平野啓一郎のレビュー一覧
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単なるバラバラ殺人を扱ったミステリーにはしたくないというような作者の強い拘りがあって、主人公のエリート、崇に小難しい事を語らせているのだろうが、崇の頭の中の描写とそれ以外のレベルの高低差が大きく、こちらの、先を読み進めたい気持ちと、崇の言わんとする事をキャッチしたい気持ちが噛み合わず、せっかくの面白さが減ってしまったように思った。
赦し、死刑、ネット社会、今にも決壊しそうな人間関係、マスコミのあり方、捜査の仕方など、扱っているテーマはよくあるものだった。となると、やはり崇の存在が、同じようなテーマを扱う小説と一線を画しており、彼の考察は必要となるのだろうか。
最も印象に残り、共感でき -
ネタバレ 購入済み
アイデンティティを揺がす一作
「ある男」というタイトルは不確かな人物を指す筈だ。そんな曖昧で内容がなかなか見えてこないタイトルが故に「ある男」とはどんな奴だ?と気になり、さらには映画化も決まっているということで手にとってみた。
「ある男」というのは奴のことを差しているのだと思うが、正直なところ、その「ある男」は特別何か光って見えるとかそんなものではなく、日常のどこかに溶け込んでいるような平凡な人物であったなぁというのが私の受けた印象。
ではなぜ奴を「ある男」と呼んでいるかというと、名前を偽って生きてきていたからだ。
奴がしていたように、もし私の妻が名前を偽って、さらには戸籍を他人と交換して生きてきたのだとしたら私はどう思う -
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「カッコいい」をその語源、語感、語用の変遷から、類語から掘り下げて考察。クール、男らしさ、ヒップ。しびれる感覚。ここまで、こだわって論が展開されると、どうも著者と対話したくなり、自らの思考がノイズとなる。これは私の悪い癖であるが…。
例えば、「カッコいい」とは、そのタイミングの価値観に基づく妄念。つまり思い込みであり、一年前のデザイナーシャツが時代遅れでカッコ悪くなる事もあり得る。更に、他者から承認を期待した相対的な物であり、絶対的価値観ではない。自覚する自己を引き上げ、投影する自己における理想の姿こそが、自らのカッコ良さであり、言い換えるなら、承認欲求の期待だ。自己がそれを成し得ない場合、 -
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オムニバス形式。
大切な人を亡くして悲しいときに、自分自身と死者にどう向き合うかという視点と、
悲しみの真っ只中にいる他人とどう関わるのかという視点があると感じた。
宇多田ヒカルの「夕凪」という曲の原題は「Ghost」なのだが、あの曲の理解が少し深まった気がする。私は悲しいことがあったとき、「夕凪」を聴けなくなったため、本を読めなくなったエピソードに共感を覚えた。今まさに自分で物語を書いているから本が読めないのなら、あの曲が聴けなくなったのはその時まさに自分で言葉を書き連ねていたか、詠っていたからなんだと思った。
もっと深く話を聞き進めたいところで章が終わる。共著者の本を読みたくなった。 -
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第二分冊となるこの巻では、ショパンの愛人であるジョルジュ・サンドの娘ソランジュと、彫刻家のオーギュスト・クレザンジェの結婚の前後の話となっています。
自分の利益を追求するクレザンジェが舞台回しの役を担い、ジョルジュ・サンドとソランジュの母娘の決裂と、サンドとショパンの破局がもたらされることになります。前巻にくらべると重厚な芸術談義などは控えめになっており、ストーリーそのものをたのしんで読むことができました。
最後は、ドラクロワがリュクサンブール宮の天井画を完成させる場面がえがかれています。「人生は短く、芸術は永遠である」というのはしばしば語られる箴言ですが、その運命を一身に引き受けることに -
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ネタバレえすえふ、のようでえすえふじゃないのかな、と思ったんだけど結局やっぱりSFなんだろうな…カテゴリは恋愛小説にしたけど←
SFとしてはリアル志向の拡張型。火星探査船、サイボーグ蚊(笑)、《散影/divisuals=相互監視装置》に《プラネット/plan-net=無領土国家》などなど設定も盛り沢山で、そのあたり挑戦的でいいなぁと思います。
相互監視、という表現をしたけど字面とは少し違って、万人がアクセス出来る監視カメラネットワーク、みたいなものなのだけれどこれは、こんなにすんなり受け入れられるものだろうか、という感じは少し。
一部の層にだけ閲覧が許可されているから反感が生まれる、という理 -
購入済み
意外でした
ずいぶんと話題になって映像化もされた作品という事で、読んでみようと思いました。ストーリー自体は面白いのですが、登場人物同士の会話が難しくて、しかも長々と会話が続くため、私にはとてもわかりにくかったです。結局そういう部分を飛ばして読んでしまいました。作者の方には申し訳ないです。映画のは観ていないのですが、きっともう少しわかりやすいのでしょうね。
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他人のことを本当に知るというのは難しい。そもそも本当に知ることなど出来るのか。本当に知るとは何なのか?
そういうことを考えさせられる。
平野さんの分人という考え方が随所に出てきて、深掘りさせる。
すべては分からないけど、信じるということ。これを何度か伝えたかったのかな。
信じることで相手を救うこともできる。
p.202ページ辺り
信じることは、事実がどうとか関係ない。結果ではない。間違っていたとしてもいい。それが問題ではない。
よって、信じること=事実を信頼するではなく、その人を受容するということ。
読んでいく中で崇を信じきれない自分がいることにも気付かされる。
自分も群衆と一緒なのか -
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いずれも実験的な試みを含む短編四編を収録しています。
「清水」は、京都の街を歩きながら、自己の意識が刻々その現実感をうしなって不確かな過去へと流れ去っていくことに対する想念をつづった作品です。
表題作「高瀬川」は、小説家の大野と雑誌の編集者である裕美子が身体をかさねる物語です。著者はこれまでにも、現代文学のさまざまな可能性を宣明するような試みをこれまでにもつづけてきており、本作もその一環であるということはいちおう理解できます。大野がラブホテルの汚さに神経質になったり、彼がうっかりひざで裕美子のふとももを踏んでしまったりといったシーンに、多少目をみはることもありましたが、正直なところこの程度 -
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恋愛物が苦手なのだが、「マチネの終わりに」が良かったので読んでみた。
タイトルが「かたちだけの愛」とあるので、結局最後別れてしまう話かと思っていたが、どうもタイトルの「かたち」は義足という形あるものをめぐる「愛のかたち」についてを示しているような気がする。
この作品はプロダクト・デザイナー相良郁哉は、雨の日に職場の近くで起こった交通事故で女優・叶世久美子を助けるが、片足を切断してしまう。偶然にも相良と過去取引がある病院に入院し、病院経営者・原田紫づ香から、久美子の従来の概念を覆すような義足のデザインの依頼を受け、義足制作の中で恋愛に進展するという内容。
実は、久美子の相良への態度や会話が