平野啓一郎のレビュー一覧
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オムニバス形式。
大切な人を亡くして悲しいときに、自分自身と死者にどう向き合うかという視点と、
悲しみの真っ只中にいる他人とどう関わるのかという視点があると感じた。
宇多田ヒカルの「夕凪」という曲の原題は「Ghost」なのだが、あの曲の理解が少し深まった気がする。私は悲しいことがあったとき、「夕凪」を聴けなくなったため、本を読めなくなったエピソードに共感を覚えた。今まさに自分で物語を書いているから本が読めないのなら、あの曲が聴けなくなったのはその時まさに自分で言葉を書き連ねていたか、詠っていたからなんだと思った。
もっと深く話を聞き進めたいところで章が終わる。共著者の本を読みたくなった。 -
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第二分冊となるこの巻では、ショパンの愛人であるジョルジュ・サンドの娘ソランジュと、彫刻家のオーギュスト・クレザンジェの結婚の前後の話となっています。
自分の利益を追求するクレザンジェが舞台回しの役を担い、ジョルジュ・サンドとソランジュの母娘の決裂と、サンドとショパンの破局がもたらされることになります。前巻にくらべると重厚な芸術談義などは控えめになっており、ストーリーそのものをたのしんで読むことができました。
最後は、ドラクロワがリュクサンブール宮の天井画を完成させる場面がえがかれています。「人生は短く、芸術は永遠である」というのはしばしば語られる箴言ですが、その運命を一身に引き受けることになった一人の芸術家の感慨が語られており、興味深く感じました。 -
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ネタバレえすえふ、のようでえすえふじゃないのかな、と思ったんだけど結局やっぱりSFなんだろうな…カテゴリは恋愛小説にしたけど←
SFとしてはリアル志向の拡張型。火星探査船、サイボーグ蚊(笑)、《散影/divisuals=相互監視装置》に《プラネット/plan-net=無領土国家》などなど設定も盛り沢山で、そのあたり挑戦的でいいなぁと思います。
相互監視、という表現をしたけど字面とは少し違って、万人がアクセス出来る監視カメラネットワーク、みたいなものなのだけれどこれは、こんなにすんなり受け入れられるものだろうか、という感じは少し。
一部の層にだけ閲覧が許可されているから反感が生まれる、という理論は確かに納得だけれど。それを扱える感覚がいまの延長にあるかなぁ。ぶつぶつ。
これ怖いわ、と思ったのはWikinovel。有り得すぎてぞっとする…いやむしろもうどこかにあるんじゃない? なろうサイトとか隅々まで見たらそういう集まりできてそう…
どうにも日本の小説っぽくない、というか。内容的にはもちろんなんだけれど、文体も含めてそれが少し気になってしまった。きっとそれは修辞の方法論の違いなのかなぁ? なんとなく日本語は縦に積み重ねる言語、英語は横に積み重ねる言語、みたいなイメージがあって、言葉の密度が増す前者と、言葉の表面積(? うーん思い付きなので巧い単語が出てこないな)が増す後者、というふうに位置付けると、自分の好みはもうそれは前者で。
そのぶん後者の文章で書かれたことの重みが、なんとなく入ってきづらくなっているのかもしれない。それはあんまりよくないなぁ。
この、密度と表面積、という対比はちょっと興味が湧いたので今後掘り下げるかもしれません。
なんというかね、変な感じ、翻訳もの読んでるような気分がしたのです。言葉選びとか繋げかたとか、キャラの造形とかも。それがオレには災いして、特にアストーと今日ちゃんの側にあんまり入り込めなかったというか。分人が未分化なのかな?←
SF的にガードナーの側はめっちゃ楽しんだけど。
個人的なハイライトはJ.J.マッコイのシーン。ところでこう、云いにくいことを云うキャラクタとしてゲイを配置するっていうのはゲイの側からしたらどういう気分なんだろう? こんなところでそんなセンシティブな話題に触れるなって?(笑
なんとなくこー、話をその方向に進めるために用意された人格、みたいなものに大きな抵抗があって。例えば乗り越える相手として露骨に設定されている旧態依然とした価値観の男性、みたいなのに、こんなステレオ今どきねぇよ、って一気に醒めたりしちゃうんだけど、もしかしたらそれと同じようなことが、露骨に越境するものとしてのLGBT、みたいに起こっていたとしたら、それを意識しないでこんなこと云いたくないなと思って。
随分話が逸れましたね。
にしても現実の大統領選のニュースを見ながら読むことになるとは。面白いものです。お勧めしてもらってから随分経ってしまいましたが…いや大統領選待ってたんですよ! うん! バランス見て☆3.4! -
購入済み
意外でした
ずいぶんと話題になって映像化もされた作品という事で、読んでみようと思いました。ストーリー自体は面白いのですが、登場人物同士の会話が難しくて、しかも長々と会話が続くため、私にはとてもわかりにくかったです。結局そういう部分を飛ばして読んでしまいました。作者の方には申し訳ないです。映画のは観ていないのですが、きっともう少しわかりやすいのでしょうね。
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他人のことを本当に知るというのは難しい。そもそも本当に知ることなど出来るのか。本当に知るとは何なのか?
