あらすじ
嫌いな自分を肯定するには? 自分らしさはどう生まれるのか? 他者との距離をいかに取るか? 恋愛・職場・家族……人間関係に悩むすべての人へ。小説と格闘する中で生まれた、目からウロコの人間観! (講談社現代新書)
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
自分の核なんてものは無くて、
分人の集合体に過ぎないとすると、
核がだめなら何をやってもだめだ、とはならず
いくつかある分人の一つが、良くない状況を
作っていただけなんだと思える。
これからいくらでも修正できるんだと。
いじめや虐待の過去があっても、
分人の考え方があれば
「自分は嫌われやすい人間だから‥」とか、
「この人は暴力を振るわないだろうか‥」と
思わずにいられる。
自分も過去の経験から、自分なんてと思うことが
あるけど、現在の分人の比率は
当時のそれとは変わっているんだと知れば
少しは安心できるかもしれない。
数年にわたる変化に限らず、一日単位でみても
会社にいる自分、家にいる自分、
自分が心地よい方の分人を足場にすることを
大事にしたい。自分の全部は好きになれなくても
どれか一つでも好きになれる分人があれば
まずは良いんじゃない、と思えた。
同時に、他人もまた複数の分人の集合体であり、
自分が接することができるのは
その中の一面にすぎないということになる。
自分にとっては嫌な人でも、周りの人には
そうでないこともたくさんある。そのとき、
周りの人へ向けた分人まで批判はできない。
自分が口出しできるのは、
自分に向けられた分人だけ。確かに、納得。
「私たちは隣人の成功を喜ぶべき。
なぜなら、分人を通じて私たち自身が
その成功に与っているから。
隣人の失敗には優しく手を差し伸べるべき。
なぜなら、分人を通じてその失敗は
私たち自身にも由来するものだから。」
この思考は、とても好きだと思った。
お互いに影響し合っているのなら、
綺麗事じゃなく、それもそうだな、と腑に落ちた。
無理なく人に優しくできたり、
寛容になれたりできる考え方だなと。
引きこもりは「消したい分人」を消滅させる行為。
出家は社会的分人を消し、
宗教的分人のみで生きるためのもの。
コスプレはフィクションの世界との分人化。
独裁政権時は統治がしやすいように
分人化の監視、禁書・焚書が行われてきた。
ストックホルム症候群は、
犯人との分人の肥大化によって起こるもの。
など、一つひとつの例がとても分かりやすいし、
こんなに色んなことに説明がつくのか!と
面白く読めた。
日常の色んな場面で使える考え方だろうから
平野さんの作品に限らずこれから本を読むとき、
「人分」という視点を取り入れてみるのは
面白そうだなと思った。
Posted by ブクログ
誰かといるときの分人が好き、は必ず1度他者を経由している。
自分を愛するためには、他者の存在が不可欠だ。
あなたと一緒にいると、すごく好きな自分(分人)でいられる。
その好きな自分をこれからの人生でできるだけ沢山生きたい。
だからあなたがいてくれないと困ると思った。
⇔
愛とは、相手の存在があなた自身を愛させてくれること。
その人と一緒にいる時の分人が好き。
もっとその分人を生きたい。
自分と互いにかけがえのない存在になり、お互いに愛しているとアピールしなくても互いの存在その物が一緒に居続ける理由になる。
Posted by ブクログ
「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」という映画の「出会う男すべて狂わせるガール」がこの分人主義なのではないかという考察と繋げて読むとより面白かった。
この本に出会ってから一つ見方が増えた
Posted by ブクログ
「本当の自分」という、実体のない不可侵の塊を探すのをやめさせてくれる本だった。一貫したたった一つの「個人(インディビジュアル)」として生きるのではなく、対する相手や環境ごとに生まれる複数の「分人(ディビジュアル)」のネットワークとして自分を捉える。この視点は、真面目に生きようとするほど息苦しさを感じる現代において、非常に実用的な思考ツールになる。
●「一貫性」の呪縛からの解放
世間では「裏表のない人」が美徳とされるが、本書は相手によって態度やキャラクターが変わることを「不誠実な嘘」とは呼ばない。親といる自分、職場の自分、趣味の仲間といる自分。そのどれもが「本物の自分」であるという肯定は、素直に腑に落ちる。
