ビジネス・実用の高評価レビュー
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Posted by ブクログ
今年も読んで知識をアップデート。難解な海外情勢から日本の昨今まで、なぜ池上彰さんの著書はこんなにも分かりやすくスッと頭に入るのだろうか。毎年読んでいると歴史の流れが分かるし、自分もこの歴史の参加者であることを感じさせられ、生きることに興味が湧く。
世界を見たい、世界を知りたい。
なぜこの国があんな行動に出たのか、トランプとは何なのか?ロシアは?イランは?
ひしめき合う世界各国、毎年変わる主要プレイヤー。この現象をどう紐解くか、どう捉えるかは池上彰さんの著書を読むことで対話し、考えていく必要が少なくとも自分にはある。でないと、この日々に埋没しそうな自分を保てないから。読んで現実世界と繋がる感覚を得られるから必要なのだ。 -
Posted by ブクログ
分かりやすく書かれている、けれど、飲み込もうとすると、咀嚼に意外と「時間」を要する。
「読んだその瞬間に、『わかる』は来ない。読んだことが熾火となって残り、忘れた頃、別の経験に吹かれて『そういうことか』と燃え上がる」
あとがきに表された、この一文が本当にそうだと思うし、とても好ましい。
アスペクトとスケール。
序盤に出て来るキーワードが、この本を読み進めるのに大切なポイントとなる。
過去を「完了」したものと捉えがちな思考を、動かしてみること。
自分が経験してきたこと、選んできたことは、未だ何かの只中にあって、息づいている。
そうして、見方のスケールを行き来してみること。
倍率を変えることで、答えが変わってくる、そこに可能性が生まれている。
読みながら、「直観」と「閃き」という言葉について考えていた。
先ほどの「そういうことか」は、ある日、まるで偶発的に生じる。
けれど、その偶発的に思えたエネルギーは、ずっと自分の中に燻っていたものなのだ。
その燻りは、自分の経験と、自分が何を残すかというある種無意識的な判断によって貯められる「記憶」によって、絶えず揺らめいている。
その揺らめきは一定ではない。
きっと、「そういうことか」の瞬間に向けて、一気に収斂していく。
経験し終えた「そういうことか」は、自分の一部になり、過去になる。
その過去を、我々は安易にフローチャートに組み込んでしまう。(作用がある、ということか)
終盤では、「完了」させてしまう作用の、良さ?にも触れられている。
我々にとって、いつ来るか分からない、いつ深刻なダメージを受けるか分からない、いわゆる災害のようなものを「やつ」と呼び、半人格化する。
馴染みの物語として「完了」させてしまうことで、我々は未知に落ち着いて向き合うことができる。
それが、人間の持つ知能に対する、習俗や宗教といった社会の、一つの機能なのだ。
言葉、価値意識、振る舞いなど、生まれた時から社会的な存在として、人間は成長せざるを得ない。
けれど、その「成長」をどう捉えるかという時に、単に時間を数直線上に乗せた、現在として見るだけでない、深まりや動きを意識できるような。
そんな一冊だったように思う。面白かった。 -
なぜ日本は没落するか
- カート
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試し読み
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Posted by ブクログ
「ああ、だから『努力の地図』なんだ。」
目的地に向かって迷いなく順調なときには不要だが、不安になったときには見直すものが『地図』。
迷ったとき、壁にぶつかったときに必要になる本。
努力の見方、考え方を捉え直す視点を与えてくれる。
膨大な知識量と例示はさすがだなと思った。
たくさんの抽象的な概念の中に、具体的な書籍や漫画、物語の例が出てくる。
本の内容とは関係ない話だが、知識があるから書けるのではなく、書くために様々な知識を引っ張り出しているイメージだった。
