あらすじ
嫌いな自分を肯定するには? 自分らしさはどう生まれるのか? 他者との距離をいかに取るか? 恋愛・職場・家族……人間関係に悩むすべての人へ。小説と格闘する中で生まれた、目からウロコの人間観! (講談社現代新書)
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Posted by ブクログ
まさに「本当の自分とは何か」とか「ペルソナの切り替えが自分は苦手だなぁ」とか思っていた最中に知人が貸してくれた本。
分人という概念はきっと今後の私の人生において大事なものになると思う。
そして印象的だったのが「恋」と「愛」の話。私はどちらかというと谷崎潤一郎の「恋は性欲」「愛は母性」という考えに共感した。彼の本を読んだことがなかったので、これを読んでいなければ出会えなかった考え。
他にも随所に他の作家の小説やエッセイを挙げており、ぜひ読んでみたいなと思わされる。
個人ではなく分人。私は分人を大切にしたい。
Posted by ブクログ
★5.0
自我を個人という最小単位で捉えるのではなく、ある人といる時の自分は分人A、他の人といる時の自分は分人B、みたいに個人という概念をアップデートしてくれるような面白い一冊
身近で言えば職場や友達での対人関係においての考え方を変えられる分人という概念は凄く面白かった
他に恋愛にも応用していて面白いテーマが多い
特に故人に対する「生きていればこう言っただろうにな」というよく聞くセリフに、いや分かるわけないだろ思い込みを話すなと反発する作者自身が分人という概念を得てからそのセリフを肯定的に捉えるようになった部分は面白く、自分自身も前後含め共感した!
間違いなく読む価値のある名著
ただ難解な言葉は避けてくれてはいるものの軽い哲学的要素もあり、少しだけ気合を入れて読む必要があるのは頭に入れとくと読みやすいかもしれない
Posted by ブクログ
「たった一つの「本当の自分」など存在しない。対人関係ごとに見せる複数の顔が、全て「本当の自分」である。」
新しい視点で考えさせられたが、自分の分人を人のせいにしていると受け取られたところは少し違和感だった(あまりこの本を理解できていないかもしれない)
Posted by ブクログ
良い本だったと思う。私が新書に求める要素の一つが新たな視点、ものの考え方だ。世界を広げると言えば大袈裟かもしれないが、そのように感じさせてくれるのはこの著者の力量と言えるのではないか。
分人という作者平野氏の造語は人を他者を介して現れる人格に対しての表現であり、現代においては場所や人に応じた態度、人格に対して前向きな考え方を提示してくれたように思う。
具体的には八方美人はなぜムカつくのか、という標題でそれは、誰に対しても同じ調子でいい態度で通じるからと高を括って相手ごとに分人化(柔軟な対応の変化、応対)を行うおうとしないからである、と述べた。だがこれが本当に怖いのは相手との相互作用によって生じる分人化という現象が嫌な人と接することで嫌な自分になってしまうことが大いにあるということだ。これが連続すれば八方美人どころか八方ブスにすらなりうる。
この例えで金八先生は一人一人の生徒に柔軟に対応、分人化するが、悪い先生というのは職業としての分人だけでどの生徒ともと接するため嫌われるように描写されるのである。
繰り返すが分人は他者との相互作用で生じる。ナルシストが気持ち悪いの他者を一切介さずに自分に酔うためである。そうなれば周りはじゃあ自分の好きにすれば、という気持ちになるが、誰かといるときの自分(分人)が好き、という考え方は必ず一度他人を経由している。自分を愛するためには他者の存在が不可欠だという、その逆説こそが分人主義の最も重要な点である。
これも例に挙げられるが、今付き合っている相手が本当に好きなのか分からなくなった時には逆に、その人と一緒にいる自分が好きかどうか?そう考えてみるといいだろう。
Posted by ブクログ
この本を読んで私の新しい分人が生まれた。自分の新たな分人に出会うために、読書をしたり、他者と出会いたい!!
