしい一冊との出合いに感謝したいです。
向井さんのもとに編集者経由で届いた手紙。差出人は刑務所で服役中の受刑者・大矢(仮名)さん。服役して20年間犯した罪と向き合い、苦悩しつつ本を読むようになり向井さんの著作と出合います。便箋7枚には、「読書会を経験してみたい」という切実な想いがぎっしりと綴られているのでした。
向井さんの心を震わせ呆然とさせた、この第1便だけでも万人が読むに値する衝撃的な素晴らしさでした。ここから往復書簡が始まります。本を介して互いに少しずつ自分自身を開示し、罪や罰、償うとは、人権、差別、信仰、生き方、生と死、親と子等の人間関係など、多岐にわたる話題を主従のない対等な関係で進む対話の過程は感動的です。
本を読む楽しさ、誰かと感想を共有する喜びが大矢さんの思慮深い文章からあふれ、それに必死にまた真摯に応える向井さんとの往復書簡。その濃密で感情を揺さぶるやりとりは、(失礼ながら)創作?と邪推してしまうほど。そこに記された魂の交流は、紛れもない「ふたりの読書会」なのでした。
「ふたりの読書会」(往復書簡)は現在も続き、向井さんの読書会では共通の課題本についての大矢さんの感想が紹介され、高く評価されているそう。さらに、向井さんや関係者の努力によって、大矢さんが服役する刑務所内での読書会が実現!
課題はまだまだあっても、「ふたりの読書会」が様々な方面で好影響をもたらす大きなうねりへとつながっている…この事実をたまらなくうれしく感じました。線路は続くよどこまでも…皆さん、読むべし! -
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ネタバレ生物はなぜ死ぬのか
この手の本の中では珍しくベストセラーのようです。
生物学者の視点でどうして死があるのか?を簡単に説明してくれます。
進化の過程で生き残った生物にほとんどと言っていいほど死が訪れる。それは進化の淘汰の過程で死がその生き物の生存に資するから。と言うのが答え。
進化のお約束として、変化と選択があり、変化のためには資源の再利用が必要で、そのために死がある。
細胞が老化して代謝が弱まり遺伝子のコピーミスが多発する前に細胞を自壊させ次の資源にする。
一時期テロメアの長さが短くなることにより細胞に死が訪れると読んだことがありますが、そんな簡単なものではなくもっと複雑なプロセルでアポトーシスが開始されるようです。
不老不死の薬は簡単ではないようです・・・
人間の個体の遺伝的な死期は55歳程度のようですが、限界は115歳のあたりにあるようです。
将来それを伸ばす薬ができたとして、それがその個体の幸せに結びつくのかどうかは甚だ疑問です。
生物界の掟の通り、死をもって大いなる自然の循環に還るのが、生き物としての当たり前の姿かと竹蔵は納得しました。
竹蔵 -
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結局、どんだけ研究したところで、体を売ることができる感覚はわからないなーーー
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P179
それが何度塗り替えされ、一部訂正されたり補足されたり、時には否定されたとしても、超ベリーバッドという以外に言葉を持たなかった私たちには、自分らの気分、「傷つけられた」とか「自分で傷つけている」とかいう言葉では言い表された気にちゃんちゃらならない当時の「問題のない気分」を言語化してくれる大人が必要だった。そして私たちの気分は絶好調でも、どこかにありそうな、私たちの傷とは限らない問題を言い当てるヒントが必要だった。時代にも、私たちにも、男にも大人にも問題はあった。それを女子高生の性的逸脱の問題! と
して語ろうとするオジサン・オバサンたちに、あのアユのユーロミックスCDとおニャン子の狭間にいた私たちの、絶望的にこのままでいいやと思える気分は一生わからないだろう。
P287
うーん、まず最初からセックスが好きじゃなかったんです。というかなげやりだったというか。彼氏とつきあうイコールセックスをすることで、そういう雰囲気になると私がちょっと引いちゃってたんですよね。そんな状況で、セックスがお金になるというのを認識しちゃったから、どうせやるならお金がほしいな、と。
なるほど。セックスがつまらないから、どうせするならって、よく聞く話だよね。
ダメージはありましたね。でも男の人は全然気づいてなかったんじゃないかな。逆に金やって物やって気持ちよくしてやって喜ばせてると勘違いしてたかも(笑)。
大人の男の人と話していると、どんどん大人に対する幻想や憧れが崩れていって、それに伴って自分の未来も明確でなくなっていきました。奥さんも子どももいて、愛しているって話している人が、最終的には私とやるんですよ。大人に裏切られたという思いはすごくあった。でも逆にそういう大人を試しているという気持ちもあったんだけど、どこかで信じていたかったんでしょうね。
そうなんだね。でもさ、ダメージを受けてまで続けた理由って何なの?