努力のインプットと報酬のアウトプット、そこに至るまでのプロセスが神話として語られるのが面白い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2022年時点での日本人ピアニストの現状とその礎となった先駆者たちの世界との闘いの足跡、国内ピアノメーカーの歴史等がコンパクトにまとめられた良書です。
クラシック、特にピアノに興味があれば、得るところ大の内容です。
以下は私の備忘録。
序章「オルガンからピアノへ」
1900年初頭には山葉(日本楽器からヤマハへ)、西川(後に日本楽器に吸収される)、松本(後の山野楽器へ)の3社がピアノメーカーとして奮闘。日本楽器を退職した河合小市が後の河合楽器を設立。
第1章「日本人ピアニスト誕生と東京音楽学校」
・1871年岩倉使節団の中には、山川捨松(12歳)、永井繁子(9歳)、津田梅子(8歳)という若き才女が含まれ、彼女たちは海外で本格的なピアノ教育を受けた
・神がかりの演奏スタイルで人気を博した久野久(くのひさ)は、ベートーヴェンの大家とも称され、ベートーヴェンの演奏でウィーンを征服すると意気込んだものの、現地でリストの高弟から直接レッスンを受けた際に彼女の演奏スタイルは全否定され、失意からかオーストリアのホテル屋上から投身自殺した。1925年享年38歳
・1918年生まれの藤田晴子は、日本音楽コンクールで1位、東京帝国大学法学部入学、卒業後は調査立法考査局の主幹まで上りつめ、音楽評論の著書まである。いわゆる、東大卒の角野隼斗や文筆家でもある中村紘子や青柳いづみこらの先駆者だった
・パリ音楽院を卒業した2人のかぐや姫。原千恵子(1914年生まれ)、安川加壽子(1922年生まれ)
第2章「東京藝大と桐朋学園」
・1949年東京音楽学校は東京藝術大学に生まれ変わる
・チェリストの斎藤秀雄は後の桐朋学園となる《子供のための音楽教室》を1948年に立ち上げる
・《子供のための音楽教室》卒業第一期生には、小澤征爾(1935年生まれ)、堤剛(1942年生まれ)、3歳で参加した中村紘子!!
・1952年《子供のための音楽教室》は、桐朋女子高校の音楽科として併設された。山本直純も卒業
・1955年桐朋学園短期大学部、1961年桐朋学園大学音楽学部が設立
・中村紘子は15歳で日本音楽コンクールピアノ部門で優勝(バリバリ弾く井口愛子・基成派とエレガントに弾く安川加壽子派との確執)。
・中村紘子は、チョ・ソンジン(1994年生まれ)、藤田真央(1998年生まれ)、牛田智大(1999年生まれ)を指導
・草月コンテンポラリーシリーズは芥川也寸志(1925年生まれ)、武満徹(1930年生まれ)、黛敏郎(1929年生まれ)らの作曲家で結成され、ピアニスト高橋悠治(1938年生まれ)が演奏
・1954年東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校が神田駿河台に、1995年には上野に移転
・藝高卒業生には、小山実稚恵、横山幸雄、青柳いづみこ、斎藤雅広、田部京子等
・1949年武蔵野音楽大学、1950年国立音楽大学、1958年上野学園大学音楽学部、1963年東京音楽大学(東洋音楽大学)と東邦音楽大学と音楽大学等がスタート
・スズキメソード音楽教室の卒業生に葉加瀬太郎(1968年生まれ)、ヨーヨー・マ(1955年生まれ)等
第3章「ヤマハとカワイの出生地」
・1950年代のヤマハがロールモデルとしたのは、スタンウェイ
・ヤマハ音楽教室のマスタークラスには、鈴木弘尚(1978年生まれ)、三浦友理枝(1981年生まれ)、小林海都(1995年生まれ)が育った
・カワイ音楽教室マスタークラスには、三浦謙司(1993年生まれ)、高木竜馬(1992年生まれ)、安並貴史(1992年生まれ)等
・1991年スタートした浜松国際ピアノコンクールは1994年から中村紘子が審査員に参画してから激変。アレクサンダー・ガヴリリュク、上原彩子、ラファウ・ブレハッチ、アレクサンダー・コブリン、チョ・ソンジン等を輩出、特にラファウ・ブレハッチとチョ・ソンジンは後にショパンコンクールを制する
・中村紘子の持論《演奏家としての勝負は10代半ばでかなりの確率で決まってしまう》により、2000年より年齢制限を上限のみの30歳までとした