自分の半分は他者のお陰であり、他者を通して自己肯定し、分断された集団は分人を通して交流していく、、すごく素敵な考え方。本当の自分ってなんだろう、どうあるべきなんだろう、と悶々としてたが、どの分人も自分の一部で、足場となる分人を自分で選べるんだ。自分でなんとか生きていかなきゃ、自立しなきゃ、と考えてたが、そもそも自分は他者との関わりでしか生まれない、と思ったらすごく楽になった。分人の構成により自分も相手も更新されていくとわかり、希望を持てた。
殺人への言及により極論に走ることも抑止してくれていて、本の構成的にもよくできている。自傷行為とは、苦痛があるべきでない自分を否定してくれる、生きていく為の行為というのも驚きだった。好きな自分も好きじゃない自分も複数いると考えていいのか〜。人生を変えてくれた本になりそう。読んでよかった。
Posted by ブクログ
ずっと気になっていた平野啓一郎氏の新書、ライトで読みやすいのに1ページごとに気づきがあり、噂に負けない名著だった。
目の前の人が誰かで性格が変わりやすいことからmbtiを始めとする診断で大いに迷ったことがあったが、分人という考え方をとりいれるとそのような悩みがすっと解けていく感覚になった。
私がもっとも愛せる私の分人がいちばん大きい構成になるために、他者とのかかわりを見直すことも必要だと感じた。
Posted by ブクログ
分人思想は目新しい思想じゃないからこそ、いいなと感じた。多くの人が共感し、この思想を取り入れることが容易であると思う。
自分で自覚はしてなかったが、人によってかなり態度が変わったり、仲良くなるとキャラが変わるなど、よく友人などから言われてきていた。そこに対して、否定的には考えていなかったが、矛盾があり、一貫してはいないことには少し悩みがあった。ただ、この思想を当てはめると、どれも自分自身で肯定できることがすごく良かった。周りから見ても自分でも振れ幅が大きい人間なので、なんでこの人とはこんなにふざけ合うことができて、この人とはこんなに深い話が楽しめるのかなど考えるところがあったが、それは相手との相互作用による分人であり、それを一般に当てはめることは不適であると考えられるようになったのはとても支えになる。
この思想について、議論できるところは多いと思うが、1つの思想として知っておくことは有意義であると思う。
Posted by ブクログ
二つの血を持つものとして、私とは何か、アイデンティティとは何か、何回も考えたことある。正解が見つからないままどこかで息苦しさを抱えていたが、この本を通してそのもやもやが解れた気がする。
他者を介した自分はすべて本物の自分、
生きるのを止めたいのは、複数ある分人の中の一つの不幸な分人
分人という考え方は、これからの自分を肯定して生きていくための支えになると思う。心に書き留めていたい。
Posted by ブクログ
とにかくわかりやすくて、時間に追われている中でもするする読むことができ、まずそのことに感動した!
大人になりいろんな場面や環境でつながりが増える人間関係のなかで、ある人に対して無理して振る舞っていると感じる部分と、仲の良い友達と居ても無理はしていないけど疲弊してしまう部分と、1人でいる時間の圧倒的な落ち着きと安心に対しても、分人という考えが当てはまるなぁと目から鱗。
いろんなパターンの自分がいることへの肯定と、それゆえに落ち着かない対人関係への理解が深まり、なんだかすっきり。
作中にたくさんの積読(積読登録すらできていないものたちも含む)が出てきて、平野さんを構成する本たちが私の本棚にも並んでいるんだ、、となんだか嬉しい気持ちになりました。
Posted by ブクログ
本当の自分ってなんだろう、自分とは1つのキャラクターでないと偽りなのか。
と今まで悩むことがあったけれど、分人という概念を知り、どの自分も本当の自分であったと気付かされた。
また本書を読んでから、自分の中にあった不自然な分人の存在を発見することができた。
過去、人生をやめたいと思ったことが何度かあるが、もしかしたらとある分人を止めたかっただけなのかもしれない。
Posted by ブクログ
・ロボットと人間の最大の違いは、ロボットは–今のところ–分人化できない点である。もし、相手次第で性格まで変わるロボットが登場すれば、私たちはそれを、より人間に近いと感じるだろう。
2012年に発行された本書。時を経て現在、chatGPTの登場で(ロボットではなくAIではあるが)相手に合わせた返答ができるAIが当たり前になりつつある。筆者もある程度予想はしていたかもしれないが、ここまで早く浸透したことには驚きを感じているかもしれない。