私自身、結婚して子供が生まれたことで、家庭内での分人が占める割合が大きくなった。その「足場」が強固になった結果、皮肉なことに外部の人間関係に対して「自分の気持ちに正直に」割り切れるようになった感覚がある。すべての場所で同じ顔(一貫性)を強要されないことで、かえって精神的な安定が得られるというのは、分人論が示す「構成比率(ポートフォリオ)」の妙だと言える。
●他者を必要とする「分人」への疑念と整理
論理として納得しつつも、実生活に引き写した際に生じた二つの疑問についても、自分なりに整理がついた。
1.承認欲求への依存について
「他者がいて初めて分人が作られる」のなら、他者の評価に支配されないかという懸念があった。しかし、実際には特定の分人に依存せず、複数の心地よい分人に分散投資しておくことで、一つの関係性での否定が全人格の否定にならないという「守り」の側面が強い。家族という大きな分人があるからこそ、他者からの承認を過剰に求めずに済むという現在の状況が、その証左だろう。
2.一人きりのときの自分について
誰とも接していない「自分オンリー」の時間は、無(ゼロ)ではなく、過去の他者の残響や、向き合っている対象(本、映画、食事)との間に生じる分人の時間である。例えばNotebookLMなどのAIと対話する時間は、客観的な「他者」を鏡にしながら、自分自身の内省を深めるための特殊な分人が立ち上がっている状態といえる。一人の時間もまた、純粋な孤立ではなく、世界や自己との「対話」によって構成されている。
●印象的なエッセンス
1.個人から分人へ: 分けられない「一」ではなく、状況ごとの「多」として生きる。
2.個性の正体: 固有の核があるのではなく、分人の構成比率がその人の個性となる。
3.環境による調整: 嫌な自分がいるなら、その原因となる分人を物理的に減らすという戦略。
●まとめ
「本当の自分がわからない」「あの人といるときの自分が嫌いだ」と、内面に原因を求めてループしてしまうとき、視点を「関係性」へと外に連れ出してくれる一冊。自分を一つの塊と見なさず、環境ごとに最適化されるネットワークとして眺めることで、変化していく自分を静かに受け入れられるようになる。
Posted by ブクログ
文学作品を味わうためのマスターキー。
自己認識や対人関係のヒントとしては元より、氏の小説をはじめ文学全般を読む上で鍵となる一冊。汎用的な副読本としても常備したい。
「分人」の視点を通して文学作品にふれると、物語はより広く「読みしろ」を開放し、豊かな問いを読者に投げかけてくるかもしれない。
Posted by ブクログ
比較的手広く読書してきた積りでしたが、平野啓一郎という作家や、分人という概念を、この新書を読むまで全然知りませんでした。2012年に刊行されて、すごく話題になったらしいのに、全くアンテナに引っ掛からなかった。不甲斐ないです。
『ドーン』や『空白を満たしなさい』を早速読もうと思う。
20年以上付き合いのあったグループとの関係を断とうと思っていた矢先に、この本を読見ました。不快な思いを抱いたまま、人間関係の縛りでダラダラ続けるのは、あまりに不合理だと理解できて、スッキリしました。
Posted by ブクログ
自分の中に分人は果たしていくついるだろうか。
幼い頃から感じていた違和感がこの本を読むことで腑に落ちた。各場面で性格は変わらないしろ振る舞いは変わるので、気疲れする原因が突き止められた気がする。色々な面があるけど自分は一つ。
愛の章は取り分け響いた。他者を愛することで自分も愛せる。自分の中の分人がどんどん大きくなっている。それで全てを埋め尽くさないようにしないといけないけど難しい問題だと思う。
Posted by ブクログ
著者は、すべての人間は空気を読んで所謂「キャラ」を演じ分けているのではなく、接する他者との数だけ「分人」が存在すると本作。
唸りながらの読書体験でした。平野啓一郎さんの著書を、実はあまり読めていないので、これから読んでいきたいと思いました。
Posted by ブクログ
分人という概念をもっと早くに知っておけば、これまでの人間関係の悩みのいくつかは解消されていただろう。
相手との関係性の産物として分人が生まれ、個性は各分人によって構成されると筆者は述べている。(この概念を言語化できる筆者さすがです!)