・1996年から始まった中村紘子監修の浜松国際ピアノアカデミーでもコンクール1位を毎年決める(清塚信也、小菅優、上原彩子、チョ・ソンジン、牛田智大、高木竜馬、藤田真央という精鋭が巣立つ)
・浜松は『楽器と音楽のまち』
第4章「海外で活躍するピアニスト」
・内田光子『死ぬ時にはシューベルトを弾いていたい』『モーツァルトの音楽には、人間世界がある。シューベルトは、だんだん消えていく魂』
・フジコ・ヘミングの飛翔は1999年のNHK番組がきっかけ
第5章「ショパンの聖地で輝いた若者たち」
・作者のショパンコンクール参加者の推しは、2000年山部絵理、2005年根津理恵子、2010年木米真理恵、2015年小林愛実
・2020年(コロナ禍で2021年)大会の日本人セミファイナリストは、進藤美優、反田恭平、角野隼斗、古海行子、小林愛実。牛田智大と沢田蒼梧が進めなかったのは、ショパンランドに鎮座する審査員独特の好き嫌いと《次のステージを見たいか》という審査員投票評価が左右した
・『ショパンを弾くとすべてがバレてしまう。弾き手の性格まで見えて隠すことができない』イリーナ・メジューエワ
・コンテストがどのメーカーのピアノを選択したかも注目、2020年ショパンコンクールでは、カワイは3人のファイナリストをサポートしたが、ヤマハは1人もセミファイナルに送り込めなかった
・ショパンコンクール日本人歴代入賞者
1955年田中希代子10位
1965年中村紘子4位
1970年内田光子2位
1980年海老彰子5位
1985年小山実稚恵4位
1990年横山幸雄3位、高橋多佳子5位
1995年宮谷理香5位
2000年佐藤美香6位
2005年山本貴志、関本昌平2人が4位
2020年反田恭平2位、小林愛実4位
終章「日本のピアニストの現在地」
・若き新人の登竜門ピティナピアノコンペティション出場者(角野隼斗、太田糸音、黒木雪音、古海行子、沢田蒼梧、亀井聖矢、務川慧悟、阪田知樹など)⇒音大卒だけがピアニストへの道ではない
・異色のユーチューバーピアニスト、角野隼斗やマルチな活躍(自らのオーケストラを創設したり株式会社を立ち上げ奈良を拠点に活動したり、音楽イベントや音楽祭を計画)する反田恭平
付録は、「日本のピアニスト、ディスコグラフィ30」と題して30人のピアニストアルバムを紹介。特に、面白い紹介文を列挙
・フジコ・ヘミング《カーネギーホールライブ》⇒賛否両論あるフジコ・ヘミング。けれどももう指が回っていないだの、スコア通り弾いていないだのといった議論は横においておく。フジコ・ヘミングという魅力あるピアニストの人生が発露したそのパフォーマンスに拍手を贈れるだけの教養が聴き手にあるのか、ないのか。
・三浦友理枝《エルガー作品集》⇒いつもの様に美しい横顔でピアノを弾く三浦友理枝ではなく、じゃじゃ馬をどうにかして慣らそうと奮闘している感じが素晴らしい
・上原彩子《チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番》⇒結婚、出産を経て、ピアノ一辺倒だった彼女の人生に様々なエレメントが加わった。コンクールで優勝した直後、プラハのオーケストラとモーツァルトのコンチェルトで共演した時は、彼女とオケのテンポが合わず、彼女に合わせようともしてくれなかったことも経験した。そんなこんなが詰った濃厚な音楽空間。
・藤田真央《ラフマニノフ 学興の時》⇒それにしても、あの呼吸の深いピアノは何なんだ!音だけ聴くとどこのマエストロかと思う。藤田真央と反田恭平は、もう放っておいても大丈夫だ。多分。
・アリス紗良オット《リスト 超絶技巧練習曲集》⇒タイトルは、超絶技巧というワードがある。けれど、彼女のピアノはそんなことを感じさせない。薄暮の囁き、地鳴りの様な咆哮、瞬時にビジュアルイメージが立ち上がる多彩な表現力。ドイツグラモフォンのエンジニアは、そんなダイナミックレンジの広い彼女の演奏を余す所なく掬い取る。