特に若い世代のあいだでは、相談相手としてchatGPTが使われている。それは筆者も言うように「私たちは、尊敬する人の中に、自分のためだけの人格を認めると、嬉しくなる」という人間の特性に、chatGPTの機能がぴったりと当てはまっているからかもしれない。
自分が希望する呼び方で呼んでくれて、「前に◯◯って言ってたもんね」と過去の会話も覚えている。さらに耳障りのいい話を優しい口調で話してくれるとなると、これ以上に都合の良い友人はいないだろう。
・私たちは、一人でいる時には、いつも同じ、守備一貫した自分が考えごとをしていると、これまた思い込んでいる。しかし実のところ、様々な分人を入れ替わり立ち替わり生きながら考えごとをしているはずである。無色透明な、誰の影響も被っていない「本当の自分」という存在を、ここでも捏造してはならない。
これを読んで思い出したことがあった。
私は小学生のとき、「本当の自分」を探して苦しんでいた。家族と過ごすときの陽気で親に甘えがちな自分と、学校で友人と話すときのおとなしい自分。あまりにもキャラが違ったため、親が学校に来たり、友人が家に来たりすると恥ずかしかった。
こんなキャラの違いが周囲にバレたらどうしよう、そして果たしてどちらが「本当の自分」なんだろう、とよく考えていた。
いま思うと大人への成長過程でよく見られる思春期特有の悩みの一つでもあるが、当時は、こんな芯のない自分は変なのではないか?と本気で悩んでいた。
当時、本書と出会っても理解することは難しかったかもしれない。だが家の自分も、学校の自分も、どれも「本当の自分」で、環境や相手によって異なる自分が現れることは当たり前だという筆者の考え方は、当時の私はもちろん、思春期を過ごす多くの子どもたちを救う気がした。
また「分人」という考え方を知って、最近気づいたことがあった。
普段、温厚で愉快な私の夫は、ゲームをすると人格が変わる。「車のハンドルを握ると人格が変わる」と言われる人がいるのと同じで、コントローラーを握ると対戦相手に対する罵詈雑言をよく吐いている(相手には届いていない)。あまりにも頻度が多くて「うるさいよ」と私が言うと、普段の夫に戻って「ごめんネ!」と返してくる。
なぜあれほど人格が変わるのかと奇妙に感じていたが、本書を読んで分人化しているのかと気づいた。対戦ゲームをしているときの分人と、私向けの分人がいて、意識を向けている相手によって分人が切り替わっている。そう考えると少し理解できた。
自己理解や他者理解、人間関係やアイデンティティについて思い悩んできた人にこそ、深く刺さる一冊。
Posted by ブクログ
分人の考え方はいろんな私を同時に肯定することを促す。個人的には、ある自分にとって嫌いな分人を捨て去りたくなるという話が、今までの自分に当てはまるもので、すっきりした言語化だった。後から振り返って嫌いな自分になっていた瞬間も含めて、受け止めるようにしたい。
Posted by ブクログ
新しい視点を学べた!
八方美人は分人をたくさん作っているように見えて、実は真逆で、分人を作ろうと努力していない人って解釈は結構おもしろいなとおもった
Posted by ブクログ
生成AIに対して、今後自分の読むべき作品について聞いたところ、本書の作者である平野啓一郎氏の作品が挙がったので、著者の思想の根底が「分人思想」であるということに興味を抱き購入。
著者は哲学者ではないものの、「個人」の概念を改めて問い直し、独自の「分人」思想を実体験も交えて展開する。
「個人」というのは唯一の人格なのか?「本当の自分」という確固たる自我は存在するのか?という、普段何気なく使っている言葉に対して疑問を呈し考察する姿勢は、哲学的アプローチであるといえる。
「個人」はindividualの訳とされるが、これは"もうこれ以上分割不可能なもの"という意味が込められていることから、物理的な身体=個人と社会では捉えられている。
したがって、「個人的な意見」という場合は、物理的な1人の人間が唯一持つ意見ということになる。
しかし著者は、現代の多様な社会の中で唯一絶対の人格のみで生きることは困難で、ほとんどの人は状況に応じて複数の人格を(使い分けているのではなく)生きているとする分人の概念を説く。
この思想は、コアに「本当の自分」があり、そのコア人格が状況応じて人格を"演じる"のではなく、1人の人間に複数の人格が同居し、対人コミュニケーションの際の関係性に応じた人格が現れるというのである。
この思想はともすると総多重人格思想のようにも捉えられがちだが、確かに、仕事と家庭ではまったく別の顔で過ごしているし、実家に帰った際にも親や兄弟に対する顔と自分の家族とのそれも別人格といえるほど異なるし、同じ友人でも幼馴染と学生時代の友人とはコミュニケーションの仕方はまるで異なるのは誰でも経験していることではないだろうか。