ある特定の人物に対する分人に嫌悪していたいとしても、好きな人に対する分人の構成比を増やすことで、自分を守っていきたいたなですね。
Posted by ブクログ
『わからない』
20代後半〜30代前半。結婚して子供が出来た。
幸せな気持ちの一方、20代前半に友人達と築いてきた自分と別人になった気がした。
「結婚して変わった」「つまらない」冗談まじりの言葉に笑ってごまかす自分が嫌になった。自分が分からなくなった。
20代も後半になって自分を見失ったことがショックだった。
本当の自分という幻想を取りはらうのに少し時間がかかった。
その時々で出会う人や環境との分人(それぞれの自分)の集合体が自分、その比率によって変わっていくのが当たり前。その時々の自分を認めていきたい。そう思った。
『私とは何か「個人」から「分人」へ』 平野啓一郎 を読んで。
Posted by ブクログ
知人に勧められて読むことになったが、そのときは「分人」は「出会う人によって変わる個性」のように説明を聞いていた。言葉として理解はしていたが、読んでみてまっと分人とは何かが実感を持って理解できた。自分が思っていることや違和感を単語一つで解消してくれた。さらに、「人は環境によって作られる」よりも性善説的な考え方で個人的には背中を押された気分になった。
流石小説家、物語でも読むかのように読みやすく分かりやすかった。平野啓一郎さんの小説もいくつか紹介されており、彼の作品は正直読んだことないが読みたいと思った。
Posted by ブクログ
まさに「本当の自分とは何か」とか「ペルソナの切り替えが自分は苦手だなぁ」とか思っていた最中に知人が貸してくれた本。
分人という概念はきっと今後の私の人生において大事なものになると思う。
そして印象的だったのが「恋」と「愛」の話。私はどちらかというと谷崎潤一郎の「恋は性欲」「愛は母性」という考えに共感した。彼の本を読んだことがなかったので、これを読んでいなければ出会えなかった考え。
他にも随所に他の作家の小説やエッセイを挙げており、ぜひ読んでみたいなと思わされる。
個人ではなく分人。私は分人を大切にしたい。
Posted by ブクログ
個人よりも細分化された自分(=分人)
その分人の集合体が私個人。
色んな面(分人、私)があるものだ。
幼馴染に対しての振る舞い、目上の方へ、親兄弟へ、たまに会う親戚、大学で出会った人へ、同僚として知り合った人へ、好きな人へ、信用してる人へ、苦手な人へ、深く関わりたくない人へ、
その人を目の前にした時の こちらの心の開き具合はバラバラ。嫌な自分だって出てくるというもの。
嫌な相手だっているのだから笑
違う自分で接していて当たり前じゃないか。
全く違う真逆の自分になるのも自然なことではないか。
また、3歳の自分と10歳の自分と30歳の自分では立場も責任も、考え方も人生経験も社交能力も、
何もかも違う。3歳から知ってくれてる相手と、29歳のときに知り合った相手では歴史も信用も何もかも違うから話す内容も心許せる度も違うから接し方も自ずと変わる。
でもどれも自分。矛盾しない。
ある意味、みんな百面相じゃないか。
悪い意味じゃなくて、肯定的な意味で皆そもそも百面相。
自分の中の多面性を気に病む必要は、と思った。
それでいいと達観の視座をくれる一冊。
あの時のあの顔(や振る舞い)も自分(分人)。これも自分(分人)。過去の私も自分(分人)。ちぐはぐでも。その時の自分も自分だし、今の自分も自分。
私はこの人の前ではこんな顔、こんな振る舞い、と目の前の相手によって差があるのはごくごく自然な事で、
色んな内面を擁している自分。
本の中に、SNSでのその人の姿と、実際の日常の姿って違うよね、と。WEB上では凄いキレ者なのに、リアルは物静かな人物として暮らしている、合わせて一人の人間。
WEB上のその人(分人)・リアル生活のその人(分人)、どっちもその人
みたいな箇所があって
わかる〜〜〜!となった!笑
有吉佐和子さんの「悪女について」という小説がある。