・小林愛実《ショパン 前奏曲集》⇒2021年のショパンコンクールのセミファイナル、小林愛実は前奏曲全曲を弾いた。鳴り止まない拍手、スタンディングオベーションをしている審査員も何人かいた。彼女は彼女のやり方でワルシャワを魅了してみせたのだ。ブルースリウが弾いた《ドン・ジョバンニ変奏曲》とともに、この大会のトピックとなった名演だ。 -
Posted by ブクログ
『人生の経営戦略』
山口周、ダイヤモンド社
経営学のさまざまな知見を、個人の人生に活用するためのガイド本。
人生の目標設定に始まり、長期計画、職業選択、選択と意思決定、学習と成長という5つのテーマについて、20のキーワードや理論を使って解説している。
まず印象に残ったのが、「ゼロ成長時代の生き方は、高成長時代とは違う」という視点だった。
僕らが学校で習ったことや、社会の常識だと思っていることの多くは、高成長時代につくられたものなのだろう。知らないうちに、今の時代には合わない価値観や考え方に縛られ、それによって悩んでいることもあるのかもしれない。
もう一つ印象的だったのが、
時間資本 → 人的資本 → 社会資本 → 金融資本 → ウェルビーイング
というシンプルな構図。
これまで自分は、人生の目標を本当に「ウェルビーイング」に置けていただろうか。金融資本を増やすこと自体が目的になっていなかったか。この図を知っただけでも、この本を読む価値はあったと思う。
本書では、この基本的な構図を実現し、資本主義社会の「ハッカー」として生きるために、これまで蓄積されてきた経営学の叡智を人生に応用する方法が示されている。
人生には春夏秋冬があり、目先ではなく長期の合理性を考えること。「楽しんでいる人には勝てない」ということ。常にオプションを持っておくこと。
こうした考え方の中には、これまで何となく理解し、すでに実践しているものもあった。
一方で、「人生の夏の後半から、みっともないことをしているか?」という問いにはハッとさせられた。
年齢を重ね、仕事にも慣れ、ある程度の立場や経験を得るほど、失敗しそうなことや、格好悪いこと、新しいことを避けるようになる。でも、それでは人的資本も社会資本も広がっていかないのかもしれない。
人生をうまく「経営する」とは、金融資本を最大化することではない。
限られた時間を、人的資本、社会資本、金融資本へと変換しながら、最終的に自分自身のウェルビーイングへとつなげていくこと。
とても含蓄に富んだ一冊だった。 -
Posted by ブクログ
息子の口ぐせでひっかかったのが「自分には価値がない」という言葉。きちんと親として向き合えなかった自分が、なんとか少しでもいい親でありたい、少しでも子供に寄り添い理解したいという気持ちと、自己肯定感や自分の価値を認められる人になるのがどういう状態なのか、規範的にどうあらねばならないという順守する規則・ルールというよりも、なんとか肯定的な生き方をできればと答えや希望を見出したくて読んだ本
私が一番共感したところは、「不幸は自分で選び取った作品である」というところだ。妻も息子も行動をせずして自分は不幸だと感じていたり、夫、父の私にやらせるか金で解決すりゃあいいみたいなところも無きにしも非ずである。無価値観、自己肯定感がない、無気力感と自分に対する価値観や自己信頼は、親の過保護・過干渉、環境要因、学校など家庭とことなる社会環境要因などが絡み合った結果のはずだ。だとすれば、どこか一つでも自分で変えることができれば(一番簡単だが実行し難いのは自分の解釈を変えることだが)、多少なりとも不幸感を脱することができるかもしれない。しかし、行動をしない選択をしたのだから招いた結果を自ずと受け入れるしかないのである。 私も自信がないと思うことが多いので、偉そうなことは言えないが。
子供との関係で問題を抱える親には、親が自分の親との関係性の問題を解決していない人も少なくないようだ。私もその一人だし、妻も明らかに義父母とのやりとりを見てそう感じる。私の父と私の関係、母との関係もそう思う。その結果、15、16のころは自分は親から愛されていないと感じていた時期があった。でも今は社会人になってから親から認められてきたと感じ、親から感謝の言葉をもらうようにすらなったのだから、よかったと思う。親にも未熟さはあるということを受け入れて前に進んだ子供は、自己否定や不幸感から抜け出せるのではないかと思う。抜け出したときに次の行動を確実するためのものが、筆者が述べたような「人生設計」だろう。計画性の良さよりも、自分の未来に希望を見出せるかが重要なんだろうと思う。
