角田光代のレビュー一覧
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ネタバレ「なんていうか、そういうどうでもいいようなことで人生成り立っているよな、っていうか、いや、そういう事があるから人生面白いんだよなっていうか。」
普段、ラジオを聞くことはめったにないけれど、そのとりとめのない内容に、ふと記憶が刺激されて昔のことを思い出したり、案外幸せに生きてることに気付かさせられたり、というのは確かにある。
「見つめあう夫婦っていないのかな」「見つめあってたら生活できないんじゃないの」
「うまく行かなくなった時に振り返るのがおかしいんだよ。ときめいた頃を思い出すんじゃなくて、この先どうやったらうまくいくかって、二人で考えるんだよ。」
誰かと人生を歩むということは、決してキ -
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表紙のトトちゃんの写真に一目惚れして、手に取った本です。私の愛猫もアメリカン・ショートヘアでした。他の写真のたたずまいや顔つきなども、とても懐かしくて、やっぱりかわいいなと思いました。
ネコがいる生活は潤いがあって、ちょっとしたことでも事件になります。この本の数々の事件も、飼い主にとってはそうなんだけれど、ネコ自体はどっしりと構えているような感じがしました。でも、繊細な面もあるんですよね。
明日も変わらずネコと暮らせる日がずっと続くことを願う気持ちは、私もかつて感じていたことでした。
窓の前で香箱座りしている様子や、自分がこの家の主役だみたいな感じなどが、懐かしくもあり、なによりもトトち -
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面白くて、読みかけの他の本をすっ飛ばして先に読んだ。
この本で印象に残ったこといくつか。
藤壺は本気で光源氏を拒否してるということ。
なんとなく、「嫌よいやよも好きのうち」という、気持ち悪い男目線で藤壺を見ていた自分が恥ずかしい。きちんと読めば、本当に光源氏を避けてるのに。そういう見方を自分に許していたことに反省。
宇治十帖の浮舟について。
あまり魅力を感じなかった浮舟の印象が変わった!「蜻蛉」において、浮舟が苦しんで姿を消しても、男たちは決して結局何も変わらなかったことを書いていると、山本さんは言う。その一つも変わらなかった男たちの男の愚かさを「蜻蛉」で書いておいて、その後の「手習」で -
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個人的な話になるけれど、本作を買った日は思い出深い1日だった。
というのもその日は出産を終えた妻と子供の退院の日で、病院に早く着きすぎてしまったため時間潰しに本屋に行ったのだけど、その際、たまたま本作が目に留まった。
双葉文庫40周年記念のクレヨンしんちゃんの装丁がかわいかったのと、帯にあった「わたしもあなたも、産まれて初めてもらうプレゼントは名前」というフレーズがとても気になって購入。子供がうまれたばかりということもあり、「名前」という作品には特に感銘を受けた。
本作は「プレゼント」をテーマにした短編集。一作あたりが10分くらいで読めるので、移動時間の合間なんかに少しずつ読んでみるのもよさ -
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目から鱗、というけれど、まさにそういう読書体験だった。
源氏物語は丸谷才一、瀬戸内寂聴、田辺聖子など色々な方が口語訳しているが、角田光代は初めて敬語を用いず、現代の小説の語り口で翻訳をした。
平安文学研究者の山本淳子さんは、物語がドラマとして現代に受け入れられやすくなったのは画期的なことだという。
これまでの口語訳では、男性の視点からであったり、恋愛や性愛を基準に解釈されたり、作家によって個性が現れるようだ。
さらに「源氏物語」を現代の女性の立場から読むと、視点や論点が違う解釈も生まれているし、道長からの依頼説など、今のところ否定されていない説も生まれている。
(でもそれが定着するとしたら、 -
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「紅葉賀」から「明石」までを収録。
正妻である葵の上よりも紫の上の元にばかり通う光源氏。藤壺との間に不義の子を成し、六条御息所を等閑にし、朧月夜と逢瀬を重ねる。現代人の感覚からするとあまりに多情で不誠実、一方で“家”に囚われず己が心のままに恋愛できる自由な男にも映る光源氏の姿が、なんとも滑稽で哀れ。光源氏に通われる嬉しさと、通わぬ彼への恨めしさ・彼に通われぬ己(中には明石の君のような、彼に見初められた身分違いの己)への惨めさに翻弄される女君たちの描写も巧み。マザコンでヤリ◯ンの美男子と振り回される女たちの話、とだけでは言い尽くせぬほどの奥行きある物語として読めるは、作者と訳者のおかげだろう