「自己分析」や「自分探し」などに代表されるように、人生を1つの人格に収斂させることに費やすのではなく、社会生活と共に複数の人格が形成され、その人格の複合体ともいえるものが自分なのだと考えた方が生きやすいのではと思えてくる。
著者は、貴重な資産を分散投資してリスクヘッジするように、人間も複数の分人の同時進行のプロジェクトのように考えるべきだとする。
多様な社会の中で、それぞれの人に存在する複数の分人が、社会と何らかの接点を持ち繋がっていられるからこそ、分人主義は人間を社会から個々に分断させず孤立させない思想なのだと。
逆に個人主義の徹底こそが、社会から人間を分断する思想であるとする。
多様性こそが正義のように言われながらも、「自分を持て」とか「個性を伸ばせ」とか「自分らしく生きろ」とも言われ、若い世代ほど矛盾を感じているはずである。そしてそのことが強迫観念となり、かえって生きにくく感じている人も多いのではないだろうか。
分人主義はそのような悩みから解放してくれる思想かもしれない。
分人思想をコンピュータに例えると、自分自身はOSであり、各分人は社会との繋がりを保つためのアプリケーションであるといえる。
ただ、各アプリケーション(分人)を統率するための"本来の自分"的なアプリケーションはなくとも、OS上で複数のアプリケーションが同時に動き、状況に応じてスムーズに切り替えられるようにするためには、各アプリケーションに共通の(フレームワークやライブラリ的な)方式が存在する方が望ましいといえる。
この共通方式となるものこそが、哲学的思考なのではないかと思えた一冊であった。
Posted by ブクログ
学生時代の友人といる時の自分
趣味の友人といる時の自分
同僚といる時の自分
家族といる時の自分
確かに違います。
個人の中に相対する人やグループに合わせて
自然と形成される様々な自分が分人とのこと。
時と場合によって微妙に違う自分を
若い頃は恥ずかしいというか、いけないことのように思っていた時期もありました。
「世界99」みたいな極端なモノではないけど。
「八方美人」と「分人」とは違うという話にも
モヤモヤがスッキリしました。
「八方美人とは、分人化の巧みな人ではない。むしろ、誰に対しても、同じ調子のイイ態度で通じるとたかを括って、相手ごとに分人化しようとしない人である。」
分人主義的恋愛観も面白かった。
「あなたといる時の自分が1番好き」ってドリカムも歌ってましたなー。
懐かしいー。
死後の話などもあったり
宗教的ではなく、
こういう考えで救われる人もいると思います。
私もぼんやりとモヤモヤと考えていたことが
言語化され、頭の中がスッキリ整理されたように思います。
Posted by ブクログ
自分とは何か何者なのかがずっとわからなかったけど、この本を読んでその原因がやっとわかった。
自分を一個人としか考えれてなかったからだ。分人としての単位、付き合うそれぞれの分人で考えると合点がいく。親友と話す時の自分、友達といる時の自分、ママと話すときの自分、同僚と話す時の自分、先輩と話すときの自分、全部違うし、それは当たり前のことなんだと。
新しい発見は、どの分人でいたいかで付き合う人を選ぶ環境を変えることができるってこと。どの人といる時の自分が好き?そう考えて人間関係を少しずつ整理していくことも年齢を重ねていく上で、なりたい自分に近づくには重要だな。生きてる人間以外に対する分人もね。
Posted by ブクログ
こういった正確な答えがない論題を自分で考えてみることが大切だと思った。
学生時代や社会人1、2年目くらいは人に言われたことを真に受けすぎてきつかった。
一つの発言には個人の思想だけではなく、今までの私的な経験や会社で教えられたこと、偉い人が言っていたこと等様々な要素が混ざり合っている。
それが普通だし、純粋な個性とか意見とか考えすぎなくていいと思えた。
分人の数は減らしたい。嫌な分人は捨てるが吉。
Posted by ブクログ
著者は『「個人(本来の私)」が存在するのではなく、私たちは、他者との相互作用のなかで形成された「分人」のネットワークを生きている』と主張している。
所属するコミュニティによって、様々な自分になることに対して罪悪感や羞恥心を覚えることは少なくない。
しかし、この考えを持つことで他者も含めた自己肯定につながっていく気がして、罪悪感を和らげることができた。
Posted by ブクログ
私は友達に「多重人格者」と指摘されたことがある。
学校で見せる顔、サークルで見せる顔、バイト先で見せる顔、親しい友達にだけ見せる顔…たしかにすべて、同じ人物とは思えないくらい違う。
だけど、それらは「ウソの自分」であるとは思わない。全部、偽りの私ではないように感じていた。じゃあ、本当の私って一体なんなんだ…?