結婚やさらに老後まで10代で計画できたらそれはすごいことだが、そうでなくてもどのような仕事について生計を立てていくのかくらいまでの設計ができれば、生きていけそうだと思えるのなら、それで十分なのではないかと思う。人生設計とともに大事なのは自分の評価尺度に基づいて生きることなんだと思った。流されて生きている、という人生にしないためにはどうしたらよいだろう・・・。これは改めて考えたい。
自分の解釈・行動によって打開するというのは非常に腑に落ちる内容だった。手探りでもがきながらでも自分なりに人生設計をして舵を手放すことなく生きていきたいものだと思った。 -
Posted by ブクログ
著者は「嫌われる勇気」で知られるベストセラー作家。中身は小説とノウハウの間をいくような作品で、彼の手によって読者は、「日記書きてー!」となるのだ。
本作の舞台は海、主人公はタコのタコジロー。タコジローは引っ込み思案で、その性格ゆえクラスメイトからいじめに近いイジリを受けている。そんなある日、タコジローの通う学校で体育大会が開催される時、タコジローはクラスメイトの悪ノリで選手宣誓を任される。憂鬱な気持ちのタコジローは学校をサボるようになってしまう。そんなある日、タコジローは公園で、ヤドカリのおじさんと出会う。ヤドカリのおじさんは自己嫌悪でいっぱいのタコジローに「自分との人間関係の築き方」をゆっくりと語る、という話。中高生向けに書かれたというこの本は、大人にも響く内容が非常に読みやすく書かれていて、読んでいて「心地よい」という感情を抱いた数少ない本の一つだった。 -
Posted by ブクログ
まだ完全に咀嚼しきれていないが、新たな視点を与えてくれる本。明確な答えではなく、考えるべきこと、向き合うべきことを教えてくれる。
「能力」とは何か、「優秀」とは何か。組織が目指すべき姿を実現する上で、個人の特性を認識し、それを活かした働き方をさせてあげるべきで、その人が得意でないことを求めるのは良くない、採用や担当割り振りをする上でもなんでもできる万能な人間やある能力だけでも極めて長けているプロフェッショナルを理想像として個々人に求めるのではなく、その個々人の得手不得手をもって組織の中での役割を見つけていくべき、という感じで理解した。
とはいえ、競争が前提とされる資本主義社会の中でどうやって個人を評価し、個人をマネジメントして組織を作っていくか。組織の目指す姿があって、組織が個人の集まりで構成されている以上、どうしても個人個人が持っていなければならない、持っていて欲しい能力はあるような気がする。LEGOの例えを借りると、どうしてもこの形のブロックがないと完成させられない、というのはあると思う。脱能力主義とはいえ、やはりできることが多い人少ない人はいて、組織の中で適材適所だけで役割を決めていけば、できることが多い人が割を食うことになる気がする。そこの差は不平不満の種になるだろうし、給料で差をつければ、議論は振り出しに戻る。
そういったところをどうするべきか、前提からそもそも認識が違うのかもしれないが、疑問を持った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ【限界を認めることで身軽になる】
・人生をすっきり整理し、やるべきことをすべて片づけてから新しい人生を始められる日は、永遠にやってこない。自分の時間も能力も限られ、できることは微々たるものだと認める。それは敗北ではなく、雨に降られてずぶ濡れになるしかないと開き直ったときのような解放であり、「すべてを思い通りにしなければ」というプレッシャーから降りることだと思った。
【自分磨きより、今日少し実行する】
・「できる自分になる」という長期的な自己変革は、失敗の可能性がある現実の行動を避け、理想の自分を夢見続けるための隠れ蓑にもなる。自分を十分に変えてから始めるのではなく、不完全な今の自分で、今日やるべきことを少しだけ実行する。とにかく飛び込み、現実からフィードバックを得るしかない。