そういうことを考えさせられる。
平野さんの分人という考え方が随所に出てきて、深掘りさせる。
すべては分からないけど、信じるということ。これを何度か伝えたかったのかな。
信じることで相手を救うこともできる。
p.202ページ辺り
信じることは、事実がどうとか関係ない。結果ではない。間違っていたとしてもいい。それが問題ではない。
よって、信じること=事実を信頼するではなく、その人を受容するということ。
読んでいく中で崇を信じきれない自分がいることにも気付かされる。
自分も群衆と一緒なのか。物語の中に自然と引き込まれる。
ただ、読みながらなかなかこたえる内容でもあり、重たかった。
本当に疲れる一歩前に読む方がいい一冊。 -
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いずれも実験的な試みを含む短編四編を収録しています。
「清水」は、京都の街を歩きながら、自己の意識が刻々その現実感をうしなって不確かな過去へと流れ去っていくことに対する想念をつづった作品です。
表題作「高瀬川」は、小説家の大野と雑誌の編集者である裕美子が身体をかさねる物語です。著者はこれまでにも、現代文学のさまざまな可能性を宣明するような試みをこれまでにもつづけてきており、本作もその一環であるということはいちおう理解できます。大野がラブホテルの汚さに神経質になったり、彼がうっかりひざで裕美子のふとももを踏んでしまったりといったシーンに、多少目をみはることもありましたが、正直なところこの程度の作品であれば神崎京介でも書けるのではないかという感想をいだいてしまいました。
「追憶」は、作品の最後に示される現代詩めいたテクストをズタズタに切り裂いて複数のテクストが錯綜する作品世界をつくりあげた実験的な試みです。
「氷塊」も、自分の本当の母親に出会ったのではないかと考える中学一年生少年と、妻子のある医者と不倫関係にある女性の二人の物語が、並行した二つのテクストとして配置され、それがやがて交錯する帰結をえがいています。ジャック・デリダ『弔鐘』のような思想書での試みなどもありますが、そもそもさまざまな人物の物語をひとつのテクストのうちにえがくことのできる小説でこうした試みをおこなうことに意味があるのか、よくわからないというのが率直な感想です。 -
Posted by ブクログ
恋愛物が苦手なのだが、「マチネの終わりに」が良かったので読んでみた。
タイトルが「かたちだけの愛」とあるので、結局最後別れてしまう話かと思っていたが、どうもタイトルの「かたち」は義足という形あるものをめぐる「愛のかたち」についてを示しているような気がする。
この作品はプロダクト・デザイナー相良郁哉は、雨の日に職場の近くで起こった交通事故で女優・叶世久美子を助けるが、片足を切断してしまう。偶然にも相良と過去取引がある病院に入院し、病院経営者・原田紫づ香から、久美子の従来の概念を覆すような義足のデザインの依頼を受け、義足制作の中で恋愛に進展するという内容。
実は、久美子の相良への態度や会話が駆け引きの恋愛のように感じられ、久美子をあまり好きにはなれなかった。
好きになった人に自分の気持ちを素直に伝えることができない不器用さというより自分のために何もかも投げ出してくれる人か否かを測っているように常に感じる。確かに、事故により突然、昨日の自分とは異なり障害者になり、今まで憧れの目で見られていたのが一転し、哀れみの目で見られるようになるのだから、この駆け引きの態度が事故以降であれば、致し方ないことではある。が、以前からではないかと思ってしまう。こう感じることも久美子を好きではないからであろう。
また相良にしても、久美子と自分の母とを重ねている理由をわかっているのに、久美子を愛することができるのは、少年時代に叶わなかった母への、母からの愛からなのではないだろうか。
片足を失った久美子と、相良が制作する義足で繋がった愛のように感じ、儚く感じる。このふたりが同じ思いで互いを必要とするのであればそれも愛かと考えてしまう。私には少し重かった。 -
Posted by ブクログ
SNSでの時事コメントやメディア上での時評では(ろくな文化人の少ないこの世代では例外的に)至極真っ当な平野啓一郎だが、肝心の書くもの(小説・評論)が個人的にはつまらないことが多い。本書も西欧中心主義的な思想系譜認識や、生理的な「体感」を「カッコよさ」受容の本質とするアクロバットな力技に恣意性を感じるが、その博覧強記による「情報量」自体が勉強になるため、読んで面白いことは面白かった。生まれてこの方「カッコよさ」とは無縁で、「カッコいい」「カッコ悪い」という価値判断自体の暴力性に対し、幼児の頃から嫌悪感を持ち続けている者としては、どうあっても「カッコよさ」という概念は肯定できず、(一応言及はされているが)差別や暴力の観点から「強者のイデオロギー」としてより徹底した脱構築を望みたい(「カッコいい」女性が「名誉男性」化している問題など)。
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ネタバレ 購入済み
しんどい
久しぶりにとても読むのが辛い本だった。中盤は噛み締めながら読むのが無理だった。明るい兆しを含むラストであったが、救われるわけではない。この本を読むには自分はまだ人間性や教養が足りてないと感じた。5年後10年後にまた読んでみたいと思う。その時人間的な深みを得られていればじっくりと読み込むことができるかもしれない。