そんなことを考えながら、ちょうど読んだのが小説家平野啓一郎さんが書いたこの本。三宅香帆さんオススメということで読んでみた。平野さんが唱える分人主義、日常を振り返ると納得する事ばかりで、そして読みやすいためにスっと自分の中に落とし込むことができた。「ウソの自分/本当の自分」で二分するのではなく、それぞれ分人として考えるべきであると。
また分人主義の立場から考える、恋と愛についても面白かった。私のアイデンティティは他者との関わりによって生じるもの。その人といる時の自分が好き、だったらそれはその人のおかげ。そんな人をこれからも大事にしたい。
自分とはなんだろう、と思ってた時に救いになるような本だった。悩みをフッと軽くしてくれた。
Posted by ブクログ
個人を1人の確固たるものではなく、分人という単位が多数組み合わさった集合体ととらえる考え方を主張する面白い1冊。
子育てをする上で、裏表のない人間になれ、誰にでも優しい人間になれ、って言ったりすることもあるが、実際のところ誰1人として裏表のない人間はいないわけで、コミュニケーションする相手ごとに微調整された自分(=分人)を使い分けてるのは凄く納得した。それは別に悪気があるのではなく、相手とのコミュニケーションを円滑にしようと分人を作り上げていった結果であるからだ。
本書ではさまざまな分人を使い分けるが、本当の自分、みたいなものはいないという論調だ。自分の中の分人のうち優しい人の構成比率が上がれば「優しい人」になる、という感じ。言わんとすることは分かるが、それでもちょっと違和感がある。その分人の構成比率を決めているのは誰なのか?それを決める土台になる分人がいる、というが、それは人の目を気にして決めているのだろうか?その人の目に触れない可能性があっても、分人と言えるんだろうか。核となる部分が変わりうるというのは分かるが、その性質のような部分(遺伝子的な部分と同義かも)については、どうだろう。epigeneticsという分野があった気がするが、結局環境に応じて遺伝子も発現するかどうかきまってしまうのだろうか。
まぁ、厳密なことはともかく、この本は科学という感じではないが、一つの考え方を提案した1冊としては素晴らしかったと思う。子供や妻、同僚などとのコミュニケーションにおいて意識してみると、単なる会話もまた違って感じるように思う。
ありがとう分人主義
大変現実に即したわれわれの精神の捉え方で、観察的にも統計的にも物理的にも、この説明がしっくりくるし、具体的な問題解決の方法も見えてくる。
発明、発見!
Posted by ブクログ
特に高校から大学に入ったときに自分のキャラが大きく変わったことに違和感を感じていた。そしてそのキャラは今もかわらないまま、また新たに社会人としてのキャラが追加された。人によって態度を変えることは悪だとかんじていたが、この本を読んでこのままでいいのだと思えた。また今後分人が増えても肯定的に考えていけそう。
Posted by ブクログ
分人という概念、それは唯一の自分などなく、相手との関係性に応じて変化するキャラクターがあるということ。自己が定まらない過去の自身を振り返ると、分人という説明がしっくりきた。それまで自己を恥じていたところが、励まされた気持ちになった。
強調の太字が多く、かえって読みにくく感じた。
Posted by ブクログ
私が頭の中で漠然と考えてたことをズバッと言語化してもらえた感じ!その人の別の一面がイメージと違った時に、そっちが本性だったんだ、、、って思われがちだけどその人の別の一面が見えただけなんだって思えるようになった。今後も大事にしたい!
Posted by ブクログ
“愛とは、その人といるときの自分の分人が好きという状態のこと。”
“愛とは、相手の存在が、あなた自身を愛させてくれること”なかなか興味深い考え方だった。
Posted by ブクログ
世間一般でよく語られる、「人によって態度を変えてはいけない」という言葉を浅い理解のまま受け取って無意識に苦しんでいた節があるなと、初めてその悩みを悩みとして知覚できた。自分に一貫性を持たせなければならないという固定観念に当たり前のように囚われていたが、生物学的な個体としての個人の中には、外部との相互作用の結果としての分人が存在し、かつそれはある一貫性をもつ統合的な個人に集約されるのではなく、それぞれが相互影響しながらも独立的に、つまり総合的に個人を形成しているという。この考え方を知ると生きやすくなる人は多い気がする。