【生産性の負債から降りる】
・自分の可能性を最大限に発揮しなければならないと思うと、毎朝「まだ足りない」という負債を抱えて一日が始まる。成果を上げても次の基準が高くなるだけで、成功さえ罰に変わってしまう。休みや友人との時間まで後回しにしてしまう生き方は、向上心というより自己不全感に動かされているのかもしれない。「終わったから休む」のではなく、「休むべきだから休む」でよい。
【やったことリスト】
・未達成の無数の可能性と比べる限り、永遠に「足りない」から逃れられない。やるべきことではなく、すでに完了したことを書き出し、何もしなかった場合と比べて小さな成果を認める。日々を負債の返済ではなく、着実な成果を積み上げる機会として捉えたい。
【効率化の罠と情報の川】
・情報の供給が無限に続くなら、処理速度を上げても、その分だけ処理対象が増えて疲弊する。情報を片づけるべき「リスト」ではなく、目の前を流れる「川」として扱い、気になったものだけ拾えばよい。読書も知識を漏れなく蓄えるためではなく、自分の見方や感性を少し変えるためにする。未知のものが尽きないからこそ、学問は面白い。
【戦うべき問題を選ぶ】
・世界中の問題をすべて自分事として抱えると、無力感だけが残る。何十個もの問題に心を引き裂かれるより、一つか二つの問題へ深く関心を注ぐ。すべてを気にかけないことに後ろめたさを持たず、自分が戦うべき戦いを選びたい。
【未来を心配するより、対処する自信を持つ】
・心配とは、未来に起こり得る危険をすべて想像し、今のうちに安全な道を確保しようとする試み。しかし、まだ存在しない事実の答えを現在から知ることはできない。未来を確実にコントロールしようとするより、困難が来てもそのとき対処できるという自信を育てる。考えるべきは、今この瞬間をどう賢く、楽しく、有意義に過ごすかである。
【決めることは、限界を受け入れること】
・選択で考えるべきなのは「その代価は何か」「支払う価値はあるか」の二つ。唯一の正解を探すのではなく、トレードオフを見たうえで、どちらがマシかを自分で選ぶ。決断とは他の可能性を断念することだから怖いが、決めないために使っていたエネルギーを行動へ振り向けられる。決断は小さくてよく、必ず行動を伴わせる。
【完了を小さく定義する】
・完璧主義者は、現実に触れて理想が崩れるのを避けるため、新しいことばかり始めてしまう。しかし、未完了の仕事が増えれば成果もフィードバックも得られない。やることが多すぎるなら、完了の定義を小さくする。一日を小さな成果物の連続として捉え、一つずつ最後まで終わらせる。継続も「一日も欠かさず」ではなく、「だいたい毎日」でよい。
【内なる品質管理者をクビにする】
・良いものを作ろうと品質ばかり気にすると、何も出せなくなる。結果へのこだわりを完全に捨てるのは難しいからこそ、質ではなく量を目標にする。「良いものを作る」という曖昧な希望ではなく、「何かを作る」という確実なゴールへ進む。実際に使い、失敗し、改善することでしか質は育たない。
【人生から求められていること】
・「自分は何をしたいか」だけでなく、今の状況で人生が自分に何を求めているかを考える。ライフタスクは大げさな使命ではなく、今いる場所で、手持ちの能力や資源を使って取り組める現実の課題である。目先の快適さより少し自分を広げる方向へ進みつつ、頑張りすぎず、自然に物事が進む道を探す。問題のない未来を待たず、問題だらけの今を面白がりながら生きたい。
完璧な人生をつくる方法ではなく、人生は完璧にならないと認めたうえで、今ここから動く方法を教えてくれる本。行き詰まったときに何度も読み返したい。 -
Posted by ブクログ
インドを原産とする胡椒は、古くはローマの時代からヨーロッパへ運ばれ珍重されてきた。大航海時代にインド洋へのルートを確立し、いよいよ直接スパイス貿易に乗りだすことができるようになると、ポルトガル、オランダ、イギリスの商人たちは市場を独占しようと東南アジアに築かれていた交易都市で暴虐の限りを尽くし、農民たちを奴隷化した。たった一つのスパイスをめぐる狂乱と植民地主義への道のりを、豊富な一次資料と山師じみた海洋貿易商人たちの列伝で描きだすノンフィクション。