亡き悪女・富小路公子について 生前に関わった27人へのインタビュー形式で物語が展開していく。(実母、夫、元夫、息子、義母や幼馴染、公子の息子の父親は自分であるとする3人の男!笑 担当医、親友、など関わりの深い登場人物たち)
「公子さんはこんな人でしたよ」「彼女とはこんな事があって」「とても素晴らしい人」と絶賛する声もあれば
「あの女は。女としては恥ずかしいほどの悪徳の持ち主でした」と言うふうに憎悪する声も。
全て一人の富小路公子なのですが。
平野さんの本を読んで 富小路公子の事を思い出しました。
Posted by ブクログ
★5.0
自我を個人という最小単位で捉えるのではなく、ある人といる時の自分は分人A、他の人といる時の自分は分人B、みたいに個人という概念をアップデートしてくれるような面白い一冊
身近で言えば職場や友達での対人関係においての考え方を変えられる分人という概念は凄く面白かった
他に恋愛にも応用していて面白いテーマが多い
特に故人に対する「生きていればこう言っただろうにな」というよく聞くセリフに、いや分かるわけないだろ思い込みを話すなと反発する作者自身が分人という概念を得てからそのセリフを肯定的に捉えるようになった部分は面白く、自分自身も前後含め共感した!
間違いなく読む価値のある名著
ただ難解な言葉は避けてくれてはいるものの軽い哲学的要素もあり、少しだけ気合を入れて読む必要があるのは頭に入れとくと読みやすいかもしれない
Posted by ブクログ
「たった一つの「本当の自分」など存在しない。対人関係ごとに見せる複数の顔が、全て「本当の自分」である。」
新しい視点で考えさせられたが、自分の分人を人のせいにしていると受け取られたところは少し違和感だった(あまりこの本を理解できていないかもしれない)
Posted by ブクログ
本当の私はいない。様々な相手との間で分人が生まれる。心地よい分人、好きな分人を足場にその分人の構成比率を高めれば良い。
たとえいじめられたとしても、自分を愛されない人間と本質規定してしまってはならないとの言葉に勇気をもらった。
本当の自分、自分はひとつと思っている人はそこが汚されると苦しみが生まれる。
あくまでその時々の出来事に過ぎないのだ。
黒いシミが現れたとしても、シミを広げることはない。自分は多面的である。広い目でみれば良いのだと思った。
Posted by ブクログ
私自身、属するコミュニティによって無意識にキャラクターが変わることは、以前から自覚していた。
ただ、その変化のなかで「他者の存在」をそこまで意識したことはなかった。ここでいう分人とは、「相手との反復的なコミュニケーションを通じて、自分の中に形成されていくパターンとしての人格」だという。
個性とは分人の構成比率である。そう考えると、「自身の理想の個性を保つためには、付き合う人を選ぶことが重要だ」という考えが、腑に落ちた。
特に印象に残ったのは、愛についての記述。愛する相手とは、その人に向き合うことで生まれる“自分の分人”を、好きでいさせてくれる存在なのだという。
「一緒にいて楽しい人を選びなさい」と言われる理由は、相手を通じて自分自身を愛せるようになるからなのか。そう考えると、それはとても素敵ことだと思った。
Posted by ブクログ
分人とは、例えば学校の中のあなたと家庭内のあなたの人格、ネットの中全然違うよね。
キャラとか人によってあなたは変容している。
でも、顔はひとつしかない。
個性だとか自分らしくとか言うけど、違うのが普通だし分人が多ければ多いほど、あなたと人との関係は柔らかくコミュニーションがとれている。
嫌なことがあっても、それはその人と分人の自分が合わなかっただけで、自分は愛されなかった人間だと本質規定してしまってはならない。
引きこもりなどの閉鎖的な環境は、過去の分人しか生きられないので苦しくなる。
色んな人と出会い複数の分人がいるからこそ、幸せな自分に出会うことが出来る。
分人のレベルで見ると、愛とはその人といる時の自分の分人が好きという状態のこと。
相互作用がある状態。
分人のうち、自分向けの分人(=居心地や自分が楽しめる分人)のウェイトがどこにあるか。
仕事?ネット?友人A?奥さん?