お金で自信のない自分に価値を見つけていたのかな。だから実は、売る方の心理も、買う方の援交オヤジの心理と変わらないですよね。モテないけどお金のある男が女の子を買って喜ぶように、私にはその金額をもらう価値があるんだと思えることに喜びがあった。
私が思う、一番の援交の弊害というのは、身分不相応のお金を得ることができた、ということなんです。何が好きか、ということを考える前に、いろんなものが手に入ってしまい、好きなものを見つける前に大人になってしまった。例えばこの本を中学生や高校生が欲しいと思ったときに、さんざん悩んでお小遣いの中から痛みを伴いながら買ったのなら、隅から隅まで、何度も何度も読むと思うんですが、余裕のあるお金で買った本だったら、ろくに読みもしないで、もしかしたら一度も開かないで、そのへんにほったらかしちゃうかもしれない。それこそ、ブルーハーツのCDを毎晩聞いたように、さんざ悩んで買ったラルフ・ローレンの靴下を大切に履いたように、ピーコートとダッフルコートどっちが似合うか悩んだように、若い頃に、何が好きかを考えずに日々が過ぎていってしまうことは大人になったときにつらくなると思います。大人になってから好きなものがない、何が好きなのかわからない、というのはつらいことですよね。
P271
ここで強調しておきたいのは、彼女たちが「真実」にめざめてしまったがゆえに迷いはじめたのだと考えてはいけないということだ。彼女たちの世界把握の形式がまちがっていて、わたそうたいしの世界形式が正しいというふうには、すこしも思えない。そうではなくて、世界把握の形式がたかだか相対的なものにすぎないことを突きつけられて、とたんに自分がどこにいるのかが問題になって不安になる――だいたいそんなことが起こっているのだと思う。抽象的にいえば、自分が「ある選択をしていた」ことがはじめて意識され、偶発性の領野に導きだされてしまう、といったようなことだ。言いたいのは、こうだ。ここ一年で一〇〇人をこえる女の子たちをインタビューしてきた経験から断言できるが、不特定の男を相手にパンツを売ったりエッチなモデルになったり性交渉をもったりするといったふるまいが、「いいこと」なのか「悪いこと」なのかについてどのように言ったところで、「価値判断」はけっして伝達されず、せいぜい親の真剣さが彼女たちの同情を呼び起こすだけだ。しかし、伝達できるのが、安全と危険についての「事実判断」だけなのかというと、そうは思わない。それよりももっと重要な「選択可能性」こそが伝達可能なのではないか。
不特定の男を相手に、パンツを売ったりエッチなモデルになったりテレクラで出会って肉体を売ったりするふるまいによって、確実にもたらされるもの――それは「感覚の変容」である。もちろん金銭感覚も変化するが、言いたいのはそれではない。具体的にいえば、「男なんてみんな同じじゃん」とか「どうせ男はエッチしか考えてないじゃん」とか「結局バカじゃん」といった具合に、相手を入れ替え可能な存在としてナメきる作法が自然なものであるような感覚へとうながされていくことだ。男が一般に「ナメきるに値する存在」なのかどうかはどうでもいいことだ。それはそうだとも言えるし、そうでないとも言えるような問題にすぎない。それよりも、こうして身についた感覚のなかでは、男にたいしてロマンチックな幻想をもつことが困難になっていくという「事実」だけが問題である。 -
Posted by ブクログ
読んで良かったです。
家庭も仕事も社会もみんな“フィクション“という考え方いいなって思いました。決して投げやりになるわけではないけれど、人生がフィクションだと思うと、いい意味で“なににも執着しなくていいんだ“と気持ちが軽くなるような気がしました。
私の勝手なイメージですが、西洋哲学が“あーでもないこーでもない“と言葉を駆使してとことんまで掘り下げていくのに対して、東洋哲学は一周まわって“そんなに問題を掘り続けなくてよくない?“っていうスタンスに感じられて、そういうところも好きな考え方でした。
タイトルも俊逸。東洋哲学にはじめて触れましたが、とてもわかりやすく良い本に出会えました。また読み返したい一冊です。