メインテーマは胡椒だが、その交易に関わるありとあらゆる雑学と蘊蓄が放り込まれたサービス満点の一冊だ。最終章ではなんと胡椒の薬効をめぐる最新研究(刊行当時)まで盛り込まれていて、ここで著者の本業がサイエンスライターなのを知った。
タイトルには「世界史」とあり、確かに西洋の胡椒消費と貿易商にフォーカスした本なのだが、舞台はインド、インドネシア、マレーシアだから当然〈東南アジア史〉でもある。特にインドネシアについては、自分がこれまで興味を持ってこなかったのを後悔するくらい初めて知ることばかり。時折20世紀になってからの大日本帝国の所業もほのめかされ、ただ西洋列強の傍若無人なふるまいを他人事のように眺めているわけにはいかなかった。今は世界2位の胡椒生産量を誇るブラジルに初めて大規模な胡椒農園を導入したのも、1930年代に彼の地へ移住した日本人だったという。
また意外な関わり合いでいうと、1623年のアンボン事件も衝撃的だった。アンボン島にあったイギリス東インド会社の商館の駐在員が、オランダ東インド会社から拷問されたのち全員殺害されたという虐殺事件なのだが、そのうちの10名は当時イギリス側に傭兵として雇われていた日本の浪人だったという。アジアの日本人町が栄えていたことは知っていたが、関ヶ原のあと雇用先を失った雑兵たちがモルッカ諸島で日本刀をふるっていたとは。17世紀に海外へでていった名もなき雑兵に興味が湧いた。
インドネシア史という視点で見ると、胡椒貿易の中心地スマトラ島北端のアチェで独裁を敷いていたスルタン、イスカンダル・ムダの時代を取り上げた第四章は本書のハイライトの一つだろう。ムダは象の大行列と共に登場したり、小川に浸かりながら何時間も続く饗宴を開いたりして西洋人を驚かせたそうだ。ムダは周囲の都市からも恐れられた残虐な独裁者なのだが、西洋の商人やイエズス会士が交易や居住の許可を得ようとアジアの王におもねる姿にどことなくおとぎ話のような印象を抱いてしまうのは、バートン版『千夜一夜』のなどのエキゾチシズムとオリエンタリズムに影響された英米の児童文学を読んできたせいなのだろうか。イスラーム商人たちが築いた交易都市の文化の豊かさについてももっと読みたかったところだ。
胡椒貿易ではポルトガル、オランダに後れを取ったイギリスだが、植民地主義の芽生え、そしてのちのちのアヘン戦争への道筋までこの時点で見えてくるのが面白い。中国は西洋列強がやってくる前のインド洋貿易のなかで中心的な役割を演じていたが、あるとき突然、時の皇帝の命により海洋貿易自体から撤退してしまった。その隙に西洋が滑り込んだ。イギリスが仕入れた胡椒の卸先は中国だったという。胡椒を売り、茶を買うという関係が次第に築かれていき、だんだんと胡椒が下火になるにつれ歪になっていった。マレー半島でのインド織物と胡椒の取引も上手くいかなくなってくると、オランダ・イギリス両東インド会社はたやすくアヘンに手を付けた。
そして本書には人種差別を極めた船長や、大英帝国の矛盾を体現するような東インド会社の社員など、海洋冒険小説の悪役として魅力的な海の男たちがたくさん紹介されているが、私は彼らのことよりも、突然現れてそれまでの自由貿易を独占しようと暴力的な手段にでた西洋諸国に、何百年にも渡って翻弄され続けたスマトラの人のことばを記憶に刻みたいと思う。
「わたしとわたしの同胞をオランダへと、あるいはそれ以外のどこかの国へと、まるで家畜のように引き渡す権威を、そこにおられるどなたがお持ちだというのか。イギリス人がわれわれに飽き飽きしたというなら、立ち去ればいいでしょう。だが、われわれをオランダに引き渡す権利をイギリスが持っているとは認めることができません」(p.181-182)
譲渡式典でこう訴えたスマトラの老領主や、列強の船を脅かしたマレー人海賊たち、アメリカの軍艦に奇襲された砦で死に物狂いの反撃をしたクアラバトゥーの人たちなど、名前の残らないローカルの人びとの姿をこそ心に留めておきたい。