分人のウェイトが恋人に大きな比率を占めていた場合、失恋した場合その機能が無くなってしまう。
だからツラい。
何となく分かってることだけど、分人も言葉を使ってみると色んな自分が見えた一冊でした。
Posted by ブクログ
日頃の対人での悩み事は、基本的には個人と分人の考え方を落とし込むことで解決すると感じた
身近な人であればあるほど、どうしても相手をコントロールしたくなってしまうような瞬間があるけれど、『自分が口出しをして良いのは、自分の相手に対する分人と、相手の自分に対する分人だけだ』という文章に触れて、人と接するとはそういうことだと改めて感じた。
自分自身とはなんだろう、という問いに対しても、全ての分人は自分であり、それらが合わさって自分を形成しているのだ、という内容についても、つい忙殺されると見落としがちな点だと感じた
Posted by ブクログ
人との相互作用で作られる分人の考え方面白かった!大学の友達と高校の友達といる時の自分確かに違うし、しほの中で好きな自分の構成比が変わっていくことも感じた。この本を読んで、さらに自分と接する人を大切にしたいって思った!
最後の方の、キリスト教的な神と1人の関係性が色んなところに影響してるなって気付かされた。
Posted by ブクログ
分人の考え方はいろんな私を同時に肯定することを促す。個人的には、ある自分にとって嫌いな分人を捨て去りたくなるという話が、今までの自分に当てはまるもので、すっきりした言語化だった。後から振り返って嫌いな自分になっていた瞬間も含めて、受け止めるようにしたい。
Posted by ブクログ
新しい視点を学べた!
八方美人は分人をたくさん作っているように見えて、実は真逆で、分人を作ろうと努力していない人って解釈は結構おもしろいなとおもった
Posted by ブクログ
生成AIに対して、今後自分の読むべき作品について聞いたところ、本書の作者である平野啓一郎氏の作品が挙がったので、著者の思想の根底が「分人思想」であるということに興味を抱き購入。
著者は哲学者ではないものの、「個人」の概念を改めて問い直し、独自の「分人」思想を実体験も交えて展開する。
「個人」というのは唯一の人格なのか?「本当の自分」という確固たる自我は存在するのか?という、普段何気なく使っている言葉に対して疑問を呈し考察する姿勢は、哲学的アプローチであるといえる。
「個人」はindividualの訳とされるが、これは"もうこれ以上分割不可能なもの"という意味が込められていることから、物理的な身体=個人と社会では捉えられている。
したがって、「個人的な意見」という場合は、物理的な1人の人間が唯一持つ意見ということになる。
しかし著者は、現代の多様な社会の中で唯一絶対の人格のみで生きることは困難で、ほとんどの人は状況に応じて複数の人格を(使い分けているのではなく)生きているとする分人の概念を説く。
この思想は、コアに「本当の自分」があり、そのコア人格が状況応じて人格を"演じる"のではなく、1人の人間に複数の人格が同居し、対人コミュニケーションの際の関係性に応じた人格が現れるというのである。
この思想はともすると総多重人格思想のようにも捉えられがちだが、確かに、仕事と家庭ではまったく別の顔で過ごしているし、実家に帰った際にも親や兄弟に対する顔と自分の家族とのそれも別人格といえるほど異なるし、同じ友人でも幼馴染と学生時代の友人とはコミュニケーションの仕方はまるで異なるのは誰でも経験していることではないだろうか。
「自己分析」や「自分探し」などに代表されるように、人生を1つの人格に収斂させることに費やすのではなく、社会生活と共に複数の人格が形成され、その人格の複合体ともいえるものが自分なのだと考えた方が生きやすいのではと思えてくる。
著者は、貴重な資産を分散投資してリスクヘッジするように、人間も複数の分人の同時進行のプロジェクトのように考えるべきだとする。
