こってりとした『BUTTER』の後はさっくりと読める短編集を。実は初めて、小川洋子さんの本を読破しました。
ずっと憧れはあった。何冊か手に取ってはその言葉の美しさと静謐な世界観に、ある種の格式高さ、ハードルの高さのような感想を抱いて、もう少し読書慣れしてからにしようと挫折していた。
だから今回、あえて短編という形で再挑戦をした。ゴールが近いからこそ、あまり怖がらずに読み進められたし、自分の中で感じていた高嶺の花のような文体も実はとても柔らかく、ひんやりとした手のひらの中に温かな小さな命が握られているような繊細さが感じ取れた。
誰だって、この温かさに触れてもいいんだよ、でもそっとね、と言われているような優しい文体に、気付けば小川洋子さんの世界観にどっぷりと浸っていました。
七つの短編、そのどれもが気付けばぐんぐんとのめり込み、煩わしかった周りの音や話し声もまるで遠くに行ってしまったような錯覚を覚えながら読み進められました。
短編というものが読み慣れていない私にとってもその終わり方はどれも優しくふんわりと着地して、心がすうっと軽くなるような余韻を残すものが多くて、改めて小川洋子さんの文章の上手さに静かに圧倒されました。
全部が好きだけど、特に好きなのは「風薫るウィーンの旅六日間」「缶入りドロップ」「ガイド」です。
「ひよこドロップ」も入れたかったけど、穏やかで優しい世界観の中にそっと差し込まれた残酷さという名のえぐみを上手く味わえるほど、私はまだ成熟してなかった。でも好き。
「海」
この本の表題作。主人公とその彼女の弟、男二人の静かな一夜。「小さな弟」の少し異質な背景が滲み出していながらもそれを踏み躙らない静かな夜を共に過ごしたような感覚が残った。
「風薫るウィーンの旅六日間」
控えめなフリしてちゃっかりしてる未亡人のおばさん、琴子に、主人公の二十歳の女性が振り回され、彼女の四十五年前の異国の恋人の最期を看取る話。自分の旅行の計画を潰されてもそっと琴子に寄り添ってあげている主人公が優しい!最後のオチが全部の短編の中で一番好き。
「バタフライ和文タイプ事務所」
個人的に一番硬い単語が多くて読み難いなと思いながら読み進めていたけど、途中からあれこれ、もしかして高度な言葉遊びを用いた官能小説か?と気付き始めてから一気に面白くなった。あまりにレベルの高い官能加減にくらくらした。純文学×官能もっと読みたい。
「銀色のかぎ編み」
短さにびっくりしたけど、短い中にも主人公の中に宿る祖母の記憶と現実の景色が混ざり合う感覚が心地よかった。
「缶入りドロップ」
これも短いけど好きな作品。子供を持ったことのない不器用な大人が、子供という未知なる存在を自分なりに攻略するための術が、側から見たらとても優しい心配りのように見える構図が面白くて心がぽかぽかした。
「ひよこトラック」
母の死をきっかけに喋れなくなった少女と、孤独なドアマンの男性のお話。男性が少女とのコミュニケーションにあえて言葉を用いない方法を取ったおかげで生まれた二人だけの優しい時間。二人が目を奪われたカラフルなひよこの残酷な末路、それを知らない少女の清らかな心の描写がとても素敵だなと思いました。
「ガイド」
バスガイドの母を持つ少年と"題名屋”を営む初老の紳士のお話。小川さんの描く、歳の離れた二人の交流が好きだなぁと再確認した作品。私も消えてほしくない思い出に題名をつけてみようかなと考えさせられました。