多様な社会の中で、それぞれの人に存在する複数の分人が、社会と何らかの接点を持ち繋がっていられるからこそ、分人主義は人間を社会から個々に分断させず孤立させない思想なのだと。
逆に個人主義の徹底こそが、社会から人間を分断する思想であるとする。
多様性こそが正義のように言われながらも、「自分を持て」とか「個性を伸ばせ」とか「自分らしく生きろ」とも言われ、若い世代ほど矛盾を感じているはずである。そしてそのことが強迫観念となり、かえって生きにくく感じている人も多いのではないだろうか。
分人主義はそのような悩みから解放してくれる思想かもしれない。
分人思想をコンピュータに例えると、自分自身の身体がハードで精神がOSとするならば、各分人は社会との繋がりを保つための(OS上で動く)アプリケーションであるといえる。この場合、各アプリケーション(分人)を統率するための"本来の自分"的なアプリケーションは存在しない。
とはいえ、OS上で複数のアプリケーションが同時に動き、状況に応じてスムーズに切り替えたりデータ交換したりするために、各アプリケーションに共通のフレームワークやライブラリが存在するように、分人思想においても、思考の共通方式がある方が望ましいといえる。
この共通方式となるものこそが、哲学的思考なのではないかと思えた一冊であった。
Posted by ブクログ
学生時代の友人といる時の自分
趣味の友人といる時の自分
同僚といる時の自分
家族といる時の自分
確かに違います。
個人の中に相対する人やグループに合わせて
自然と形成される様々な自分が分人とのこと。
時と場合によって微妙に違う自分を
若い頃は恥ずかしいというか、いけないことのように思っていた時期もありました。
「世界99」みたいな極端なモノではないけど。
「八方美人」と「分人」とは違うという話にも
モヤモヤがスッキリしました。
「八方美人とは、分人化の巧みな人ではない。むしろ、誰に対しても、同じ調子のイイ態度で通じるとたかを括って、相手ごとに分人化しようとしない人である。」
分人主義的恋愛観も面白かった。
「あなたといる時の自分が1番好き」ってドリカムも歌ってましたなー。
懐かしいー。
死後の話などもあったり
宗教的ではなく、
こういう考えで救われる人もいると思います。
私もぼんやりとモヤモヤと考えていたことが
言語化され、頭の中がスッキリ整理されたように思います。
Posted by ブクログ
覚えておこうと思った言葉たち
・人間は、たった一度しかない人生の中で、できればいろんな自分を生きたい、いつも同じ自分に監禁されているのは大きなストレス
・楽しい自分になれると感じる分人を足場として生きる道を考えるべき
・どれくらいの数の分人を抱えているのが自分にとって心地よいのか?
・愛とは「その人といる時の自分の分人が好き」という状態のことで、他者を経由した自己肯定の状態
Posted by ブクログ
たしかに、誰かの知らない一面は裏の顔っていうよりもう一つの顔。たしかに、好きでいられる自分の割合を増やしていけば良いのだ。他人は自分を映す鏡ってそういうことか。。。納得の考え方
結局、人間は社会の中、他人との関わりの中で形成されていくんだなあ。アドラー的。
そのへん、動物ってどうなんだろう。
2026.4.19 2回目
世界99を読んで、分人だなあと思ってもう一度読みたくなった。前職辞めて、その会社での分人は死んだ。新しい職場での分人を好きになれるといいな。子供時代は親との分人が全てだけど、その割合は徐々に徐々に小さくなっていく。すごく整理しわすくなる概念だなと思う。
ありがとう分人主義
大変現実に即したわれわれの精神の捉え方で、観察的にも統計的にも物理的にも、この説明がしっくりくるし、具体的な問題解決の方法も見えてくる。
発明、発見!
Posted by ブクログ
これまで多くの人が人間関係の中で感じていたであろうモヤモヤを"分人"という概念で言語化。
個人をそれ以上の単位に分けられるという考え方は、新鮮でありながら確かに納得がいった。